……とは言っても、『トトリのアトリエ編』の初期のほうにすでにネタバレされている内容ですが
***ロロナのアトリエ***
アトリエの玄関でノックをし、中から返ってきた「はーい、どうぞー」というトトリの声が聞こえてきた。他に声も聞こえないところからすると、どうやらロロナはいないようだ
とりあえずそれに従い、あたしはアトリエへと入っていった
「あっ、クーデリアさん。今日はどうかしましたか?」
そう元気に挨拶をしてくれたトトリは、何やらポーチの中身を整理しているようで、おそらく外出の準備をしていたのだと思う
「あら? 何処かに出かけるのかしら?」
「はい。免許の更新も終えてひと段落しましたし、村に戻って少しひと息つこうかなーって思って」
そう答えるトトリの姿を見て、あたしは少し頭を悩ませた
「はぁ……間が良いのか、悪いのか……」
「えっ、なんでですか? あっ……もしかして、何かお仕事が?」
「ううん、そうじゃないの。ただ、ね……って、ここまで来て悩んでも仕方ないわね」
そこまで言って、わたしは一度大きく深呼吸をし覚悟を決める
「わかったのよ。あんたのお母さんの最後の足取りが」
「お母さんの……? えええええ!? ほ、本当ですか!? それってどこですか? 最後っていつの? 今はどこに?」
一拍置いてからのトトリの大声
その声は驚きによるものの様に感じられたけど、その中には間違いなく、少なからず喜びが含まれていた
だけど……いえ、だからこそあたしはこれ以上の事を言うのは
けど、それと同じくらいこれまで頑張ってきた
「落ち着いて、順番に話すから。ただ……ひょっとしたら聞きたくない内容かもしれないわよ」
「え……? それって……」
「どうする? それでも聞きたい?」
少しの間、アトリエ内が静かになった。その空間の中でトトリはほんの少しだけ悩むような表情を見せたけど、最後にはその目でしっかりとあたしを見て口を開いた
「…………聞きたい、です。お願いします」
「わかったわ。それじゃあ話すわ。まず、いつの足取りかっていうことだけど、これはもう何年も前……つまり、あんたのお母さんが帰ってこなくなったって時期とほぼ同じだと思うわ」
「あっ……そう、ですか」
「だいぶ昔の話だから、もちろん今どこにいるかなんてわからない」
あたしの話が進むにつれて、トトリの表情が段々と残念そうに……悲しそうになっていくのがわかる
「で、問題はどこにむかったのかってことなんだけど……どうやら船で外洋にむかったらしいわ」
「船で……?」
「そう。あいつにしては珍しく、律儀に出港届を出してたわ。苦情の山に埋もれてて、このあいだまで見つからなかったんだけどね」
「船……そっか、だから国中探しても見つからなかったんだ! お母さん、海の向こうのどこかにいるんですね!?」
ここで初めてあたしが思っていたのとは違う反応を見せたトトリ
なんで喜んでいるんだろうか? それがあたしにはわからなかった
「なんだー、クーデリアさんが驚かすようなこと言うから、てっきり悪い話かと思っちゃいました」
「……本気で言ってるの? それとも、無理してはしゃいでいるのかしら?」
「えっ? どういう意味ですか?」
心底わからない、といった様子で首をかしげたトトリは、あたしに聞き返してきた
「あんたも、あの村の育ちなら知ってるでしょ? フラウシュトラウトのこと」
「え、はい。聞いたことあります。確か、遠くまで漁をしようとすると出てきて、船を沈められちゃうとか何とか。そうそう。何年かに一度くらい、そのせいで大騒ぎに……あっ」
トトリの口が止まった。目も見開かれている
……そこまで、自分の口で言って気がついたのだろう
あたしは、ギゼラがいなくなった頃の事を覚えていないというトトリへ、少しだけ当時の事を話す
「あの頃はまだ無茶な冒険者が多くてね。あんたのお母さん以外にも、海の向こうを目指した人も何人もいたの。……全員、船を海に沈められてるわ。助かったのは、運の良かった数人だけ」
「う……でも、数人は助かっているんですよね? だったらお母さんも……ほら! 最強の冒険者だったんだし!」
「……実はね、この話を聞いてからあたし一人であんたの村に行ってみたの。裏付けを取ろうと思ってね……でも、みんな口が重かったわ。このことについては喋らないっていう暗黙の了解でもあったみたい。しつこく頼んだら、何人かは話してくれたけど……」
「……なんて、言ってたんですか?」
なんとか
でも、ここまで言ってきたから、当然ながら今更引き返すことはできない
「出港から数日後、船の破片だけが流れ着いたらしいわ。結構な量のね」
「……っ!」
トトリは言葉を詰まらせた。けど、彼女も引けない……引きたくない、信じたくない
「は、破片だけならそんな……ちょっと壊れちゃっただけかもしれないし、それだけじゃ……!」
「どう思うかはあんたの自由よ。あたしからは何も言わない……言っても、下手な慰めにもならないし」
そこまで言ったところで、トトリも口を閉じた
……最後に、あたしは自分の服のポケットにしまっておいた『ある紙』を取り出してトトリに差し出す
「これ、あんたに渡しとくわ。あんたのお母さんの出港届……いかにも、そこら辺にあった紙に書きましたーって感じだけど。それでも、あんたのお母さんの書いたものだしね」
「……ありがとうございます」
「お礼を言われるようなことはしていない」……そう言いたかったけど、こんな空気じゃあそんなことは言えなかった
その代わりとはいえないけど、去り際に少しだけ言葉を付け加える
「あんま、深く考え込むんじゃないわよ。気持ちに整理がつかないなら、ロロナにでも相談しなさい」
そう言ってから、あたしはアトリエをあとにした。話すだけ話して、勝手に見えるかもしれないけど、これ以上はあたしからしてあげられることは無い……けど
あいつには、
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***マイスの家***
「……と、いうわけで、トトリにギゼラのこと、調べたことを全部教えたから」
あたしがさっきトトリとした話の内容を伝えたのは、他でもないこの家の主であるマイスだ
マイスは少し困ったように首をかしげた
「えーっと……なんでその話を僕に?」
「あんた、知ってたんでしょ? ギゼラが船で海に出たって」
「えっ!?」
あたしの言葉によっぽど驚いたみたいで、マイスはまるで飛び上がるかのように体をビクリと震わせた
その様子を見て、あたしはついついため息をついてしまいながらも、言葉を続けた
「ちょっと前に、変身してアトリエにいたあんたを回収した時。あの時、あたしがした「ギゼラが何処に行ったか知ってたりしない?」って質問にあんた「
「そうだったんだ……でも、じゃあなんで何も聞かなかったの?」
「確信も無かったし、わざわざ隠すことをそう簡単に教えてはくれないと思った。それに、あんたは何の理由も無く秘密を作ったりする奴じゃないってわかってるもの。……まぁ、だからって何も調べないでいるわけにもいかないから『アランヤ村』に行ったのよ」
そこまで言うと、マイスはシュンとしてしまい、一言「ごめん」とだけもらした
隠し事をされていたことに少しもムカッとしなかったわけじゃない。しかし、今の申し訳なさそうにへこんでいるマイスの様子を見ていると、ぐちぐちをお小言を言う気にもなれそうにもなかった。なので、とりあえず最低限言いたいことだけを言うことにした
「別に謝る必要なんてないわよ。どうせあんたの性格からして、村で口止めされたのを律儀に守って誰にも言わなかっただけなんでしょ? なら、あたしから言えることは何も無いわ」
「でも……」
「それに、もし仮にあんたに何か言うべきだったとしても、それはあたしじゃなくてトトリの役目ね。いきなりトトリに何か言われてもいいように、今のうちにちょっとだけ覚悟でもしといたら?」
するとマイスは「あはははっ……そうだね」と言った後、顔を伏せてため息をついた
「……やっぱり、今度こそトトリちゃんに嫌われちゃうだろうなぁ」
マイスの言う「今度こそ」っていうのは、少し前までトトリがマイスを避けていた一件のことを思い出して言っているのだろう
マイスがギゼラが船で出ていった話をどう知ったのか。その詳しい経緯まで知らないから口に出して断言することはできないけど、そこまで心配するほど悪くは言われないと思う
確かに一時期トトリとの関係は良くない時期はあっただろう。けど、なんだかんだ言ってトトリはマイスの事をしたっている。それに、ギゼラのことを一番隠しているのであろう人物は、他でもない彼女の家族だ
それらをふまえて考えると……文句の一つ二つ言われて
まあ、そう言って安心できるのなら、とっくに安心していることだろう
というか、
なんにせよ、これ以上はどうしようもないと感じたので、あたしはため息をついて別の話を切りだすことにした
「まっ、あたしたちがここで何か言ったところでどうしようもないことでしょうけど。……それじゃあ行きましょうか」
「行くって、何処に?」
「『サンライズ食堂』。あんたが黙ってたせいで休みを取ってまで『アランヤ村』に行かなくちゃいけなくなったんだから、お酒くらい付き合いなさいよ」
あたしがそう言うと、マイスは困ったように笑う
「クーデリアも、秘密にしてたこと怒ってるんだよね」
「……マイスって、気落ちするとすぐ偏屈になるわよね」
首をすくめながら、わたしは軽く笑ってみせた
「さっきのは建前よ、建前。そのくらい察しなさい……ほら、立った立った!」
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この後、連れて行った『サンライズ食堂』で、いつものように互いにちょっとした愚痴を言ったりしながらお酒を飲み……そして、マイスが先に酔い潰れたところまで、大体予想していた通りだった
ただ、最後のほうでマイスの口から出てきた「近いうちにトトリちゃんに身長が抜かれるんじゃないか」という不安については、会った時から負けているあたしとしては何とも言えない気持ちになった
……まあ、そんなふうに普段通りの愚痴を言えるなら、随分とマシになったんじゃないかしら?
あとは、次に実際にトトリに会った後かしらね。まあ、きっと何の心配もいらないでしょうけど
実際に『トトリのアトリエ』プレイ時には、それまでに色々と伏線はあったものの結構なショックを受けたものです。……というか、純粋に悲しいというか、いたたまれないというか……
書いている途中、マイス君が過去最高に弱々しく感じました。これまでにも色々とありましたが……これからストーリーが進むにつれて、そのあたりの心情を掘り下げられればと思っています