黒桜ちゃんカムバック   作:みゅう

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#7 アンタの助けが必要だ

 身の危険を顧みず情報戦を制したあの青年が、倉庫街で暗躍したサ-ヴァントのマスターだと言うからには、彼からの誘いを断る理由などケイネスにはなかった。高い狙撃能力と諜報能力を兼ねた彼らの方がある意味ではアーチャー陣営よりも危険だと判断しても良いくらいなのだ。

 果たしてどう出てくるか。自らだけが指名されたことを鑑みると、対等又はより好意的な関係を望んでいることが伺える。霊体化したランサーとソラウを伴って向かった先は、教会から程近い所にある喫茶店。

 

「ふーん、なかなか良い所ね」

 

 店内を見渡したソラウは一言感想を漏らした。

 年期を感じさせるランプの淡い照明に、仄かに広がるバターの香り。この落ち着いた雰囲気は、どこか母国を感じさせるものがある。決して内装が凝っているという訳ではないし、貴族の使う物とは比べるまでもないが、ソラウの心象は悪くないようならそれで良い。

 奇襲を防ぐためソラウも同行させたのだが、あのホテルに籠っているよりも気分転換になるかもしれない。奴が信頼に足る相手ならば、という条件が付くが。

 

「初めまして、でいいのかな? ロード・エルメロイ。とりあえず自己紹介しておくけど間桐雁夜だ」

 

 奥で待っていた男が席を立ち、こちらに視線を向けた。

 やはり、こうして一瞥しただけでも何の才も感じられない。魔力の隠蔽が巧みであるという可能性も直感がありえないと告げている。立ち上がった彼の体格は中肉中背、ほぼ確実に彼は極々普通の一般人だ。

 

 そして彼の隣に居る白髪に赤い衣を纏った男は件のサーヴァントで間違いない。消去法的に行けばそのクラスはキャスターだろう。

 

「初めまして。私はソラウ、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリって言うのよ。貴女のお名前は何て言うのかしら?」

 

 サーヴァントの腰元にしがみ付くようにして隠れている少女に向かって、ソラウはゆっくりと問いかける。おそらくは自らと同じような立場であるからなのか、ランサー以外の対象に対して、ソラウは珍しく興味という感情を抱いているようであった。

 

「まとう、さくら……です」

 

 どうにか聞きとることができるぐらいの小さな声で少女は呟く。見た目5、6歳の彼女が怯えるのも仕方がないだろう。

 内包する魔力の大きさは中々の物だが、見知らぬ高位の魔術師が二人にランサーのおまけつきだ。返事をしっかりできるだけでも大したものである。

 

 ――――いや成程、そういうことか。彼らは令呪システムを司る「マキリ」の人間なのだ。魔力を感じないマスター、マスターと行動を共にする才ある少女、キャスター、そしてマキリ。可能性の糸を辿っていけば自ずとカラクリが見えてくる。自然、口元から笑みが零れそうになる自覚。

 

「ふむ、なるほどな。そこの――」

「その子が、もう一人のマスターというわけね」

 

 言いかけた所でソラウが同じことを口にする。流石は我が婚約者といったところか。出鼻をくじかれたが仕方ない。

 

「どうだ。我々の推理は。『マキリ』のマスターよ?」

 

 しかし彼女の眼つきはより鋭く細く、その眼光は警戒を顕わにした子猫のように変化した。違う、眼光などない。どこまでも吸い込まれそうな奈落の色。

 

「……どうして、わかったんですか?」

 

 それは、威圧感。就学前の子供が出していいような声ではない。『当たり』なのは間違いないが。これはあのアーチャ―よりも厄介な存在かもしれない。そう本能的に認識する。

 先程まで困惑の表情を浮かべていたソラウと顔が合った。首を縦に、か。同じことを考えているのだろう。

 辺境の未熟な魔術師を相手に下手に出るなど本来なら自らのプライドが許さない。だが先日のアーチャーの件で『藪蛇を突く』とどうなるかという事を身を以て味わったのだ。

 

 そして根拠のない確信があった。この『サクラ』という少女こそが、キャスターを巧みに繰り倉庫街で多くの陣営を手玉に取った黒幕であると。

 そう考えると得体のしれない怖気が背筋に走った。決して態度には表わさないが、ここが分岐点であることは間違いない。

 他の陣営からは既にキャスターたちと同盟を組んでいると思われていても何らおかしくないのだ。

 

 最強のアーチャー、処罰すべき生徒のサーヴァントであるライダー、討伐対象のバーサ―カー。考えるまでもなく他の3陣営と手を組むことは絶対にありえない。そしてその3陣営のいずれかがどこかと共闘することも到底考えられない。

 ならば、キャスター陣営との協力関係を拒むことなど選択肢として存在しないに等しい。サーヴァントを2騎、しかも近接戦闘と遠距離狙撃のこれ以上ない組み合わせを扱えるのだ。これは絶対的なアドバンテージになる。

 最後の2騎とまではいかずとも当面の目標であるバーサーカーの討伐と、アーチャーの攻略。ここまでの間協力出来れば上々だ。

 

 そして何より大きな問題として、こちらにはソラウがいる。アサシンが倒れた今、一番恐ろしいのはキャスターによる狙撃だ。如何に自分が優れた魔術師とて英霊に敵わぬのは理解しており、白兵戦専門のランサーが対応できる確証もない。

 様々な思惑を瞬時に駆け巡らせるが、行きつく結論は変わらない。思わず漏れそうになる溜息を言葉で上書きする。

 

「何、簡単な事だよ。私達も君たちと似たようなものだからな。私が令呪を統べるマスターであるとともに、我が婚約者のソラウが魔力供給を担うマスターとなっている」

 

 黙っていてもいずれ気付くだろう。だから敢えて手札を曝した。「発想は同じだが目的が違うこと」を高らかに誇示しなければならないのだ。

 彼らの持つ策、戦闘力は不明。いくら近接戦闘が苦手なキャスターでも、いや苦手だからこそ罠の一つ二つはあるはずだ。ランサーの間合いとはいえ、油断は大敵だ。アーチャーの圧倒的な暴力、キャスターの周到な狙撃を目の当たりにしたケイネスに慢心はない。

 

「しかしこの処置は私の魔力を戦闘に費やすための秘策であり、君のような凡俗を補うための苦肉の策ではないぞ、間桐雁夜」

 

 サーヴァント同士の格はともかく、魔術師としての力量の差を彼らには知らしめねばならない。それは自己の精神衛生を保つためでもあり、彼らに対するカードでもある。弱みを見せればソラウが巻き込まれる。

 返ってくる反応を待つケイネス。

 

「魔力と、令呪を。……偽臣の書もなしに、ですか」

「いやはや、恐れ入ったな」

 

 少女とサーヴァントが答えた。この様子はこの二人こそが本物の主従のようだ。

 

「シロウ、桜ちゃん。これは……期待していいのかな?」

 

 青年は目を丸くして傍らの二人に問いかける。頷きを返す二人。その表情は心なしか笑みが微かに混じった様にさえ感じられる。

 

「あぁ、そのようだな雁夜」

「ですね。わたしは賭けてみる価値があると思います」

 

 少女がサーヴァントの元を離れてこちらに歩み寄る。この3人の中では彼女が主導権を握っているのは間違いない。

 

「ロード・エルメロイ、取引をしましょう」

 

 再び視線が交差した。虚ろな眼から漂う得体のしれない気味の悪さ。饒舌な口ぶりや佇まいからして、まさか見た目の年齢であるわけがない。ここに居る全員を欺く程の高等な幻術、精神の遠隔操作、若しくは何か(・・)が憑いているか。

 正真正銘の魔女と対峙しているこの場面において、油断はありえない。

 

「バーサーカー討伐における共闘、いやアーチャー攻略までの同盟と行ったところか?」

「はい。それは前提条件としてお願いします」

「前提、ね。それ以上のこと、つまり聖杯の扱いについて、貴女は提案があるということかしら?」

 

 ソラウが淡とした声で代弁する。少女が続けるであろう言葉は「聖杯の願いを譲れ」という要求であると以外に考えられない。通常の魔術師であったならば、その要求は論外だ。

 しかし、そもそもケイネスにとって聖杯戦争に参戦した理由は地位の向上、名声を得るためであって、聖杯その物には興味はない。

 そしてソラウの異常なランサーへの執着を見ていると、サーヴァントの受肉を考えているのではないかとさえ思う節があるのだ。それは決して許されない事である。そう考えれば、ケイネスが勝利したと言う名目さえあるのならば、彼女達の願いによっては譲ることも考えてよいのかもしれない。

 だが、少女が発した言葉はケイネス達にとって、完全に想定外なものであった。

 

「あなたたちの願いがわたし達に害を為さないのなら、聖杯は譲ります」

「えっ、どういうこと!?」

「何だと!?」

 

 ソラウだけでなく、壁の花だったランサーも思わず口を開く。極限まで気を張り詰めているからこそ声にこそ出さなかったものの、内心その驚きはケイネスも同様だ。

 聖杯を求めないマスターがいるだろうか、無論ありえない。聖杯を求めるのでなければどうして聖杯戦争になど参戦する必要があるというのだ。この少女は何を企んでいる?

 

「アーチャーに対する切り札、そして条件によっては聖杯を譲る用意があります。だから――――」

 

 聖杯が不要だと目の前の少女は繰り返し告げた。そしてアーチャーに対する切り札という言葉も聞き逃せない。

 心からこの少女は聖杯を不要だと言っているのであろうか。疑念は尽きない。

 自分のサーヴァントであるランサーも聖杯を必要としていないと頑なに主張し続けているが、聖杯に導かれたサーヴァントである以上は何らかの願いがあるはずなのだ。そして何らかの願いがあるからこそ少女もマスターとして選ばれたはず。

 ランサー以上に、この少女は裏切りの臭いを漂わせているとケイネスは直感的に感じ取る。しかし、

 

「頼む。ロード・エルメロイ。俺達にはアンタの助けが必要だ」

 

 少女の続く言葉を遮るようにして、青年が前に出て深く頭を下げてきた。

 

「俺達を、いや桜ちゃんを助けてくれ。桜ちゃんを……この家の呪縛から解放できるのはアンタ以外に居ないんだ!」

 

 家の呪縛、おそらくはこの少女の異質さの原因の一端であろう。歳が見た目通りの物だとするのならば、物心ついたばかりの才ある少女を参戦させるなど気が狂っている。余程ここの当主は妄執に駆られているのか。

 青年の眼は充血している。吐息を荒げて必死な表情は作り物ではないのだろう。教会での発言には驚かされたが、こちらの青年の方は腹芸を得意とするような輩には見えない。

 少女たちの言に嘘はないと信じるのは早計だが、話を聞いてみる価値はあるのかもしれない。そう判断したケイネスであったが、先に動いたのはまたしてもソラウであった。

 

「ケイネス、とりあえず話を聞いてみましょう」

 

 ランサーの事以外で自発的に動き出したソラウを、ケイネスはこのとき初めて見ることになる。彼女に逆らう選択肢をこのときのケイネスは持ち合せていなかった。

 

 

                ×        ×

 

 

「聖杯戦争に乗じて、マキリを潰す……だと!?」

 

 絶句、という表現が適切だろうか。ケイネスさんが言葉を発した後、彼らは顔を見合わせて重苦しい沈黙を続ける。

 明らかに疑いの目を向けられているとはいえ、話し合いのテーブルにまで持って行くことができたのは良かった。散々迷ったが、わたしが直接出てきたのは正解だったようだ。

 

 わたし達の想像以上に、この魔術師は優秀だったのだ。まさか偽臣の書もなしに令呪と魔力供給の源を分かつ事ができるなど、どうして想像できようか。こちらはコストを考えて、おじさんに令呪を持たせず囮にしているだけなのに。少し恥ずかしい。

 もしかしたら令呪の扱いにおいてはお爺様以上の可能性だってあり得る。時計塔の神童の名は伊達ではないらしい。

 

 そしてわたしが直接出てきたとはいえ、真のマスターだと初見で見抜いた洞察力も悪くない。

 わたし達がお爺様を混乱に紛れて殺害するだけなら、先輩の力さえあれば容易い。だがその後を切り抜けるだけの力がないのだ。お父様になど頼れるはずもない。

 強力な外部の魔術師と接触を持てる機会はこの聖杯戦争以外に存在しない。小さな先輩を確保した後の事を考えると、衛宮切嗣と繋がっているアインツベルンは却下。それに御三家と関わると碌な未来が思い浮かばない。

 そして一般人の線が濃いバーサーカーのマスター、明らかに未熟な魔術師であるライダーのマスターは却下、となればそもそもの選択肢として彼以外の選択肢はなかったのだ。

 

 だからその唯一の希望が期待以上のものであったことに対して、わたし達は喜びの色を隠せない。それが相手にどう伝わっているかは気になる所だ。

 何となく、だが、ソラウさんはわたしに対して同情の念を抱いているように伺える。魔術師の家系の女子として思うことがあったのだろうか。

 わたしとしては彼女がこちらの味方になる流れを期待したい。どう見てもケイネスさんはソラウさんの尻に敷かれているからだ。

 

「そして更なる問題は桜の属性が『架空元素・虚数』であることだ。余程強力な家の庇護下にない限り、この子に将来はない」

 

 説得にあたっては先輩が積極的に動いてくれていた。自称魔術使いとはいえ、わたしたちより何倍も魔術師の世界に詳しいはずなので、わたしと雁夜おじさんは先輩に任せきっている。

 

「封印指定か、ホルマリン漬けの運命か。成程、それから逃れるには確かにアーチボルト家として、私個人としての後ろ盾が必要になるわけだ。筋は通っているな」

 

 ふむ、と腕組みをして唸るケイネスさん。確実な勝利への近道切符と裏切られる可能性、家を潰すにあたっての危険性を天秤にかけているのだろう。

 

「マキリの魔術は水に長けている。そして桜も『吸収』の魔術を仕込まれた。もし君が仮に桜を弟子として保護し、後見人としてマキリの知識を吸収すれば……その有用性は言うまでもないだろう?」

「あぁ、それは充分に理解している」

 

 そう、わたし達以上に魔術の価値を正しく理解しているからこそ悩ましいのだろう。

 できればわたしは魔術とは無縁な世界で穏やかに生きたいが、周りの状況がそれを許さない。だからこそお父様がわたしを間桐に追いやったことも、一応は理解はしている。

 いかにして安全を得るか。わたし達にとっては、それが聖杯戦争で勝つことよりも重要なのだ。

 

 できれば英霊の先輩に受肉してもらって一緒に居たいという気持ちもある。だけど最優先な目標は、この世界の先輩の運命を変えた上で一緒に居ること。仕方ない場合の妥協ラインは必要なのだ。だって、英霊である方の先輩の願いも過去の自分に同じ道を歩ませないことなのだから。

 

「ねぇケイネス。とりあえずバーサーカーを倒すまでは組んでみない? 彼女達が最後の局面まで信頼できるか、家を巻き込んでまで面倒を見る価値があるのか、判断はそこからでも遅くないと思うわ。それ、貸してくれるかしら?」

 

 ソラウさんが動いた。雁夜おじさんから教会で入手した書類を半ば無理やり受け取る。

 

「そうだな。複数で討伐にあたった場合、討伐した全てのマスターに令呪が与えられるのならば、少なくとも損はない」

 

 良い感じだ。ケイネスさんも同調し出した。

 

「だが、ソラウ。全面的に信頼するには問題がある」

 

 この流れは……行ける! と思った矢先に渋り出したケイネスさん。

 

「私の身の安全の事を言ってるの? それなら問題ないわ。これを見て、ケイネス」

 

 そう言ってソラウさんはテーブルに資料を置いて、一文を指で示した。『バーサーカーのマスターは子供や婦女子を積極的に狙っている連続殺人犯と同一である可能性』とある。

 

「私とサクラちゃんが囮でバーサーカー達をおびき出し、霊体化させたランサーで迎撃。キャスターと貴方とそこの彼が遠距離から待機で横槍を防ぎつつ、出来る事ならランサーの援護と他の陣営の排除というのはどうかしら?」

 

 スラスラとソラウさんの口からものすごく大胆な案が飛び出した。素直に怖いと思ってしまう。この人がもしかしたら一番油断ならないかもしれない。

 何を思い浮かべたのか、頬に両手をあてて恍惚としているソラウさん――――あ、ダメだこの人。

 

「成程、人質交換という訳か……考えたな。それならばいざというときは互いに令呪で召喚すれば対応力も高い」

「それは使えるかもしれないけど、囮の二人の安全が……」

「カリヤと言ったか、俺に任せておけ。我が槍にかけて、二人の安全を約束しよう!」

 

 そういうことじゃないと思います。男性陣三人の皆さん。どうやら気付いているのはケイネスさんとわたしだけのようだ。ケイネスさんが口を開けたままだもの。

 これって、どう考えてもランサーを一人占めしたいソラウさんに利用されているよね、と少しだけ不安が胸の内をよぎった。


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