デミえもん、愛してる!   作:加藤那智

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前半ウラエウス視点、後半◯◯◯◯視点


気がつけば、勉強していた/side: 気がつけば、ヒロインだった

 

  こんにちわー抱っこ蛇ことウラエウスです。今日はナザリック第9階層のモモンガさんの個室にいます。ここんところ入り浸っています。なぜかというとーー。

 

「ここの概念の総数は歴史と地理あわせて58で、民主主義、政治体制、国際関係といった抽象的概念が12、ナショナリズム、人民主権などの個別・具体的な概念がーー」

「うんうん」

「この問題4は、資料から統一時期、東部をポーランド領にされたこと、ナチスのナショナリズムの思想傾向、東西ドイツ統合後ナショナリズム復活がなかったことをチェックしたらいいのかな?」

「そうですーあと年もいれたほうがいいです、ドイツ敗戦は1945年とか。それらに加えてあと二つ必要です。普澳戦争、普仏戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦ときたら……」

「19世紀半ば以降のドイツが関係する戦争!」

「どんどんぱふぱふー。じゃああと一つはわかります?」

「ナショナリズムが再燃しなかった理由?」

「ですです!バッチリだよ!モモンガおにいちゃん」

「いやあー」

 

 

 ーーと、こんな感じに最近ゲーム内でモモンガさんに大学入試資格取得のために必要な知識を教えているのでした。

 

 実はだいぶ前からモモンガさんの暮らし周りは楽になってきていて定時に帰ることができるようになってきてまして(ちょっと色々したの)。それでモモンガさんは時間があいたら空いた分だけユグドラシルに当てるようになり毎日一緒にいることが普通になっていった。他のギルメンもちらほらいるんだけど、モモンガさんはイン時間がほとんどかぶるからよく話す。

 その会話の中でモモンガさんが言った一言がきっかけで勉強会がはじまりました。

 

「ウラエウスさんてこのあいだ大学通信で卒業しましたよね」

「しましたしました」

「……通信で大学卒業するのって大変ですか?」

「え」

 

 このあたりでわたしはピンときた。

 ひょっとしてモモンガさん大学行きたいのかな?って。

 聞いてみたら大卒のほうが給料もいいし、職場の待遇もいいから大学卒業資格がほしい。いままでは時間もお金もないしゲームしたいし諦めていたけど、ゲームもしながら大学卒業したわたしを見てチャレンジしてみたくなったんだって。

 

 おおー。そういえばギルメン進学率高い気がする。そっかあ……。

 異世界転移しちゃうモモンガさんに学歴必要なのかいまいちわからないなあ……。あ、でも、ひょっとしたら物語通りに進まない可能性だってなくはない。

 物語通りに進んだって勉強して知識を増やしたほうがいいよね、モモンガさんも困ることが減るだろう。

 よーし、モモンガさんのためになるならがんばっちゃうぞー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで、まずモモンガさんの学力テストをした。足りないところ、必要なことがわかったので、1年の教育プログラムを組む。

 

 小卒までの勉強内容というのは前世の2015年ごろの日本の教育に似ている。

 受験のための知識、教科書、問題集の理解、丸暗記。

 この勉強方法だと自分の意見を言うことが苦手な人間ができあがる。

 支配層の思い通りに思考力、判断力、構成力が低くなってしまっている。これでは今世の大学入試試験に合格できないし、運よく入学できても卒業は無理だろう。

 

 ちなみに入試試験問題はこんなの。

 

 1.人は自らの過去の結果なのか?

 2.キケロの○○についてを説明せよ。

 3.なぜ自らを知ろうとするのか?

 

 丸暗記教育しか受けてこなかった者には答えることが難しいと思った。

 

 いきなりは難しいから、記憶と反復練習で思考する『型』を作るため、エッセイ、レポートなどの宿題を出した。複眼的思考法をつけさせるためにとにかく思考させる。人間は考える葦である。

 

 しばらくして小論文の書き方を教えた。

 まず問題を精読し、何の概念の問いなのかを明らかにさせる。そして、論点、学説、引用著書の限定に入る。ここまでが初歩。

 ここで思ったことを書けばただ集めた情報を書き散らかされた文章にしかならない。

 注目すべきは問題文の言葉、表現であり、冠詞、名詞、動詞、それぞれの意味、含意を検討する必要がある。問いを正確に理解する。

 これらの要素の関係性を把握し概念の識別が終わり方向性が決まったら小論文の構成に移りフォーマットにそって答案を書く。

 小論文の評価基準としては、問題の分析が十分であること、問いがあること、有効な議論があること、展開部の流れが明確であること、引用が正確であること、などがあげられる。

 

 これらをゲームプレイ中に会話形式で教えることにした。

 まずモモンガさんには、自分で考え、考えたことを意識し、意識したことを識別し、意見としていうことに慣れてもらうのがいいかなーて。もともとモモンガさんは考えることを制限されていただけで、学ぶことを楽しみながらどんどん吸収していく。

 小卒のモモンガさんが知らなくてもいいとされていた知識を、知らなかった知識を、獲得し、追求し、受け入れ、形成し、生み出す。

 学んでいくと、自分と他人の関連性、所属するコミュニティ、それをとりまく世界を理解していくことでモモンガさんは苦しむかもしれない。

 モモンガさんはこないだまで小学校の学費の学資ローンの借金を払っていた。わたしがこっそり用意した(モモンガさんにはわたしの会社だとは言っていない)0金利金融会社で完済させなければ借金奴隷のままだったと思う。病気にでもなって会社に勤められなくなった日には、社寮を追い出されホームレスになり、ホームレスは法律違反だからそのまま刑務所行きだったろう。動かない歯車と認識されたら居場所のない社会。

 真実は決して美しいとは限らない。正しさの裏には悪徳がはびこっている。

 世界の残酷な一面を理解したときモモンガさんは大丈夫だろうか。彼は優しく思いやりがある善人だ、そして今までは『悩まぬ人』だった。

 

 そう考えると転移した世界での精神の変質はモモンガさんにとって良いことなのかもしれない。ある意味において苦しまなくなるから。

 それに知識が増えてこのままいけばそこまでアルベドやデミウルゴス頼りにならないだろう。ずっと支配者ロールで大変そうだったし、素でできることが増えたらきっと楽になるはずだ。

 

「勉強って楽しいな」

「楽しいよモモンガおにいちゃん」

 

 あ、あと勉強会がはじまってからモモンガさんの敬語が取れて嬉しかった。他のギルメンがいるときは相変わらずだけど。「いつも気軽な感じで話しかけてほしいな」ていったら、「ペロロンチーノさんがなあ……」て言われた。おいにいたん迷惑かけてる?

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 なぜ苦しいのかわからなかった。

 起きて、仕事をして、寝る。毎日、毎日……。その繰り返しに疑問はなかった。苦しさを感じたのはゲームをはじめてからだ。

 

 ゲーム内で友と呼べる人ができ、頼り、頼られ、支え、支えられ、励まし、励まされ、繋がりができた。楽しくて、楽しくて、ずっとログインしていたいあまりに、空腹や排泄がわずらわしくなるほどだった。

 

 しかしログアウトすれば、友は消え、変わらない日常の繰り返しがはじまる。

 現実では、ただ仕事をこなすだけ。職場はネットの中にあり、同僚との会話は仕事のことのみ。ゲームのフレンドのように気持ちが通い合うことなどない。

 

 ーー苦しい。

 

 現実はかくもこんなに苦しみに満ちていたのか。

 ゲームでのように人と仲良くしたい、そう思っても相手はいない。家族も友もいない。そのことに疑問はなかった。天涯孤独という自分の境遇を普通だと思っていた。

 けれど、ゲーム内で他人と交流し様々な人がいるのだとわかった。世の中には差があるということがわかり納得した。

 

 ーー自分の感じる苦しさは気のせいではなかったのだ。

 

 差がわかったところでどうしようもない。どうにもならない。だから諦めた。

 納税金額ギリギリ合格ラインの自分は何かあれば都市の外に放り出される。

 何歳まで働くことができるだろうか。健康でいるためにはレンタル臓器の代金を払い続けなくてはならない。学費ローンの借金だってある。

 ただ、起きて、仕事をして、寝る。

 

 ーーああ、苦しい。

 

 現実では夢をみない、ゲームの中で夢をみる。

 ゲームの中では自由だ。何にでもなれる、なんだってできる。苦しさは感じない。たとえ、PKされ続けようとも、ギルドに誘ってくれた仲間がいる。ともにクエストをこなし、戦い、軽口をかわせる友がいる。それで十分だ。そう思っていた。

 

 けれどある時から「本当に十分なのか」と疑問に思うようになっていった。

 疑問に思うようになったキッカケは、新しいメンバーの彼女ーー少女との出会いだった。

 

 彼女は自分と同じく庶民だった。生まれは環境都市外でありながら、出会った時には市内在住だという。

 彼女は小学生ながら事業を立ち上げ、莫大な納税をし、家族ごと市内に移ってきたらしい。

 そして、現在も事業を幾つか立ち上げ、その全てに黒字を出しながら、ゲームにログインしてきていた。

 最初に感じたのは猛烈な嫉妬だった。家族がいてバックアップされ成功したであろう彼女に、自分が持ち得ないものを持つ彼女に激しく嫉妬した。そして自分にこんなに強い感情があったことに驚き怖くなった。

 

 彼女がインしている時は、ギルド音声電話を切り、チームも組まないようにし、できるだけ関わらないようにした。

 彼女に会いたくなかったのだ。いや、自分の醜さを見たくなかったのだろう。彼女の光に照らされて、いままで見えなかった自分が見えた、そのおどろおどろしさに直視できなかった。彼女が悪いわけではない。

 

 ーーああ、苦しい。

 

 現実だけでなく、ゲーム内でも苦しさを感じるようになっていった。もうギルドを辞めようか……ぐるぐると悩みソロで材料集めのため狩りをしていた時、ーーそれははじまった。

 

 ーー『ラグナログの前夜』を開始します。PKで得られる経験値2倍、プレイヤーの所持品ドロップ+レアアイテムドロップ。自PC種族と違う種族をPKした場合はレア率30%アップです。

 

 咄嗟にスクロールで移動しようと思った時はすでに遅く≪ディメンジョナル・ロック/次元封鎖≫され、人間種、亜人種に囲まれ襲われていた。

 多人数によるイチニアシブ強化、リアクション不可攻撃、対アンデット呪文と武器によりボロボロにされる。

 悔しいと思っていても何もできない。みんなと一緒にいたらこんなことには……。

 

 光、一閃。

 

「モモンガさーん!」

 

 現れた彼女はあっという間にPCを屠っていく。クリティカル強化された武器と装備による範囲攻撃。

 唖然としながらも、無意識に回復を行い、自分と彼女にバフをかける。

 重装備者ではない彼女は紙装甲。限界まで上げた敏捷性とやられる前にやる命中付与、イチニアシブ強化付与装備。防御にバフはかかせない。

 

「あり!」

「いいえ!」

 

 ソロならば囲まれれば負ける、けれど2人背中を預けあい戦えば負けることはないーー!そんな戦いになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんで助けに来たんですか」

 

 複雑な気持ちから素直にありがとうとは言えず、口から出たのは疑問。

 

「なんでって……ギルメンだから?仲間だから」

 

 なぜそんなことを聞くのだろうとキョトンとした彼女。

 

 ギルメンだから、仲間だからーー。

 

 その後は彼女にあやまった。あやまってあやまりたおした。

 彼女はあやまられて泣かれて戸惑ったのだろう、オタオタしていた。

 俺はいままで彼女に抱いた気持ちを話し、大人気ない……申し訳なさすぎる……と、どんどん気持ちがへこんでいき、こんなことを話された彼女だって気まずいだろうと思いいたり、ギルドを抜けると話した。

 

「え?えー!?ちょちょちょちょっおおおと待ってください!それは困る!困ります!えーと、どうしよう、えっとえっと……と、とりあえず一から!もう一度最初から話してくださいー!」

 

 彼女だって俺がいない方がいいだろうと考えたのに、思わぬ制止に生い立ちから、会社でのこと、ゲームでのこと、あらいざらい話してしまった。彼女は真剣に聞いてくれて、時折「そこのところもうちょっと詳しく」と促され話し弾み、はっと時計を確認したらいつのまにか6時間たっていた。

 

 小学生に人生相談なんて……!大人なのに恥ずかしい……!

 

 あわてて話しを切り上げログアウトした。

 ログアウトした後、機械的に仕事の準備をはじめようとする、でもさっきの出来事が頭から離れず、準備が進まない。

 

 あんな話しをして次にどんな顔してあえばいいのか……!?

 

 避けていた相手との突然の急接近に頭がついていかない。できるならしばらくログインしたくない。でも、たっちさんが不在がちな今、サブマスの自分までゲームをあけるわけにはいかない。

 

 仕事が終わった後、しぶしぶログインすると彼女からすぐメッセージが飛んできた。

 

 や、やめてー!まだ心の準備が……!

 

『こんです!いまお時間よろしいでしょうか』

『は、はい……』

 

 一体どんな話しを……と思っていたら学資ローンの借り換えの話しだった。通常、学資ローンの借り換えはできない。だが彼女の話ではできるらしく、そのやり方だと金利がつかないらしい。そんなものがあるのか、と驚きつつ詳しく話を聞き、後日彼女のおすすめのとおりしたら金利分借金が減った。

 いままでの借金の半分は金利だったから、これで生活はずっと楽になる。

 

 彼女に借金が減ったことを話し、おずおずとお礼を言った。彼女は大したことじゃないといい、すぐゲームの話をふってきた。

 それから、こっちが遠慮しても彼女はぐいぐい誘ってきていつのまにか彼女のペースに巻き込まれていくことが多くなり、よく一緒に狩りをしたり、アイテム作成をしたりするようになった。距離をおこうとしてもおかせてくれない。

 

 いつのまにか心にあったモヤモヤがなくなっていた。

 

 彼女を近くでみていれば彼女が人一倍努力していることがわかった。それに対して自分は何をしていたのだろう、ただ羨んで妬んでいただけだ。なら自分も努力すればいいんじゃないか。彼女のようにはできないけれど、できることからやればいいんじゃないのか。

 

 ーー俺は何がやりたかった?

 

 起きて、仕事をして、寝るだけの日々の前にしたいことはなかったのか。

 ギルメンをみればみんなそれぞれ前に進もうとしている。

 俺は俺のできることを少しづつはじめてみようと思う。

 

「勉強って楽しいな」

「楽しいよモモンガおにいちゃん」

 

 

 




ツンデレ骸骨!

じゃなかった!ヒロインだった!

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