美食家と写真家   作:黒兎可

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さんまいめ

 

 

 

 

 

 

「やあ! 待ったかね掘」

「そでもないよ」

 

 とある休日。とある駅前。

 ホリチエこと掘ちえが待ち合わせ場所。彼は学校で見るいつものイメージから全く外れていなかった。ぱりぱりと下ろしたてのような上品な服装。ややフォーマルがかったそれを悠々と着こなしながらも、彼女を見つけた時の奇怪なポーズが印象を変なものにする。

 

 まあ、いつもの月山習と言えば月山習だ。

 

 対する掘の格好も、普段とは装いが異なる。

 

「君もなかなかどうして、今日はオシャレさんじゃないか」

「目的地が目的地だからね」

 

 写真命、とまでは言わないが程々に情熱を燃やす彼女である。普段から服装は動きやすさ重視であり、小動物のように動き回る彼女に合わせてオシャレさを感じさせないものとなっていた。まあ、実年齢より子供っぽい印象を与える体つきや身長も含めて、ボーイッシュと言うべきか。

 

 ところが今日は装いのイメージが違う。臙脂色したハイネック、チェック柄のミニスカートに黒いニーソックス。足はブーツだが普段の彼女よりも女性らしい装いだ。

 ただ首から下げたカメラだけは、トレードマークであるかのように存在を主張していた。

 

 サプラィズ! などと両手を拳銃の形にして先端を向ける月山。黄色いスーツでも着ていればさぞ色々な意味で似合っていたことだろうが、本人はそのつもりはないらしい。

 

「では行こうか。時間は十時から三時間強。

 なかなか楽しめると思うよ」

「ふーん」

 

 さっと手を出してエスコートするようなポーズをとる月山を無視して、彼女はポスターを取り出し、右下の地図を参考に足を踏み出した。

 

「全く、君は自由だね。ユニーク!」

 

 さらっと流されたとはいえ、月山は大して気にせず彼女の後に続いた。

 

 

 

 第三者から見たら、特に学内で月山の一挙手一投足に黄色い悲鳴を上げるグループからしたら言い訳しようのなさそうな光景であるが、一応これには理由がある。

 

 ことの始まりは週末の学校、昼休み。

 菓子パンを食べ終え、いつものように校内を練り歩きながら、ベストショットを探していた掘。そしてほぼ毎日のごとく、背後からぬっと現れる月山習。

 

『やあ、今日は何を撮ってるんだい? リトルマウス』

『アリ』

 

 まあ、会話しても大体こんな感じである。出会って初期の頃(といってもまだ半年も過ぎてないが)は、彼女が撮影する被写体に何か理由があるのかと考えもした月山だったが、何だかんだで今ではそうかい、と流す程度になるくらいには、彼女のことを理解していた。

 ともあれ、そんな彼が彼女にポスターを手渡した。

 

『というわけで、一緒に音楽会に行かないかいッ!?』

『えー』

 

 ポスターから目は逸らしていないが、大して興味があるようでもない。基本的に彼女もある種の「嗅覚」は鋭いので、食指が動かないのだろうか。

 

『予定明後日だけど、どうしたの? こんなキツキツで予定聞いてくるって、珍しい気がするけど』

『はっはっは。それが聞いてくれ掘よ。

 カナエが体調を崩してねぇ……』

『へぇ……』

 

 これには顔を上げる掘。喰種でも風邪とか引くんだ、という言葉に、二日酔いのようなものだ、と月山。

 

 ちなみに(カナエ)とは、月山の家に使える使用人の少年である。ちょっとした第一種接近遭遇から、割とホリチエは目の仇にされていたりもする。もっとも主人の前での振舞いは大体完璧なので、月山習がそれを気付くには至っていない。

 

『そういえば叶くん、楽器弾けるんだっけ』

『まあね。一緒にアンサンブルもやるさ。掘も聴くかい?』

『そのうちね。予定は未定』

Don't Miss It(期待してくれたまえ)!! その時はディナーショーでも開こうか』

『血生臭そうだねー』

 

 叶に対するちょっとしたホリチエの気遣いだったが、彼の主がそれを汲むかどうかは別問題であった。

 

 再度ポスターに視線を落し、掘は少し考えて言う。

 

『ふーん、でもそっか……。

 なら、いっかな。何時にどこ集合?』

 

 

 そんな流れで本日に至る。遅れたのは、おそらく家の人間の目を掻い潜ったからだろう。

 駅前から歩いて十分足らず。場所は教会。今時珍しいのか珍しくないのか定かではないが、ビルの中にあるタイプ。結婚式場などにも利用されるここに、月山習と掘ちえは来ていた。

 

「注目されてるね、月山君」

 

 会場に集っている人々は、年配者や親子連れが多い。まかり間違っても、こうして若い男女がやって来ることなど珍しいというレベルではないだろう。まあ外見的に「妹と兄」くらいに見られている可能性も高いだろうが、どちらにしても彼女は気にしなかった。

 マイペースさがホリチエの売りである。

 

 入場券を渡す二人。受付の女性に「十四歳以下の方は……」と渋い顔をされる堀。子供が飽きて五月蝿くならないようにという配慮からかは知らないが、慣れた手つきで保険証を出し、大層驚かれながら場内に入った。

 

 会場内の電子機器使用禁止に「えー」と言いながらデジカメの電源を落すホリチエ。

 場所は基本的には自由席のようだが、前の列は演奏者の関係者が座る場所のようだ。

 

 ちなみに当然のように月山は掘をそこへ導く。

 

「関係者?」

「知り合いさ。共に音楽を嗜む」

「ってことは、ひょっとして?」

「ハハッ、生憎だが期待には添えないね。彼は人間だよ」

「別に期待してなかったよ」

 

 小声でそんな会話を交わす二人だが、身長差の関係で月山が掘の頭の高さまで身を屈めるような位置関係になっている。後ろから見るといちゃついてるようにしか見えないので、一部生暖かい視線が送られているような、いないような。仲の良い兄妹といったところだろう。流石に初見で年齢には気付かれない。

 

 月山からすればペットと戯れる主人なのだろうが、ホリチエ的にはどうしたものか。

 

「ヴァイオリンなんだねー」

la rue(その通り)!」

 

 案の定と言うべきか、大して気にはしていないようだった。

 

 室内が暗くなり、司会の女性が前に出て挨拶。

 電源こそ入っていないが、掘はカメラをいつものように手にとって構えていた。

 

「……んー、新鮮?」

 

 初老の男性が前に出て、一礼。会場に拍手が起こる。

 ややオーバーに月山も手を叩くが、掘はじっと、その男性を観察していた。

 

 弓が本体に沿い、弦が弾かれる。

 

 おぉ、とホリチエは小声でびっくりした。

 

 たかがヴァイオリン。されどヴァイオリン。クラシック音楽はかつて、一日を支配する退屈が長い時代における清涼剤でもあった。それゆえに、長い。一日の感じ方が長かったことには長かったが、その分音楽も比例して長いことは仕方ない。

 だが、音の反響について計算され尽くした構造のこの場で、一つの楽器のみ、優雅に演奏する男性はどうか。耳につく掠れた様な、それでいて深い音色。年代物の楽器に反響して響き渡る音、それをしながら目を閉じ、微笑む男性。

 

 じっと、掘は彼のことを見る。

 身を乗り出し、状況が許せば一枚とっていたかもしれない。

 

「nm~」

 

 そんな彼女を見ながら、月山は上機嫌に鼻を鳴らした。

 そうだ、その目だと言わんばかりに、月山は微笑む。

  

 彼は、彼女のその目が気に入っていた。自らの命を顧みない、とまでは言わない。それなりに計算し、死を掻い潜るようにはしている。

 だがその、生への狡猾さすら含め、自分と彼女とは同類だと彼は確信していた。

 真正面から言えば嫌がられる事必至だろうが、実際的は外れていない。

 

 月山は食を、ホリチエは写真を。

 

 共に己の「快」を追求する姿勢は、程度の違いさえ上回るほどに両者に共通する命題であった。

 

「気に入ってもらえたかな」

「思ったよりは」

 

 小声で連れないことを言う彼女に、彼はそれでも満足そうに目を閉じ、両手を組んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 演奏会が終わり、時刻は一時半過ぎ。

 イタリア料理を提供するファミリーレストランに入り、二人は食事とコーヒーをとっていた。掘は刻み玉葱の乗った大きなハンバーグを大振りにカットし、ワイルドにかじりつく。そんな彼女を見ながら、月山はやや半眼になりつつ一口。

 

「んん、やはり芳村氏の入れるカフェの方が、香りが良いね。

 こればっかりは、大量生産ゆえの弊害か……」

「月山くん、珈琲党だっけ?」

「何、美食と同じさ。

 一度ファンタスティック! な味わいを受けると、他を受け付けなくなってしまうのさ」

「食事中だから立たないで、埃入る」

 

 ファンタスティックのところに妙に力を入れ、両手を上に突き出し何かを渇望するようなポーズをとる月山習。掘は掘で、そんな彼の暴走は軽く流して文句だけ言った。

 

「時に掘よ。失礼かと思うがそんなに食べて大丈夫なのかね? 毎日」

「月山君が思ってるほどは食べてないから大丈夫だよ。

 むしろ、私としてはもう少し上に伸びてもらった方が、写真撮りやすいんだけどねー。身体が大きくなる薬とかないのかな、名探偵のアレの逆みたいに」

「た、探偵?」

「月山くん、適度に世間知らずだから話してて面白いよね。ま一般常識って訳でもないけどさ」

 

 ハンバーグを平らげ口を拭くと、彼女はカメラを起動する。

 月山と演奏した男性とが一緒に収まった写真である。ちなみに彼は喰種ではなかったが、喰種を匿う類の人間だった。対策局に通報することもなく、ただ音楽を奏でるのみ。

 

「で、この後どうすんの? 月山くん」

「nm、特には企画していなかったね。このまま解散しても良いのだが、それもそれで面白味がないか。

 カナエのお見舞は後回しにしよう」

「行ってあげなよ」

 

 後日その話が発覚すれば、すんごい顔で見て来るだろうことを予想して言うホリチエ。

 

「Non。カナエは優しい子だからね。回復してくれることを願うばかりだよ」

「月山くん、結構自由だよね」

「よく分からないが君が言うのかい? リトフルリーダム」

 

 んん、と唸りながら、掘は何かを考える。

 

「じゃあ、月山くん折角だし、何か曲聞かせてよ。叶くんのお見舞先で、一緒に」

「!? グゥゥゥゥッドアイディイイイイア――!」

 

 ばしゃり、とテーブルの上にコーヒーをぶちまけながら立ち上がる月山。ちなみに対面ではなく横に居たため、彼女は耳を塞ぐ以外の被害は負っていなかった。

 

「掘、やはり君は面白いねぇ。そうだ、それで良いなら万事解決だ!

 カナエは現在別宅に居るし、そこなら(パパ)とも遭遇しないだろうしね」

「月山くんのお父さんか……」

 

 何か言おうと口が動いたが、結局何も言わずにスープバーのミネストローネを飲み干すホリチエ。

 では早速向かおう、と席を立つ月山に、お勘定お願いねと軽く言って走りぬける。

 

「全く、確かに財はあり余っているが、あれで将来大丈夫なのだろうか彼女も……」

 

 まさか将来的にも今の通りに彼に財布を負担してもらうつもりだとは夢にも思っていない月山習であった。

 

 店を出て、入り口でカメラを弄りながら、掘はつぶやく。

 

「天国と地獄だろうなー、きっと」

 

 叶にとって神か天使のような月山とその演奏。それに加え彼にとって悪魔か魔物のようなホリチエ。

 同時に参上すれば何も言えはしないだろうが、割と脇の甘い少年である。どこまで表情を取り繕えるか、見ものと言えば見ものだろう。

 

「自己完結具合は、私達に負けるけどねー」

 

 そう言いながら、写真をスライドショーで再生するホリ。

 月山が来るまで、彼女はそのままじっと眺めていた。

 

 

 

 

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