***ロロナのアトリエ***
「さっき渡したのがふたりの分で……コッチがちむちゃんたちの分。ちゃんとみんなの分あるから、仲良くわけるんだよ?」
「ちむ!」
「ちむむ!」
「ちむー!」
僕の言葉に、元気に返事をしたのは、いつの間にか3人になっていたちむちゃんたち
ちむちゃん、ちむおとこくん、そして新たに加わったのがひとり目と同じ女の子…ちみゅちゃん、というそうだ
そして、そのちむちゃんたちに渡したのは、おすそわけの『アップルパイ』
本当はロロナかトトリちゃんに渡せたら良かったんだけど……どうやら二人ともちょうど何処かへ出かけていて、アトリエにいたのはお留守番をしていたちむちゃんたちだけだったのだ
ちむちゃんが増えていたのには驚かされたけど、パイ系が主食のちむちゃんたちのためにと『アップルパイ』は元々多めに作っていたから、きっと問題無い量だろう
「それじゃあ、ロロナとトトリちゃんによろしくね!」
「「「ちむ~!」」」
アトリエの玄関そばまで来て、三人並んで手を振るちむちゃんたちに見送られながら、僕はアトリエを後にした……
――――――――――――
***職人通り***
「それにしても……」
アトリエから職人通りに出た僕は、ひとりで少し首をかしげた
「……まさか、本当にちむちゃんたちの言葉がわかるようになるなんてなぁ……」
そう。ロロナのアトリエにお邪魔した時、ちむちゃんたちしかおらず、ロロナとトトリちゃんは留守だってことはなんとなく察した。だけど、アトリエに来た僕に近づいて来て何かを言っているちむちゃんたちに少し興味が湧いた
アトリエの中なら……きっと大丈夫だろう
そう思って、僕は『変身ベルト』を使い、金のモコモコの姿へと変身した。
当然、目の前にいたちむちゃんたちはもの凄く驚いていた。……けど、説明するとちゃんとわかってくれた。……そして、それと同時にあることがわかった
これまで「ちむちむ」と可愛いだけだったのに、ちむちゃんたちが何を言っているのかが明確にわかるようになっていたのだ
金モコに変身することで、これまでにもモンスターや石像などの声は聞けるようになったので、もしかしたら…とは思ってたけど……
そして、その後ちむちゃんたちから聞けたのは、ロロナは昨日から出ていること、トトリちゃんはほんの少し前に外出した…ということだった
話を聞いた後は、再び人の姿になり、「今回のことは秘密にしてねー?」とお願いしながらホムちゃんたち用の『アップルパイ』を渡した……というわけだ
「さて、とっ……あとはーイクセルさんのところに顔を出しに行かないと」
とはいっても、イクセルさんのいる『サンライズ食堂』はロロナのアトリエから、『男の武具屋』を挟んで隣にあるからすぐそばだ。職人通りをこのまま進んでいけばいいだけだ
そうなんだけど……
「あれ……?」
『サンライズ食堂』の前に差し掛かろうというところで、ちょっと気になることがあった。なんだか中が騒がしい。これが夜ゴハン時ならまだわかるんだけど……今は昼を少し過ぎたころ。あまりお客さんが多い時間帯じゃない
これが『ロウとティファの雑貨店』なら、ティファナさんのファンである常連客の人たちが、熱く語りだしてヒートアップし過ぎたんだろう……ってことで終るんだけど……
「そういえばアトリエの前に雑貨屋さんに寄ったけど、今日はなんでかお休みだったんだよなぁ?……あっ、もしかして……?」
頭の中で何かがカチッっと噛み合ったような音が聞こえた気がした
……いや、でもまさかこんな時間からお酒が入ったりなんて……
そう思いながら、僕は『サンライズ食堂』の扉を開く
――――――――――――
***サンライズ食堂***
時間も時間なので、お客さんはあんまりいない。
だけど、そのわりには……というか店内はかなり騒がしかった
「ティファナさん!? いや、ちょ……は、離して…!」
「うう、無駄よぉ……いくら泣いて叫んでも、一度掴まったら、絶対離してくれないから……」
逃れようともがくトトリちゃん。半ば諦めたかのように脱力しながらも、涙目で震えるフィリーさん
その二人を捕まえているのは……
「うふふー、二人とも逃がさないわよ~!」
顔がほんのりと赤く染まっているティファナさん。つまりのところ、酔っ払いさんである
……こうやって、ここまで酔っぱらっているのを見るのは久々な気がする
ただ単にエスティさんが僕が遭遇していなかっただけかもしれないけど、エスティさんが街からいなくなってからはティファナさんがこうして外で飲む機会自体少なくなっているのも要因かもしれない
ついでに言うと、ティファナさんはお祭りの時なんかに『
……と、少し懐かしんでいる間にも、大変なことになってきているようだ
「フィリーさん!フィリーさんも捕まって……うわぁああ! 手!手!?モゾモゾ動かさないでくださいー!」
「やっぱり若い子は触り心地が違うわ……。うらやましい、にくたらしい、きもちいい! うりうりうりー!」
ううん…?それにしても、ティファナさんってある一定以上酔うとこうして人に絡むようになるけど……初めて見た時もロロナだったし、それ以降も……そして今回はトトリちゃんとフィリーさん。もしかして、女の人にしか絡まないのかな……?
「きゃあああー!やだ、やめてくださいってばー!!」
「き、気持ち悪いー!本当にやだー!」
「そうか…、お前らは知らなかったんだな。ティファナさんの酒癖の悪さを…!」
嫌がって泣き叫ぶトトリちゃんとフィリーさん
その様子を調理場前のカウンター越しに見て、「やっちまったか…」といった様子で首を振るイクセルさん。…ここでイクセルさんの存在に気付いたトトリちゃんが、ティファナさんに捕まえられたまま声をあげた
「あ、イクセルさんがいた! 助けてください!お願いします!」
「……悪い。俺にはどうしようもできない。……諦めてくれ」
「そ、そんな…!?」
トトリちゃんの必死の願いも虚しく、イクセルさんは「無理だ」と突き放した
そして、間の悪い事に、その様子をティファナさんがしっかりと見ていた
「むぅ、私というものがありながら、イクセル君とお喋りだなんて……。そんな悪い子にはおしおきー!」
「へっ?わ、わ!服の中に手!? いやです!本当にいやですってばー!!」
心の何処かで「またかぁー…でも、なんだか懐かしいなぁ」なんて呑気に考えてたけど……流石に助けてあげないとかわいそうだろう
そう思って、僕は外出時に常に持ち歩いている緊急時用の『秘密バッグ』を取り出す
『秘密バッグ』は、家にあるコンテナ内部と繋がっている。…そして今取り出したものが繋がっている先は、武器を仕舞ってあるコンテナだ。そこから、痛みがほとんど無く気絶させやすい…ただし、人の背丈ほどある『ピコピコハンマー』を取り出す
「……!っ、マイス!いいところに!!」
『ピコピコハンマー』を取り出したあたりで、イクセルさんが、騒ぎの途中の来店で気づいていなかったのだろう僕の存在に気付き、そう声をあげてきた
その声を聞きながら、僕は『ピコピコハンマー』を振り上げ……
「少し……眠っててください!」
……そして、自然な落下にあわせて、ティファナさんの頭めがけて振り下ろした
ピコッ!!
「きゃん!?」
軽快な音と本当に軽い衝撃共に、ティファナさんが短い悲鳴を上げたかと思うとふらりとその場に倒れた
「ふえぇ……あれ?」
「や、やっと終わった……?」
ティファナさんが気絶したことによって止まった手に、少し驚きながらもまわりを…そしてティファナさんを確認しだすトトリちゃんとフィリーさん
そして、その目は目を回しているティファナさんと、『ピコピコハンマー』を持った僕とを何回か行ったり来たりした後、僕の方を見て止まって…………
「「きゃぁあああああ!!??」」
……ふたりして悲鳴をあげて、ティファナさんのせいで胸元を中心にはだけかけていた服をおさえながら、店の外へと飛び出していった
二人の様子に違いがあるとすれば……顔の色だろうか?
フィリーさんが顔を
残されたのは、僕と、目を回して眠っているティファナさん
そうなると当然、僕が話しかけるべきなのは……カウンターのほうにいるイクセルさんになる
僕は『ピコピコハンマー』を片付けながら、イクセルさんに話しかける
「あのー……いい加減、ティファナさんにお酒出すの、どうにかしたらどうですか?」
「ティファナさん本人に悪気も……ついでに自覚もねぇから、なんて言って酒を止めたらいいかがわからなくてよ…。つーか、マイスはできるか? 楽しそうに微笑みながら注文してくるんだぜ?」
うーん……、確かに難しいかもしれない。…でも、それで被害を受けるのはイクセルさんなんじゃ……?
「というかマイス。お前、どうかしたのか…? なんか元気が無いような気がするぞ?」
「それはー…その、さっき二人に悲鳴あげられたのが……。前にミミちゃんに悲鳴をあげられた時も思ったけど、ステルクさんって凄いですね……」
「おいおい、感心するのはそこかよ」
――――――――――――
少し呆れたように言ったイクセルさんに、「まあ、あの二人の悲鳴は羞恥心だろ」って慰められた後、僕はティファナさんを送って行くとこに……
それにしても……
「ティファナさん、トトリちゃん、フィリーさん……何の集まりだったんだろう?…………イクセルさんに聞いてみればよかったかな?」
そんな事を思いながら、ティファナさんを雑貨屋さんまで運びながら……あることに気付いた
「あれ?雑貨屋さん閉まってるけど……鍵、どこにあるんだろう?」
この時、ちょっと焦ってしまったけど、よくよく考えてみればティファナさんが施錠して外出したのだから、ティファナさんが鍵を持っているのが当然だろう
……結局のところ、ティファナさんの着ているエプロンの腰あたりに、チェーンで繋がれた鍵がちゃんとあった