マイスのファーム~アーランドの農夫~【公開再開】   作:小実

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4年目:マイス「決戦を終えて……」

 

 

***海・船の上***

 

 激闘の(すえ)フラウシュトラウトを撃退した僕たちは、海峡を越え船を進めた。行き先は、『アランヤ村』から出発した際にグイードさんから聞いた、ギゼラさんが行くと言っていた方向、東へ東へと進んで行く。

 

 いままでのところ、探しているギゼラさんに繋がりそうなモノは、ギゼラさんがつけたので()()()フラウシュトラウトの額の古傷だけだった。

 もちろん、もう十年近く前のことだから今でも何か痕跡(こんせき)が残っていたほうが凄いとは思う……。けど、トトリちゃんをはじめ、僕を含めた船の乗員のみんなはギゼラさんを探すためにこの大海原へ冒険に出たのだ。限界はあるかもしれないけど、できる限りギゼラさんの手掛(てが)かりを探すというのは全員が一致した考えである。

 

 

「……おーい、ちょっとー」

 

 

 ただ、フラウシュトラウトと出くわした海峡からは、すでに随分と離れてしまったことが少し気にかかるところではある。

 グイードさんが話していたことだけど、『アランヤ村』に流れ着いた船の残骸(ざんがい)がギゼラさんの船の一部だったとして……その残骸を生み出したのが古傷をつけられたフラウシュトラウトだったとしたら……はたして、こんな離れたところまで漂流することが出来るだろうか? 破損した船はもちろん、船が沈んで身一つになったらなおさら難しいんじゃないだろうか?

 可能性があるとすれば、船の破損が小さかった……もしくは、大きくても船が沈んでしまったりすることのない部分だったか……いや、そもそもギゼラさんが僕らがフラウシュトラウトと出くわした場所と同じ場所で出くわしたとは限らないし、多少のズレは……。

 

 そこまで考えて、僕は「はて」と一人心の中で首をかしげた。

 

 僕は何を心配しているんだろう?

 ギゼラさんがすごく強いってことはよく知ってるし、不安要素だったフラウシュトラウトも多少てこずったものの「ギゼラさんほどじゃぁ……」というのが正直な感想だ。海の上というフラウシュトラウトに有利な状況であってもギゼラさんがやられるとは思えない。

 なのに、何故か僕の中では不安が大きくなっていっている。

手掛かりがほとんど見つからないから? いや、でも、そんなの今に始まったことじゃないから関係無い。もっと何か別にあったかな……?

 

 

「聞いてるー? マ・イ・スー!」

 

 

 耳元でそんな声をあげられて、僕は反射的に身をすくめてしまった。

 ()()()()()()()()()声のした方へと目を向けると、そこにいたのはメルヴィア。そして、その後ろにはトトリちゃんとミミちゃんもいた。

 

「ん? どうかした?」

 

「どうかした、じゃなくってさぁ。今、止めてくれたけど……()()やめてくれないかしら? 正直、ちょっと怖いんだけど」

 

 そう言ったメルヴィアが目をやったのは僕の手元。メルヴィアが言っている「それ」というのはもしかして……。

 

「えっと、『クワ』のこと?」

 

「『クワ』そのものっていうか、素振りしてることよ。マイスならそんなことしないって思ってはいるけど、見えると船を壊さないか気が気じゃないのよね」

 

「……? なんで?」

 

 いや、まあ、確かに考え事しながら甲板で『クワ』の素振りをしていたけで……あくまで素振りだし、実際に耕してるわけじゃないからそんなに気にしなくていいと思うんだけど……?

 

 

 僕が首をかしげていると、ミミちゃんが「はぁー……」と大きなため息を吐いた後、ジトーっと睨みつけてきた。

 

「フラウシュトラウトへの()()一撃を見た人なら誰だって気にするわよ。……というか、なんで素振りなんてしてるのよ」

 

「なんでって、その……最近農作業とか土いじりができてなくて、なんだかウズウズするっていうか、落ち着かないっていうか……。こんなに長い期間、冒険に出ることって無かったし、そもそもほとんど海の上で落ちつかなくって」

 

「だからって、こんなところで『クワ』を振り回さなくっても……」

 

 

 苦笑いをしてそう言ったトトリちゃんだったけど、不意に表情を変え、(ほお)に手を当ててどこは他所(よそ)を見ながら呟き出した。

 

「あっでも、なんとなく気持ちはわかるかも。わたしも最近『調合』できてないから……時間ができると、ついつい杖でグルグルしちゃいたくなっちゃって。……そういえば、初めてロロナ先生が来た時、先生も『調合』しながら「久しぶりだなー」なんて言ってたっけ? 同じような気持だったのかな?」

 

 トトリちゃんの呟きに反応したのは、メルヴィアだった。なんというか……本当に何とも言えない顔をしてる。

 

「ああ……ロロナさんが始めてきた時って()()でしょ? グイードさんに釣られて、あんたたちの家が半壊した……」

 

「ちょっと待ちなさい。意味わかんないわよ」

 

 「何言ってんのよ」と、ツッコミを入れるミミちゃん。僕も同じ気持ちだ。

 ただ……ロロナがグイードさんの釣竿で釣り上げられたっていう話は聞いたことがあるから、なんとも……。でも、ヘルモルト家が半壊って、何があったんだろう?

 

 

 

「まあ、そんなことは置いといて。とりあえずマイスは『クワ』を片付けておきなさい」

 

「ええ……」

 

「「ええ」じゃないわよ。まったく」

 

 メルヴィアに呆れ気味に言われて、僕はしぶしぶ『クワ』をリュックにしまう。

 

「……マイスのも、当然のように何でも入るのね」

 

「え?」

 

「んーや、なんでも」

 

 

 

―――――――――

 

 

「オーイ! でっかい島が見えてきたぞー!」

 

 『クワ』の素振りをやめさせられてから数時間。海風を感じながら甲板の(はじ)で日差しを浴びながらノンビリとお昼寝をしていると、船の先端あたりからジーノくんの元気な声が聞こえてきた。

 その声に僕は立ち上がり、そっちのほうへと向かう……。

 

 

 僕が船の先端あたりへとついた頃には、すでに僕以外の人も全員来ていた。

 

「島が見えたの?」

 

「あっ、いえ。「島」っていうよりは……もしかすると、「大陸」って言っていいくらい大きなところかもしれないです」

 

 僕の問いかけにトトリちゃんがそう答えた。

 それを聞きながら船の正面の方向を見る。確かにここに来るまでに見かけたり立ち寄ったりした孤島とは比べ物にならない大きさの影が見える。こっちのほうは未開の地という事もあって正確な地図も無いため確認することはかなわないけど、おそらく目の前の陸地は「大陸」というものだろう。

 その陸地の上空には灰色の雲が広がっていて陸地がうっすらと白く見えるため、もしかしたら雪が降っているのかもしれない。

 

 

「なあなあ! あそこに上陸しようぜ!」

 

「どうするの、トトリ?」

 

 興奮を抑えられない様子のジーノくん。そして、トトリちゃんにどうするか問いかけるミミちゃん。

 トトリちゃんはといえば、ジーノくんほどではないものの興奮している様子で、大陸に目をやったまま「わぁー……!」と小さく歓声をあげていた。

 

「うん! このまま進んで、どこか船を()められそうな場所を探して上陸しよう!」

 

 

了解(りょーかーい)。んじゃ、ちょっと海岸のほうを見てみようかしら」

 

「なら僕はイカリのほうを準備しとくよ。使う時には声をかけてくれたまえ」

 

 そう言うと、メルヴィアは望遠鏡を片手に陸地のほうを覗きこみはじめ、マークさんはイカリの用意のために移動しはじめた。

 

「なら、わたしたちは……」

 

 「うーんと」と小首をかしげるトトリちゃん。その隣でジーノくんが腕をビシッとあげた。

 

「オレはいつでもいけるぜ!」

 

「何言ってんのよ、バカ。小島ならまだしも、大陸に上陸するならちゃんとした準備をしなきゃダメに決まってるじゃない。ほらトトリ、必要な荷物をまとめてきましょう」

 

「うん、そうだねミミちゃん。行こっか」

 

 ビシッと言ったミミちゃんはトトリちゃんと一緒に船内へとむかった。荷物の準備のために倉庫の方へと行ったのだろう。ジーノくんも「おい、ちょっと待てよー?」とその二人を追って行く。

 

 

 うーん……僕はどうしよう?

 他に何か準備するべきことって何かあったっけ?

 

「あっ、そうだ……!」

 

 

 

―――――――――

 

***海岸***

 

 

「……で、何してるのよ」

 

 陸地が見えてきてから一時間足らずでたどり着き、船をちょうどいい海岸に泊め終えた僕らは雪で白く染まった大地に上陸したんだけど……そこでの作業を始めようとしたところで、準備をしている僕にミミちゃんが少し手元を覗きこみながら問いかけてきた。

 

「ほら。さすがに船をここに放置しとくわけにはいかない。だけど、誰かが残るってわけにもいかないよね?」

 

「確かにそうですけど……何かあるんですか?」

 

 不思議そうに見つめてくるトトリちゃんに「ちょっと待ってね」と言ってから、必要なモノを全て取り出す。

 

 

「よーし! みんな、出ておいで!」

 

 取り出したモノ……何種類もの『アクティブシード』を雪の積もった地面へと放り投げる。すると種が成長し……『剣草』、『はにわサボテン』、『マジックソラマメ』、『ジャック』……様々な種類の『アクティブシード』が姿を現した。

 この子たちがいれば、船を守ってくれるはずだ。

 

 

「ちょ!? なにこれ!?」

 

「ん? メル(ねぇ)、知らねぇのか? この前、オレが乗ってた『ハスライダー』ってやつの仲間なんだってさ」

 

 驚いているメルヴィアに、前に僕が『アクティブシード』の説明をしたことのあるジーノくんが簡単に説明していた。

 

「これかぁ……僕はあんまり好きじゃないんだよね、よくわからないし」

 

「……まぁ、『青の農村』にいるモンスターたちと同じようなもんでしょ。そんな気にすることはないわ」

 

 ああ、そういえばマークさんは『プラントゴーレム』も嫌いだって言ってたっけ? でも、『アクティブシード』も『プラントゴーレム』もすっごく便利で良い子たちなんだけどなぁ……?

 ミミちゃんは、特に嫌いだったりしてるわけないみたい。昔から『シアレンス』でのこととか、モンスターのことなんかも話してたから、色々と慣れてるのかもしれない。

 

「そういえば……『アクティブシード』ならわたしも持ってるから使おっと!」

 

 トトリちゃんはそう言うと、ポーチから何かの種……おそらくは『アクティブシード』なんだろうけど……それを取り出して、地面へ投げた。

 そこから生えてきたのは……ああ、思い出した! いつだったか、前にトトリちゃんにお願いされて『フラム』を二人で調合した時にできた、その見た目から『フラムユリ』って名付けたものだったはずだ。

 

「げっ!?」

「んなっ!?」

 

「……?」

 

 なんだか知らないけど、『フラムユリ』を見たジーノくんとミミちゃんが驚いて身構えていた。……というか、ミミちゃんは凄いスピードで僕の後ろに隠れて……一体、『フラムユリ』で何かあったのだろうか?

 

 

「これで船から離れても大丈夫かな?」

 

「たぶんね。けど、僕は『アクティブシード』を何日も放置したことはないから、どうなるかはちょっと……」

 

 一日持つことはほぼ確実だろうけど……そもそも、使用者である僕が離れても大丈夫かっていうのもちょっと不安だし。

 そう言ったことも考えると、いちおうの保険もかけておいたほうがいいかな?

 

「うーん。もうちょっと色々対策しておこうと思うんだけど……ちょっとまだ時間がかかりそうだから、トトリちゃんたちは先に冒険しに行っててくれるかな?」

 

「えっ……!? でも、大丈夫なんですか?」

 

「うん。ちょうど雪が積もってて足跡も残りそうだし、追いかけるのは出来るよ」

 

 そう言うと、トトリちゃんは改めて「うーん……」と数秒悩んだけど、最後には「わかりました。それじゃあ、お願いします」と言ってくれた。

 他の皆にも事情を話して、トトリちゃんと一緒に先に行ってもらうことにしてもらった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

「……さて。『アクティブシード』のみんなには船の上と陸とに分かれてもらって……後は()()()を埋めとこう」

 

 「あの種」というのは『プラントゴーレム』の種だ。埋めるてから一日経つと、埋めた場所の周囲の土を元に身体を生成するゴーレムで、埋めた人の言う事を聞くようになるのだ。そしてこれは『錬金術』で『調合』した時に偶然数個できたものの残り。

 その種を埋めておけば、もし一日経って『アクティブシード』が種に戻ってしまっても、交代するように『プラントゴーレム』が出来てくれれば船を守ってくれるはずだ。

 

「早く埋めて、みんなを追いかけないとな」

 

 『クワ』を取り出して、雪に(おお)われた地面を見つめる。

 ……これ、雪が厚いと埋めるのに時間がかかりそうだなぁ……。

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 海岸での作業を終えた後、僕はみんなの後を追った。

 

 そして、雪の積もる大地にあった針葉樹の林を抜けたあたりで見えてきた、見たことの無い形の家がいくつもある村と……そのずーっと先にある雲に突き刺さるような細長い塔が見えてきたあたり…………

 

 

 

 

 …………僕の耳に、トトリちゃんの()()な泣き声が聞こえてきた。

 


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