key.1 出会い
可愛い女の子と同じ時を過ごしてみたい。それもとびっきりの豪邸で。
そんなことを考えてみたことはあるだろうか?
俺自身はさほど考えたことはなかったが、可愛い女の子と同じ一つ屋根の下で暮らしてみたいと考えた者は少なからず居るはずだ。
何かしらのラブコメマンガではよくあることで、それに憧れるのも人間の本能だろう。
しかし、それが現実となることはほぼない。しかもお嬢様と暮らすだなんて普通の日常を考えれば縁がない話だ。だから考えるだけ無駄なのだ。
…そう、思っていたのだが。
「きょ、今日からこの家でしばらくお世話になる東谷竜也(あずまやたつや)です。よろしくお願いします。」
「そ、私は西木野真姫(にしきのまき)よ。よろしく」
いつの間にか根っからのお嬢様の居る豪邸で暮らすこととなってしまった。
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話は少し前に遡る。事の発端は母親の言ったことからだった。
「竜也、私、4月からしばらく仕事の都合で東北で働くことになったから。」
「はぁ!? 本当かよ、東京から通勤なんて出来ないだろ、なんで断らなかったんだ。」
「今働いてる病院の系列のところからね、是非東谷さんに手伝って欲しいって。東北の方はどうにも人手不足らしくてね…」
「どんだけお人好しなんだよ… で、俺はこの家で一人暮らしってことか?親父はずっと海外赴任だし。」
「そのことなんだけどね、他の家で暮らして欲しいの。」
「はぁ?」
「今働いてる西木野病院でね、院長さんが提案してくれたの。東谷さんは子供がいらっしゃるのに申し訳ない。だから東谷さんさえ良ければ子供を預かりますよ、って。」
子供って俺完全にガキ扱いされてないか?まだ未成年だけどさ。
「正気かよ… 一人暮らしで良かったのに」
「アンタが一人暮らしすると毎日カップラーメンしか食べないでしょ。料理はお父さんに教えてもらってある程度は出来るのに本当に勿体ないわねぇ」
料理すると片付けやら時間かかるし面倒だから仕方がないじゃないか。
カップラーメンは作るのに3分、食べるのに2分。5分で食事が終わるなんて実に合理的だろ。
「因みにその家には竜也と同い年で、今度行く音ノ木坂学院の女の子が居るそうよ。その子にでもアンタのひねくれたその性格を治してもらったら?」
「息子に対してひねくれている呼ばわりとは辛辣だな。」
…しかし、とはいえ女の子と一つ屋根の下で暮らすことになるのか。
少しばかり緊張してしまうな、まあ手を出したら面倒なことになるだろうし、そんなことはしないだろうけど。
で、後日お世話になる西木野家に挨拶しに来たのだが。
「…でけぇ」
家に来てみたらそこはもっぱらの豪邸だった。
さすが病院の院長、都心なのにこんな豪邸に住んでいるとはさすが。
家の前で感銘を受けるのも程ほどにし、中に入って母親さんに挨拶を済ませる。
「竜也君ね、これからよろしくね。と言っても、私や夫は仕事が忙しくてなかなか家に帰ってくることがなくてね…」
「やっぱり病院って忙しいんですね」
「そうなのよ、だから娘にもあまり構ってあげられなくて… すっかり小難しい子になってしまったわ。竜也君にこう言うのもなんだけど、よかったら娘と仲良くしてあげてね」
…おいおい、やっぱりお嬢様じゃないか。
性格的に不安しかない…居候の身だからイヤだとも言えないし…こりゃ困ったな。
「…出来る限りは。ところでその娘さんは?」
「今はたぶん地下室でピアノを弾いてると思うわ、お客さんが来るのにあの子ったら…もう少ししたら来ると思うわ。ごめんなさいね。」
「いえ、それだけピアノを弾くのが好きってことなんでしょう」
待つこと数分。この間に母親さんはお出かけされた。たぶん夕飯買い出しでもしてくれるのだろうか。
そして部屋のドアが開かれて、件の娘が入ってきた。
「あら、もう来てたの?初めまして。」
「きょ、今日からこの家でしばらくお世話になる東谷竜也(あずまやたつや)です。よろしくお願いします。」
「そ、私は西木野真姫(にしきのまき)よ。よろしくね」
緊張から思わず噛んでしまった。
さて、この娘さん名前は真姫と言ったか。身長は俺よりやや低め、髪は赤、声は少しハスキーというか、特徴的な声をしている。
そんな彼女だが、率直に言おう、顔は割りと俺のタイプだった。一目惚れまでとは言わないが、少し目を引くような、そんな娘だ。
これから暮らしていく相手としては楽しくなりそうな気はする。ちょっとだけ。ただ問題は人は容姿だけでは判断出来ないということだ。
「それで…西木野さん…だっけ?ピアノ好きなの?」
「そうね、ピアノは昔から弾いてるから生活の一部みたいなものかしら。あと、"西木野さん"だとママやパパと被ってややこしいから私のことは真姫と呼んでくれて結構よ。」
名前呼びの許可を頂けた。最初から好感度高くて喜ばしい…と思いたいが、これはただ単に名字呼びだと母親さんと被ってややこしくなるから、ただそれだけのこと。
「じゃあ、真姫ちゃんって呼ぶよ。俺のことは好きに呼んでくれていいよ」
「それじゃあ"東谷君"。これからよろしくね」
…俺の方は苗字呼びだった。
名前呼びに少しでも期待したのが間違いだった。まあ、最初は信頼も何もないだろうしいた仕方ないのか。
「それじゃあママもしばらく帰って来ないだろうし、私が部屋まで案内するわ」
そう言って真姫ちゃんは俺を部屋へ連れて行く。
「ここがあなたがしばらく使う部屋よ。好きに使ってくれていいわ」
「お、おお…」
そうやって紹介された部屋はとんでもなく大きかった。
よくある小学校の教室の2倍くらいの広さだろうか。
それにベッドも非常に大きいし…俺みたいな庶民が使うにはいささか勿体なさすぎないだろうか。
「他の部屋も紹介するわ、あなたの部屋の向かいが私の部屋。勝手に入ってこないでよね」
「そりゃごもっともで」
年頃の女の子の部屋にノックもせず断りもなく入るヤツなんてよっぽど無神経なヤツしかやらないことだ。
この後、真姫ちゃんには豪邸の色々な場所を紹介してもらった。
先ほど真姫ちゃんの母親と話していたリビング、キッチンが広いのは勿論のこと、映画などを見るための専用の視聴覚室、更には屋内プールもある。
どこのマンガみたいな豪邸だよ、東京にこんな豪邸を建てるお金があるとかゾッとする。
「なんというか…やっぱ広いな」
「そのうち慣れるんじゃない?迷ったりしないでよね」
「いくら広いとはいえ、さすがに家の中で迷いたくないなあ…」
「それもそうね。ま、困ったことがあったらお手伝いの和木(わき)さんに言ってね。私に何でもかんでも言われても困るから」
真姫ちゃんはそうやや突き放すように言う。
ん、お手伝いさん…?
「お手伝いの和木さんってどの方?」
「パパとママが忙しいから家事が出来ないからってことで、パパのツテで雇った人。基本的には料理を作ってくれたりと家事をしてくれる方よ。」
「そ、そうか…あとでご挨拶しておかないとだね…」
要するに執事さんってことか。
やっぱお金持ちは違うなあ。自分との生活感の違いに驚かされてばかりだ。
「色々と教えてくれてありがとう。一旦、荷物を取りに家に帰るよ、これからよろしくな、真姫ちゃん」
そう感謝を伝え、俺は手を差し出す。
一瞬手を出すか迷ったが、まあ、これから一緒に暮らす身だし、仲良くしないとだからな。仕方ない。
と色々考えてたら、真姫ちゃんからの反応は何もなかった。
…あれ、俺のジェスチャーが伝わってない…?
「え、えーと…手。」
ぎこちなく説明する。俺がおかしいみたいな感じになって恥ずかしいじゃないか。
「手?手を出せばいいの?」
やっぱり何もわかっていなかった。
そっと手を出した真姫ちゃんの右手を、俺は右手で掴む。
「握手、だよ。改めて、お互い友達同士として、これから同じ一つ屋根の下で住むってことで、よろしく。」
「ふーん、友達同士だとこういうやり取りをするものなのね。よろしくね。」
最初は面食らってた真姫ちゃんだったが、納得して握手に応じてくれた。
印象としては不器用なところもあるし、そっけないところもあったが、ちゃんと可愛げはある子だった。
この子と同じ一つ屋根の下で暮らすことになるのか…
不安要素もたっぷりあるわけだが、まあ、楽しまないとな。ポジティブシンキングこそ至高。
…とはいえなんだか前途多難だなあ。面倒なことが待っていそうだ。
そしてこの真姫ちゃんとの出会いは、長い、長い、物語の始まりでもあったことを、俺はまだ知る由もなかった。
まだまだ文章を書くことに慣れませんがよろしくお願いします。