黒桜ちゃんカムバック   作:みゅう

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#17 前はこんなのじゃなかった

 静謐なる深夜、遠坂邸の地下工房の壁に反響するのは二つの声。

 

『それで、時臣くんは応じるのかね?』

「ええ。応じざるを得ないでしょう」

 

 魔導通信機が通じる先は聖堂教会の言峰璃正。空の杯を机に戻しつつ、遠坂時臣は璃正の問いに応えた。

 左手に持っているのは羊皮紙の書状。差出人はロード・エルメロイ、間桐雁夜、そしてロード・エルメロイⅡ世なる謎の人物。

 この書状が偽物と言うことはまずあり得ない。が、まだ若いロード・エルメロイが既に後継者を持ち、そのⅡ世足る人物を冬木に招き入れ居ていたことに驚愕せざるを得なかった。彼らの陣営は際立って外部への警戒が高かったとはいえ、アサシンを以てしても得られなかった情報だ。

 

「“一時間後に教会の丘で”と、ありますが、教会として間借りの許可は頂けますでしょうか?」

『かのロード・エルメロイからの誘いだ。この中立地帯において、時計塔の名を汚すような愚行は犯さないだろう』

「信じるよりありませんね。ですが英霊が三騎束になれど、英雄王の前には無力も同然です」

 

 時臣は力強い言葉を空に並べる。だが、隠しきれない懸念は通信機越しの相手にも伝わっていたようだった。

 

『気を付け給え、あのアーチャーと言えども、ライダーの固有結界は強力だ。もし時臣くんと分断されてしまえば令呪以外に……』

 

 璃正が与える助言は的確そのもの。怖れてはいないが、その可能性を僅かでも考慮しない程に時臣は慢心していなかった。

 

「承知しております。しかしながら“聖堂教会を仲立ちとした、聖杯戦争の一時中止と大聖杯の合同調査依頼”と書状にありますので、ロード・エルメロイの気質、名誉欲からして、聖堂教会を欺くことはありえないでしょう」

 

『念のため、彼からの申し出を私からも上に報告しておこう。私の一存で決済できないかもしれんからな。他に何か気がかりはあるかね?』

 

 気がかりがあるかと問われても、それは今の時臣にとってあまりにも多すぎた。口元に手を当て、脳内に渦巻いた思考を纏める。「常に優雅たれ」という家訓を忠実に実践して来た時臣であったが、今の彼から余裕の色が消えているのも仕方ないと言えるだろう。

 才ある娘、凛の死。協力者足る言峰綺礼の不正発覚と、それによる他陣営から追及を逃れるため彼を冬木から離さざるを得なかった状況。ケイネス率いるランサー陣営とキャスターに偽装していた間桐のバーサーカー陣営の共同戦線にライダー陣営が加わったという事実。霊器盤からアサシンの反応が消えたという報告、そして――――

 

「そういえば一刻ほど前に、間桐の……いえ、何でもありません」

『間桐の当主が動いたのか? 大丈夫ということはないだろう』

 

 喉元まで出ていた言葉を引っ込める時臣。これは自らで決めなければならない案件だ。間桐臓硯から取引を持ちかけられたなどと口にできるものかと思う。だが、あの翁の言葉の一部でさえも、遠坂時臣という存在を揺るがさんとするものだった。

 蜜なる関係を築いてきた神父相手でもこれは口にするべきことではない。しかし、その決意の隙間から僅かな言葉が流れ出していた。

 

「……問答をしました。“何故聖杯を求めるのか”と」

 

 璃正からの言葉はない。書斎に漂う沈黙がゆっくりとその先を促した。

 

「無論私は答えました。聖杯を使って根源を目指し、遠坂の悲願を為すと。それは遠坂の当主としての責務。私はずっとそれを信じていました。しかしそれは一笑されたのです」

『翁は何と?』

「“魔術師としての欲と、遠坂の当主としての責務、どちらが大切なのか”」

 

 魔術師としてあるべき姿と、遠坂の当主としてあるべき姿。似ているようでそれは別物。それにようやく気付かされたときにはもう遅かったのだ。

 

「“第二魔法を諦めて聖杯に縋るとは遠坂の家も落ちぶれたものだ”と。その言葉の意味を理解できなかった訳ではありません。だが私は感情のままに問い返すことしかできなかった。“ならばあなたはそのような姿になっても聖杯を求めるのか”と」

 

 人としての生をほぼ捨ててまで、聖杯に縋ろうとする者に言われる筋合いはない。そう言い返す心づもりだったのだ、あの時は。

 

「“正義を為す”そう言われた時は正気を疑いました。あまりの突飛さに私は返す言葉もありませんでした」

『正義、か。私も正直信じられない。あの翁がそのような夢想家にはとても見えんな』

「えぇ。私もそう思いましたよ。ですが間髪を置かずに翁は続けました。“しかし、それは聖杯の力によってではない。あれの力では正しい結果は得られん。だが、自らの手でもう一度選ぶことはできるはず”と意味深げな言葉を残しましたよ。それ以上は聖杯と願いについての解答は得られませんでしたが……」

 

 そして、一つの取引を持ちかけられた。これ以上の相談はもう許されない。今どこかを徘徊してるとはいえ、万一にでも英雄王に漏れるわけにはいかないのだ。これからの会合における事務的な相談を短時間で纏め、時臣は通話を切る。

 

「……長々とすみませんでした。私も今からそちらに向かいます」

『くれぐれも気を付けて。神の御加護があらんことを』

 

 

                ×        ×

 

 

 

 教会の丘に至るまでの道中は襲撃もなく、無事に話し合いの場は設けられた。

 集ったメンバーはランサー主従、間桐雁夜、英霊エミヤを名乗るサーヴァント、そしてロード・エルメロイⅡ世ことウェイバー・ベルベットの未来の姿を名乗るライダーに召喚されたサーヴァント。対峙する側には遠坂時臣、言峰璃正、どこからからか帰還したアーチャー。

 語り始めたのはロード・エルメロイ。その言葉を継ぐようにロード・エルメロイⅡ世が聖杯戦争の危険性を訴え、並行世界のここより先の時間軸で第五次聖杯戦争を制した衛宮の後継者が当事者としての経験を捕捉していった。

 そして時臣にとって何よりも重要な情報の裏付けも取れた。間桐の翁の言う通りだ。桜も並行世界の未来から来ている。

 年齢に全く見合わない、他の陣営を手駒に取り続けた頭脳と、英霊を従えるだけの魔術師としての技量。未来からの情報や鍛え上げた精神があったのならば然程あり得ない話ではない。

 むしろ第二魔法を追う遠坂の家が並行世界の存在を無視するわけにはいかないのだ。目の前の未来英霊二人は並行世界の証人、そして今は眠りについているという桜は第二魔法の奇跡そのものとも言える。だからこそ時臣は彼らの訴えを無下にすることはできなかった。

 

「にわかには信じがたいが、そちらの言い分は理解した。言峰神父、あなたはこの申し出をどう捉えますか?」

「……彼らがもたらした聖杯の危険性、私にも思い当たる節が全くないわけではない。自称とはいえ、未来からの英霊しかも聖杯戦争の当事者たちからの情報となれば、聖堂教会としても全くの出鱈目だと棄却する訳にはいかないだろう。至急アイツベルンの方に問い合せなければならんな」

 

 それが無難な対応だろうと時臣は感じた。アンリマユの存在は初耳だが、過去の聖杯戦争の結末の全貌が不明瞭なため、あり得ないとは言い切れない。正常なら聖杯では選ばれないであろう青髭やそのマスターの存在、僅か10年後に起こったという第五次聖杯戦争、ロードエルメロイⅡ世が語る大聖杯の解体法の一部。どれもこれもが時臣にとって傾聴に値するものだった。

 話し合いの中、最も予想外だったと言えるのはアーチャーの大人しさだ。誰もがすぐに戦闘行為に入るとばかり考えてたが、王としての器量なのだろう。詰まらぬ話なら消すと言いながらも、ほぼ全てを彼らが話すだけの猶予を与えていた。

 途中、英霊の魂をくべて魔力とする聖杯のシステムと、令呪の最後の一画の意味をアーチャーに知られてしまうこととなってしまった。当然、それをアーチャーが看過するはずもない。時臣はそう考えていた。

 

(オレ)を欺いていたとはな。その不敬、万死に値する」

 

 紅い二つの眼光に射抜かれ、時臣の総身に刺激が走る。令呪の宿る手を固く握りしめた。

 

「が、(オレ)の眼を以てしても見抜かせんとはな。見所がない雑種だと思っていたが、存外にやるではないか時臣。今回だけは見逃してやろう」

 

 機嫌良さに救われたのだろう。時臣は心の奥より安堵する。そしてアーチャーが聖杯戦争停止へ向けて聞く耳を持ってくれたのならば、大聖杯の調査に向けた停戦協定は問題なく結ばれる。停戦へ向けてまずは小聖杯の処理を進める中、傍らで聞いていたアーチャーが唐突に言った。

 

「あの人形ならば、冬木を出て行くことを(オレ)が許した。明日の朝にはもう留まっては居まい。故に安心するが良い。小聖杯の完成は決してありえん」

 

 アーチャーは元より聖杯は自らの物だと主張して、それを願望機として利用することを望んでいなかったが、その言葉は時臣も璃正も予想外のものだった。

 

「それならばタイムリミットは少し伸びる。英雄王よ、あなたの寛容さに我々の世界は救われた」

「自らの主と違って、貴様は分を弁えているようだな、そこの雑種よ。シロウが住む街に穢れた聖杯なぞ相応しくない。貴様らで早々に処分してしまえ」

 

 王の果断に頭を下げるロード・エルメロイⅡ世。そして言峰神父が「では、いいかね」と前へ歩を進め、両手を広げながら宣誓を始めた。

 

「これで全ての陣営の同意の下、聖杯戦争の停戦協定が締結された。監督役の言峰璃正がそれを保証しよう。以降、マスター、サーヴァントともに戦闘行為の一切を禁ずる。そしてマスターとその協力者には大聖杯の調査への参加を義務付けよう」

 

 異論がないかとの問いかけに英雄王を除く全てが肯首で返す。

 

「おい、時臣。それから璃正」

 

 黄金の鎧を解除した英雄王がぞんざいに呼びかける。

 

「はっ、王よ何か!?」

「聖杯戦争というお題目がなくなって手持無沙汰になったのでな、(オレ)はしばしこの世界で興に耽ることとする。疾く仕度しろ」

「仕度……とは?」

「虚け。このような夜にやることは決まっておろう。酒だ」

 

 英雄王の気紛れに一同は言葉を無くす。唯一ロード・エルメロイⅡ世だけは嘗ての出来事を思い出し、険しいばかりだった表情に僅かな笑みを浮かべた。

 

「璃正、綺礼の地下室から奴のコレクションを持って来い」

「しかし、今は……」

「璃正、(オレ)は“疾く”と言ったぞ?」

 

 有無を言わせぬ威圧感に屈服した言峰神父は、黙したまま急ぎ足で教会の奥へと向かう。そして英雄王の視線が時臣に向けられた。

 

「では、私も屋敷に秘蔵の……」

「時臣、貴様の所の酒は綺礼の物に劣る。肴も――――これで事足りよう」

 

 黄金の蔵から取り出した光り輝く果物や乾物、この時代には存在しない王への献上品の数々が東洋風の敷物の上へと並べられた。離れていてもわかる芳香な香り、見る者を魅了する圧倒的な艶。

 今すぐ飛びつきたい衝動を誰もが抑える中、抑えきれない者が一人居た。エミヤだ。

 

「英雄王、この食材の幾許かを私に預けてくれないだろうか?」

「して、どうするというのだ?」

「未知の、しかも最上の食材を目の当たりにしてじっとしているのは料理人としての名折れだ」

「ほう、ただの贋作者と思っていたが貴様が調理するというか。良い、許そう」

「では確かに食材は預かった。本物の美食、この時代の料理の極みをお目にかけて見せよう」

 

 既に遠目から選定は済んでいたのか、颯爽と食材を抱え奥へと消える。

 

「本当に聖杯戦争が終わってしまったんだな……」

 

 雁夜の呟きに時臣も心の中で同意を述べ。特に英霊エミヤの浮かれぶりなど、先ほどまでの緊迫感が嘘のようだ。

 

「おい、時臣」

「何ですか。王よ」

「奴の料理が来るまでの間、貴様は(オレ)を興じさせろ」

 

 実直な時臣にとって、その王命は無理難題そのものであった。しかし、英雄王は何を持って肴とするか。既に考えていたらしい。

 

「そうだな――――そこの雑種。カリヤと言ったか。綺礼に聞いたぞ。貴様らの因縁をな」

「な、何でそれをっ!?」

「因縁――――桜のことですか」

「座れ。もう貴様らが敵対することはないのだ。存分に腹を割って話すが良い。カリヤ、貴様はその機会をずっと待ちわびていたのだろう?」

 

 拒否は認められていない。他の面々も時臣たちに続いて敷物の上に座った。それを確認するとアーチャーも座り、白銀の雫が滴る桃を手にし、齧り付く。泉のように湧き出る果汁が腕に伝う。アーチャーは舌を這わせて舐めとる。

 

「雑種の考えは度しがたいものばかりだ――――が、その醜さにも愛で様がないわけではない。時臣、(オレ)を欺いた罰だ。そこの気狂いから目を逸らさず、存分に話し合え」

 

 何から話せばいいものか。実際魔導を捨てた雁夜と言葉を交わす必要性を時臣は微塵たりとも感じていないのだ。故に一言目を紡ぐのが何よりも難しい。それは雁夜にとっても同じ様で、下唇を噛んだり、口を開いたりと、苦戦していた。そんな二人を見て口角を歪にするアーチャー。

 そんな緊迫した空気の中、場に似つかわしくない俗語が渦中の二人以外から発せられた。

 

「ファック! まさか、王がそんな……!?」

「どうした!?」

 

 突然、胸元を抑え出したロード・エルメロイⅡ世をランサーが介抱しようとする。

 

「気を付けろ。我が王が消えた。おそらく下手人はどちらかだ」

 

 ライダーが倒れたという知らせも異常事態だが、それよりも誰が、どのようにしてそれを行ったか。“どちらか”という言葉を理解しているのは雁夜たちの陣営のみ。すぐに雁夜は携帯電話を取り出して連絡を付けようとする。

 

「駄目だ。桜ちゃんはまだ寝ているのか出ないし、ソラウさんに至っては電源が入っていないか電波の届かないところに居るみたいだ」

 

 何度か試行したが結果は変わらない。雁夜の舌打ちがロード・エルメロイⅡ世の俗語と何度か重なった。

 

「すまない、私の微々たる貯蔵魔力ではもう現界できる猶予がない。すぐにエミヤを呼び戻して館に向かえ」

「あぁ。俺が呼んでくる!」

 

 指示を受け、雁夜が教会の奥へと走って行く。そして消えゆく者へと問いを投げかけるのはケイネス。

 

「どちらだと思う?」

「――――より厄介な方だと」

「ならば安心した」

 

 答えを聞いたケイネスは「それならばソラウは無事だからな」と付け足した。

 

「ロード・エルメロイ……いや、先生」

 

 魔術師として恵まれた才を得られなかった英霊は、遠い日々の向こうに置いてきた言葉を掘り起こす。

 

「僕は……私は、並行世界とはいえ生前の貴方の人生を狂わせ、貴方が得るべきだった物を奪い取ってしまった。本来なら贖罪すら許されない。この世界の私の事について許しを請おうとも思わない。ですが、この世界は私が経験したときよりも遥かに危うい。頼める人は貴方だけだ。どうか、これからの事を――」

「ウェイバー・ベルベット君、君は授業で習わなかったのかね。神秘の秘匿は魔術師の義務だ。誰かに頼まれて行うことではない」

 

 返って来たのは模範解答そのもの。その言葉を受け、もう語るべきことはないとばかりに嘗ての少年は瞳を閉じる。彼の霞ゆく身体は大気の中へと完全に溶けてしまった。全てを見届けたケイネスは振り向くとランサーを冷涼な声で一喝する。

 

「貴様はいつまで呆けて見ている。私たちだけでも先行するぞ。あの娘だったとしても、ソラウを人質にする位はやりかねん」

「申し訳ありません。では主よ、俺の背中に……」

 

 ランサーは屈んでケイネスを背に乗せようとしたが、何か異変を感じたのか、教会の天井をぐるりと見渡す。アーチャーも立ち上がりながら食べかけの桃を放り出すと、黄金の鎧を纏い何かに備えようとする。

 

「この波動は、来るぞっ!!!」

 

 光が、音が、全てを飲み込み――――闇が、爆ぜた。

 

「申し訳ございません……仕留め損ないました」

 

 最初に空から降り注いだのは淑やかな女の声。誰もが星月夜に塗り替わった教会の天井を見上げる。新たな天井に描かれていたのは天馬に跨った眼帯の女と、一人の少女――――渦中の間桐桜の姿だった。

 

「そう、だったら最初に言った通りに」

 

 幼い声に似つかわしくない無味乾燥な台詞。時臣は我が子の姿をまじまじと見つめた。そして改めて周りの景色を見渡す。きれいさっぱりと壁が無くなった礼拝堂部分。アーチャーの盾の護りの範囲を除いて、クレーターと呼んでもいいほどに地面も深く抉れていた。

 完全な奇襲になっていたらアーチャーと言えども、無事では済まなかっただろう。それだけの対軍宝具を使いながらも平然としている桜の技量に時臣は素直に感嘆した。例え中身が10年後の娘だったとしてもだ。 

 

「金色の方はわたしが処分するから、ライダーは他の足止めをお願い」

 

 そう言って天馬から降り立つ桜。ライダーと呼ばれた女も天馬から降り立った。あのアーチャー相手にそうまで言ってのける胆力、そして新たなライダーを従える手腕の両方に、時臣は賞賛を送りたい衝動に駆られる。だが、それは絶対に許されない。

 

「蛇に、幼子の皮を被った娼婦め。誰が、誰を処分するだと――――痴れ者がっ!!!!」

 

 王の怒りに触れないはずがなかった。時臣ごときが制止の声を上げても、決して届かないことは明白だ。

 そして時臣が周りを見渡せば、他にも激昂していた存在がいた。ケイネスだ。水銀の礼装を従え、完全な戦闘態勢に入っている。

 

「あの小娘めっ、混ぜっ返してくれるっ!! 間桐雁夜っ、約定通りだ。“短剣”を使うぞ!」

「あ、あぁ。でもアーチャーがあんなんじゃ、俺も士郎も手が出せない。まずは桜ちゃんを正気に戻さないと」

「馬鹿か貴様はっ! 衛宮士郎、ランサー、まずは――――」

「させませんよ」

 

 合流したエミヤとランサーの前に立ちはだかるのは新たなライダー。怪しく彼女が手に掛けたのは武器ではなく、顔の半分を覆う巨大な眼帯だった。

 

「いかんこれに身を隠せ!!――――凍結(フリーズ)解除(アウト)全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)!!」

 

 エミヤが投影したのは身の丈ほど巨大な大剣の数々。それをケイネスたちの前に射出した。面々は理解よりも先に、言われた通りに剣を盾にして身を隠す。だがその咄嗟の行動に一番驚愕していたのは眼帯を外した女の方だった。

 

「もしや、私の真名を知っているのですか?」

「あぁ、よく知っているよ。メドゥーサ」

 

 だからこそ彼は石化の魔眼から逃れるための影を作った。しかし真名を知られてもなお、メドゥーサは余裕を持った声で言う。

 

「ですが、私も知っているのですよ」

 

 大剣の壁によって視界を塞がれたのはエミヤも同じ。故に気付いた時にはもう遅い。星影を伝うように側面へと回り込むライダー。

 

「白髪の貴方、耐魔力が弱いのでしょう?」

「なっ!!?」

 

 ――――――――二人の視線が交差した。

 

 

                ×        ×

 

 

 ライダーたちの戦闘を始めている一方で、アーチャーと桜も舌戦の応酬を繰り広げていた。

 

「今、聞き捨てならない事を言いましたね」

 

 アーチャーの怒号に一歩も退かない桜は、伝説を知る者なら絶対に口にできない最上級の地雷を口にする。

 

「あんな(イシュタル)なんかと一緒にしないで下さい」

「敢えて、その名を出すとは。余程死にたいらしい」

 

 輝くアーチャーの背中から、おびただしい数の刀剣が宝物庫から引き出されて来る。その数、十、二十、三十、それ以上に増えていく。もはや一目で数えることは不可能だ。圧倒的な暴力の矛先が桜へと向かう。

 

「……うそ。前はこんなのじゃなかった」

 

 瞳孔を見開いた桜は茫然と口を開く。先程までの自身に溢れる顔とは大違いだ。半歩、後ろに退く桜。だが殺意に釘づけにされた桜は、それ以上の後退を許されない。膝が、すとんと崩れ落ちた。

 

「ひと欠けらとも残さぬ。せめて散り様で(オレ)を慰めるが良い、雑種」

 

 あと数秒後の世界では、凶刃の暴風雨が桜へと迫り来るだろう。容易に想像できる未来予想図。しかし、その未来を変えたのは硬直が始まったエミヤシロウでも、桜の異変に駆け出したライダーでもなかった。

 

「止めろアーチャーっ!!!」

 

 木霊したのは一人の男の声。彼を突き動かしたのは父としての愛か、魔術師としての打算か。それは当の本人さえ理解していないであろう。だが確かに、失った一画の令呪が確かに未来を変えたのだ。

 

「雑種の分際で(オレ)に指図するか、時臣!!」

 


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