デミえもん、愛してる!   作:加藤那智

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気がつけば、 マリッジブルーだった

「はあ……」

 

わたしは第7階層のデミウルゴスの執務室に設置した、わたし用の丸い冷たいウォーターベッドでとぐろを巻きながら(巻けるほどしっぽはないが気分的に巻いた気分)思考の海に沈んでいた。

いつもならデミウルゴスに抱っこしてもらいながら首すじに抱きついてデミ充しながら癒されているか転移準備で慌ただしくしているところだ。

でも今はそんな気分にはなれなかった。

 

「どうしよう……」

 

わたしはギルメンのサプライズでデミウルゴスと結婚した。

ギルメンのみんなはナザリックが異世界転移することや転移したらNPCたちに命が吹き込まれることを知らない。

だから今回の結婚はわたしを喜ばせようと企画したちょっとしたお遊びだと思っているだろう。

 

でも転移すれば……。

 

シュゥん……と蛇のため息をつく。

 

いまデミウルゴスはわたしと結婚していることをどう思っているのだろう。

転移前のデミウルゴスはプログラムされたことしか話さないし話せない、動かないし動けない。

だからデミウルゴスに聞くことはできない。いや、もし聞くことができたとしても私の心の準備ができていない。

モモンガさんがアルベドの設定を『愛してる』と書き換えて転移したあと悩んでいたように転移前のNPCには選択肢がない。

アインズ・ウール・ゴウンの1人であるわたしがデミウルゴスに「わたしを愛せ」といえば彼に否やはないだろう。

きっと至上命令としてありがたく従うにちがいない、デミウルゴスは断れない、断るということは考えすら浮かばないに違いない。

 

ーーでも、わずかな可能性がある。

 

NPC達は物語(オーバーロード)で転移したことや自律を開始したことに気付いていなかった。よほど自然に行われたのだろう。

そして異変に気付くことなくモモンガさんが闘技場に召集した時、デミウルゴスが最初に感じたのはおそらく【恐怖】ではないだろうか?

 

今世だって転移前に階層守護者全員を呼び集めたのはお披露目の時くらい。物語(オーバーロード)でも転移前に階層守護者全員を集めることはそんなになかっただろう。

物語(オーバーロード)開始直後の滅多にない階層守護者全員召集に、デミウルゴスはモモンガさんもナザリックを去る最後の挨拶に召集されたと考えたのではないだろうか?

そして【恐怖】からアインズ・ウール・ゴウンがモモンガさん1人である不安を解消するため、対策として世継ぎを重視した発言をしたのではないだろうか?

 

あの世継ぎ発言は疑問を抱いた。

 

世継ぎの話はモモンガさんの意志よりも御家(ナザリック)存続を優先する発言に感じられたから。

これが本当に想像主達を敬う忠義に篤い者の発言なのだろうかと不思議に思った。

だがよくよく考えてみれば、物語(オーバーロード)のギルメンはモモンガさんを残してみんないなくなっている。

だからモモンガさんもいつか必ずいなくなると予想しているのだ。

自身の気持ちを押し殺して諦めて対処しようとするデミウルゴスのなんという潔い諦観だろう。

モモンガさんが去った時に残された者達にはーーデミウルゴスにはーー寄る辺が、存在理由が必要だった。悪魔は創造主()に希望を縋ったのだ。

デミウルゴスという最上位悪魔ですら幼子のような気持ちにさせるのがアインズ・ウール・ゴウンである。

 

デミウルゴスは、世界に存在する全てのものの存在理由(レゾンデートル)がアインズ・ウール・ゴウンだと信じている。

実際転移前ゲーム内でのナザリックのNPCの役割は「ナザリックを守ること」それだけだ。

だが、NPCたちは転移後ナザリックを守護する以外のことも考えはじめた。

 

アルベドのモモンガ以外のアインズ・ウール・ゴウンメンバー抹殺計画、セバスのエルフ救出、コキュートスのリザードマン救済願い、デミウルゴスの世継ぎ発言。

 

転移はNPCたちに自由な自我を発露させる、わたしはそこにひとつの可能性をみた。

 

ーー自立思考。

 

その可能性を信じたい。

だから転移前は設定を書き換えず、転移後にわたしへの好意の度合いをはかろうと考えていた。度合いに合わせて距離を縮めていこうと思っていたのだ。わたしもナザリック(おうち)が大事、デミウルゴスもナザリックが大事。同じ方向を見ながらちょっとづつちょっとづつ……。なのに。結婚して【卵】ーー子供を作ってしまった。

 

「あああええうー!どうすれば!どうしようー!」

 

ごろごろごろ!ごろごろ!ドーン!……ぽとり。

ひんやり丸ベッドからはみ出し、壁にぶつかりバウンドしてベット着地。

 

デミウルゴスと結婚したのは正直嬉しい!嬉しい!嬉しい……嬉しいよ……でも、でも、でも、でもーー!

 

転移前にわたしのデミウルゴスへの好意が本物であることを知ってもらおうと一緒にいる時間を多くとり話しかけ気持ちを伝えてきた。

転移後にデミウルゴスの態度をみて告白するかは決めようと思っていた。

 

ひょっとしたら蛇は嫌いかもしれない(良かれと思って蛇にしたけれど)、

ひょっとしたら少女体型は好きではないかもしれない(おにいたんとは違う……気がする)、

見た目以前にわたしと親密な関係になること自体を不遜と考えてるかもしれない。

デミウルゴスの立場、考えでは、わたしとの結婚は断れない、ひょっとしたら断わることすら思い浮かばないかもしれないから、わたしが察する必要がある。

 

わたしはデミウルゴスの意志を尊重したかった。上からの強制じゃなくて両思いになりたかった。

 

だから、本当ならわたしは結婚してはいけなかったのだ。たとえギルメンのサプライズに空気が読めないやつと思われようとも断らないといけなかった。誰が知らなくてもわたしは知っていたのだから。

モモンガさんだって転移後NPC達が『生』きはじめると知っていたら、決して設定をいじりはしなかっただろう。

 

それなのに結婚に同意したのは一重にーー。

 

ベッドの縁から、そっとデミウルゴスの方を覗き見る。

 

デミウルゴスは普段と変わらない様子で仕事をしている。

見つめる先のデミウルゴスは呼吸しているように胸部が動き、定期的に眼鏡の位置を直すような仕草をする。

よくできたモーションだ。でもそれだけだ。少なくとも今は。

 

今のデミウルゴスの心の内を知ることがまだできないことがありがたい、心の準備がまだできていない。

 

ニョロりと程よくひんやりしたベッドをでて、ぴょんとデミウルゴスの膝の上に乗っかる。

デミウルゴスは机の上の書類をチェックしている。

わたしが膝の上にのっかることで、わたしの頭が邪魔でデミウルゴスからは書類は見えないはずだが、まるで見えているかのように手を動かし、書類を仕分けしている。

 

かわりなさに安堵する。

ーーデミウルゴスがまだ生きていないということに。

 

かわりなさに落胆する。

ーーデミウルゴスいま生きていないということに。

 

「……だって気がついたら結婚してましたとか……」

 

ちゃんと選択肢残さないと。

 

「まあわたしは、失恋には慣れているし、前世も今世も一度も両思いになれたことないし、わたしはへーきだし……へーきへーき」

 

デミウルゴスにわたしから逃げられる道をのこしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルメン達によるノリノリの監督下のもと異形種交配計画が本格始動した。

しかし、すでに【卵】から孵化したわたしとデミウルゴスのNPCをパワーレベリングしたら【卵】からできたNPCは育成がなかなか大変なのがわかった。

通常レベル上げはそれほど手間がかからないはずなのに【子供】のレベルアップ必要経験値は鬼仕様。さらに満足いく装備を揃えるのに時間がかかる。

 

現在、わたしとモモンガさん以外のギルメンはリアルに時間が取られ、ログイン自体はリアルの用事をしながらでできるけれど、ゲームプレイ自体はギルメン1人週に1〜3時間が平均。

まずはわたしとモモンガさんがそれぞれNPCと作った子供を集中して育成しようという話になった。

 

あ、モモンガさんアルベドと結婚したのです。

なんかね、ギルメン達が続々と結婚して【卵】を作っていく中でモモンガさんは、その、相手が……たまたまね!たまたまいなくてね!

そうしたらタブラさんが、『モモンガさんなら……』とかなんとかいったらしくて(モモンガ後日談)、モモンガさん、アルベドの側に立って照れてまごまごしてた、うん……胸……見てるのわかったよ……わかるけどそんなにガン見したらね、

 

「サキュバス嫁とかwwエッロwwwモモンガさん良かったですねまじエロっすねwwwさすがギルマス俺たちにできないことをwwww」

「ーーペロロンチーノォォォ!」

 

おにいたん、エロには敏感だからいじられちゃうって。

ドタバタと追いかけっこするモモンガさんとおにいたん。

ギルメンの生暖かい眼差し。お姉ちゃんいなくて良かったね、おにいたん。モモンガさんに失礼なこというとぶっ飛ばされるから。

 

わたしは「これが強制力か!」と内心驚きつつも、アルベドは玉座の間で寂しい期間もあったし、同じくさみしんぼ骸骨モモンガさんが幸せにしてやるのだー!といってやった。

 

「さみしんぼじゃないもん!ぼっちじゃないもん!」

 

……もんって、モモンガさん動揺しすぎだよー。

 

ともかく、アルベドとモモンガさん、わたしとデミウルゴスの子供NPCから育てようってことになった。

 

ギルメンによるブートキャンプがはじまった。

 

「おっ切れそう《バインド/拘束》!」

「んー、やっぱりスカートはかせたほうが似合うと思うのだけど」

「はい、そこ!いいよいいよ、ちゃんと当ったなー!タゲるの慣れてきたなあ」

「八大神ダンジョンズ全制覇させにいこうぜ」

「この外装とかどうですかねー」

 

モモンガさんは一番子育てに熱心ー。多分子育てでギルメン全体の活動率が上がって会話も増えてたし。骸骨歓喜。ほんとギルマスの鏡。

ワイワイ楽しく盛り上がる育成を横目で見ながら、わたしも所持しているワールドアイテムをデミウルゴスとの子供に渡してパワーレベリングの加速度を上げて子育てをしていた。

 

ーー親のわたしを殺すことができる強さを身につけさせるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『わたしを殺せるような力を、思考を、子供に与えよう』

子供ができたときに真っ先に考えた。

なぜ子供にわたしを殺せるようにするのか、話はわたしのキャラメイクまでさかのぼる。

 

わたしは自分のアバターをどんなふうにキャラメイクしようかと考えた時、転移後デミウルゴスと上手くいく要素を増やした。カップルの別れる最も多い理由は「価値観の相違」だという。

きっと人間のわたしと悪魔の道徳規範は合わないだろう。

 

そこで転移後のモモンガさんのアンデット化による精神の変質からヒントを得て、カルマがマイナスになる種族、スキルツリーを選択すればデミウルゴスの価値観と合わせられるのではないか?と考えた。

そしてわたしは種族クラスに、サーペント(古き蛇)をとり、最終種族はアペプ(太陽の破壊者)ーー悪の化身の蛇神となった。

わたしとデミウルゴスだけならこのままで良かったかもしれない。でも当初の予定からずれて想定外の子供ができた。

 

デミウルゴスと子供たち。なんて素晴らしい、そして恐ろしいことだろう。

 

魔の愛情とはどんなものなのだろう。

精神が変質したわたしは子供たちを害そうとしないだろうか?

あの世界で血が近い者ほど価値ある犠牲(サクリファイス)だったら?

自分の存在値を高めるために子供を犠牲にすることをためらわない性質になってしまったら?

そして子供も犠牲(サクリファイス)になることを喜んで受け入れてしまうのでは?

リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンに追加節制してもキャラ性質にどこまで影響を与えられるだろうか?

 

念のため、わたし自身の設定にデミウルゴスと子供への直接・間接攻撃禁止を書き込んだ。でも万が一ーー。

 

ーーわたしはわたし自身が一番恐ろしい、どうすればいいのか。

 

ーー家族。わたしの家族。

 

今世は家族仲も良く、わたしの居場所もある。

けれど、いづれ親は死に、お姉ちゃんもおにいたんもそれぞれ伴侶を見つけて家をでていき家庭をつくるだろう。家族がわたしを大事に思ってくれていることはわかる。

 

ーーでも、わたしは。

 

幼い頃に、与えられなかった故の空虚、与えられた故の傷、それが大人になっても周囲との違いを浮き彫りにさせ、蓋をした感情ーー怒りを刺激させた。

自身の存在を否定され利用され続けズタボロになった自尊心、とても自己を愛するなんて出来やしない。

酷い扱いを受け続けた心は自身の価値を信じることなんて出来ない。

 

ーー前世から続く決して消えない虚無感と無力感。

 

愛されなかったから、愛されることに飢えていた。

愛されたことがないから、他人を愛する資格がないと感じていた。

 

わたしだけを、わたしのみを、一番に思ってくれる存在がほしかった。無条件の愛がほしかった。

 

ーー得られなかった親からの愛情。

 

何かができるから褒められ認められるということではなく、ただあるがままでそこにいていい、存在していいという絶対的肯定感を与えられたことがない。

だからだろう、不安が無くならない、いつも影のように背中に張り付いてる。

 

価値のない存在(わたしにとって高望みなこと、それは愛されることより愛すること。

愛されなかった子供は他人を愛することに自信がない。だって愛された経験がないからどうやって他人に愛情をしめしたらいいかわからない。

大人になって周りの『愛情行為』を見よう見まねで学び、なんとか表してみるけれど、ちぐはぐ感は拭えない。

 

愛されることも、愛することも、わたしから程遠いものだった。手に入れることができない憧れ。地平線に沈む美しい夕日のように眺めるだけで辿り着くことはできない。

 

だから前世で結婚しなくても人工授精で子供を作れたのに作らなかったーー自分は欠陥品だから。憧れは憧れのままにしておいたほうがいい、虐待されて育ったわたしは、自分の子供に虐待してしまうのではないかと恐れたのだ。

 

ーーそんなわたしにできた旦那様と子供。

 

わたしがデミウルゴスを愛することができたのは彼に意識がないから。意識があったなら……申し訳なくてとても愛せないーー欠陥品に愛されて申し訳ないという想い。

欠陥品なりに愛情ーー世間一般でいう愛情を表す行為ーーを示してきたつもりだけど、本物を知らないからうまくできているかわからない。

 

 

 

『転移したわたし』にわたしの愛する存在を殺させない。だから子供たちの設定にはこう付け加えてある。

 

「自身は気づいていないが母に殺されそうになったら自己生存のために親殺しをためらわない。母殺しの罪悪感は持たず後悔もしない」

 

こう書けば『転移したわたし』にもし殺されそうになっても反撃して戦うだろう。子供が『そう有れ』と私が書いたことを残しておく。

わたしの意思でわたしを殺させたのだとわかるように。

もしわたしが死んでもデミウルゴスが子供たちをナザリックに必要な存在として育ててくれるに違いない。

 

大切な家族が仲良く暮らせるのが1番だよねー。


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