デミえもん、愛してる! 作:加藤那智
プロフィール画面の
「うー」
身長の伸びがとまって1年経った、もうこれ以上の成長は望めない。身長が止まれば胸だって……。プロフィールのアバターを横向きにする。
う、うん……よせて、よせーて、B……きっとBはあるはず……!ある!
身長も胸も打ち止め。どうしよう、デミウルゴスとの身長差がおよそ40cm……?上げ底するにも限界がある身長差。どうしよう。
「ううう〜〜……!」
身長170cm↑のスラリとした美脚のTHE秘書なお姉さまになりたかった……!デミウルゴスと釣り合うような……!
「はああ〜〜……」
アバターの顔をじっと見る。正しく【スキャニング】された顔。鼻が高いとはいえない。目は大きい方かも。面長ではない、丸顔だ、美人顔ではない。
「【スキャニング】選択しなければよかったかな……」
ユグドラシルのキャラメイクで【スキャニング】を選択しなければ、運営の用意した彫り深い西洋ベースの顔をいじくるところからはじまる。
でも、そんな彫りのふかーい顔を自分の顔とは思えなかったわたしは【スキャニング】を選択した。
わたし自身は、わたしのアバター、ウラエウスを気に入っている。
でも、この少女の域で成長が止まった身体を他人が良いと思うかどうかは別だ。
キャラメイクの時に、現実の自分の未来に希望を持ちすぎた……。うううううー。
わかっている、わかっている。嘆いても仕方がない、これがわたしだ。しかたがない『妖艶な女性』という目標は達せられないことがわかったから、他で補わないと!前向きにいこう前向きに。うん。うん……。
わたしは、得られなかった大人の魅力を補うにはどうしたらいいのか男性のギルメンに頭を下げて聞いて回る。しかし、わたしの年齢が年齢だけに男性の正直な意見をなかなか聞くことができなかった。
「大丈夫、大丈夫、ウラさんのことを好きな人が現れたら、見た目なんか気にしないから」
「そこまで外見気にならないけどなあ」
「みーはそのままがいいんだ、そのままのみーでいてくれよ」
……若干一名不変なおにいたんはおいておいて。
みんなそんな少女マンガみたいなこと言わないでください!男性は見た目が8割ってわたし知ってる。
前世で「目玉焼き焼けなくても気にしないよ、だってアイドルだしね〜」てアイドルと結婚した芸能人は言ってた。
飲み会で、ブスに寄られたら「ウゼエ」だけど可愛い子だったら「おっ俺に気があるのかな」だって、無意識にブスハラしてた同僚は言ってた。
みんな優しすぎる!わたしが子供だと思って、フィルタリングしないでいいのにー。
あ、タブラさんインしてきた。
タブラさん博識だし子供扱いしないで教えてくれそう、タブラさーん!
タブラさんは人を見た目で判断しなさそう。
そんな人がどこらへんを基準に相手を選ぶのか……きっと参考になるに違いない!
お時間あるのか確認したら、大丈夫とのことでいそいそと質問した。タブラさんの返答はーー。
「快感度、高い身体、喜ばれる、男はエロくて気持ちいい、好き」
体か!やっぱり体なのかーー!
ゲームの中でも現実と変わりない!夢も希望もなかった!
なんで【スキャニング】にしちゃったんだ、昔のわたしー!わたしのばかー!むきゃー!
デミウルゴスのところにいくと現実をさらに直視して落ち込みそうなので、私室で過去の自分を責めながら仕事をしていると、女性のギルメンからメッセージがとどいた。
「ウラちゃんどうしたのですか?な、悩みがあるなら、ボクでよかったら聞きますよ……?」
やまいこおねえちゃん……!
悩んでいる内容自体は話さずにギルメンたちに質問ばかりしていたわたしの様子から察して声をかけてくれたみたい。優しいよう。
どうしよう……やまいこおねえちゃん、こないだ男子生徒ズに生的いやがらせを受けていたのだ。
ムカついたから男子生徒ズの親の後ろ暗いところを探って突きつけたら大人しくなったけれど。もちろん男子生徒ズは社会的制裁を受けさせた後転校させた。
だからあんまり「男性」「性的」キーワードに触れそうな話題は避けたほうがいいんじゃないのかなと思った。
でも心配してくれている気持ち嬉しいから断るのも……うーんうーん、と煮え切らない返事をしてしまうわたし。
「あ、そういえば6区画に新しいお菓子屋さんできたんですよね、すごーく美味しいクリームの入ったシューがあって」
お菓子!そんなシューが!なんでやまいこおねえちゃん情報いつも美味しいものいっぱいなのー。
「シュー食べたいです!」
「ですよねボクもです。お菓子と飲み物を持ち寄って……餡ころもっちもちさんやぶくぶく茶釜さんも誘って……」
「わー!わたしお姉ちゃんに連絡しておきます!」
「じゃあ、ボクは餡ころもっちもちさんに」
お菓子!おっかし!……やまいこおねえちゃん優しい……!ありがとうございます!
というわけで、ユグドラシルにインしながら、現実でお菓子を食べるというお茶会をすることになった。
あれ、なんかいつもやってるお茶会の流れと変わらない気がする。あれ?まあいっか。
いつもどおりログイン画面を外部モニターに出力してユグドラシル内の映像を映す。それを見ながらお菓子、おつまみ、飲み物をとりながらワイワイ喋る。うん、いつも通りだね。
アバターがいるのはユグドラシル内での場所は第6階層の巨大樹。自然に囲まれた高所からの眺めが癒されるところ、絶景かな絶景かな。
そして……いつもどおり、わたしから見て、右に餡ころおねえちゃんとやまいこおねえちゃんが並び、左にお姉ちゃん……は、スライム的な膝の上にアウラとマーレをはべらせてお揃いのかわいいワンピースを着せている。
「アウラとマーレかわいいですね」
「ね」
えっ?それでいいの?
たたしかにアウラとマーレに女装違和感……ないけど、はべらせているところにツッコミは?得意気なスライムに何か言うことは!?
ーーそう、餡ころもっちもちとやまいこはすでに何回も行われたお茶会によって訓練(ならされていた。
「お姉ちゃん、アウラとマーレのその服ーー」
「かわいいでしょう!みーのもあるわよ、ほら!」
「え、またーー」
アイテム譲渡画面がひらき、ワンピースが表示される。
「あれ、なんか割と耐久度高い。お姉ちゃん、なんでーー」
「ほら、着て見せて着て見せて!」
「う、う、ん、わかった」
可愛いワンピースだー。
現実でストレスマッハなお姉ちゃんの気がすむなら……ぽちっ、と。
「あーかわいい!三人並んで!癒される!癒されるわー!」
「う、うん」
「はやくはやく!」
「はぁい……」
「あ、ボクもスクショいいですか?」
「あたしもいい?」
いいねー顔もっと近づけてー!そうそうほっぺをくっつけてー!
あー腕絡ませてーいいねー!そこ伏せて!そうそう仰向けになって、ややかぶりぎみで!
んー!マーベラス!!
ーーと様々なポーズを指示されながら撮影をされた。マーベラスて。
「はー癒されたわーやっぱり疲れたら可愛いものをみて、囲まれて、癒されるしかないわよね」
「だよね〜」
「わかります」
確かに。わたしも疲れたらデミウルゴスのところで癒されてるから癒やしは大事なのよくわかる。ポーズとるのは恥ずかしけど……お姉ちゃんが癒されるならこれからもがんばろう。ただわたしの顔面偏差値アウラとマーレに比べるのはキツいから、かなりの強心臓にならないと……!毛の生えた人工心臓が売ってたら買うべきだね。
撮影会が終わると、お姉ちゃん、餡ころおねえちゃん、やまいこおねえちゃん、忌憚のないトークが繰り広げられる。これもいつも通り。わたしはもっぱら相槌とツッコミ役。
「でねーほんとムカつくのよ、こっちが市外生まれだからって「君の家はどこにあるの?あー、そういえば最近市内に来たんだったね、それじゃあ規範に疎いわけだ、いや失敬」とかいって都合のいいように案件持って行こうとすんのよ!はっら立つ!なんなの市内で生まれているのがそんなに偉いのかー!」
「嫌ですね」
「うわーやだねー」
「偉くないからそういうこというんだよー大丈夫、お姉ちゃんのこと見てくれる人がいる、きちんとわかっている人がいるよ。お姉ちゃんふぁいと!」
「みーいい!お姉ちゃんがんばるわ!」
お姉ちゃんにぎゅううと抱き込まれた!くるちい!
そんな風にお姉ちゃんが吼え、
「あたしもわかってるんだよね。だから彼の仕事落ち着くまで待ってようと思って。でもやっぱみんながしてるとー」
「あー焦るよね」
「うん」
「そうですよねえ」
「みーちゃんどう思う?」
「んー彼氏さんていまおいくつでしたっけ、んーまだローンばりばり組める年齢ですねーー」
結婚に悩む餡ころお姉ちゃんに男性が結婚を考える3つの時期ーー25歳手前、転勤、親からの圧力を受けた時のことを教える。
そんな風に餡ころおねえちゃんが惑い、
「みてください!しゅっ!しゅっ!」
「はやい!」
「はやくなった!」
「やまいこおねえちゃん、拳のスピード上がってるー!」
「やった!」
「燃えてるねー」
「こないだの大会では判定、延長戦で2-1だったんだっけ?」
「そうです!だからボク、リベンジする為にラストスパートかけててーー」
ゲームキャラの強化と日頃のストレスを発散する為にはじめたキックボクシングにすっかりのめり込んだやまいこおねえちゃん。
そんな風にやまいこさんが燃え上がり、
「で、みーはどうしたの」
「え」
「気になる男の子でもできたんですか?」
「やーないない、だって、みーは基本篭ってるし、会うって言ったら全員仕事相手だから年上もいいとこだよ」
「あらら、じゃあ年の差?」
「ややや、わたしの話はーー」
「なんで、ウラちゃんはギルドのみんなに男性から見て魅力的な女性の部分きいてるんですか?」
「そんなこと聞いてんの!?ちょっと、ウラちゃん」
「どういうことよ、みー?」
「わわわー!」
いつもなら話を流すとそのまま他の人に話題がうつるのに、今日はわたしに回ってきたボールを他の人に回そうとしても高速で戻ってくる!今日はまだみんなお酒入ってないのに!お姉ちゃんの追求がはげしいーいい!
「い、いいよ!わたしの話は!」
「よくないわよ。みーの年齢がわかって手を出してくるような奴がいたら私がぶっ飛ばすわよ」
「そんな奴に惚れたらダメよ、特にウラちゃんお金あるんだから、ホイホイなんだよ」
なんのホイホイだろ。
「まあ、あれだけ婚活エキスパートのウラちゃんが引っかかるとは思えないから……」
「つまり、婚活じゃなくて、恋愛、恋ってこと?だれ、だれなの
、まさかギルメンじゃないね?だれがロリコンなの?」
「弟だけじゃなかったなんて……!」
ロリコン!?ないないないよ!やややばい!あらぬ嫌疑がギルメンに!
「ちがう!ちがうの!あの、その……!もう1年、背がもう伸びなくなっちゃって、胸も大きくならないし、グラマーにならないのわかったから……アバターだけでも変えたいなって……」
「……みー、そんなこと悩んでたの」
「だ、だって、お姉ちゃんや、餡ころおねえちゃんや、やまいこおねえちゃんみたいな女性としての魅力ほしかったんだもん……!」
「ということはキャラを1から?」
「作り直すんですか!?もったいない!」
「ううん、このキャラはわたしそのものだから気に入ってるから変える気はないんです、でもプロフィールのキャラ設定文章のところだけでも変えようかなって思って……」
「ふーん」
「なるほー」
「ほむ」
……なんだろ。3人がじっとこっちを見ているよ。悪いことしてないよね?悪いことしたみたいな気になってくるよー!
「で、そのプロフ文章は決まったの?」
「ううん、まだーー」
「ウラちゃんてどんな女性になりたいの?」
「ウラちゃん、可愛いと思いますよ?」
うーん、身内(ギルメンびいきだよーやまいこおねえちゃん。わたしの現実リアル顔面偏差値を5段階評価するなら3、ユグドラシル評価なら1よりの2かなーユグドラシルの基礎体みんなに美形キャラだから。
あとデミウルゴスと横に並んだら、『可愛い』より『美しい』の方が合う気がする。でも、わたしの顔は美しいから程遠い……丸顔……。
「こう、理想は……ミス・アーコロジーみたいな、身長170〜175cm位ですらっと美脚で、胸がちゃんとあって……90-55-90みたいなの……」
「「「ええー!?そんなの、みー(ウラちゃん)じゃない!」」」
……そうです、わたしじゃないです、出会い系の嘘プロフィールみたいです、ごめんなさい……。
「ごめんなさい……」
現実はちがう。ずーんと胸にくる。
「うっ!」
「ご、ごめんね」
「そもそも、なんでそんな体型に憧れたんですか……?」
「デミウルゴスに合いそうな体型タイプかなって……」
「デミウルゴス?」
「あ!!ちがう!ちがうの!あの!アルベドそんな感じだし!タブラさんきっとああいう体型がいいんだなって!他のギルメンもアルベドのことベタ褒めだったし!だから男性はみんなああいう体型がいいのかなって!」
「……原罪はタブラさんか」
「タブラめぇ……」
「そういう……タブラさん見損ないました」
え?タブラさんの知らないところでタブラさんの株が下がってる!?やややばい!
「や!タブラさんだけじゃないし!ユリもおっぱい大きいし背が高いし、あんなふうなの羨ましかったの!」
「そんな……ボクのせいだったんですね」
「ちがうーちがうのー!憧れ!憧れです!やまいこおねえちゃんのせいじゃないです!わたしが勝手にコンプレックス抱いてるだけなのです!」
「うーんこれは」
「みー、いまの自キャラの体型が気に入っているってことは、現実の体には不満はないのね?」
「う、うん、ないよ」
わたしは今のわたしのこと気に入ってる。目とかお姉ちゃんに似てるし、耳とかおにいたんに似てるし、お母さんとお父さんに似てるもん。似てるところ好き。
ただ、相手に合わないなあってだけで。
「ーーわかったわ。私がみーが満足できるようなプロフ文章考えてきてあげるから」
「え」
「あたしも考えるー」
「え?」
「ボクも微力ながらお手伝いします」
「ええ!」
なん、なんで、わたしのプロフィールをお姉ちゃんとやまいこおねえちゃんと餡ころおねえちゃんが考えることに!?
ーー1週間後。
3人が考えてくれたプロフ文章が詐欺レベル文章で慌てた。
項目分けすると、容姿(餡ころもっちもち担当)、カリスマ(やまいこ担当)、性感(
容姿は、餡ころおねえちゃんがわたしを見た時に感じた事が書いてあった。わたし、こんな文章ほど可愛くない……!
カリスマは、やまいこおねえちゃんがわたしと接していて尊敬した事が書いてあった。尊敬の方向が間違っている気がするよ……!
性感は……、エロゲ仕事で鍛えられたおねえちゃんが、「男子がこんなだったらたまんねえと思う身体って主に触り心地とか、◯◯◯した時に××で△△△。◽︎◽︎とか」て、肉体的特徴と影響が文章化されて……!
……これ、ほんとに、プロフにのせるの……?のせたくない……。
「非公開設定にすれば他のプレイヤーから見えないですよ」
そっか。じゃあ、もらった文章で設定したっていって、本当はのせなければいいのかー。
「定期的にのせてるかチェックするからね」
ええ!?なんで!?お姉ちゃん!
「ウラちゃん、お財布の中に1億円札入れるのといっしょよ」
それってどういう……。
「あんたに足りないのは自信。でも自信なんて今日明日ですぐつくもんじゃない、だから目につくところに私達が考えた文章を貼り出しておきなさい。見てれば影響されるから」
えー!?
「影響されると不安になって揺り戻しで元の自信のない自分に戻ろうします。そういうときはこの文章をみて信じてください、私達はみーさんのことを文章のように思っているということを」
やまいこさん……。
「まあ文章はちょっとオーバーに書いたけどプラシーボ、プラシーボ」
オーバーな自覚あったの!?餡ころおねえちゃん!あと意味違うから!
……3人が考えてくれた文章をもう一度みる。かゆい、はずかしい、わたしこんなんじゃない、や、やっぱり止めよう、と言おうとすると、3人の重みのある視線が痛い。痛いよー。
……はい、うん、そうだよね、わざわざ考えくれたんだもんね……。
抵抗感半端ないけど、お見合いORネットの出会い系プロフを盛るんだと思おう……。
それにーー
大体、この文章だってこれ転移後どこまで反映されるのか。少しくらい反映されてくれないとすごく困る。困るよ。あーもうあの世界美形ばっかっぽいし。
***
うちの家庭は妹によって激変した。
我が家は、父は単身赴任、母も仕事をしながら私と弟を育てていて仕事で夜帰るのが遅かった。だから弟の面倒は私が見ることになった。
「お姉ちゃんだからよろしくね」
昔はこの言葉は大嫌いだった。私だって甘えたい、でも弟の方が小さいから我慢しなくちゃならない。
「お姉ちゃんだから我慢してね」
母が仕事で送迎行けないから、私が弟の学校の送り迎えをした。
自宅からほんの30メートル先の幼稚園でも速攻臓器抜かれて道端に捨てられることもあるから送り迎えは必要だった。
私の学校がまだ終わっていない時は、授業途中に弟を迎えに行って弟を連れて学校に戻り授業を受けていた。
お願いだから大人しくしててーーといっても弟は少しもじっとせず「あれなに!」「どうして!」と大声を出して騒いでいた。
まあ仕方がないよな、と大人の度量で受け入れてくれる先生、憐れみと迷惑顔半々の同級生たち。
私は恥ずかしくて申し訳なくていたたまれなかった。弟が嫌で嫌で仕方がなかった。心が狭いってわかってる。
思えば家に父も母もいない、私も構わないから、弟はかまってくれる人間に餓えていたんだと思う。
弟の餓えにあの頃の私は気づかなかった、なぜなら私も優しく構ってくれる人に餓えていたから。だって私は送り迎えしてくれる人いないから、弟みたいに幼いころから学校通えなかったし。家で一人だったもの。なのに父と母は弟ばっかり。
私は家で弟が話しかけてきても空返事。母から言われた最低限の世話、私と弟の食事の用意だけした。カップに栄養製粉をいれて水を注いで混ぜて渡す。特に会話はしない、「なんでなんで」「どうしてどうして」うるさくて腹がたつから。
「自分のことは自分でやって」
母が夜勤になり帰ってこない夜、弟が夜中に布団に潜り込んできた。怖くて寂しいという。嫌だったけど無碍にもできず渋々布団に入れる。
弟のことを同級生に話すと、弟が可哀想だねと言われる。いつもいつも憐れまれるのは弟。誰も私のことは考えてくれない。
寄ってくる弟が面倒くさくて、パシらせて使う。それも面倒くさい。
常に弟が付いて回る、そして弟が父や母、周囲の中心となって構われるのを見せ付けられるーーもう嫌だ。
家では極力弟と別室にいるように過ごした。私は私のこと考えたい、誰も考えてくれないのだから、せめて私だけは私のことを考えたい。私は無想する。誰かが私を哀れんでくれる世界を。でもそんな世界は現実に存しない、だから私が私を哀れむ。
いつのまにか弟は家にいる時は共同スペースにはいることはなくなり、自室に篭るようになった。私も自分の部屋に篭るから、弟と日常の接触は殆どなくなっていった。
私はまた独りになった。
その頃には私は役者の養成所(ボランテイアで運営されている)に通っていた。学校の演劇部での演技が良かったらしく声をかけてきてくれた人が運営してた。正直ボロいし、団員のやる気はバラバラだし、突っ込みどころはあるけれど、ここは私のステージだ。私を見てくれる人がいる。私は私だけの為に突きすすむ。
でもいい役はこない。可愛いヒロイン役や、綺麗な友人役、美人な悪役をやるのは私以外の人。
私は太っていたから。
弟が生まれた時からストレスで栄養製粉を過剰摂取してしまっていた。そして太った体をみてまたストレス増加、自己嫌悪でまた摂取する。
そんなある日、友達の声優オーディションに付き添ってロビーで待っていたら、その声優プロダクションのプロデューサーに声をかけられて試しにとオーディションを受けたら合格した。
声優は声だけ。もちろん全身売りにする人もいたけど、声だけでもいい。すごく気楽だった。
顔出しのあるホロ舞台の仕事より声優の仕事のほうが多くなる。そりゃそうか、好き好んでこんな豚を見たいやつなんかいないだろう。
だからといって声優もいい仕事はこない、豚だし。
タダ同然の役者の仕事2割、お金目当ての声優の仕事8割くらいの割合。わたしはがむしゃらに働いた。だって父も母もそうしている、働かないと私の居場所はないのだからーー。
仕事を増やしまくって忙しくなったころ、母の妊娠が発覚した。
ーー止めてよ、また私の邪魔をするモノを作らないで。
生まれたのは、妹だった。
また、世話を押し付けられるかとうんざりしていたら、母が面倒を見るという。
私が弟の世話を心底嫌がっていたのをわかっているのだろう。最近は母も仕事場が落ち着いて夜勤は無くなったから子育てできるようになったらしい。
安心した。私はもうこれ以上私自身のリソースを誰にも分け与える気はない。
私はさらに仕事を増やし劇団事務所仮眠室に泊まり込みで稽古することも増えほとんど家に帰らなくなった。
〈帰る〉というより、必要があれば〈寄る〉というほうが合ってる。
顔をあわせないようにできるだけ家族が寝ている遅い時間に寄るようにした。
なのに、あの日は。
たまたまあの日は着替えが足りなくなって、夜の打ち合わせに必要だから家に寄った。
玄関を開け廊下を進む。すると居間で弟が妹の面倒をみているのを見て驚いたーー弟が笑っている。
私が一度だけ妹に対面させられた時、弟は妹を煙たがっていたーー私が弟を避けるように。
思わず扉に身を隠し、そっと様子をうかがう。
弟は面倒くさがることなく、妹のよだれを拭いてやり、拙いながらもおしめを変え、寝っ転がってお腹の上に乗せてあやしていた、そしてやはり笑っていた。妹も笑っている。居間に笑い声が響く。
暖かい空気が流れていた。
ーーなに、ここ。こんなの私の知っている家じゃない。私の知っている家は、シーンとしていて、冷たくて……。弟が笑っているところを見たのはいつぶりだろう……何年前……?そもそも何年会話をしていない……?
私は着替えをとって稽古場に戻った。打ち合わせも上の空。泊まり稽古で夜寝る前も、家で見た光景がずっと心に残っていた。
何となく家のことが気にかかり、帰宅できる時間がある時は家に戻るようになった。母の声を無視し自室に入る。そして自室のドアを少し開けて母と弟と妹の様子をうかがう。
ーーなにがこんなに気になるんだろう。ここには何もないのだ、ないはずだ、だから私は外にーー。
「ねぇね」
深く思考の底に落ちていた私のそばにいつの間にか妹が来ていた。ドアの向こうから、ややうつむきた私の顔を下からのぞいている。
「ねぇね?かなち?」
悲しい?何をいっているの、この子。
「らいしょふーらいしょふー」
妹は立ち上がりーーといってもややよろけながら私の肩につかまりながらーードアの隙間から部屋に入ってくる。
私の頭を抱き込んだ。後頭部に妹の小さい手の感触。幼児の熱いくらいの体温が私を包んだ。
「ねぇねーのかなちいのとんでけ!とんでけ!」
よくわからない、何がしたいの、大体私は悲しくなんかない。
「ちゅき!」
いっそう強くだきしめる妹の腕。といっても幼子の力なんかたかが知れてる、振りほどいて私は立ち上がればいい、弟が妹の名前を呼びながらこちらに来る、妹をドアの向こうに追いやってドアを閉めればいい……でももう少し……もう少し……。
「ねぇね、にゃかないれ……やー、やー、う、ああん」
みよーこっちこいよ!と弟の声。あんたたち何してんの!と母の声。ああ、うるさい、うるさい、うるさくて。
「二人して何泣いてんのよ」
母の苦笑が聞こえた。
わたし?わたしも泣いてるの?泣いてるわけないじゃない、なにいってんのよーー。
それから家によく戻るようになった。本当はそんなに劇団に泊まり込む必要はなかったのだ、ただ家にいたくなかっただけで。
いままでなかった母と日々の出来事の会話。働いてわかった父と母の苦労。私には将来どれくらいのお金が必要になるのかわかっていなかったのだとわかった、私は子供……だったのだ。苦しみの渦にはまり、周りを拒絶した子供。
子供の私は、父と母に愛されない自分が嫌い、父と母をとった弟のことが嫌い、弟のことが嫌いな私が嫌いだった。
でも実際は父も母も私を想っていた、ただ生きるのに必死だっただけで。
なにもわからなかった子供の私は多分まわりを傷つけた。
私が子供だったからといって弟にしたことは、……余裕がなかったとはいえ……。
弟は私と口をきかない、それは私が先にはじめたこと。謝ったところで過去の私のやったことは消えない。大体、謝るのなんて自己満足だもの。
ーーどうしよう、私、どうしたらいいの。
その点、なんの負い目もない妹にかまうのは楽だった。弟のいない時間、妹をかまう。かわいい。きっと弟もかわいかったんだ、私にわからなかっただけで。
ーーごめんね。
家にいれば弟とも一緒にいる時間が増える。でも同じ空間にはいるけど話さない。互いにいることは意識はしている。私はほぼ他人も同然な距離の弟との会話をどうすればいいのか考えあぐねた。
ーー今更なんて声をかければいいの?
仕事で時間がずれて帰宅。家族はもう夕飯を食べ終えていた。少し、ほっとする。私がいると弟は口をきかないから。
1人夕飯を食べ終えて自分の自室に向かう。弟の部屋の前を通りかかった。すると弟の部屋の扉が少し開いていて中が見えた。弟は妹を膝に乗せて何かゲームをはじめているみたい。
『ここはディレシア姦獄!あらゆる犯罪を犯した罪人が集まる断崖絶壁の孤島!だがここには無実の罪で収容されている者がいる!君は犯罪者たちの罪を暴き真犯人を見つけねばならない。もちろん犯罪者たちは簡単に話すことはないだろう、そこで拷問、調教で体に聞いてーー』
ーーなんてもんを。
「きれー」
「この会社の絵師はエロむっちりで「このエロ馬鹿弟があ!!」ぐえぇっ!!」
「ねぇねーおかありー」
「いってぇぇ!」
「幼児になに見せてんだー!」
ーー悩んでいた何年ぶりかの弟との会話は、弟がまごうことなき1◯禁ゲームを妹に見せようとしているのを阻止したことによって成立した。
「っっんだよ!」
いきなりどつかれて腹を立てた弟は私にケンカを売ってきた。
即座に部屋に視線を走らせ、どこに弟の大事なものが隠されているか理解した私は、隠し場所を母に伝えに行くといって妹を抱えて部屋を出ようとする。
「ふざけんな!」
焦った弟は私の足にしがみつき、私が部屋を出るのを阻止しようとする。ああん?
「許可なく女の足に触っていいと思ってんのか!」
「ぐはぁ!」
私は弟を蹴りあげて部屋を出る。扉を閉めた向こうにドサリと倒れる音がした。
「ねぇねーにいにいー?」
「大丈夫よ」
弟の隠し場所は母には伝えなかった。だってきっと母にはばれてるから私が伝えるまでもない。弟の部屋の掃除をしているのは母だし。
しかし、ああいうのが好きなのか……弟も成長したことを実感する。実はあの手の仕事の募集はたくさんあった。私の声は向いてるらしい。でもいままでやっていなかった、だって豚だし、豚が喘いで誰が喜ぶの?て思ってたけど……。
試しに仕事を受けてみる、仕事というからには本気でやる。
予習のために弟の部屋からいくつかこっそり借りてプレイしてみる。
ふーん。なんかあれね、私にクるのものが足りない。私はかわいい女の子よりかわいい男の子のほうが好みかも……。
実写系のホロAVも勉強のためにチェックする。
男性目線の刺激とは何か?下半身にうったえる話し方は?頷きは?ため息は?呼吸音は?喘ぎは?
チェックしているうちに私は燃えてきた。
ヤってる最中にあんなにいろんな事を言うのスゴイ。これって購入者の耳を犯すってことよね。やりがいがあるわ。
私はバリバリその手の仕事を受けた。事務所にたくさん反響が届く、ますます仕事を増やす。
不思議なことエロではない声優の仕事も増えた。マネージャーにファンができたんだよ、と言われた。
私のファン?だって豚よ?
「姉ちゃん……」
3本収録を終えて家に帰ると弟が私の声あてをした作品のホロパケを持ちながら話しかけてきた。
弟から話しかけてくるなんてーー嬉しい。
「えっと、あのさ……これのオミミの声やってるのって……姉ちゃん……?」
「そうよ」
私は誇らしい気持ちで笑顔で答えた。
「マジかよぉぉぉーー!」
「え?」
絶望感に満ちた弟の叫び声に戸惑う。
「なんで、姉ちゃんが出てんだよ!もうこのシリーズでヌけねーし買えねーじゃん!」
「……」
「大体、オミミは小さくて可愛くて横に広がってなくてーー」
「ーーああん?」
その日(一方的な)死闘が繰り広げられた。
「にいにい、いたいのいたいのとんでけー」
「みーありがと……っ」
弟が妹に泣きついている。
「みー、情けは人のためならずっていうのよ」
「なしゃけ?」
弟に文句をつけられながらもエロ系の仕事は引き受け続けた。
弟は私にムカつくこと言うけどーームカつくことを言うようになったのだ。
ただたまにギクシャクはする。たまに、頭に血が上って言いすぎたとお互いに思い空気がかたまるケンカもあった。
けれどそんなときは妹が笑って「いたいのとんでけー」というと和んでしまうのだ。
3人でいるときは私と弟がケンカし、私と妹がいる時は弟の話をする。
多分、弟は私がいない時に私の愚痴を妹に言っているのだろう、私には個人的なことは言わないので、妹から弟情報を聞き出す。
だから弟の好きな声優を妹から知る事ができた。
その声優は友達だったのでサインをもらってきて弟をからかいまくってやった。
たまに妹がいなかったらうちの家庭はどうなっていただろうか?と考える事がある。
なんとかなったとは思うけど、きっとこれほどのあたたかみはなかったに違いない。妹がくれた人生を変化させたキッカケに感謝。
今度は長女の私が家族のためにできることをーーとお金を稼ぐぞ!と張り切っていたら、妹がまた人生が変わるキッカケをくれた。
妹は動画を作って流していたのは知っていた。けれど子供の遊びなんだろう、位にしか思っていなかった。
ある日「役員になってほしいからサインもらえるかなー」といってきた時にはじめて妹の稼いだお金の規模を知って驚いた。母も知らなかったようで驚いていた。
私達がうろたえ慌てふためく間にも妹はさらに仕事の手を広げる。
私や母の動揺とは裏腹に弟は落ち着いていた。妹と行動をともにしているせいなのか。
妹のゲーム実況動画を見ると弟が一緒にプレイしている。2人で楽しそう、なんかムカつく。私だって、弟で遊びたいし、妹と遊びたい。
こっそり弟と妹がやり始めたゲームをやってみる。
【スキャニング】?最近、顔バレしてるから困るわね。ああ、このグニョグニョしてるのいい感じ。なになに……溶解、麻痺、窒息……卑猥ね。見てるとイメージトレーニングにいいかも、いい声出せそう。
ゲームの中でも現実と同じく弟とケンカし、妹と遊ぶ。
かわいくない弟、かわいい妹。
弟と妹をいじってかまい可愛がる。それが姉の義務であり権利。
こんな楽しい権利を放棄していたなんて、むかしの私はほんと馬鹿だったわ!
ちょうじょのじかく!