美食家と写真家   作:黒兎可

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まさかのよんまいめ


よんまいめ

 

 

 

 

「掘よ、スカッシュしに行かないか!」

「やだ」

「即答だと!?」

 

 ある日の月山習と掘ちえである。

 いつものごとく、と言っていいかは差支えが在るが、制服姿で木に膝をかけて逆さまにぶら下がり、カメラを構えていたホリチエである。何を狙っているのか地面の月山の位置からは定かではないが、どうも校舎の外側であるように見えてならない。ミニスカートがぎりぎりでめくれそうでめくれないのは、ちょっと物理的におかしいものがあった。

  

「ところで今日は何を撮っているんだね?」

「奥さんか何かかな? 帰りが遅くなるサラリーマンの。いいじゃん、何撮影してても。

 ちょっとしゃべりにくいから後でね……よし!」

 

 ぱしゃり、と撮影に成功し、反転しながらガッツポーズ。と、それと同時に足のバランスが崩れ、つるりと枝から落ちる。

 「あっ」と言うまもなく地上数メートルの高さから落ちる彼女だが、そこは流石に月山習である。彼女が地面に頭から激突する前に、両足を掴んで激突を回避した。

 はらり、とスカートがめくれる。

 

「君はもっと淑女らしく振舞うべきだと、何度も言ってるのだがね」

「先々週、ペット扱い宣言したけれどね」

 

 下から見上げるホリチエの表情は、直前まで命の危機があったにもかかわらず普段通りのものだった。

 

 なおスカートの下は珍しく? スパッツ常備であり、色々と心配はないようだ。

 

「で何の話? 月山くん、やりに行く友達とか居ないの?」

「いや、友達というよりは使用人が普段は付き合ってくれるのだが……、いかんせん、新しいプレイヤーを増やしたいのさ」

「スカッシュの?」

「Squaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaash!!!!!」

 

 妙にテンションが高いように見えるが、まぁ平常運転と言えば平常運転か。それでも普段、彼が学内で見せている以上にテンションが高いことをホリチエは知っている(もっとも今も学内ではあるが)。見た目の端麗さに反してこの挙動、百年の恋も冷めるファンは一定数いるだろうことを認識するも、特に必要もないので掘は両手を地面につき、下ろしてもらった。

 

 立ち上がり手をぱんぱんとはらうと、さっと月山からハンカチが手渡される。

 

「ありがと」

「Pas de problème!(気にしないでくれたまえっ!)」

 

 目とを閉じ得意げな表情で頭を抱えるようなポーズを取り訳知り顔でうんうん頷く彼のその様を無視し、体育館の隣の手洗い場まで駆け足のホリチエ。数秒経って気づいた月山が「待ちたまえッ!」と後を追っていく様は、彼女のその動きが実年齢以上に幼く見えるためか、小学生のやりとりに見えなくもない。どこかコミカルなやりとりであり、月山習が振り回されていた。

 

「石鹸ないのか。まーいいや。

 月山くん、汚くして良い?」

「まぁ、気にしないでくれたまえ? 換えは松前がいくつか持ってる」

「ふぅん? ……なるほどね」

 

 変わらぬ調子で一瞬月山を見た後、少し視線を上に向け、何か納得したようなホリチエ。

 

「ちなみにスカッシュ、私やったことないんだけど、どんな感じのものなの?」

「壁打ちテニスといったところか。やってみれば説明は難しくないさ」

「そ。んー、でもあんまりかなー。私だけだと、見つかった時に色々めんどーそうだし」

「面倒?」

「私が仮に行くとしても、他に誰か他に誘わないの?」

「誘うとしても……、そうだね。せいぜい話を聞いてくれそうなのはミスイカルか」

「三晃さんね」

 

 ホリチエの脳裏に「なんで私が行かないといけないの?」と三晃にさらりと返されるイメージが思い浮かんだが、あえてそれは口にしない。彼の中ではおそらく受けてくれるという予想が成り立っているのだろう。

 

「他の子にしたら? 叶くんとか」

「嗚呼、そうだねぇ。ようやく体調も回復したし、そろそろリハビリしてみても良いかッ!」

 

 かくして放課後、ホリチエの行動予定は決まった。

 昼休み、放課後を過ぎると、学校の手前にリムジンが置かれる。月山習がそこにさらりと入っていく様を見ていると、ちらりと彼がホリチエを向いて微笑んだ。一緒に乗っていこうじゃないか、みたいなニュアンスは感じ取ったものの、周囲をきょろきょろ見回して、すぐさまケータイのメールを打ち込んだ。

 

 文面は「NG」。

 

 不思議そうに頭を傾げながらも、車に乗り込む月山。場所だけ教えてもらい、ホリチエは彼と別れて向かうことにした。

 

 場所は20区の駅前から四つ下った先。

 待ち合わせは駅前とのことで、そのままの格好でホリチエは電車に揺られた。

 

 夕暮れ、混み合いはじめの電車の中で、彼女はデジカメ内の写真をめくる。

 

「……」

 

 写真に映るのは、鳥である。民家の屋根の隙間に巣を作っているようだが、その巣に在る雛鳥が、卵を蹴り落とした瞬間をとらえた一枚。卵が中心にあり、周囲が躍動しているような様はインパクトが大きい。

 それをいつものように、何を考えているかよくわからない表情のままチェックするホリチエ。

 

 ややしばらくして停車したホームに降り、ぱっと見ると生活感のうすい駅に立つホリチエ。エスカレータを下り、周囲をきょろきょろと見回して、既に道中調べた目的地へ向かって走る。

 

 駅前から徒歩二分ほどでたどり着いたそこで、ホリチエは「女性に人気っぽい」と呟いた。

 

「確かに、それを売りにしてるようだからね。やぁホリ」

「あ、月山くん。

 ……準備万端?」

「オフコゥスッ!」

 

 両手を広げて叫ぶ月山習。

 両手にラケット、スポーツウェアに着替え真ん中わけの髪型を左右に撫でつけ、首からはタオルを下げている。

 

 ホリチエはそれをじっと数秒見つめて、興味をなくしたように彼の手からラケットをもぎ取った(なおその間、ご丁寧に月山は同じポーズを取り続けていた)。

 

「月山君、なんかいい香りするね」

「嗚呼、カナエがくれたのさ。今日はいちだんと汗をかくからね、せめて最初くらいはと。

 さ、入ろうか。今日はインストラクターも呼んである。思う存分、スカッシュしようじゃないかッ!」

「……」

 

 そしてそんな月山の背後を、ホリチエを無愛想に見ながら歩く少年の姿。髪型は月山に煮て居なくもないが、どこかごわっとしていて三白眼である。格好良い、可愛らしいの中間くらいの顔立ちをした、中学生くらいの彼だが、しかしそれでもホリチエを身長的には追い越していた。

 

「やっほー、カナエくん」

「……ああ」

「どんまい」

「何がだ」

 

 ぶっきらぼうながらも一応答える彼こそ、叶。月山家の使用人である。

 初対面時からホリチエにこんな嫌そうな態度をとっている。彼女は特に気にした様子もなく、月山もあまり頓着していなかった。なお彼の主いわく「カナエはシャイなんだよ」とのこと。

 

「カナエくん、スーツで暑くないの?」

「この程度が出来ず、松前様に追いつけるか」

「中々強情なのだよ、ホリ。しかしそういうホリも、そのままかい?」

「いやいや、ジャケット脱いだりネクタイ外したりくらいはするかな。

 ちょっと待ってて……」

 

 歩きながらいそいそと脱ぎだし、手持ちのバッグの中に入れるホリチエ。

 

「カナエ、持って上げたまえ」

「!? し、しかし……」

「そんなことでは、立派なジェントルにはなれないよ。フフ」

「……」

 

 ものすごい顔をするカナエに対し、ホリチエは珍しく苦笑いを浮かべて、しかし浮かべながらもバッグを「お願いねー」と手渡した。

 

「デジカメは良いのかい?」

「まぁねー」

 

 そして目的のスポーツクラブに入ると、どうやら貸し切り状態であるらしく、道中誰とも遭遇せず目的地まで行ってしまった。壁面の一部が鏡張りになっている、スカッシュコート。

 

「さ、カナエ。やろうじゃないか」

「あ、はい!」

 

 ぱああ、と、それはもうものすごい勢いで表情を明るくするカナエに、月山は微笑んでラケットを手渡した。

 インストラクターの説明を一旦止めてもらって、さらりと撮影するホリチエである。

 

「んー、普段からこういう表情ばっかりだと『らしい』のに。勿体無い。

 押しが弱いから、たぶん気づかれないよ?」

「?」

 

 頭を傾げるインストラクターに「なんでもないです」と言うホリチエ。当のカナエ本人は表情をほころばせ、すでにその視界にホリチエの姿を入れていない。聞きようによってはクリティカルに彼の事情を射抜いた言葉であるが、まぁそれをホリチエとてひけらかすことはなかった。

 もっとも彼女が何を思ったところで、月山習を本当の意味でどうこうできるはずはないのだが。

 

 かくして三十分後。

 

「おっまたせー」

「待ってない」

「カナエくん元気だねぇ」

「ほぅ、ホリ。だいぶ仕上がってきたようだね」

 

 格好はスパッツ、スカート、ワイシャツに運動靴。軽装になったとはいえ基本的に学校の服装のままだが、そんな彼女が珍しくやる気のように見えた。

 

「うん、なんかコツつかんだ。手始めにカナエくんと下してしんぜよう」

「ふ、今日の私はいつもと違うぞ?」

 

 そりゃついさっきまでの状況を鑑みればテンションは高いだろう。だがカナエは気づいていない。ホリチエがラケット片手にぴょんぴょん撥ねる動きが、何やら妙に規則的というか「寸分たがわず」全く同じ動きであることを。その動きが、何故か妙に洗練されているものだということを。

 

 かくしてコートに入りラケットを構える両者だが――。

 

「ま、負けた……ッ」

 

 屈辱に顔をゆがめるカナエと、少しだけ楽しそうなホリチエである。勝負としは、身長の関係でホリチエの方が不利に思えたかもしれないが、しかし結論から言えば逆であった。ホリチエの球そのものが妙に角度が低く、普通に打とうとすると調子を狂わされるのである。しかしビギナーズラックや素人のそれかと思いきや、気を抜けば普通の球も返してくる当たり、本人いわくの「コツを掴んだ」は伊達ではなかったということか。

 

 ものすごい表情でベンチに大の字に転がるカナエ。体力的に案外消耗したのか、ホリチエにしてやられたのが屈辱的だったのか。

 

「さ、では決勝戦といこうか」

「結局総当りだったけどね」

「僕はカナエのようにはいかないよ。何せ長い上に病み上がりじゃないからねッ!」

「病みあがりにスポーツやらせるのもどうかと思うけど、まー、月山くんがいいんならいいんじゃない?」

 

 と、ラケットを手に持ち首をホリチエが傾げたとき。月山の表情が、何とも言えない微妙なものになった。

 

「ホリよ。君も一応レディなのだから身だしなみには気を付けたまえ」

「?」

 

 彼の視線を辿り、自分の身体、というかワイシャツを見て、その理由に思い至る。流石に夏真っ盛りではないとはいえ、密室内でずっと動き詰めである。スポーツウェアをまとっているわけでもなく、カナエように色が目立たない服をまとっている訳でもない。結果的に何が起こるかと言えば、汗でシャツが好け、肌に密着し、クリーム色の意外と普通な下着が見えてしまうわけだ。

 

 嗚呼、と納得してラケットを地面に置き。ホリチエは両手で身体を抱くようにして、上目遣いに、いつもの調子で言った。

 

「月山くん、やらしっ」

「んん……! 人聞きの悪い事は止めてくれたまえ」

「じゃあ、帰りにワイシャツ買って」

「そんなことなら初めからレンタルすればよかったじゃないか! それくらいならサービスしたさ!」

 

 珍しく普通なことを言う月山に、あーそうだねーと他人事のように言うホリチエ。

 

 そしてそれを親の仇でも見るような目で睨むカナエという、酷い状態がそこにあった。

 

 

 

 

 

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