黒桜ちゃんカムバック   作:みゅう(蒼山みゆう)

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#11 一体何をやってたんだよ

「エミ……ヤ?」

 

 口の隙間から漏れる様な擦れ声が、狭い暗闇で僅かに反響する。瀕死のはずのアイリが反応したのも無理はない。唐突に出て来たキーワードは愛する夫のファミリーネーム。

 ライダーの部下であるらしき魔術師がその名前を何故口にしたのか、全身を襲っているであろう痛みよりもそちらの事情の方が彼女にとって重要らしかった。だが最も衝撃を受けていたのは、目の前のサーヴァントであろう。

 

「何故、その名を知っている!?」

 

 その瞳に宿るのは憤怒の色なのか。少なくとも大きく動揺しているのはウェイバーの素人目線でも伺えた。クラスを偽り続けたサーヴァントがシラを切ることを忘れるほどに、これは手痛い情報ということだ。

 隣のロード・エルメロイも同じく動揺していたが、その視線が向かうのは赤い外套の男の方。一時的に組んでいたであろう相手の真名を知って困惑している様に見られた。アイリ曰くその筋では有名らしい“衛宮”の名にロード・エルメロイも心当たりがあるのだろう。

 

「その顔立ちと装束……マケドニアの人間ではないな。君も同じ時代から来たというわけか」

 

 エミヤシロウから意味深げな言葉が発せられた。言われてみれば確かに妙だ。その言葉を頼りにウェイバーも長髪の魔術師の出自について思考する。確かに彼一人だけが肌の色も目鼻立ちもあの軍隊の人間とは異なるアングロサクソン系の特徴だ。そして同じ時代から、ということはライダーとは違う時代を生きた人間ということであろう。

 ライダーと共に生きた軍勢しか召喚できないはずの宝具に紛れこんだイレギュラー。なぜ時代を超えて彼はライダーに仕えているのか。考えれば考えるほどその素姓は計り知れない。

 

「ふん。推測は結構だが、その分だとかなり記憶を摩耗しているようだな」

「既知の仲、ということか。だが記憶はなくとも心当たりはあるぞ」

 

 一層厳しさを増す視線。射殺さんとするような眼光の切っ先は魔術師ではなく、その後ろであった。ウェイバーの首筋に声を失うほどの悪寒が這い寄る。明確な殺意を向けられていることは肌で感じれるが、その理由には全く心当たりはない。

 会話に付いていけない他の面々を置き去りに、白髪の男は言葉を畳みかけた。

 

「自分だけ気づかれないとでも思っていたのか? 何故、そのような危険を冒してまで表に出てきたのだね?」

「第4次に貴様が何故居るのだ。この時代では貴様の願いは叶わんぞ!」

「そんな事を問うためか。やれやれ。言うぞ、私は“アーチャー”のような愚を二度と重ねはしない。そして叶う勝算があるからこそ、私はここに立っている」

「――――掃除屋稼業で目も霞んだか」

 

 彼の口から籠った音と共に吐き出されるのは侮蔑の念。こんなはずではなかった、と魔術師は悲痛な声でその先を続ける。

 

「既に“セイバーがいない”ということが既に詰みかかっているのだぞ! 誰のせいかと思えば、手にかけたのがよりにもよって他ならぬ貴様と来た。英雄王は当てにならない。私が出て来なければどうなると思っているのだ!」

「セイバー、だと? 一体何を……」

 

 予想していた答えと違っていたのか剣幕に圧されたのか、男は言葉を詰まらせる。その様子が気に食わないのか魔術師はスラングを浴びせながらも、ウェイバーの鞄を引ったくり、アイリへの手当を始めた。相手にとっても既に治療名目の取引などどうでも良いのだろう。妨害される気配はないようだ。

 ウェイバーは鮮やかな手腕で薬品を調合し、魔法陣を構築していく様を眺める。特に高度な技法を使っているわけではない。あくまでも基本に忠実な物だと未熟な魔術師目線でも理解できた。だがその一つ一つが洗練されており、思いもしなかった組み合わせで治療の効果を上げていく。

 ふとウェイバーが目線を上げればロード・エルメロイもその様子に見入っているようだった。おそらくはロード・エルメロイの方が治癒そのものは巧みなはずだ。しかしそんな彼にも参考になるところが多々あったのだろう。顔色の変化を隠し切れていない。

 そして急に目を見開いた彼は、歯ぎしりの奥から言葉を紡ぎ出した。

 

「そうか。そういうことだったのだな。貴様ら二人、いや、おそらくは間桐桜も。それなら全てに説明が付けられる」

 

 彼は一体何に気がついたというのだろうのか。ほとんど確信を得ている様な物言いだ。しかも眉間に寄った皺を見れば、その真実はプライドの高い彼を激怒させるようなものだったのだろうと推測できる。上手くやれば仲違いをさせることができるかもしれないと、ウェイバーは淡い期待を胸に抱きながら次の言葉を待った。

 

「何故、その名がここで出て来る?」

 

 最低限の治療をあらかた済ませつつある魔術師が、素直に疑問を示した。そしてその言葉に返答したのは、ロード・エルメロイでも、エミヤシロウでもなかった。

 

「――――――――五月蠅いなぁ」

 

 耳元に届いたのは濃密な死の気配。間違いなく今日一番に痛烈なもので、まるで彼らの存在そのものを否定するかのような響きであった。そしてその声がする方、出入り口から現れた姿はどうだ。

 

「あく、ま……?」

 

 他の誰かに聞こえないであろう微かな声とはいえ、ウェイバーは思わずとんでもない言葉を口走ってしまった。しかしその光景を見れば他の人物も同じ想いを抱いたであろう。

 たった一言。そうたった一言で、齢十にも届かない幼い少女が場の空気を支配していたのだから。

 

「気分が悪いので、その口を噤んでくれませんか。あなたが誰だとか、令呪とか、外をうろついていた仮面の蛆虫とか、そんな些細な事はどうでもいいんです」

 

 彼女の足元から漆黒の殺意が鉾の形を為していく。決断するならばすぐにだと、ウェイバーの本能が警告を発していた。

 

「……ですがその人だけは別です。絶対に逃しません」

「ケイネス。貴方、何をもたついているの? 器を奪うならライダーの機動力を生かせない今がチャンスでしょう」

 

 突然現れた少女から告げられた宣戦布告。そして傍らのソラウも追い討ちを示唆する。実際彼女の言う通りだ。空というアドバンテージを失い、背後は袋小路。既に出口も塞がれている。絶体絶命のピンチとしか表現のしようがない圧倒的に不利な状況だ。先程までとは違い、交渉の余地すら見当たらない。

 

「確かにその通りだな。合わせるぞ」

 

 エミヤシロウの背中から取り出されたのは白と黒の双剣。胸の前で交差させるように構えを取る彼は、一部の隙もない武人の姿。ウェイバーの目にはそう見えた。近接戦闘が苦手なキャスターやアーチャーを騙っていたサーヴァントとはとても思えない。

 

「……ッ、言われるまでもない! Fervor(沸き立て)mei(我が) sanguis(血潮)

「はいケイネスさん。Es erzahlt(声は遠くに)―――」

 

 詠唱に入ると共に蠢き出す影と水銀。二つの色が絡み合い、眼前に築かれようとするのは槍撃の壁。

 

「ランサー、分かってるわね?」

「はい。ソラウ様は桜様の傍を離れぬよう」

 

 全てをその一足に賭け、一瞬で間合いを詰めるつもりなのだろう。ランサーは低く屈む様にして足裏へと力を溜める。

 

「済まぬライダー。俺とて本意ではないがこれだけは主たちに必要なのだ」

 

 彼らの一言ごとに積み重なっていく絶望感。その重みがウェイバーの肺と心臓を圧迫し、命の流れを乱していく。

 

「おい、ライダー、なぁ……これは」

「あぁ。分かっておる。本来ならばこ奴らに“覇”何たるかを示したいところであるが、“機”を弁えぬほど愚かではない」

 

 いくら豪胆なライダー言えども、二騎のサーヴァントに加え三人の魔術師相手に白兵戦を挑むつもりはないようだった。忌々しげに敵を見据えながら言葉を発する。

 何しろ背中には足手纏いが三人もいるのだ。今にも降り注がんとする槍と剣の暴風雨の全てを捌ききるのは、あのアーチャー戦よりも困難を極めることが容易に想定された。

 ライダーは戦車の手綱を固く握り直し、呼びかけようと口を開こうとするが――――

 

「行くぞ!!」

Mein Schatten(私の足は)nimmt Sie(緑を覆う)!!」

Scalp()!」

 

 ――――彼らの方が早かった。

 

「いかん! 掴ま……ッ!!」

「させんよ!」 

 

 神牛を飛び越えて襲いかかる双剣をライダーは短剣で受け止めた。しかしこれから繰り出されるであろう手数の差はライダーにとって埋め難い。左手で手綱を強引に手繰り、牛を暴れさせることで敵を振り落とす。

 

「フンッ!!」

 

 奔る紫電が魔術による弾幕を阻み、僅かな活路を生み出す。赤い双剣使いが戦車から離れた今がチャンスのはずだった。しかし倉庫街で置き去りにしたセイバーの最期を脳裏に浮かべたウェイバーは、足を竦ませてしまう。

 

「ファック! ボッとするな。早く乗れ!」

「だって、お前……」

 

 僕たちを庇って重症じゃないかと、そう続けようとした言葉を呑みこむウェイバー。その言葉を発する時間さえ惜しい程の状況。魔術師はウェイバーへと、消耗しきったアイリの身体と共に言葉を託す。

 

「私は再び召喚できるから構うな。その女は何があっても死守しろ! 理由は後だ。押さえている内に行け!!」

 

 勇猛なライダーに無様な敗走を二度も強いることになったのは、己が無力で無知だからだとウェイバーは涙ながらに悔いた。空のない閉鎖空間にライダーを送り込んでしまったこと。そんな不利を犯した状態でバーサーカーと思われていたサーヴァントと交戦するために、王の軍勢の使用による力の浪費をさせたこと。そしてそもそもアイリを助けようという利己的な考え。それら全てがこの状況を引き起こしている。しかしそれらをライダーは決して責めることはないだろうとウェイバーは理解していた。

 だからこそ彼は奮い立つ。ここで挫けていてはライダーのマスター足る資格はない。あの軍勢の様に誇り高く、共に並び立つため、彼が思いつく限り前向きな言葉でライダーに指示を出した。

 

「ライダー! ここは戦略的撤退だ。強行突破して教会へ向かうぞ! 教会では戦闘できないし、新たな令呪を手に入れられるのは僕たちだけだ。それだけで圧倒的なアドバンテージになる」

 

 教会には先程のアサシンの件についても問い正したいことがあるが、この場では口に出さない。今この場で求められているのは、ライダーを失望させないための、自分自身に失望しないための勇ましい言葉だ。

 

「承知! 少々荒くなる。“マスター”よ、振り落とされるでないぞ!」

 

 太い声と自信に満ち溢れた笑顔でライダーはその意気に応えた。だがその僅かな会話は貴重な活路を開いたはずの時間を浪費させてもいた。再び戦車に寄り付かれたライダーは再び中華剣の猛攻を捌きながら、ウェイバーが御者台へとアイリを預ける時間を稼ぐ。謎の魔術師も消滅寸前の身を呈して、ロード・エルメロイや悪魔じみた少女の魔術を受け止めていた。

 そしてウェイバーは失念していた。敵との戦力差、単純明快な頭数の差のことを。

 

「器だけは主とサクラのために必要なのだ。御免」

 

 御者台へと押し上げるアイリの身体を受け取ったのは戦闘中のライダーではなく、戦闘の影に潜んでいたランサーであった。もう既に戦車は加速し出している。あまりの事に言葉を失うウェイバーたちへと、ランサーは呟いた。

 

「……この場に限っては遺憾ながら尋常な勝負は望めない。しかし我が主は誇り高いお方だ。誉れある勝利を望まれる。故に正面から望まれるならば、きっとそれに応じるだろう。征服王、そしてそのマスターよ。次こそは万全の状態で来い」

 

 いとも容易く守ろうとしていた者がすり抜けていく。伸ばした手はもう届かない。心臓を穿つことも、その手に刻まれた令呪を奪うこともなく、神速のその脚でランサーは走り去って行った。

 

「何なんだよっ、畜生! ライダーっ! 今すぐにっ――――」

「シット! 言った傍から奪われるとは情けない。もう遅い。だが奴らはその時まで彼女を手荒には扱えん。一度体制を整え直せ!」

 

 胸に棘が突き刺さる言葉。しかしようやく敵を戦車から引き剥がしたライダーも手綱を握り直す。

 

「坊主、“戦略的撤退”を続けるぞ。キャスターもどきはともかく、ランサーの言に嘘はなかろう。安心せい、略奪は余の領分だ。必ず奴らを蹂躙し、奪い返すぞ。そして我々には情報を精査する時間も必要だ」

「……わかった。次はお前の戦いをさせてやる。だから今は“戦略的撤退”だ」

 

 女たちの哂い声が響くアーチを潜り抜け、騎兵たちはは黎明の空へと向かう。辛酸を舐め続けさせられた彼らの誓いは重い。

 

 

                ×        ×

 

 

 

「街を震撼させていた“殺人鬼”の討伐、実に見事であった。ライダーのマスターよ」

「含む様な言い方をするな。アンタは」

 

 言峰璃正の拍手が仄暗い礼拝堂に鳴り響いた。そのまばらな音と、わざわざ言い変えた言葉に対し不快感を顕わにするウェイバー。しかし気にしないとばかりに、璃正は監督役としての見解を熱の籠らない声で述べ続けた。

 

「その申し出についてなのだが、ウェイバー・ベルベット殿。貴殿の“殺人鬼”討伐における功績は部下たちからも報告されている」

「御託は良い。さっさと坊主に令呪を渡さんか」

 

 一歩、二歩と、もったいぶる老神父の方へとライダーはその巨躯を寄せた。しかし璃正も怯まない。壮年である彼も中々に鍛え上げられた身体であると、ウェイバーにも見てとれた。聖杯戦争が始まってからの短い期間であるが、修羅場の中の修羅場、英雄の中の英雄たちを目の当たりにして来たのだ。未だ素人の域を出ないものの、その濃厚な経験は確かに彼の血肉となっていた。

 

「ならば結論から述べよう。貴殿らが討伐したのは確かに件の殺人鬼であったが、“バーサーカー”ではなくキャスターであった」

 

 せかす声に返されたのは、ウェイバー達にとってほとんど想定されていた通りの台詞。白々しいという言葉さえ勿体ないような茶番を老神父は躊躇いなく演じきる。

 だが、茶番を演じるのは璃正だけではなかった。ここは戦闘が禁じられた中立地帯。しかし今ここで行われているのは言の葉を武器として掲げた戦場だ。そしてここで戦うべきは、マスターである自らである。

 

――――次はもう絶対に負けない。ボクのせいで負けさせない。

 

 その決意を拳の中で固く握りしめ、ウェイバーは慎重に言葉を紡いでいった。

 

「キャスター? 何を言ってるんだ。ボクらが倒したのは確かにバーサーカーだ。まさかアンタ、令呪を渡したくないからって嘘を付いているんじゃないよな?」

「誠に遺憾なのだが、そのまさかなのだ。ライダーのマスターよ。我々はクラスを誤認していたのだ。事実、霊器盤によってそれを確認している」

「よくも貴様、しゃ――――」

「待てっ、ライダー!」

 

 なおも大根役者を演じ続ける璃正に詰め寄ろうとするライダーを、ウェイバーは一言、力強く制した。

 

「先を続けてくれ」

「貴殿らに対しては申し訳ないと思っている。これは監督役である私の失態だ。もし今、他のマスターたちに告げたクラスとは別の者を討伐した君に令呪を与えると批判が起きかねない。クラスを誤認していたこと、件のサーヴァントが討伐されたことを知るのは貴殿らと私たちしかいないのだから」

「つまりいくらボクがあのバーサーカーもどきをやっつけたと言っても、クラスが違っていたために証明する手立てがない。だからボクに令呪を与えるのは優遇になると言うんだな?」

「その歳でマスターに選ばれるだけあって流石に聡明ですな。そう、監督役はどのマスターに対しても公平であるべき。よって今回の討伐依頼による報償は出せない。それが結論です」

 

 璃正は言葉の中に溜息を一つ織り混ぜながら、伏した目で見解を語り終えた。ウェイバー達の反応を伺っているのだろう。おそらくは何を言ったとしても、監督による判断と公平性の一言で切り捨てるつもりなのだろう。

 しかしながら、この老神父は論破するに容易い大きなミスを犯していた。もしウェイバー達が一直線に教会へと向かわなかったら、もう少し時間の猶予があり身内に相談をする時間があったとすれば、まずあり得ないミスだった。だが、それはもしも話。この時の状況はウェイバー達に味方した。

 

「だったら、クラスが違う確かな証拠を――――霊器盤をボクに見せろよ」

 

 ドアから冷涼な礼拝堂へと暖かな朝日が差し込んだ。それと共に緩やかな一陣の風が舞い込み、ウェイバーの髪をふわりとなびかせる。

 霊器盤という言葉を耳にした璃正は、思わず目を見開かずには居られなかったようだ。

 

「できないんだろう。バーサーカーの正体とか、セイバーを倒したサーヴァントだけの問題じゃない。そっちも知っているんだろう? ボクたちがアサシンに襲われたことくらいね」

 

 そして核心部分を迷わず突いてくるウェイバーに言葉を返すことができず、璃正はただその場に立ち続ける。

 

「霊器盤、よくわからないけれどそれで召喚されているサーヴァントを把握できるんだろう? なら誰が見ても事実はすぐに分かるはずだ。ボクに令呪を素直に引き渡すのと、他のマスターに言いふらされるのどっちがいいんだろうな。監督役がアサシンに肩入れしているなんて知られたら、この聖杯戦争はどうなっちゃうんだろうね」

 

 彼の言い分に欠点があるとすれば、ランサー陣営にアサシンの存在は露見していることだ。しかしそれに気付かせる暇を与えないよう、ウェイバーは強気に言葉をねじ込み続けた。

 苦渋の判断だったのだろう。だが渋々ながらもウェイバーの差し出された右手に新たな令呪の光が宿ることとなった。

 

「ではライダーのマスターよ。魔術師として誇りある戦いを」

「あぁ」

 

 苦虫を潰した様な顔を一瞥することなく背中で言葉を受け止めるウェイバー。

 

「戻るぞ、ライダー」

「おい坊主よ。アサシンのマスターのことはもういいのか? 何も取り決めもしておらぬではないか」

「いいんだよ。それはボクらが関知することじゃない。他が勝手にやってくれるさ。ボクらには優先すべきことがある。これ以上厄介事を抱え込んでいる場合じゃない」

「そうであるな。では行くぞ」

 

 搦め手が得意な彼らがアサシンの存在を利用しないわけがないと、ウェイバーは確信を抱いていた。今の彼らが集中するべき事柄は満身創痍のライダーの状態を万全にして、アイリ奪還の手筈を整えることと、謎の魔術師ともう一度対話し状況を整理することだ。ウェイバーが言わんとしたことを理解したライダーは同意を示し、礼拝堂を一歩出た所で短剣を振りかざす。

 

「戦車はダメだからな。もう朝だから目立ち過ぎる。歩いて帰るぞ」

 

 今にも戦車を呼び出そうなライダーを引き止めるウェイバー。彼は礼儀正しく扉を閉めようと、何気なくもう一度礼拝堂の奥を視界に収めたところで異変に気付く。

 

「りせーさん、おはよう。あれっ、おきゃくさん?」

 

 幼い子供の声。その小さな赤毛の頭が信徒席の影から覗いていた。

 

「こらっ、しろう! 今はこっちに行ったらダメだって!」

 

 続けて奥の扉から姿を現したのは日本人の男。教会に居ることができるのは身を保護されたマスター。彼がアサシンのマスターであろうかとウェイバーは思考を走らせるがその可能性の全てを即座に否定する。

 そして仔細に観察した。こんな早朝からくたびれたスーツを纏い、無精ひげをだらしなく生やした痩身。感じる魔力の気配。その特徴全てが昨日聞かされ続けたものと符合する。

 

「どうして……」

 

 先程の達成感を消し去るほどの感情の波が襲いかかる。ウェイバーにとって最も会いたくない男、しかし会わなければいけない男がこんな所に居た。

 

「どうしてこんなところで、アンタは一体何をやってたんだよ!!」

 

 憤りと嫉妬、安堵と無力感――――もはや区別の付けられない程入り乱れた感情を衛宮切嗣に叩きつけた。

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