「……食べすぎじゃない?」
「そでもないよ」
掘ちえの食べっぷりを前に、三晃は思わずため息を吐いた。
場所は食堂、時刻はお昼。
山のように盛られたパフェが二つ。それらを同時に、乱雑に食べ散らかすホリチエ。膨らんだ頬がなんとなくリスを思わせる。だからといって嬉しそうな顔してる訳でも、美味しいという反応を示すわけでもなく、当たり前のように淡々と「処理」していく様は、どこか凄みさえ覚える。
とても同年代とは思えない小ささを差し引いても、食堂で掘は目立っていた。
すわれば? と促され、彼女はおずおずと目の前の席に付く。プレートの上にはパンケーキと、紙コップに入ったサラダにフライドポテト。
目の前の相手のきれいな黒髪を眺めつつ、掘はいつも通り普通に会話を始めた。
「三晃さん、なかなかお昼ジャンキーだね」
「貴女がそれを言うのかしら……?」
なお、掘と彼女は別に仲が良いという訳でもない。クラスメイトでさえない。何度か話したことがある程度の仲だ。それでも何一つテンションが変わらない辺りが、ホリチエのホリチエたる所以か。
おまけに、ちょっと探りめいたことまで入れてくる始末。
「それともアレ? やっぱり粉ものの方が解けやすいとか?」
「……まあ、食べやすいわよね。パンケーキは。
サラダとかポテトとかいるかしら」
一瞬表情が引きつった三晃だが、掘に自分のパンケーキ以外のそれを勧める。
もらうよーと軽く言いながらも、掘はブルドーザーのごとくパフェの消費を続けていた。
目の前の光景に色々な意味で胸焼けを覚えつつ、彼女はパンケーキを切り取って口に含み、そのまま飲み込んだ。味を感じてしまうと、どうしても、加速的に吐き出してしまう。人間社会で違和感なく生きる為に必要とはいえ、こればかりは慣れるしかないのが実情だ。
そう。人間社会で違和感なく生きる、だ。
そのために、三晃は掘に確認するべきことがあった。
この時間で一緒のテーブルに着いたのはたまたまだったが、これ幸いとばかりに彼女は話を聞こうとする。
が、これについては掘の方が先制するように口を開いた。
「警戒しなくてもいいよ。私は、写真がとれれば良いだけだし。それ以上の下心はないから」
「――ッ、何のことかしら」
「三晃さんて、そういうの結構気にしそうなヒトな気がするけど、違った?」
「……やっぱり、彼から聞いたあの話は間違いじゃなかったみたいね」
あえて「人間」ではなく「ヒト」という文字を選んだ、そのレトリック。
嫌な汗をかいている自覚をしながら、三晃は掘を観察する。選択授業で一緒になった際「ホリチエって呼んでよ」と言われたくらいしか、本人に関する記憶はない。むしろ彼女については、それ以外の面の方が目立ちまくりで印象がぼやけている。
曰く、変人。よく写真を撮影してる姿が目撃されるが、勉強も写真の腕もむらが大きく激しい。
捉え所が無い、というのが印象。自由人と言い変えても良い。
だがここ最近、彼女についてあるちょっとした噂が広まりつつある。
そこで出てくるのが、月山習だ。政財界への影響も大きい月山家の御曹司。加えて容姿端麗、文武両道。フェミニストだとか外来語混じりの独特な喋り方だとか、色々あるが要するに注目の的である。
そんな彼が、妙にその彼女と一緒に居る。クラスに遊びに行っただとか、一緒に昼食をとってるだとか、追いかけっこしていただとか、休日デートしているだとか。
育ちが良い人間が多いせいか、妄想は捗る。眉唾なものまで含めれば切りは無いが、実際問題、掘ちえと月山習が一緒に居る光景は、最近多く目撃されてるのも事実。
それゆえ、二人は付きあっているのではないか、というのが噂される。
そこまで騒ぎ立てるのはもっともごく一部だが。だが二人が仲良くなっているというのは、一部の女子に危機感を抱かせるに充分であった。
なお月山本人に聞けば、当然違うと言われる。というか、三晃はその理由を聞いていた。
つまるところ――掘は、
より正確には「月山習が喰種であることを知っている」ということだ。
亜人種と言えば良いか。人間とほぼ同様の生き物でありながら、人間の屍肉を貪ることでのみ生存を計れる。それが喰種。
そんな彼の捕食現場の写真を収めた、というのを聞いたのが何週間か前。色々手を回してから始末を付けるというようなことを言って、始末を付けなかったのが現状。
ぱしゃり、とそんな彼女の表情を、首からぶら下げたカメラに掘は収めた。
「……肖像権とかないのかしら、私」
「個人で楽しむ範囲じゃないかな、これだと。ほらほら、かわいいよー?」
ささっとデータをスマホに落し、彼女に見せつける掘。
意図的にやっている、印象を暗くするメイクや髪型。写る自分の表情は、だいぶ引きつっていた。
それを指さし、掘は楽しそうだ。
「ま、それはともかく。何か言いたそうだったけど、そゆことじゃないの?」
「……合ってはいるんだけど、釈然としないわね。いつ気付いたの?」
「態度と、後はイメージかな?」
ちなみにだが、三晃もまた喰種である。学内では数少ない喰種仲間といえる月山と、時折情報交換やら何やらしていたりもした。
ただ直接は確信部を口にせずとも、こんな話を場所を変えず続けるのは如何なものか。
三晃の疑問を流しつつ、掘はカメラのレンズを弄りながら答える。
「いつファインダーで見ても、全然前に出てくるイメージがなかったし。ってことは意図的にイメージをぼかしてるっていうか、地味にしてるってことでしょ? でも三晃さんの見た目的に、それで意図的にやってるってのはちょっと変かなーって。
あとは、たまーに話に名前が挙がってくるからねー。ほら、月山君って興味ない相手は全然興味ないでしょ? 私とか」
「自覚はあったのね、両方」
「全く気付いてなかったみたいだかね、彼。結構悪目立ちしてたのに」
聡い、と三晃は思った。少ない情報から確度の高い推論を導き出す部分も、それを表に出さず飄々とカマをかけるところも、結果が変わらずとも態度を全く変えない豪胆さと。
再びパフェの処理に戻る彼女に、三晃は少しだけ笑って言った。
「ついでだから聞くけど、実際のところどうなの? 月山君とは」
「なんかヤだなー、その聞き方」
掘のスプーンを持つ手が止まった。
割と珍しいことに、半眼だった。普通に嫌そうである。
「だったら三晃さん、もっとちゃんとした友達になってあげてよ彼の。月山君、ほぼ毎日って頻度でこっちの教室に遊びに来るから、たまーに鬱陶しいんだよねー」
「取り巻きが聞いたら発狂しそうな台詞よね、それ」
当たり前のようにファンクラブ的な何かがある月山習である。
「私は私で、没個性で浮いてるからそれもそれでどうなのかしらね……。
まあ、冗談は置いておいて。個人的にはどうして月山君が貴女と親しくなったのか、気になったからもっと話してみようかと思って」
「場合によっては、
「……そういう言葉の使い回し、なかなかよね掘さん。
いえ、まあ月山君が放置してるなら大丈夫なんでしょうけどね。彼、あれでいて家の大きさとか分かってるから、そういうミスは犯さないし」
使用人とかまでは知らないけど、と三晃。
叶君とか脇甘そうだよねー、と掘。
「でも、あんまり私話すことないよー? カメラの話だったらいくらでも出来るけど」
「写真の話じゃないのね」
「撮ったら撮りっぱなしだし、私の場合。
カメラといえば、最近トイカメラ買ったんだけどさ。ピント合わせるのとか光の入れ加減とかが難しくってさ。ウンコだよウンコ」
ウンコを連呼する掘に周囲の視線が集る。本人は気にしていないらしいが、三晃は少し頬が引きつった。
食べるペース一つ変わらず、掘はラストスパートに入る。
「好き嫌いはあるかもしれないけど、なかなかねー」
「いまいち私にはわからないんだけど、説明願える?」
「合成樹脂とかで作った、チープ系のカメラなんだけどね。大衆向けで簡単に出来て、でもだからその分普通のカメラみたいに上手に撮影できない感じ。でもその微妙な歪みというか、そーゆーのが味あるって好事家には人気。
私もあんまり使わないんだけど、一個くらいあっても良いかなーって」
カメラの話は続く。どこのメーカーが使いやすいだとか、雑誌よりもネットの方が拡散は早いだとか、フリー素材の用法などなど。
三晃としては大きく興味がある分野ではないが、話している彼女は普段より多少楽しそうだった。
そんなタイミングで、彼が現れる。
「――やあ掘、奇遇だねこんな食堂でッ」
「咽るよ月山君」
彼女の頭をぽんぽんしながら、月山習が現れた。普段から微笑を絶やしてない彼だが、そのテンションは遠目で見てる彼のそれよりも更に何段階かハイに見える。
今気付いたという風に、三晃を見て「やぁ」と声をかける。向こうもこちらのキャラ付けを把握してのことだろうと彼女は思ったが、同時に半分は本気で眼中になかったのだろうとも思った。
「相変わらず君はよく食べるね小さき友よ。一体このコンパクトサイズにどうして収納できるのか」
「この間よりはカロリー低いよー」
「はっははは、たまには自分で払いたまえ掘よ」
隣に座った月山に、食べながら軽く応答する掘。実際に見て見ると、力比べや立場で言えば月山の方が強いはずだが、どうも関係は彼女の方に傾いているらしい。流石は自由人と言うべきか、彼女の前では月山家も取り巻きの黄色い声も、衆目美麗もなんのそのといったところのようだった。
今の所、あまり三晃は人間と積極的には関わっていない。隠れながらのらりくらりと、ひっそり生き延びる事を前提にしているのだ。
だからこそ、彼女の一挙手一投足に振り回される彼というのが、見ていてなかなか興味深い。
双方共にそんなに親しい間柄ではないのだが、傍から事情を知って見てる分にはそれなりに楽しめるのだ。
「Shiiiiiiit!!!!」
「たまには美しい僕も撮りたまえ!」
……その分、只でさえ奇想天外な月山の更なる発展に、時折顔を下に向けて笑いを堪える必要があったが。
そういう意味では、掘の神経は相当図太いのか。叫ぶ彼のそれを、慣れた様に流すホリチエ。
「月山君、黙ってれば格好良いのにねー」
「そこは同意するわ」
この小さな彼女が、果たして卒業するまで彼に飽きられず生き残り続けられるのか。
それを観察してみるのも、悪く無いかと三晃は思った。