黒桜ちゃんカムバック   作:みゅう

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#6 ボクも食べるってば

 夜明けの光と共に現れた英霊により惨劇は幕を下ろす。

 魔導通信機越しで開いた緊急会議に集まった遠坂時臣、言峰親子、そしてアサシンたち。それぞれ声色に疲弊の色が滲んでいることは表情を伺わなくても十分に察することができた。

 

「ようやく終わったか。長い一夜だったな」

 

 強敵のセイバーは乱戦によって脱落、ランサーは宝具の効果も判明し、アーチャーで圧倒できることがわかったのは良い。しかし今回の連戦は頭を抱えたくなるような要素が余りにも多すぎた。

 こちらで舵を取ることができず魔力消費を鑑みないアーチャーに、凶悪な狙撃能力を見せ全ての陣営を手玉にとったキャスター、街の被害を気にせず魂食いを行うバーサーカー、少なくともこの三騎の動向には細心の警戒を払う必要がある。

 皮肉にも自身のサーヴァントがその中に含まれていることが遠坂時臣の頭を痛めつけていた。精神的にも、経済的にも、だ。

 

「まずは各陣営の所在について報告を、綺礼」

 

 手酌でグラスにワインを注ぎ、グラスを回してそれを一嗅ぎ。時臣は決して酒におぼれたい訳ではない。

 常に優雅たれ――――こんな時こそ落ち着かなければならないと、あくまでも外面は平静を保ったまま一口含む。口の中に広がる重厚な味わいに浸り、少しずつ内面も繕った外面に近づいて行く。

 

『はい。ランサーとロード・エルメロイは令呪での撤退後にハイアットホテルに帰還。特に目立った動きはありまんが、厳重な工房に加えて人目が多い場所です。こちらからの襲撃は困難と想定されます』

「昨夜の行動を見ればランサーは典型的な騎士のものだ。正面からアーチャーをあてれば我々の勝利は揺るがない。次を」

『次にライダーですがあの戦車を追跡することができず所在不明のままです。おそらくセイバーのマスターと行動を共にしているかと思われます』

「だが所詮ほぼ素人同然のマスターだ。脅威度は低いだろうがロード・エルメロイと因縁があるようだし、放っておいても構わないだろう」

『引き続きアサシンに捜索させます。それから――――』

「バーサーカーはどうなっている?」

 

 綺礼が次の報告に映る前に、最も欲しい情報をよこすようにと時臣は口を挟んだ。重々しい口調の綺礼の声が通信機から流れ出る。

 

『おおよその位置は特定し一帯をアサシンで包囲して監視下に置いていたのですが、倉庫街の戦いが終わった直後から移動を開始、二人は隣市の一画で就寝中の家庭を襲撃し魂食いの犯行に及んでいます。幸運な事に……偶然にも通りかかったアーチャーに捕捉され、一応の事態の収拾は付きましたが、肝心のバーサーカーとそのマスターは直接対峙することなく逃走、工房へと逃げ込まれました』

『しかも全く隠蔽する気のない。既に私が隠匿工作を始めているが、この惨状は倉庫街の比ではない』

 

 監督役の璃正もため息交じりの声を吐いた。続けて息子の綺礼が報告を続ける。

 

『……身元が判別可能な死体が二十三、そして判別不能な死体を合わせて行方不明者が五七人。今後この凶行が収まる見通しはありません。そして現場に残された死体から考えれば、バーサーカーのマスターが巷を騒がせている連続殺人犯である可能性が非常に高いかと』

「クッ……よりにもよって、か」

 

 そう、よりにもよってだ。可能性としては決してあり得なくはない。が、時臣にとって一番考えたくない可能性の一つだった。

 ワインの残る舌先に鉄の味が混じる。年代物の余韻が台無しだ。

 マスターと会話が可能な事から狂化が行われていない、又は薄いという綺礼の報告から殺人犯であるマスターはただの数合わせでしかない実力の持ち主ということは理解できた。

 バーサーカーの真名があの青髭、ジル・ド・レェ伯であることが判明したこと、連続殺人犯の嗜好、未熟なマスター、魂食い、充分過ぎるほどに辻褄は合う。

 そして、聖杯戦争を円滑に進めたいマスターの一人として、そして土地管理者として、彼らを見逃す通りはない。

 

『時臣師、父上、これはもう早急に排除する他ありません。しかし私のアサシンは……』

 

 問題はそこなのだ。アサシンをあてることはできず、アーチャーを正面からあてるのも魔力消費の面で躊躇われる。

 それ以前にあの王を動かすには令呪の一つでも奉らなければならない可能性もあった。しかも何故か拾ってきたあの魔術師殺しと一般人の少年を連れだってどこかへ行ってしまっている。機嫌を損ねることだけはできるだけ避けたいところなのだ。

 

『時臣君、私に良い考えがある。何、監督役の権限があるのだ。私に任せて置きたまえ――――』

「――――なるほどそれは良い手です」

 

 自信満々に言葉に璃正の提案を受けた時臣は思わず笑顔を零さずにはいられなかった。

 

 

                ×        ×

 

 

「おはよう桜ちゃん」

 

 目を覚ますと雁夜おじさんの声。

 

「おはようございます。今、何時……随分寝坊したみたいですね」

 

 ハート型の矢印は既に十時を指している。目覚ましはちゃんとセットしておいたのに、無意識の内に止めてしまったのだろう。きっと新品のお布団が気持ちよすぎたせいだ。

 

「昨日は遅くまで戦いもあったし、魔力を使っているのは桜ちゃんだからね。陽が出ている内はゆっくり休まないと。身体は大丈夫?」

「ええ。令呪で補ったので大した消費はなかったですから大丈夫です」

「そうか。良かった。士郎が朝食を作っている。リビングまで行こうか」

 

 雁夜おじさんは私が起きるまでの間、ベッドの隣で作業をしていたのだろう。作業場所を変えるつもりなのか地図や新聞を折り畳んでいる。

 

「雁夜おじさんは何をしていたんですか?」

「ん? ちょっと気になることがあって調べ物をね。まだ確証はないけど、もう少し考えが纏まったら話すよ。さぁ顔を洗って来て」

「はーい」

 

 間延びしながら眠気を取り払ってベッドを抜け出す。顔を洗って元気な顔で先輩に挨拶をしよう。ちょっと高いドアノブを回して部屋を出て、洗面所へ――――

 

「洗面所って、どっちでしたっけ?」

「右側の突き当たりだよ」

「ありがとうございます」

 

 慣れないお家は勝手がわからない。そう、わたし達は今新たな拠点に居るのだ。

 おそらく昨日の狙撃で間桐の家はマークされている。そのため不動産を経営している強みを生かしてお爺様と雁夜おじさんに多くの拠点を用意している。

 わたし達が今いるのは最新の防犯設備を整えた新都の高層マンションの最上階だ。先輩の目を生かして監視及び狙撃場所としても使え、人目も多いマンションなので部屋へ直接の突入も空を飛べないサーヴァントには難しい。

 そして多数の監視カメラによる映像も守衛室と同じように見れるのでいつでも私たちはすぐに逃げ出せる。そうして転々と拠点を変えていくのがわたし達の方針だ。

 極力狙撃に徹するのは最初から決めていた方針だ。令呪一つと引き換えに二強の一角であるセイバーを予定通り撃破出来た今、直接対峙するのはアーチャー戦だけに絞る。

 あとは他の陣営が協力してわたし達を狙ってこないように手を打つ。立ち回りは難しいが、先輩とおじさんと三人で考えればきっと上手くやれるはずだ。そのための布石も昨夜に最上の形で打つことが出来たのだから。

 冷たい水で目を覚ましながら思考に耽る。ふかふかのタオルで拭った後に鏡を見る。

 

「う、髪がぐちゃぐちゃだ」

 

 寝起きとはいえ、これは乙女として頂けない。使い慣れたツゲの櫛を通して、先輩とおいしい朝食の待つリビングへと足を向けた。

 

「おはよう、良く寝れたようだな桜」

「はいおかげで魔力もばっちりです。今日も朝ごはんありがとうございました、先輩。うわぁ、今日もおいしそうですね」

 

 わたしのために配膳をしてくれてる先輩に甘えて席に着く。

 鼻に届く香ばしい香りは焼き立ての鯵のみりん干しだ。他にはホウレン草の白あえとシジミのお吸い物。朝から栄養満点なのは衛宮家ならではの光景だ。

 

「何、マスターの体調管理もサーヴァントの勤めだ。構わぬよ。一緒に作るのは君が余裕のある時にな」

「ならお昼……か晩御飯一緒に作りましょう。和食をもっと教えて欲しいです」

「いや、もしかしたら今日はダメになるかもしれん」

 

 言い淀む先輩の顔は神妙だ。放置すると決めたバーサーカーの暴走以外で、私が寝ている間に事態が進行していたのだろうか?

 

「先輩、何かありました?」

「少し、な。食べながらで良い。私の方から報告がある。雁夜も少し良いか?」

「あぁ良いけど。良い方、悪い方とどっちなんだ?」

 

 わたしの隣に腰かけたおじさんが先輩に問いかける。

 

「さて――――な。今は判断が付かんが報告しておこう。教会から先程狼煙が上がった。全マスターに対して招集が掛っている。余程重要な案件なのだろう」

「きっとバーサーカーに関してかな」

「だろうな。これだけの騒ぎになっているのだから。雁夜、桜に新聞を」

「……え?」

 

 渡された新聞に目を通して発すべき言葉を見失った。

 火消しが追いつかない程の被害。実際の被害者はもっといることを考えればコレはいくらなんでもやり過ぎだ。魔術に疎いわたしでも、いやわたしだからこそ実感が湧く。

 ここまでの事態となれば教会が動くのも道理だろう。先輩が、姉さんがかつてそうしたように。

 

「目的はきっとバーサーカーの討伐依頼、ですよね?」

「うん。むしろそれ以外考えられない」

 

 わたしと雁夜おじさんの言葉に、先輩は無言で肯定の頷きを返す。

 

「要はこの機会をどう取るかですよね」

 

 パッとわたしの頭に浮かんだのは二つ――――捕食か、殲滅かだ。

 前者はバーサーカーを隠れ蓑に影で捕食を行わせるという手段もかなり危険だが使えなくはない。だがその言葉は胸の奥にしまっておく。今はまだ蟲を食わせるだけで十分だ。

 後者は上手い事マスターたちが集まれば狙撃で教会を焼き払うという手だ。いかに中立地帯とは言え、監督役さえいなければルール違反を咎める者はいない。残るマスターがバーサーカーだけになれば最上だが、そう上手くは行かないだろう。しかし、上手く言った場合を考えると美味しい手段ではある。

 

「機会、か。教会での話がどうなるかわからないけど、他のマスターと接触できる機会は少ない。ここでできればランサー陣営と接触したいんだけど、どう思う?」

「悪くないな。だが雁夜。その場合、私が向かえない以上、君か桜が向かう必要がある。しかも昨晩の戦いで君は目を付けられているはずだ。特にセイバーを失った衛宮切嗣が君を狙ってくる可能性が高い。それをわかっていて言っているのか?」

 

 静かに、だがハッキリと強い口調で先輩は雁夜おじさんの意見に釘を差す。

 

「あぁ。わかってるさ。だからマスターじゃない俺が行く。万が一のことがあってもこっちは桜ちゃんさえ無事ならいいんだ」

「しかし……いや、言っても無駄なようだな。雁夜、覚悟はできているのだな?」

「あぁ。桜ちゃんを護るための囮。俺の価値はそれだけで十分だ。ここでそれを果たせなかったら俺が居る意味がない。頼む、士郎、俺にやらせてくれ!」

 

 席を立って必死の想いを先輩に伝える雁夜おじさんの剣幕に押されたのか、先輩は「茶を淹れてくる」そう言って先輩は台所へ向かった。

 疲れを感じる背中から「まるで昔の自分を見ているようだ」という声がなんとなく聞こえた気がした。

 

 

                ×        ×

 

 

 

「結局、俺一人なのか?」

「あぁ。礼に適った挨拶を交わそうというマスターはどうやら君一人のようだ」

 

 暗い教会の中、信徒席の最前列で退屈そうに腰掛けているのは間桐のマスター。彼は手元のトランシーバーらしき機械を弄りながら暇を潰している。

 マスターが集まるまで彼と同じく暇を持て余していた言峰璃正は、目の前の対象の様子を観察していた。だが登録に来たあの時と同じく、彼からは魔力の流れが全く感じられない。

 やはりずぶの素人マスターか、もしくは間桐の老獪の隠れ蓑になっているのだろう。消去法的にあのキャスターのマスターであると考えられるが、遠坂時臣の勝利を揺るがすような器だとは二度も直接対峙してみても到底考えられなかった。

 

「今は真昼間、中立地帯だってのに何をそんなに怖れるんだか。アサシンは真っ先に倒れたのにな」

「全くだ。私や他のマスターの見ている前で迂闊なことができるわけがないというのに。それでも使い魔を寄こしたということは一応、話だけは聞く気があるようだがね」

 

 アサシン、という言葉が出てきたとき璃正は背中に冷たいものが流れるのを感じた。先程の言葉を表面通り受けているならば何の問題もないが、明らかにその時強い視線が向けられていたからだ。

 まだボロは出していない。だが確証はなくともアサシンが倒れていない可能性を考慮しているということを言外に言いたかったのだろう。

 素人マスターに対して璃正の警戒度が一段階上がる。それを使い魔越しで聞いていた時臣も同じだろう。そしてその可能性を考慮しながらも、単身乗り込んだその胆力にも警戒を払う必要がある。

 

「もう頃合いか。諸君、事態は緊急を要している。よって単刀直入に話題に入らせて頂くとしよう」

 

 淡々とした口調で使い魔たちと一人のマスターに向かって璃正は用件を述べる。バーサーカーのマスターの暴走が見逃せないレベルであること。

 そのため一時ルールを変更し、互いの戦闘行動を中止してバーサーカーを討伐にあたること。見事をそれを成し遂げた場合、達成した陣営に一つずつ令呪を与えることを伝えた。

 

「用件は以上だ。さぁ質問があれば答えよう。最もここには一人しか人間はいないようだが。どうかね? これは君の勇気に敬意を表意した結果だ。アドヴァンテージを得られるかもしれんぞ?」

 

 皮肉ながらもその言葉に偽りはない。他の者が聞いているとはいえ、的確にこの場で欲しい情報をこの場で手に入れるのは彼一人なのだ。

 

「バーサーカーについて情報は? マスターやサーヴァントの特徴、なんでも良い」

「すまない。我々聖堂教会の到着が早ければわかったのだが、それらについては不明だ」

 

 そう答えるしかない。当然出てくる疑問ながらも痛いところを突かれている。アサシンを介しての情報を伝えるわけにはいかないからだ。

 

「なら、マスコミに流されていない行方不明者や死傷者の詳しい情報。それは絶対あるだろ? ないとは言わせない。本気でバーサーカーを排除する気ならそれを渡せ」

 

 彼の言う通り「ない」とは言えない。彼の着眼点はほぼ当たりだ。子供を中心に被害が拡大していることから遠からず一連の事件に辿りつくだろう。そして被害状況の写真などを求められれば教会側は提出せざるを得ない。それを見ればきっとほぼ核心に近づく。

 バーサーカーについての情報はこちらが独占していると油断していたが、思いの外真実に近づかれている状況に璃正は内心焦りでいっぱいだ。

 そういえば彼は元々フリーのジャーナリストだ。こういった調査は手慣れて居るかもしれないという考えに璃正は至った。魔術師とは違う一般人らしい考え方も侮れない。

 結局被害状況全般について、手元に在るだろう情報はある程度渡さざるを得なかった。

 彼がキャスタークラスを従えていることからも、おそらく彼が最速でバーサーカーの下へ至るだろう。ならばそのときを待ち、アーチャーを向かわせればよい。

 キャスターに籠城される危険性を考えれば、今の状況はむしろこちらに都合の良いものではないかとさえ璃正には思えてきた。

 

「ん、何だまだ居たのか?」

 

 奥の部屋から出てきた璃正と雁夜の前には使い魔が未だ残っていた。おそらく雁夜が持っている情報が欲しいのだろう。

 

「この情報が欲しいのかね? 我々は公平だ。彼は自らこの教会に足を運んだから情報を手に入れた。諸君らも直接ここへ来るが良い。彼と同じ情報は渡そう」

 

 監督役として、これが妥当な振るまいであろうか。もちろん同じ情報をこの場で聞かせてやっても良いが、キャスター陣営以外が早く辿りつけば予定が狂う可能性も出てくるし、監視の手間も増える。

 決して不公平とは言わせないレベルで彼を優遇するのは間違いではないと璃正は判断した。そんなときだ。

 

「こっちは自爆覚悟で来てたんだ。これぐらいは報われていいよな」

「……自爆!?」

 

 急に脈絡と関係なくポツリと出た物騒な言葉に璃正は思わず反応してしまう。「暗殺」ならともかく「自爆」と彼は言ったのだ。

 

「他のマスターが全部集まってたら教会ごと狙撃させて一網打尽のつもりだったんだけどなぁ」

 

 威圧するでもなく、胸を撫でおろし苦笑しながら平然と目の前の青年は口にしていた。監督役さえいなければ中立地帯のルールなど関係ないと、彼は暗にそう言っている。これは他のマスターへの、いやむしろ教会への警告なのだ。

 そして自らの死を厭わない態度、つまりバックの存在を仄めかしている。やはり間桐の老人か、と声に出せない言葉を奥歯で璃正はかみ砕いた。

 

「君はわかっていて言っているのかね? 君が居なくなれば……」

「えぇ。そのときは俺のサーヴァントが意志を継いでくれると信じていますから」

 

 即答で返って来たのはサーヴァントとの信頼関係。これは難敵になるということを璃正は確信する。この討伐に乗じて必ずキャスターは討たねばならないと。

 上手い事他のサーヴァントたちの矛先をキャスターにも向けさせねばならないと思案していた所で、間桐の青年はさらに神父を追い詰める言葉を放った。

 

「ランサーのマスターの使い魔も居るよな? 俺のサーヴァントが話をしたいと言っている。話し合いの場を設けられるか?」

 

 おそらくはランサー陣営との同盟。苦虫を噛み潰したような思いとは、まさに今この時の璃正の心境なのだろう。

 

 

                ×        ×

 

 

 

「ただいまだ。坊主、言われた通り持って来てやったぞ」

「おかえりなさい、ライダー」

「やけに遅かったじゃないか。ってその左手の包みは何だよ!?」

「“たこ焼き”というものらしいぞ? これが中々に珍味でな。貴様らにも買って来てやったぞ。感謝するが良い!」

 

 マッケンジー夫妻宅で作業に没頭するウェイバーとアイリであったが、征服王の帰還により手を止めて彼の方を見る。お気に入りのTシャツが更に歪むほど誇らしく胸を張ってみせるライダー。その前に掲げた袋から零れおちるのは香ばしいソースの匂い。

 日本に来てまだ数日のウェイバーだが、この異国の食文化の先進度は既に認めている。“たこ焼き”というものがどんなものであるか全く知らない彼であったが、部屋中に充満する匂いと満足そうな王の顔からすると、味に期待しても良さそうだと判断する。隣のアイリも少女のように目を輝かせていた。これはライダーの気づかいに感謝して受け取るべきだろう。

 

「ありがとう――――ってまたボクの財布を勝手に使ったのか!」

「良いではないか。ほれ、『腹が空いては戦は出来ぬ』というであろう?」

「それ……適当に今思いついただけだろ」

「なんだ、坊主はいらんのか。では余と嬢ちゃんの二人で」

「食べる! ボクも食べるってば!」

 

 包みを開けようとするアイリとライダー。そこの間に割って入るウェイバーに対してアイリはたこ焼きを差し出した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「この小さな串で食べるのね。落ちそうで持ちにくいわ。やっぱり変な国。ほらウェイバー、あ~ん」

「ようやく熱も退いたかと思えば……アンタもノリノリで何やってるんだよ! 大体既婚者だろ、他の男にそんなこと――」

 

 頬を紅潮させて手を振るウェイバー。時計塔では全てを魔術にあてていたため異性を意識する暇などほとんどなかった。凡才な自分に対し好意を向けてくれる女生徒など周りに居なかった彼は、アイリの突飛な行動を思わず拒絶してしまう。

 もしアイリが既婚者でなければ――――そんな考えが彼の頭を過るが予想外の一言がその幻想を打ち砕く。

 

「だってウェイバーってなんだか私の娘みたいだもの。はい!」

「む、娘? はっ、あ、あふぃ!」

「あらっ、言ってなかっかしら? イリヤって言うんだけどね、これがもう凄く可愛いのよ。それで―――」

「……坊主」

「言うなっ。って、はふっ、あっ、あふぃ!」

 

 実家に置いてきた愛娘と未だ迎えに来ない夫の自慢話を聞かされながら、一箱をほとんど平らげたウェイバー少年。痛いくらいの熱気と、うまく咀嚼できない嫌な食感がいつまでも彼の舌の上に残っていた。

 

「さっきから気になっておったのだが、それはもしかして錬金術の真似事か?」

 

 水の入ったラベル付きの試験管や様々な実験器具を鞄から取り出して準備を行うウェイバーとアイリに対し、三パックのたこ焼きを平らげた征服王は興味深々と言った様子で問いかける。

 

「真似事じゃなくて錬金術そのものよ」

「錬金術の大家に向かって何言ってんだよ。馬鹿」

 

 アイリから手渡された試薬を加えながらウェイバーは話を続ける。

 

「ライダー、さっきのバーサーカー討伐の件、ボクは積極的に参加するべきじゃないと思っている」

「ほう」

「確かにバーサーカーの行いは魔術師として見過ごせないけれど、実際問題バーサーカーはクラス特性を考えてみれば大した脅威じゃない」

 

 三本目の試験管に試薬を入れたが無反応。期待している結果は出なかったようだ。地図に試験官に付いているラベルと同じアルファベットにバツ印を付けていく。

 

「そうね。魔力消費が大きくなるからこんな無茶な魂食いをしてるでしょうし、このまま待っていれば魔術師の自滅は目に見えるわ」

「一理あるのう。まぁ理性のない獣があのランサーやアーチャーに勝てるとは思わんな」

 

 二人の言葉にウェイバーは頷く。

 

「確かに令呪一画は魅力的だけど、きっとまた昨日の混戦状態になる。そうなったら……」

「またキャスターの輩がしゃしゃり出てくるというわけだな」

「あぁ。あのキャスターのマスターは危ない。自分を巻き添えにしてまで他のマスターたちを教会ごと吹き飛ばそうだなんて、余りにもイカレてる」

「またいつ背中を狙われるかわからないのは怖いわね」

「あのアーチャ―に正面からぶつかるのは自殺行為だ。あれだけの遠距離攻撃能力を持つキャスターと手を組む。それしかボクらが生き残れる道はない。そしてそれは多分先生も同じことを考えているはずだ。そしてアーチャ―のマスターも警戒しているはず」

「ということは早い者勝ち、ということか?」

「あぁ。如何に早くキャスターと接触して同盟に漕ぎつけるか。少なくともこの前みたいにアーチャ―と戦っているときに背中を狙われるのはゴメンだ。休戦協定は結んでおかないとボクたちは詰んでしまう。しかもあっちはランサーに興味があるみたいだしな。善は急げだ」

「坊主、貴様中々頭が回るではないか!」

 

 しっかりとした現状分析とこれからの方針を示したウェイバーを褒め、ライダーは頭をぐりぐりと撫でまわす。

 

「こらっ、邪魔をするなライダー! 割れたらどうするんだよっ!」

「それでキャスターの工房を探すことにしたのね?」

「そうだよ。怪しいと思っていた間桐はもぬけの空だし、アンタだって思い当たる節はないんだろ?」

「そうね。キリツグが居てくれたら手掛かりが見つかるかもしれないけれど」

「衛宮切嗣だっけ。アンタ、キャスターよりも旦那を探した方が良いんじゃないのか?」

「大丈夫よ。あの人はきっとまだやることがあるのよ。それまで私は待つわ。だからその時までは助けてくれたお礼と思って協力させて。それにライダーの近くが一番安全だと思うし」

「まぁこうして本格的な術式を教えてもらうのは助かるけど……って反応したっ!」

「出たわね。この地点に丸を付ければいいのかしら?」

「あぁ」

 

 地図に丸を付けるアイリと頷くウェイバー。彼らが何をやっているのか理解できないライダーは痺れを切らして問いかけた。

 

「それで坊主よ、さっきから一体何を調べておるのだ? 余にはさっぱりわからぬのだが」

「魔力の残留物だよ。ライダー、この地図を見ろよ。冬木市を分断するようにしてこの未遠川は流れている。手掛かりがないのなら、とりあえず中心部から調べるのが常套手段だろ? それに――――」

「今度も反応したわね」

 

 先程の急激な変化と同じように今回の試験管も血を連想させる色へと変色した。だがその色合いは先ほどより少し薄いようだ。その反応を目にしたウェイバーは試験管を置くと話を続けた。

 

「まさか本当に反応があるかと思わなかったけど当りだ。この方法なら水の流れで魔力の発生源もある程度絞り込める。それにしてもバーサーカーも大概だけど、キャスターも意外と杜撰な隠蔽だな」

 

 地図を指で示して「何か水路の類がなかったか?」と問いかけるウェイバーに「応、あったぞ」と答えるライダー。

 

「そこを遡ればキャスターの工房だ。日が暮れたらすぐに出るぞ、ライダー!」

 

 ライダーとアイリが工房特定の手腕を評価するが、それを素直に認めないウェイバーとのやりとりが続く。そしてそれを和やかに眺めるアイリ。

 それが彼らに残された僅かなモラトリアムであった。


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