マイスのファーム~アーランドの農夫~【公開再開】   作:小実

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4年目:トトリ「潮風が通る港」

 

 

***アランヤ村・埠頭(ふとう)***

 

 

 私の故郷『アランヤ村』は、海に面した小さな漁村なんだけど……その特徴とも言える港に私は来ていた。

 とは言っても、漁に出ていない船が()まっているような場所からは少しだけ離れた港の端っこのあたりで、漁船はほとんど泊まっていない。

 

 村の中でもはずれのあたりに位置する埠頭なんだけど、普段は獲れ過ぎて余る『コヤシイワシ』のおこぼれを狙うネコさんくらいしかいないんだけど……あっ、それと、わたしのお父さんが釣りをしてることも時々ある。お父さんが川から流れてきたロロナ先生を吊り上げたのも埠頭(この場所)だったっけ?

 

 

 そんな埠頭に来ているのには、ちゃんとした意味がある。

 

 海の沖の方へと伸びる埠頭の先のあたり……こんな場所には似合わない木製のイスに座り、木製の机に向かっている一人の人。その人は歩いてきているわたしに気がついたみたいで、顔を上げ「よう」っていった感じに軽く手をあげてきた。

 

()()()()。言われてた材料、もう一個持って来たよ」

 

「おおっ、思ったより早かったな。俺の予想じゃあ、あと一週間くらいかかると思ってたんだが……」

 

 持ってきた船の素材をお父さんの前まで持ってくると、お父さんはイスから立ち上がってこっちに来て「どれどれ……」って素材の(はし)から(はし)まで注意深く観察しだした。

 

 

 お父さんは少し前にちょっと変わった。厳密に言うと、お母さんが海に出たってことをわたしが知ったことを話して……その後、お母さんが、お母さんの乗った船がどうなったかを聞いて、わたしが「わたしにも船を造って」って頼んだ少し後……ぐらいだったと思う。

 猫背気味だった背筋はしっかりと伸び、目もこころなしか前よりもパッチリしている。言葉使いもちょっと荒々しいというか、男の人っぽい感じになって……あと、自分の事を「私」って言ってたのに「俺」って言うようになったりもした。

 

 でも、もしかしたら()()()()んじゃなくて()()()んじゃないかって、わたしは思ってる。

 だって最初はいきなりで驚いたけど、わたしは何故かあんまり違和感を感じなくて「お父さんだ」って冷静に認識できていたから。それに、おねえちゃんもお父さんの変化には何も言わなくて……あっ、でもそれはもしかしたら、わたしが船で出ていこうとすることに頭がいっぱいだっただけかも……?

 ……と、とにかく! わたしがお母さんのことを憶えてなかったのと同じで、昔のお父さんのことも忘れちゃってただけなのかもしれないってこと!

 

 

 

 集中してるお父さんの確認作業を邪魔するわけにもいかないから、わたしはなんとなくあたりを見わたした。

 

 ふと目にとまったのは、机の上に置かれている船の設計図らしき用紙。ときおり吹く潮風に飛ばされないようにと重りで抑えられている設計図(それ)には船みたいなのの他にも色々書き込まれてる。

 たぶんこれに書いてある内容の中に、船を造る条件として言われた「持ってくる船の材料」とその詳しい大きさや作り方も書かれているはずなんだけど……見てみたけど何が書いてあるのかさっぱり。昔、『錬金術』のレシピを見た時、全然わからなかったのと同じで、船のことを勉強していったら何が書いてあるか理解できる(わかる)ようになるのかな?

 

 

 

「……おう、これなら申し分無いな。この調子で次の材料も持って来てくれ」

 

「うん! ……それで、そろそそ組み立てていったりするの?」

 

 わたしは何も浮かんでいないあたりの海面をキョロキョロと見渡しながら、お父さんに聞いてみる。

 自分の用意した素材が船になっていくのは凄く興味があるから、できればこの目でちゃんと見てみたいんだけど……。

 

 けど、お父さんは首を振った。

 

「いいや、本格的な組み立てはまだ後だ」

 

「ええ~? なんで?」

 

「お前には設計図通りに材料を教えているし、お前もそれに忠実に作ってきているってことは間違いないだろう。……だが、こういうパーツに別れたものとなると、どうしてもどこかに微妙なズレができてしまっていたりするんだ。そして、大きな物ほど少しのズレが後々大きく響く……それが起きないように、計算し直したり微調整を加えるのが、今の俺の仕事なんだ」

 

「そうだったんだ……! ここでただ座ってるだけじゃなくて、そんな大事なことしてたなんて」

 

「うん……まあトトリとしては、褒めてるつもり……なのかな?」

 

「えっ?」

 

 わたし、何か変なこと言ったかな?

 

 でも、前に話した時「お母さんにも触らせなかった」って言ってたし、船造りってそういう細かいところが大事なんだろうなぁ……お母さんの場合、五月蠅(うるさ)かったから手伝わせてみたら甲板や船底を壊したっていう、根本的な問題があったらしいけど……。

 

 

 

「前に話した……あっ、そうだ!」

 

 わたしはあることを思い出して、お父さんに聞いてみることにした。

 

「お父さん! この前の、お母さんとの結婚の話……!」

 

「こらっ、バカ!? それは十年後って話だろ!? ハイ、この話はお終い!」

 

「えー……」

 

 お母さんが冒険者になった経緯とか、昔のお母さん話をしてくれるんだけど、どうしてもこの話だけはお父さんはしたがらない。わたしは凄く気になるんだけど……どうして教えてくれないんだろう?

 

 わたしがちょっと頬を膨らませてみせると、お父さんは困ったように頭をかいた。

 

「勘弁してくれ……。他のことなら話すからさ、な?」

 

 そう言われても……うーん……?

 

 

「あっ、そういえば、お母さんってマイスさんと仲が良かったっていろんな人から聞いたんだけど……どんな感じだったの?」

 

 前々からちょっとだけ気になっていた内容(こと)なんだけど、誰に聞けばいいかよくわからなかったから聞けず、そういったタイミングも無かったから、ずっと心の奥にしまっていた疑問。

 そのわたしの疑問を聞いたお父さんは、不思議そうに小さく首をかしげてきた。

 

「どんな感じって……マイス君(かれ)から聞いてないのかい?」

 

「何があったーとか、何を話したーとか、出来事は色々教えてくれたんだけど……逆に言うと()()()()()()ばっかりで、どういう感じだったかとかは全然知らなくて」

 

「ああ、なるほど」

 

「マイスさんが話してる様子からして仲が良かったのは本当みたいだけど、周りの人は「よくわからない」とか「変わった二人組」って言ってて、実際はどうだったのかなーって」

 

 わたしがそう言うと、お父さんは腕を組んで「うーん……」ってうなった。

 

「……まぁ、確かに何とも言えない感じではあったかな。とはいっても、二人が一緒にいるのを俺が見たのは、十年くらい前に彼が『アランヤ村(ここ)』に来たあの時だけだから、俺が知ってるのもほとんどギゼラ(あいつ)から聞いた話だけで(かたよ)ってる。……それでもいいか?」

 

「うんっ! 教えて、教えて!」

 

 

 

「ギゼラが彼と会ったのは、さっき話したのと同時期……つまり、十年前くらいなんだが……冒険の途中に街の近くまで行ったら面白い子に会った、っていうのがギゼラ(あいつ)が帰って来てから言ったことだ。あとは、メシが美味かっただの……モンスターと暮らしていたとか信じられない話もされたな」

 

「へぇー。でも、それってそのままのマイスさんっぽい」

 

「だな。俺は実際に『青の農村』とか彼の家に行ったことは無いが、至って事実を述べただけだと思う」

 

 頷いていたお父さんだったけど、顎に手を当てて「だがな」と続けた。

 

「問題と言うか、ちょいとわからないところがあるんだが……まあ、それは置いといて、その後の事なんだが……」

 

「えぇ……そんな言い方されると気になるんだけど」

 

「まあまあ、聞いてればおのずとわかってくるって。っで、それから少し経ってから、彼とそのお友達が『アランヤ村』に来たんだが……はたから見ても二人は凄く仲が良かったな。二人で随分と話し込んでたりと基本一緒にいたし、ギゼラが「腹減った」って言ったら彼がここで獲れた魚を使った料理をすぐさま作ったり……どっちが客なのかわからなかったな、あれは」

 

 そう聞いても、わたしは苦笑いをこぼすことしか出来なかった。

 というのも、人の家に来ても色々世話を焼いたりするマイスさんは嫌と言うほど想像するのが簡単だったから。……というか、アトリエに来た時も先生に変わってお茶を用意したりするし……きっと、マイスさんはそういう性格なんだろうなぁ……。

 

「……その後は、トトリたちと一緒に来るまで彼が『アランヤ村』に来ることはなかったな。けど、ギゼラとの付き合いはずっと続いていたみたいだったけどな」

 

「そうなの?」

 

「ああ。ギゼラ(あいつ)が冒険に出て言った時は毎回……下手すると行きと帰りに彼のところに立ち寄ってたみたいだからな。んで、その時の話を冒険譚(ぼうけんたん)の最後に話すのさ。メシの事とか、彼の近状とか……まあ、それで「農業を他人(ひと)に教えてる」とか「それが村になった」とか、そういう話も知ったわけだ」

 

 

 

 お父さんの話を聞けば聞くほどこれまで他の人たちから聞いた話と同じで、なんだか拍子抜けと言うか「やっぱりそうだったんだー」って感じで、特に驚きもしなかった。

 ということは、二人の関係ってみんなが言ってたようにただの仲良し……お友達ってことなのかな?

 

「……あれ? でも、お父さんは変なところがあるって言ってたような……?」

 

「あー……さっき()()は言ったが、やっぱり直接あの様子を見たことが無いとわからないものかもな。なんつーか、()()()()()()()()()

 

 お父さんはそう言ったんだけど……わたしはつい首をかしげてしまう。

 

「仲が良い、って。でも、マイスさんと仲が悪い人なんてほとんど見たことが無いし……それくらいが普通なんじゃないの?」

 

「いやまあ、ギゼラも彼もそんな人見知りをするようなヤツじゃないし、むしろ社交的だけどだな。でもなぁ……『アランヤ村(うち)』に来た時だって、これまでに一回しか会って無いはずなのに、まるで長年の付き合いがあるみたいに仲が良くてだな……」

 

「……嫉妬?」

 

「イヤ違う、断じて違うぞ? 確かに、お土産として彼から貰った物を持って帰ってたりしてて、いつだったか、ギゼラが珍しく小洒落(こじゃれ)たネックレスをつけてたことがあって「これ? マイスのヤツがプレゼントってくれたんだよ」とかおかしそうに笑ってた事もあった……だがな、相手はツェツィよりほんの少し年上なだけの子供だからそんな気にすることじゃ……」

 

 

 そうこころなしか早口で言い放つお父さんだったけど、ふと口を止めて首を振った。

 突然のことでどうしたのかと思ったんだけど、わたしが何か言うよりも先に、お父さんはため息をついて再び口を開いた。

 

「それに、怪しい……というか、一番気になってる部分は明確にわかってるんだ」

 

「……?」

 

「初めて会った日のこと……ギゼラは「どんな話をした」とかそういうことは一度も話さなかったんだ。マイスがどんな感じの子だったとか、どういうところだったとか、メシはどんなのだったかは聞き飽きるほど聞いたってのにな。他の日だとどんな話をしたかは聞かなくても話してきたのに、初日の話だけは聞いてもいつもはぐらかされたな」

 

「ええ? でも、なんでそんなに隠すのかな?」

 

「さあな。ただ、それがきっと仲が良過ぎることにつながってると思うんだが……」

 

 「さっぱりだ」と肩をすくめるお父さん。……わたしも同じような気持ちかもしれない。

 

 

 

「……まあ、俺が話せるのはこのくらいかな? 参考になったかはわからないが……」

 

「うーん? 仲が良かったのは間違いないんだろうけど……でも、なんだかよくわからない感じもするし……?」

 

 他の人たちが何を見たり聞いたりしたかは知らないけど、もしかしたら今の私みたいになんとなくの違和感のような物を感じたのかも? だから、二人の関係を「よくわからない」とか「変わってる」って言ってたのかもしれない。

 

 

 

 

「他にあの二人のことで話せるようなことはあったかな?」

 

 何か思い出そうとしているお父さんを見ながら、わたしも何か聞きたいことが無いか考えてみた。

 二人のこと…………お母さん……と……マイスさん…………

 

 

「あっ」

 

「ん? どうかしたか?」

 

「いや、でも……聞いても大丈夫かな?」

 

「聞きたくないってなら止めないが……まあ、こないだの結婚の話とか以外なら、答えるぜ?」

 

「えっと、じゃあ……」

 

 いろんな意味で心配だけど……わたしは意を決して、お父さんに問いかけてみることにした。

 

 

 

「お父さんは、お母さんがマイスさんにしてた借金のことって知ってる?」

 

「…………なに?」

 

「あっ、知らないんならいいんだけど……」

 

 わたしがそう言って早々に話を終わらせようとしたんだけど、お父さんが首を勢い良くブンブンと振ってそれを止めた。

 

「いやいや、よくないだろ。……で、何なんだそれは。あれか? ギゼラがまた何かやらかしたのか?」

 

「また、って……やらかしたというか、やらかした処理というか…………橋とか遺跡とか、お母さんが壊したものを修復(しゅうふく)する費用とかを、マイスさんが肩代わりでずっと国に払ってたっていう」

 

 そこまで言ったところで、お父さんの目つきがいつも以上に……船で海に出てお母さんを探しに行くって言ったわたしに本気か聞いた時と同じかそれ以上に……真剣なものになっていることに気がついた。

 

「…………いくらとか……額はわかるか?」

 

「……八桁(はちけた)くらい」

 

 

 

 

 

「……今から造る船、何(せき)……いや、何十隻分だろうな。はははははっ……」

 

「気持ちは凄くわかるけど、怖いからそんな目で海を見つめて笑わないで……」

 

「んなこと言っても、そんな金額払わせといて何も無しってわけにはいかないだろ? だからと言って何とかできるわけじゃないし……笑いたくもなるさ……はぁ」

 

 

 大きなため息を吐いたお父さんに、わたしは改めて「大丈夫だよ」と言ってみせる。

 

「お母さんがちゃんと理解してたかは微妙だけど、いちおうは話は通ってたみたいだし……それに、直接マイスさんと話したんだけど、「好きでやってる事だから気にしないで」って」

 

「いやいやいや。気にしないとかいう額じゃないだろ? そんな金額を放り投げて、いったいあの子はどういった生活してるんだ」

 

「えっと、お金が貯まる一方で困ってるみたい」

 

「……農業ってそんなに儲かるものなのか?」

 

「わたしもそう思って『青の農村』の人に聞いたんだけど、マイスさんが異常なだけだって」

 

 お父さんの顔はピシリと固まった……と思ったら、ゆっくりと柔らかい笑みを浮かべた。

 

「……トトリ。このことはツェツィに話したか?」

 

「ううん。……なんていうか、話したらダメな気がして……」

 

「だよなぁ。ツェツィは良い子なんだが……その責任感が逆に(あだ)になる。その場で倒れたり、胃に穴が開いたりしそうだ」

 

「うん……」

 

 (そろ)って「うんうん」と(うなず)くわたしとお父さん。

 こうして、この話はわたしたちふたりの心の中にしまわれることとなった……。

 

 

 

 

 

「……でも、本当にいいのか?」

 

「大丈夫だよ、マイスさん本人が言ってたわけだし。それに……マイスさんって何でもできる代わりに金銭感覚とか一般常識とか投げ捨てちゃってる人だから」

 

 

――――――――――――

 

***??????***

 

 

「ヘクション……!」

 

 

「オイオイ、大丈夫かよ」

「風邪かしら?」

 

「マイスくん、だ、大丈夫? 今日は休んでたほうがいいんじゃ……」

 

 

「うーん? そんな感じじゃないんだけど……一応『カゼグスリ』飲んでおこうかな?」

 


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