「では、次にそちらの『マジックグラス』を入れてください」
「うなー」
「『マジックグラス』を……こう、かな?」
「はい、量もそのくらいが適量です。では、そのままの調子で混ぜ続けてください」
「なー」
えっと、どういう状況かというと、僕の家の作業場で ホムちゃんから錬金術の指導を受けてます
僕は錬金釜の中を杖を使ってかき混ぜていて、少し離れたところでイスに座ったホムちゃんが何をすればいいか教えてくれている。なお、座ってるホムちゃんのスカートごしの膝の上には こなーがゴロンっと寝転んでいて、そのこなーをホムちゃんがなでていたりする
「っと、出来たかな?」
反応を終え、釜の中の液体が無くなったようなので 釜の中を覗きこんで見ると……あった、無事調合ができたみたいだ
「『ヒーリングサルヴ』…だったかな?」
「はい、『ヒーリングサルヴ』です。 初めての調合でこれほどの品質のものをつくれるとは……ホムは驚きを隠せません」
立ち上がり イスにこなーを置いたホムちゃんが、僕のそばまで来て完成品の『ヒーリングサルヴ』を眺めながらそう言った
「錬金術自体は初めてじゃあないんだけどね」
『アクティブシード』を以前に創った経験があるから、今回が正確な「初めて」ではないのは確かだろう
そう思って言ったんだけど、なんだかホムちゃんがこちらをジーッと見てきてるんだけど…
「おにいちゃんが言う『錬金術』とは、1時間ほど前にホムがこなーのもとに遊びに来た際にやろうとしていた 釜に素材を入れてかき混ぜるだけの行為のことですか……?」
いつからか僕のことを「おにいちゃん」と呼んでくるようになったホムちゃん。理由を聞いても教えてくれないけど、別に困るわけじゃないからそのまま呼ばれてるけど……なんというか、ムズかゆいな…
「うん、そうだよ」
「あれは錬金術でも何でも無い、ただの無意味な行為だと ホムはお教えします……」
そう言うホムちゃんの眉毛は見事にハの字になっていて、残念な人を見るような目をしながらも 諭すように僕に語りかけてきた
……実際のところ、今回ホムちゃんに教えてもらってわかったんだけど、やり方はかなり違っていたことは確かだ。釜の中に液体を入れて煮つめたりは僕はしなかったからね……
「でも、なんでか調合はできたんだけどね」
「以前にアトリエで見せていただいた『アクティブシード』のことですか。たしかにあのようなものは 自然には存在していそうにないものでしたが」
何かを考えるようなしぐさをしたかと思えば、おもむろに『マンドラゴラの根』『コバルトベリー』『マジックグラス』を作業場内のコンテナから取り出してきて僕に押し付けてきた
「これって、さっきの調合に使ったものと同じ……」
「はい。これらを使っておにいちゃんが以前した方法を行ってください。本当に調合ができるのであれば先程と同じように『ヒーリングサルヴ』ができるはずです」
なるほど、それはそのとおりだ
「それじゃあ、始めるよ」
錬金釜に『マンドラゴラの根』『コバルトベリー』『マジックグラス』を入れ、杖でかき混ぜる
そう時間のたたないうちに、杖を持つ手に伝わってくる感覚が空の空間ではなく、まるで釜の中に水か何かが満たされているかのように 釜に入っている杖の部分にわずかな抵抗が感じられるようになってきた
この感覚には覚えがある
錬金釜の中が 水とも淡い光の塊ともとれるような不思議なものに満たされていた。うん、『アクティブシード』ができた時と同じだ。つまりはうまくいっているんだと思う
とは言っても まだ途中段階、休まず杖でかき混ぜ続けなければ
「…………。」
集中してかき混ぜていると、なんとなく気配がしたので そちらに少し意識を向けると…………
「じー……」
釜のすぐそばまでホムちゃんが寄ってきていて、釜の中の淡い光を眺めている。いや、もしかしたら注意深く観察しているのかもしれない
というか、ここまでそばに寄って来てたのに気がついてなかった僕は、よっぽど集中していたのだろうか
時間は10分もかからなかったかもしれない。釜の中の淡い光が外へと漏れ出したかと思えば それはすぐに消えた
「ふぅ、調合完了」
断言してしまったけど、本当にできたのだろうか。正直自信は無い
僕が確認しようとする前に、真っ先にホムちゃんが釜の中に顔を突っ込んでしまいそうな勢いで覗きこんだ
「…………。」
……あれ?覗きこんだかと思えば、そのままジッと動かない
どうしたのだろうか?もしかして、素材がそのまま残っていたとか……
心配になって、僕もホムちゃんと並ぶように釜の中を覗きこんでみた
「何も……無い…」
「……そのようです」
僕の呟きにホムちゃんがこたえてくれた
確かに これは固まってしまうくらい予想外の結果だ。素材どおり『ヒーリングサルヴ』ができるのでも無く、別のものができるわけでもなく、まさかの消滅……どう反応すればいいんだろうか
「あれ?」
釜の中をじっくりと見渡していた時に気がついた
よく見ると釜の色によく似た黒っぽい何かが1粒、釜の底に転がっていたのだ
「なんだろう これ…?」
手に取ってみる。大きさは指先に乗ってしまうくらい小さくて、色は黒に近い灰色で、形はほぼ球で……
「種、かな?」
にしたって、なんでこんな釜の中に……調合を始める前には確かに何も入っていなかったはず――――――――――あっ
ある考えにたどり着き パッと隣にいるホムちゃんの方を見てみると、ホムちゃんも同じ考えにたどり着いていたみたいでコクリと頷いてくれた……ただし、残念そうな表情で
「何でも種にしてしまうのは、さすがにどうかと思います」
「いや、別にしようと思ってできたわけじゃないんだけどね」
「新しい種が欲しい」とか思っていたりはするけど、少なくとも さっきの調合中はそんなことは全然考えてなかった
「では、おにいちゃんがしていた『テキトー錬金術』は何でも種にしてしまうということでしょうか」
「断言はできないけど、『アクティブシード』の例もあるから……というか、『テキトー錬金術』って」
「見たままの表現です」
そう断言されてしまっては、なんとも反論し辛い
「……そういえば、その種も前のもののように 落とせば勝手に生えてくるのでしょうか?」
それはどうだろうか?見た感じとしては『アクティブシード』とは全くの別物のようだし、むしろ普通の種っぽい
「たぶんだけど、普通に育てる種だと思うよ。畑とは別の庭先で育ててみようかな……何の種かはわからないけど」
「素直に考えるなら、『コバルトベリー』の実ができ『マンドラゴラの根』と同じような根をもつ『マジックグラス』でしょうか」
「……素直に考えなかったら?」
「…………『ヒーリングサルヴ』が生えてきます」
「なるほど、生えてきたものからできる実に そういう効果があるってこと?」
「すみません、ジョークだったのですが……」
申し訳なさそうにホムちゃんがそう言ってきたんだけど、恥ずかしさ以上にホムちゃんがジョークを言うことに驚いた
「グランドマスターから教えられたのですが、ホムはタイミングを間違えたのでしょうか?」
「ホムちゃんが間違えたというか、僕が勘付けなかったというか……まあ とりあえず、庭にこの種を植えに行ってみようか」
「わかりました。では、こなーも連れていきましょう。ひとりだけおいていくわけにはいきません」
――――――――――――――――――
庭に種を植え終えて 再び家の中に入ると、作業場にある手錬金術に使ったものを手早く片づけをし、ソファーやテーブルなどがある広い部屋へと戻ってきた時には、陽は傾きはじめ 空はオレンジ色になりつつあった
ホムちゃんはソファーに座って こなーと子ウォルフくんと遊んでいて、僕はそのそばのテーブルでイスに座って 日記に今日の錬金術のことを詳しく記録していた
「そういえば、今日は晩御飯食べてから帰る?」
そう僕が聞くと、ホムちゃんはこなー達と遊びながらも しっかりと頷いてくれた
「はい。今日は晩ごはんを食べて、こなーと一緒に寝て、朝ごはんを食べてからアトリエに帰る予定です」
「うん、わかったよー………………えっ!?」
「明日の昼までは主立った用事は無いそうなので、問題ありません。マスターからしっかりと外出許可は取りました」
「そ、そうなんだ……」
どうやら、僕の聞き間違いでは無いみたいだ……
ホムちゃんのはじめてのお泊り