黒桜ちゃんカムバック   作:みゅう

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#19 ついてきやがれ

 ランサーの眼前に迫りくるは暴刃の嵐。

 硬直していた状況は再び動き出す。

 士郎の投影による援護を受けたランサーは、主たちから遠い方へと戦場を変えるように動きながら、その攻撃を防戦ながらもどうにか凌ぐことができていた。

 セイバーたちと共闘しながらも、英雄王の理不尽な力の前には撤退するしかなかった倉庫街での戦いとは違う。ランサーは必要最小限避けるべき攻撃を二槍で巧みに捌いて行く。

 アーチャーの王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)、その一つ一つは名立たる聖剣や魔槍などの強力な武具だ。流星群の様に降り注ぐその攻撃は、本来ならば受けることも捌くことも難しい。

 しかし、如何にそれらが強力な武具といえども、アーチャーはその全ての武具に熟練しているわけでもない。もし圧倒的すぎる数の問題を除外するならば、アーチャーの攻撃の一つ一つには何の技もない稚拙な攻撃に過ぎないとも言えるかもしれない。

 ランサーがアーチャーと相対するのは此度で二度目。万全でないとはいえ士郎の射撃で、ある程度の弾幕は排除された今、ランサーにとって条件は充分に過ぎる程に揃っていた。

 

「ふっ、まるで堅牢な城のように高い壁だな」

 

 アーチャーの背後に並び立つ、殺意の群れを目にしてランサーは呟きを漏らした。

 

「だが、壁ならばっ!」

 

 蹴り進む脚に力を込め、体勢を更に低くするランサー。

 地を這うようにして射線を回避する。

 彼は距離と言う概念そのものを縮めるかの如き速度で突き進んでいた。

 

「あのアーチャーの攻撃に耐えれるとは、これは本当に行けるのか?」

 

 士郎の新たな主となった時臣が驚きの声を上げる。彼はアーチャーの元マスターであっただけに、目の前の光景を半ば信じられずに居た。

 

「魔力の供給源が立たれた今、切り札の乖離剣は封じられたも同然。必ず魔力を惜しみ、弾幕が薄くなるその場面が来る。それまで耐え忍ぶことができれば」

「それでは間に合わん」

 

 勝てるかもしれない、そう続けようとした時臣の言葉を制止する辛辣な声があった。ケイネスだ。

 

「あの武具には少なからず不治の傷を負わせる物も含まれている。我々の補助があったとしても、それがどこまで通じるかは疑問だ。逆にアーチャーが治療薬の類を持っていないと考える方が難しい。セイヴァーの石化も進行している現状、時間はこちら側に牙を向く」

 

 一息置いてケイネスは「だがしかし」と言葉を続けた。

 

「輝く貌のディルムッドに“勝利”ではなく、全力を以ての“打倒”を命じた以上それは絶対だ」

「そういうこ――――いや、今の彼はランサーのクラスでは?」

 

 時臣にもケイネスの発言に対して思い当たる節があったが、その可能性を即座に否定した。

 

「だがしかしだ。クラスの縛りを解き放つ存在が、すぐそこに居るではないか」

「なるほど、そうか!」

 

 新たに宿った令呪を目にして、もう一つの可能性を思い出す時臣。

 

「融通は利かんし、ソラウを誑かした忌々しい奴だが、少なくともこの一戦だけにおいては」

 

 整えた前髪を崩す様に掻き毟っていた手を降ろし、ケイネスは口を開く。

 

「――――私が呼び出したサーヴァントは最強だ」

 

 ケイネスの視線の向かう先へと時臣も視線を向ける。

 そこには筆舌し難い光景が広がっており、驚嘆の声が思わず時臣の口元から零れた。

 

「宝具を、足場にしている……だと!?」

 

 アーチャーの波状攻撃を前にしたランサーが、降り注ぐ武具を足場にして空を駆けていた。

 

「城壁や崖を幾度となく超えてきた跳躍力と、包囲網からの突破力。そして何より槍の刃の上をも渡り歩くと伝えられるほどの軽業。これらに関して奴に並びうる英霊はそうおるまい」

 

 ディルムッド・オディナの卓越した技量には多くの逸話が残されている。その中でも特に彼が優れていたものに関して、ケイネスは解説を加えた。  

 

「穢れた雑種の分際が。よくも我の宝物を足蹴にしてくれたな!」

 

 更に激昂するアーチャーは、より一層厳しい攻撃を加えていく。

 いくらランサーの技量が高いと言っても全ての攻撃を避けれる訳ではない。士郎からの援護があってこその突破力だ。

 投影してから射撃する士郎と、蔵から出すと共に射撃ができるアーチャーではそのタイムラグに大きく差がある。よってアーチャーの鉄量に士郎が追い付くことは段々と厳しくなる。

 ランサーは空中で密集した宝具に囲まれ、避けるべき間隙がどこにもない状況に追い込まれるのは必然と言えた。

 

「ハッ、もう逃げられんぞ!」

 

 アーチャーの口角が歪む。

 しかし対峙するランサーから放たれた言葉は、諦観でも降伏でもない。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 槍の投擲と共に炸裂する二つの音。

 その一つは相対する武具の群れの中心、そしてもう一つはランサーの足元。

 

「貴様、宝具を破棄した、だと!!?」

 

 巻き起こる爆風に乗ったランサーが、落下と共にアーチャーの眼前へと迫る。

 詰めるべき距離は極僅か。

 

「うぉおおおおおおおお!!」

 

 猛りを口にするランサーの手に握られているのは、士郎から渡された二つの剣。

 ディルムッド・オディナの剣士としての代名詞。

 左手の小剣を盾にするよう正面に構えつつ、右手に握られた大剣を上段に振りかぶった。

 間合いで一度振るえば全てを両断すると恐れられた、かの魔剣。

 ランサーは令呪の命により騎士ディルムッド・オディナとして、その力を解き放つべく真名を口にしようとする。

 魔剣モラルタ。その剣閃は絶対のものとなり例え黄金の鎧といえども容易く両断するはずだった。

 

「がぁぁっ――――――!!??」

 

 だがそれは振るうことができたならばの話。

 振るうべき剣が、いや剣だけではなく、それを握っていたはずのランサーの右腕がこの世界から消失していた。

 それでもランサーは諦めない。残る左腕を渾身の力を込めて振り降ろす。

 

「させぬわっ!」

 

 警戒心を抱いたアーチャーの追撃は甘くない。

 ランサーの左腕は肘から上が裂け、残るもう一本の剣も炎を纏った宝矛の直撃を受けて砕け散る。

 ランサーの身体が地面に墜ちた。

 両腕は既になく、脇腹と右太腿には剣が突き刺さっている。

 満身創痍、そう表現するのが最も的確であろう。

 あと残り僅かな時間しかランサーの身体は持たないであろうことは誰の眼から見ても明白であった。

 

「……まだだ」

 

 だがそれでも、真っ直ぐにアーチャーを見据えるランサーの瞳から光が消えないのは、何故か。

 士郎がランサーに武器を渡せるだけの余裕があったと仮定しても、それを執るべき腕はどこにもない。

 アーチャーは追撃の手を休め、ランサーに言葉をかけた。

 

「フッ、その死に体で何ができる」

「まだ俺は終わっていないぞ英雄王!」

 

 地面に顔を近づけたランサーは、取り落とした剣を口に咥えた。しかし剣と呼ぶにはあまりにもその形状は歪だ。その刃は半分以上失われ、柄の部分しか残っていないも同然だった。

 

「狗にまで墜ちたか。見るに堪えんな」

「最後の令呪を以て命ず。耐えろ、死力を尽くせ、ディルムッド!」

 

 主に感謝の言葉を述べる暇などない。

 ただ一撃。ただの一撃を報いるためだけに。

 ランサーの最期になるであろう疾駆が始まった。 

 

 涙は風に溶け、唸りは爆音にかき消される。

 雷槍が臓腑を貫いた。

 凶斧が左足を抉りとった。

 

「ぐはぁあっ……」

 

 剣の柄が零れ落ちる。

 終わったと、誰しもがそう思った。ディルムッド・オディナ本人を除いては、だ。

 苦痛に表情を歪めながらも、その双眸に映るのは敵の首級のみ。

 

 この刹那、違和感に気付ける者が一人でもいたであろうか。

 油断しているアーチャーは言わずもがな、あのアーサー王であっても無理だ。 

 直感スキルに極めて秀でた彼女をも、一度は制してみせたその絶技をランサーは再現する。

 

 ランサーは既に消えつつある爪先で、何かを蹴りあげた。

 刃を失った剣が眩い閃光を放ちながら、アーチャーの眉間へと飛翔する。

 あまりの突然の出来事であったためなのか、アーチャーは迎撃する素振りを一つも見せない。

 

「これが(つかいて)重み(ちから)だ!」

 

 かつて生前、ディルムッド・オディナの命が消えるそのときに、刃を失った剣の柄で魔猪を葬ったという逸話。

 あまりにも厳しい発動条件を満たした今、仮初めの身体でその伝説をランサーは再現せんとする。

 使い手の命の灯火と共に、確実に敵を葬り去る必中必殺の魔剣。

 

憤怒の漣(ベ ガ ル タ)!!」

 

 真名を咆哮するも、魔剣が刃を取り戻し輝きを放つ事はない。

 想定外の光景にランサーは言葉を失う。

 壊れた魔剣はアーチャーの眉間に届く前に大気の中に溶けて霧散してしまった。

 

「残念だったな雑種よ。所詮は贋作、幻想(ゆめ)とは儚いものだな」

 

 士郎の投影品は通常の投影品とはあまりにも違う。放って置いても消えない特性や、ずば抜けた再現度の高さが今回災いした。それ故にケイネスやランサー自身が気付けず、士郎さえも伝えるのを失念していた。

 投影品が破損するということは、その世界で在り方を保てなかったと同義であり、簡単に世界から修正を受け、その形を失うのだという事実に。

 そう、壊れた状態でこそ真価を発揮するという前提だったベガルタとは、余りにも相性が悪かった。

 

「最早我が手を下すまでもない。少しでも長く絶望にその身を浸しながら消えて行くが良い」

 

 見透かされていた。

 令呪を二つも費やし、全ての武器を失ってもなお、届き得なかった。

 その事実を前に、膝から崩れ去るランサー。

 

 主に詫びる言葉の代わりに出て来るのは嗚咽のみ。

 霞と化していくランサーが最後に見た光景。

 それは絶対的な暴力、そびえ立つ絶望の象徴――――――――それだけではない。

 闇に走駆する紅い外套がそこにはあった。

 

「ついてこい、ランサー! 君の死力はそんなものだったのか!?」

贋作者(フェイカー)、いつの間に!?」

 

 ランサーがあれだけ派手に注意を惹いていたからこそ可能だった接敵。

 士郎は脇目も振らず、強大な斧剣を盾に前進を続ける。

 その脚が石になり、砕けつつあるとしても、微塵もその速度を落とす素振りはない。

 

投影、装填(トリガー オフ)

 

 士郎にはランサーのようにアーチャーの猛攻を捌けるだけの技量はない。

 ランサーが居なくなった今、対処すべき攻撃は単純計算でも倍になっている。離れた場所で補助に徹しているライダーの助力はほとんど当てにならなかった。

 投影で迎撃しつつも、それだけでは士郎の限界が見えている。その差を埋めるには固有結界を発動するしかないが、そのような隙は一切ない。

 士郎自身が所有する技術や宝具では状況の突破は困難だ。それは彼自身が誰よりもよく理解していた。

 しかし、そんな絶望的な状況の中で士郎はある男の物語を頭に思い浮かべていた。

 

「ついてきやがれ―――――――衛宮士郎(アイツ)はそう言っていたな。ならばっ!」

 

 剣製の数が足りないならば、何を以て補うか。

 投影を超えろ。想いを束ねて力を乗せろと。

 一人の少女を守ろうとした男が士郎の心の中へと、そう語りかけてくる。 

 

(オレ)はもう一度、衛宮士郎(オマエ)の先へ行く!!」

 

 士郎は斧剣を保持した左腕を高く掲げた。

 時空を超えて受け継がれる願い。その全てを今ここに解き放つべく、斧剣を振り降ろした。

 

全工程投影完了(セット)――――是、射殺す百頭(ナインライブス ブレイドワークス)!!」

 

 解き放つ絶技は九つの斬撃。  

 

 一つ、剣を砕く。そして一歩前へ。

 二つ、槍を弾く。もう一歩前へ。

 三つ、槌を叩き伏せる。更にもう一歩前へ。

 

「おぉおおおおおおっ!!!」

 

 右腕に裂傷を負いながらも、その疾走は勢いを増す。

 大地を踏みしめるとともに、砕け散りゆく双脚。それでもまだ前へ。

 

 四つ、斧を。

 五つ、錘を。

 六つ、鎌を。

 

「…………おのれ」

 

 七つ、盾を打ち砕く。

 

「おのれ」

 

 八つ、剣を執る手首を落とす。

 

「おのれぇええええええ!」

 

 九つ、その剣戟はアーチャーの足元の地面を破壊するに留まった。

 アーチャーは跳躍して危機から回避していた。しかし姿勢を崩しており、絶好の追撃機会。

 だが足を失った士郎はその場に倒れ伏し、それもかなわない。

 逆にアーチャーの方が崩れた体勢ながらも、天の鎖で士郎の両腕を拘束する。

 士郎へ止めを刺そうとアーチャーは新たな剣を放とうとし、その手を止める。

 紅い瞳孔を蛇のように細めて、悪態を口にした。

 

「くっ、貴様()雑種ども(・・)めがっ」

 

 士郎がわざわざ不慣れな斧剣を用いたのも、足が砕けがらも前に出たのも、本来急所に対して同時に放つべき技を迎撃に使ったのも、全ては次のため布石。

 巨大な斧剣の影から再接近を果たしたランサーが、アーチャーの眼前へと飛び出した。

 その口には剣が再び咥えられている。走り去る際に、士郎から改めて渡されていたものだ。

 

憤怒の波濤(モ ラ ル タ)!!!」

 

 全てを断絶する魔剣モラルタ。燦々と煌めく白光の刃はアーチャーの首筋を真横に薙いだ。

 

「後は、任せたぞ。シロウ、ライダー……」

 

 令呪によって辛うじて現界を保っていたランサーの消える速度が急激に増していく。一撃で首を断たれたアーチャーは言わずもがなである。 

 圧倒的な英気を放ち、魂の容量が莫大であろうアーチャーが聖杯にくべられればどうなるか。その可能性を考慮しないなど、事情を知った魔術師たちにはありえない。

 聖杯は決して完成させない、それは絶対に守るべきライン。

 だが完成の余地を残しつつも、掴める可能性を最後の障害(しゅくてき)に見せつけるための数少ない手段が士郎たちには必要だった。

 聖杯の答えが導き、桜の激情がメドゥーサを緊急召喚させたその意味――――

 

「いけるかっ?」

「えぇ、この範囲内ならば」

「なら今がそのときだ、ライダー!」

 

 全てはこのときのために。

 

他者封印(ブラッドフォート)鮮血神殿(アンドロメダ)

 

 小さな世界は深紅に彩られ――――――

 

自己封印(ブレーカー)暗黒神殿(ゴルゴーン)

 

 そして反転した。

 




この改訂版もあと2話以内に終了となります。
最後の結末は未改訂版と大きく変わります。

伏線も回収しきるつもりです。
もうしばらくのお付き合いよろしくお願いします。

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