どうやら体育祭が企画される裏には暗躍しているクラスがあるようで…。
「―というわけでさー、どうしたらいいと思う?」
「そうね……なにか皆で取り組める行事でもあれば、後輩ちゃんも打ち解けやすいんじゃない?」
「うーん…、体育祭?」
「運動不足の解消にもなるものね。しっかり準備して盛大にやれば、いい思い出になるかもね」
「なるほどっ、さっそくみんなに提案してみるよ!ありがとねポニちゃん!」
目を輝かせて部室へと走っていくネコ帽子をいってらっしゃーい、と見送ると、私も手早く階段を退く。これで状況を知るための布石は打ったし、長居は無用だろう。
まるでバリケードのように積み上げられた机の隙間を抜け出ると、道中は相も変わらずすっかり慣れてしまった呻き声ばかりだ。中々喧しい。
呻きに満ちた廊下を抜け、教室へと戻る。
「ニッチョク・・・」
ケッチャコみたいなことを言っているやつが常駐している教室、要するに私達の教室である。ここにチョーカー達が来なくなってから随分と経った気がする。若干の寂しさを覚えるその事実から、今現在私が感じている違和感は始まっていた。
正体不明のバリケード、異臭に異音に奇行に呻き声、行われなくなった授業、現れなくなったクラスメート…。全てが、最近の学校が異常事態の中にあることをよく表していた。
「で、アンタはどう動くのよ?」
「ケッチャコ…」
ニッチョクみたいなことを言っているが、要するに状況を把握し打開しろと言っているのだろう。私と考えは同じというわけだ。
あくまで推測だが、机で通路を塞ぎ、上に立て篭もっている面々はこの状況について何か知っているはずだ。ネコ帽子をうまく誘導して彼女らを引きずり出せば、何か掴めるかもしれない。
「さて、ネコ帽子が動く前にじっくり準備をしておかないとね」
となればまずは腹ごしらえだろう。もうしばらくは続くであろう空腹感を誤魔化すように、私は自らの左腕へと噛み付いた。
……もっとも、この後すぐにチョーカー達に追い回され、腹ごしらえどころではなくなってしまったのだが。
体育倉庫へとやってきたるーちゃんご一行。窓から跳んでいった人を追うのはきーさんに任せたらしいくるみさんもこちらに追いついてきています。
「さっそくなんだけど、扉が開かないんだが」
倉庫の扉に手をかけたリーダーさんですが、扉はびくともしないようです。建てつけが悪いのでしょうか。彼も結構本気でやっているようですが扉が開く気配はありません。
「ギギギギッ」
どいてろといわんばかりのゾン子さんが自信満々に扉を開けようとしますが、これまた扉は動きません。それみたことかと言わんばかりの表情のリーダーさんが癇に障ったのか、ゾン子さんとリーダーさんはそのまま扉そっちのけで追いかけっこを始めてしまいました。何の役にも立ちません。
「何をしてるんだあいつらは…」
呆れ顔のくるみさんが扉へチャレンジしますが、くるみさんの腕力をもってしても扉が開くことはありませんでした。むむー!とかなり全力のようですがこの勝負は扉の完勝です。
ぜえぜえと息が荒くなるまで奮闘しても扉を開けられなかったくるみさん。どうやら何かが引っかかっているから扉が開かないようだ、ということに気付いたようです。扉が開かないのは建てつけの問題ではなく侵入者対策かもしれないようです。
「…ってことは、中に誰かいるってことか。おーい、誰か中にいるのかー?」
扉をノックするくるみさんですが、中からの反応はありません。
うおーい、いないのかー? と声をかけ続けるくるみさんに気付いたるーちゃん、荷物持ち共の追いかけっこ観賞を切り上げて扉へと向かいます。くるみさんでも開けられない扉が相手ならるーちゃんも相応の威力で対処します。いつも通りに物理攻撃力255なるーちゃんがくるくると腕を回しながら扉へと迫っていきます。やや遅れて気付いたくるみさんが止めようとしてももう遅いです、扉目掛けてるーちゃんパンチが炸裂です。開けた後閉めることなど微塵も考えていない圧倒的暴力が扉も、内側でバリケードとして用いられていたらしい備品たちも、何もかもを粉微塵に粉砕します。
「中身までぶっ壊してどうすんだーっ!!」
後に残るのは微塵に砕け散った残骸たちと倉庫への入り口、やりきった笑顔のるーちゃんとくるみさんの怒鳴り声だけでした。
結局正座でお説教を受けるるーちゃん。ここしばらくはあの手この手でお説教から逃げ回っていましたが、脳筋のくるみさんに言い訳は通じないので逃げ切れなかったようです。時折倉庫から荷物(ほぼ粉微塵と化した瓦礫である)を運び出すゾン子さんやリーダーさんに助けろとしきりに目配せをしているのですが、二人とも触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに作業に没頭しています。やはり何の役にも立ちません。
「おい、聞いてるか…?」
余所見ばかりしていたからか前回のお返しとばかりに頬を引っ張られていますが、柔らかさ255のるーちゃんほっぺはいくらでも伸びます。引っ張っても効きません。その魅惑の感触にくるみさんが頬弄りにはまってしまいそうなのは少々問題ですが、このままお説教が流れるなら致し方なしとるーちゃん忍耐の姿勢です。というかそろそろくるみさんも荷物を運びだしたらどうでせうか。
「もうちょっとほっぺいじったら行く」
目的が変わってしまったようでした。
「…で、結局中に人は?」
「いたにはいたけど、ダメだったみたいだね。水も食料も限りがあったわけだし、この様子だとかなり前にはもう…」
倉庫に立て篭もっていた人はとっくの昔に即身仏と化していたようで、ゾン子さんに運び出される遺体からくるみさんが軽く目を背けていました。食料を求めて外に飛び出すこともなく座して死を選んだあたりある意味とんでもなく強靭なメンタルの持ち主だった可能性もありますが、亡くなってしまえばそれまでです。残念ながら体育祭には参加できませんので後で埋葬されることになるのでしょう。
こうして倉庫の中身を一通り確認したるーちゃんご一行でしたが、大部分は扉と共に失われてしまったため僅かなハードル程度しか使えるものはないのではないようだ、という悲しい現実に直面していました。
「どうにもならなくなったな。こんな調子じゃ最悪鍋をかご代わりに玉入れだけやるようだぞ」
そんなことになったらるーちゃんお得意の綱引きも大玉転がしも行われなくなってしまいます。るーちゃん猛抗議です。
「お・ま・え・が・ふっとばしたんだろうがっ!」
リズミカルにるーちゃんの頬を引っ張るくるみさん。すっかりるーちゃんほっぺにドハマリしなさったようです。抗議は封殺されるは頬は伸び放題だわでるーちゃんとしては堪ったものではありません。苛めっ子くるみさんを退治するべくりーねーをお呼び出しです。
「いや、りーさん一人じゃ外までは来れないだろ」
そうでもないはずです。普段から来るなと言ってもやってくるりーねーのことですから、今すぐにでも校舎を飛び出してきても不思議ではありません。
いやいや、まさか…でもりーさんだしなぁ、なんてくるみさんが唸っている間にも校舎の方は「どきなさい!」と怒鳴り声が聞こえてきたり、鳥が叫んでたり、あいつらが叫んでたりとどんどん騒々しくなっていきます。
「ああ…これは来るね」
呟きながらリーダーさんとゾン子さんは倉庫の中へと消えていきます。巻き添えを警戒したのか逃げる気満々です。え、マジで?みたいな顔したくるみさんが取り残されていますが、るーちゃんの高性能なりーねー探知機能も猛烈な勢いで迫っていると告げています。ほら、血濡れの消火器とラ・ネージュを抱えて校舎を飛び出してきました。
「るーちゃんっ!苛めっ子はどこ!?すぐにお姉ちゃんが退治するからね!!!」
血走った目ととんでもない表情でるーちゃんたちのところまでやってきたりーねーを見るとるーちゃんも少々呼んだことを後悔しましたが、来てしまったものは致し方ありません。白目を剥いて泡を吹くでかい鳥を頭に乗せ、凄い勢いで消火器を振り回している見るからにやばい人ですが、こんなのでもるーちゃんのお姉さんなのです。
「りーさん、どうどう!どうどう!落ち着けって、るーちゃんすらどん引きしてるから」
くるみさんがどうにか落ち着けようとしていますが、るーちゃんの頬を引っ張りながらでは全くの逆効果です。「くるみぃーっ!!るーちゃんのほっぺは私のものよ!!」とものすごい剣幕です。ちなみにりーねーのものではありません。だからその手を離すのですよ。いくらるーちゃんの頬が伸び放題だからって堪忍袋のほうはそのうちぷちんといくのですよ。
瓦礫で叩きのめして高校生二人を黙らせたるーちゃん。りーねーの持っていたメモから体育祭のプログラムをだいたい把握したところ、やはり色々粉砕したから足りないことがわかりました。
そうとわかればれっつ調達です。どんな状況でも打開する素早い対処はるーちゃんの得意とするところ、対処法の一つや二つすぐに思いついています。体育祭なんて学校ならほぼどこでもやっていますし、他所から色々借りてくれば何の問題もありません。
幸い遠足の帰りで使っていたバスなら荷物もたくさん入ります。るーちゃんは雑務要員としてくるみさんとりーねーをバスへと放り込むと、近くの学校目指してさっそく出発です。もちろん倉庫に逃げ込んでる荷物持ち二人に瓦礫の片付けを頼んでいくのも忘れません。散らかしたらすぐ片付ける、きれいな環境を保つ秘訣です。
とりあえず最初に目に付いた校舎に乗り込んで色々持って帰ればいいか、なんて適当に行き先を考えながらるーちゃんはアクセルを踏み込んでいくのでした。
「……外の偵察、か」
「ああ。いい加減近くのコンビニの物資も限界が近いし、避難所みたいなところが他にあるなら有益な情報を持ってる可能性もあるからな」
特に急ぎの用件もない昼過ぎ。窓の外を眺めていたら背後が少々騒がしくなった。どうやらタカシゲが外へ出ることを主張しているようだ。
無粋だ、と思った。確かに外にはまだ物資もあるだろうし、生きている
だが、まだ駄目だ。まだまだ私はこの大学を楽しみきっていない。味わい尽くしていないのだ。あれだけ嫌いだった学校をここまで楽しめるのに、先に外の世界を摘み喰いするなんて勿体無いにも程がある。
「……そうだな。そろそろ俺達も外界に打って出ようと考えていたところだし、いい機会かもしれん」
だが我らが纏め役殿はタカシゲの意見に賛成のようだ、最早お飾り同然の分際で…。
こうなると残念だけどこの流れは止められそうにない。もっと余裕が無くなるまで追い詰めておけば御しやすかったのだけど、幸か不幸か今の私達は十分に余力がある。全員で動いて拠点を空にすることこそできないものの、近隣を更地にできる程度の戦力なら即座に派遣できてしまうほどに。
「では誰が動く?言い出したタカシゲは決まりとして……」
「じゃあ、僕も行こうかな」
コウガミも外へ出てみるつもりのようだ、特に反対意見が出ないということは、シノウやあの方のような強大な戦力は理学棟や不測の事態に対する備えに残すということだろう。ならば私も残っているという手も――
「だがお前達だけだと勝手に盛り上がった挙句延々敵を追っていって二度と戻ってこなさそうだ。ストッパーが必要だろうな、アヤカ」
ああ無情。色々と動きやすくするために日頃勤めて落ち着いた振る舞いをしていたことがこんな形で裏目に出るなんて。とはいえここで私の持論などぶちまけてもどうせ
こうなったらこの苛立ちを存分にぶつけて回るしかない。本末転倒な気もするが、避難所の一つでも喰い尽くせば溜飲も下がるだろう。
それに、後々への布石である、と思えばいいのだ。
「……決まりね。じゃあ、さっそく行きましょうか」
やるしかないとなれば気持ちは切り替えていく。どうせやるなら全力で楽しませてもらう、せっかくこんな世界に生きているのだから。
ポケットに忍ばせたナイフの感触を確かめながら、私は窓を開け放った。
こんな調子で暮らしてて、まだ仮入部の兆しすらみせないみーくんは無事に入部してくれるのでしょうか?
ここの学園生活部は全体的にネジが飛びがちなのでこいつらはやばい奴らだ、と見限られないように好感度を稼がないとせっかくの新人がどこかに行っちゃいますよ。
なお現在の様子
「太郎丸ー、そのペン取ってー!」
「わんっ(はいどうぞ)」
「太郎丸、わたしにもそれを
(顔を背け、前足で頭を掻いている)
《わかりやすく酷い扱いの差ですね新人さん。…って私もスルーですか!?》