――あるところに1人の少女がいた。
その少女の夢は「アイドル」になることだった。
しかし少女には勇気がなく、その夢はやがて"憧れ"へと変わっていった。
そんな時、少女の前に3人のアイドルが現れた。
諦めかけていた夢に対し、触発された彼女は――
――――――――――
「部活…どうっすかな」
穂乃果先輩達のライブがあって早一週間。
部活の入部が認められるようになったが、部活に所属していない俺は特に生活が変わるわけでもなく。
とは言っても、これといって面白そうな部活があるわけでもない。
穂乃果先輩達のアイドル部に入るのはそもそも男なんだからナンセンスだ。
とはいえそろそろ決めないと帰宅部まっしぐらだ。無理やり部活に入るくらいなら、いっそのこと帰宅部でもいいような気がしてきた。
「かーよちん。部活は決めた?」
「ま、まだ… 明日、決めようかな」
「そろそろ決めないとみんな部活始めてるよ?」
やめろ凛ちゃん。そう言われると俺も耳が痛い。
「そういう凛ちゃんは部活決めたのか?」
「凛は陸上部かな~」
前々から言ってた通り凛ちゃんは陸上部か。
確かにあれだけの脚力や運動神経を持ち合わせていたら申し分ないだろう。
凛ちゃんの言葉を聞いた後、かよちんの方は俯いていた。どうやら本人は陸上部には乗り気ではないのだろう。
「あ、もしかして~… スクールアイドルに入ろうと思ってたり?」
「え!? そんなこと…ない…」
控えめに言い張ったかよちんの目はどこか虚ろで、手もやりどころがなく両手を弄っている。
そんなことない、なんてことないだろう。
穂乃果先輩達のライブを見て、あれだけキラキラと目を輝かせていたのだから。
実際にアイドルをするのと、アイドルを見るのでは違いはあるが…少なくとも"やってみたい"という気持ちが彼女の中には少なからずあるのは間違いない。
「ふ~ん。やっぱりそうだったんだね。ダメだよかよちん。ウソつく時、必ず指合わせるから、すぐわかっちゃうよ~」
「さすが幼馴染、クセは一通り知り尽くしてるんだな」
「えへへ~。一緒に行ってあげるから、先輩達のところへ行こ?」
幼馴染の仲を褒めたら、凛ちゃんはニッコリ微笑んだ。
早速凛ちゃんはかよちんの手を引いて連れていこうとしている。
しかしかよちんの性格上、無理やりには連れて行かない方がいいんじゃないだろうか。
「い、いいよ… 私じゃアイドルなんて…」
「かよちんこんなに可愛いんだよ、人気出るよ~。ねー竜也君?」
「そうだな。今はそんなに自信がないかもしれないけど、いざやるとなればかよちんは一生懸命にやれるさ」
急に凛ちゃんにふられたので無難に答えた。
可愛いとか、俺は直接言うガラではないので遠回しに言う。
…まあ、確かにかよちんは可愛らしい顔立ちをしていると思う。
「そうかな…そうだといいなぁ… で、でも待って! 凛ちゃんにワガママ言っていい…?」
「しょうがないな~ なぁに?」
…俺にはワガママはないのか。そりゃそうだ。
「あ、あのね…私がアイドルやるって言ったら…一緒にやってくれる?」
「え… 凛が?」
かよちんのワガママとは、凛ちゃんも一緒にアイドルをやって欲しいとのことだった。
穂乃果先輩達3人の中に、かよちん1人だけ割って入るってのも彼女にとってはやり辛いところはあるだろうからな。
そこで友人である凛ちゃんに頼むのもわかる話だ。
だが…
「…むりむりむりむりむり。凛にはアイドルなんて似合わないよ~。ほら、女の子っぽくないし、髪だってこんなに短いしー…」
「…別に似合わないとか、そんなことないと思うけどな」
率直な意見を凛ちゃんへ言った。
凛ちゃんはそもそもあれだけ走れる運動神経の持ち主であるし、ダンスを磨けばきっと先輩達以上のパフォーマンスが出来るに違いない。
「う~ん、竜也君がそう言ってくれるのは嬉しいんだけど…。小学生の頃にね、珍しくスカートを履いて行ったことがあったんだ。でも…男の子たちにそれをからかわれてしまって―― それ以来、スカートは制服以外で履いてないんだ。だから…アイドルなんて凛には絶対無理だよー」
「そんなことがあったのか…」
過去のことをサラッと思い出話のように語る凛ちゃんだが、その表情は少し悲しげだった。
だからって、女の子らしくスカートを履いてみたい、可愛らしい洋服を着てみたいとは思わなかったのだろうか?
その質問を投げかけようかと思ったが、さすがにそこまで言うのは失礼なような気もしたので、それ以上説得の言葉が思い浮かばなかった。
「…まあ、2人ともアイドルをやるってことになったら、俺は応援するから」
「もしもそうなったら今度こそ男1人で観に来ることになるね。周りから白い目で見られそうだにゃ~」
「…それだけはご勘弁願いたいな」
あの面倒なお嬢様を誘うのも尺だし、今度こそ周りの目線がキツイことになりそうだ。
俺と凛ちゃんが笑い合う中で、ただ表情が暗かったかよちんのことが、頭から離れなかった。
アイドルをやりたいのはわかってるのだから、あと何かもう一つ、勇気づけられるようなことがあればいいのだが…。
――――――――――
放課後、俺は今日は真っ直ぐ家へと帰ることにした。
真姫ちゃんはと言うと、今日は病院に寄る日らしい。医者の娘も大変なこった。
家へ帰ってしばらくすると、家のチャイムが鳴った。…この時間帯に来客って珍しいな。大抵の時間帯は、真姫ちゃんの両親は出払っているために滅多に来客なんてない。一体誰だろう。
しばらくすると、部屋のドアがノックされた。和木さんだ。
「どうしましたか?」
「お嬢様のクラスメートである『小泉花陽』様が来客されました。竜也様のクラスメートでもあると思いますので、お茶でもされますか? リビングでお待ちになっているので、よければどうぞ行って下さいませ」
「わかりました、すぐ行きますね。ありがとうございます」
相変わらず丁寧なお方だ。
普通チャイムが鳴ったら俺が出るべきなんだろうけど、執事がいる生活はどうにもあまり慣れない。新鮮だしこれはこれでアリだけど。
でも俺の名前を様付けで呼ばれると少しムズ痒い気もするな。
さて、かよちんがウチの家に来たのはなぜだろうか。リビングで待ってるかよちんの元へと向かった。
俺がリビングに入ると――
「よ、かよち――「ええええええ竜也君!!!???」」――ん、まず落ち着いてくれ」
「だ、だって…真姫ちゃんを待ってるつもりだったのに竜也君が出てきて… も、もしかして二人はそういう仲なの…!?」
「ちげぇよ!前に真姫ちゃんの家に居候してるって話したじゃねぇか!」
何やら面倒な勘違いをされているだけに思わず声を荒げてしまった。
「で、で、で、でも… ふ、二人の邪魔するといけないよね。すぐ帰ります…!」
かよちんはすぐに立ち上がり、リビングから出ようとした。
マズイ。慌てたままにかよちんを返すと、明日凛ちゃんに勘違いしたままその旨を話すに違いない。そうなればまた面倒なことになる。止めなければ。
俺も瞬間に立ち上がり、かよちんを止めようとした。
その時に俺は焦っていたのか、真正面から肩に手を置いて受け止めてしまったことを、後で後悔することになった。
「いいから、落ち着け。な?」
かよちんの顔と自分の顔が近づいているという自覚も無しに、真剣な顔をして俺はそう言ってしまっていた。
力づくで女の子の体を止める行為はしたくなかったが、この状況なら仕方あるまい。
「あ、うん…ゴメン…」
「…ちょっとは落ち着いたか?」
「う、うん…」
やれやれ、これでひとまず―― と思った矢先。リビングの後ろのドアが空いた。
顔のみ振り向いた俺はドアを見て、そこ立っていたのは、真姫ちゃんだった。
ああ、病院から帰ってきたんだな。別にそれは普通のことだしそれはいい。
ただし、今この状況でドアを開かれるのは非常にマズかった。
俺はかよちんの両肩に両手を置いている状況。
見ればかよちんは顔を赤らめている。
この状況だけを見た真姫ちゃんの目に映る景色とは――
「アンタ達、他人様の家で何してるの? …サイテー」
バタン。
閉まるドアの音が重苦しく響いた。
そこから真姫ちゃんを弁解するのに時間がかかったのは言うまでもない。
俺達が説得しているその横で和木さんが笑うのを堪えるようにしていたのが少し目についた。笑ってるくらいなら助けてくれよ執事さん…。
「で、一体何のようなの?」
和木さんに紅茶を用意していただき、落ち着いたところでようやく話をする。
ここまでかかった時間…どれほどやら。
「これ、落ちてたのを拾ったんだ。西木野さんのだよね?」
そう言ってかよちんは生徒手帳を真姫ちゃんに渡した。
もしかしてこれを渡すためだけにわざわざ…? いや、たかがそれくらいでこの家に来ようとは思わないはずだ。生徒手帳くらい明日に返せばいい話だし。
「な、なんであなたが…?」
「…ごめんなさい」
「なんで謝るのよ。…あ、ありがとう」
「お前、普段からちゃんと礼言えるんだな」
「あなたは黙っててくれないかしら?」
そう言う真姫ちゃんの目は冷たかった。まだ怒ってるのかこの子…。いつもツンツンしているのに今日は一段と冷徹な感じだ。
「μ'sのポスター…見てたよね?」
「私が? 知らないわ。人違いじゃないの?」
「でも…手帳もそこに落ちてたし…」
ああそうか。手帳を拾ったはいいけど、拾った場所がポスターが張ってあってビラが置いてる場所だったんだな。
だから真姫ちゃんがμ'sに少なからず興味があるという裏は取れてたわけか。
それで、真姫ちゃんはμ'sに入るのか気になったからここに来たと。かよちん、やるなあ。
「ち、違うの! いたっ… って…うわぁぁ!!」
痛いところを突かれたのか、弁解しようと立ち上がった真姫ちゃんだが…
勢い余って膝をぶつけてしまい…挙句椅子ごと転げ落ちてしまった。
「だ、大丈夫!?」
「いたた… へ、平気よ… まったく、変なこと言うから!」
「さっきまで粋がって怒ってたやつがこうやってヘマするのを見ると面白いな」
「他人様の家でクラスメートに手を出す男に言われたくないわ」
こうやって真姫ちゃんもミスをしてしまうことがあるんだな。
人間誰しもそうなのだが、いつもいけ好かないくらいにクールに装う真姫ちゃんがやらかしただけに思わず笑ってしまう。
見ればかよちんも笑っていた。まあこんなバカみたいな転び方してたら誰だって笑ってしまうよな。
「笑わないで!」
「笑いたい時くらい素直に笑うのが健康にいいからもっと笑っていいんだぞ、かよちん」
「あなた最近皮肉ばかりね」
「お互い様だろ」
性格のひん曲がりっぷりはお互い様。
とはいえ、真姫ちゃんよりは俺の方がまだマシなはずだ。
「まあ、それはともかくとして…。かよちんはμ'sのことで話があったんじゃないのか?」
「う、うん。西木野さんはスクールアイドルをやらないのかな…って」
「私がスクールアイドルに?」
「うん。私、放課後音楽室の近くに行ってたの。西木野さんの歌が聴きたくて…」
なんだ、かよちんも放課後に音楽室まで寄ってたのか。
その時穂乃果先輩とも鉢合わせたりしたのだろうか…。
俺もそうだが、"音"ってものに人は惹かれるものなんだなあ。
「…私ね、大学は医学部って決まってるの。そこの男にもこれを話すのは初めてのことなんだけど」
「そうなんだ…」
「まあ、俺はここまで居候してたら大体想像はついてたけどな」
この家柄やあの父親の言動を見ていたらイヤでも察しがつく。
「だから私の音楽はもう終わってるってわけ」
口で諦めの言葉を吐き捨てる真姫ちゃん。
だがその言葉には諦めだけではなく、別の感情も含まれている気がした。
だからと言って、家柄のこととなれば、俺がどうこう言える立場ではないのだが…。
「それよりあなた、アイドル、やりたいんでしょ? この前のライブ、夢中で見てたじゃない」
「え、西木野さんも居たんだ…」
「いや、私はこの男に連れられて見ただけだけど」
「厳密に言えば、外で見ようかどうか迷っててフラフラしてたところを捕まえただけだけどな」
「ウソつかなくてもいいでしょ!」
「ウソじゃねぇよ! ありゃ誰がどう見たって見ようか迷ってる人の行動だろ!」
副会長さんが声をかけていなければ、そもそもライブを見れていたか怪しいかったからな。
講堂のすぐ傍で、曲の楽譜を持っている人が居たら100人中100人は、その人はライブが観たいんだな、と思うに決まってる。
「あーもう、埒が明かないわ。あなた、アイドルやりたいならやればいいじゃない。そしたら、少しは応援してあげるわ」
「ま、それに関しては俺も同意見だ。学校でも話したと思うけど、かよちんがアイドルをやるってなったら応援するからな」
あとほんの少しの勇気だ。
アイドルの好きな気持ちは誰にも負けていない子なんだ。
そんな子がアイドルになりたいという気持ちを強く持てば、きっとうまくいくはず。
「…2人とも、ありがとう」
ニッコリと微笑んだかよちんの笑顔は、アイドルさながらのものだった。
この笑顔さえあれば――
日も暮れてきたことで、かよちんは家へと帰って行った。
大分暗くなっていたので、最近物騒だからと家の近くまで送ろうとしていたのだが。
『また何かするつもり?』
と釘を刺されたため、結局途中まで和木さんが送ることとなった。
…別に俺に邪な考えなどなかったのだが。まあ、和木さんが送ってくれるなら安心だ。
「まったく、今日は疲れたよ」
「それはこっちのセリフね。他人様の家で何しようとしてたのよ」
「ありゃ不可抗力だよ。さっき説明した通り、勘違いしたみたいで、慌ててたみたいだから半ば強引に止めたらああなった。学校へ行ったら"東谷竜也と西木野真姫は同棲してる"だなんてウワサが流れてる方がもっとマズイだろ?」
曲解して伝われば最終的にはそんなウワサが流れるかもしれない。
そうなる方が今後のお互いの高校生活が面倒なことになりかねない。
「だからって他の方法はなかったのかしらね。人間焦ると頭真っ白になるんだから」
「そういう真姫ちゃんだって椅子から転げ落ちてたじゃないか。人のことは言えないだろ」
「…まったく、そうやってすぐ人の揚げ足を取るんだから」
「…お互い様だろ」
"似た者同士"なのだから。
ここまで来ると自分の性格のひん曲がりっぷりがイヤでもわかってくるのが悔しいが。
それよりも、俺は真姫ちゃんに聞きたいことがあった。
「ところで、真姫ちゃんはスクールアイドルはやらないのか?」
「言ったでしょ、大学は医学部って決まってるから、そんなことやってる暇はないのよ。パパも許してくれるわけないだろうし」
「医者の跡取り娘も大変だな。とはいえ、これまで穂乃果先輩たちの活動、そしてスクールアイドルをやろうとしているかよちんの話を聞いて、少しは触発されてるんじゃないのか? もしもやりたいってなったら、それに関しては俺も応援するから。両親にも俺からうまいこと言ってやるよ」
どれほどそういう思いが溜まっているのかはわからないが、少なからずアイドルをやってみたいという気持ちが芽生えてるのは確かだろう。
ならば、その背中を押してやるのも俺の仕事みたいなもんだ。相手がこんな生意気な女の子でも。
「…なんでそこまでするのよ。部外者みたいものなのに」
「…まあ、目の前のことに一生懸命になろうとしている人が居れば、応援してやるのが男ってもんだろ?」
「ただのカッコつけたいだけじゃない」
「ま、そうかもしれないな。…アイドルをやりたいかどうか、じっくり考えるこったな」
そう言い、お互いに自分の部屋へと戻っていった。
アイドルに興味は最初からそんなにあるわけではなかった。
ただ、一生懸命にパフォーマンスをやり抜いた穂乃果先輩達、単純にあの姿をもっと見たい。一生懸命なあの姿をこれからももっと見たい。そのような気持ちが俺の中に芽生えているのは事実だ。
そしてそこへ、俺の友達が入り込もうとしている。
「μ's」…ミューズ… 9人の女神…。
もしかすると、彼女達がその9人になるのかもしれないな…。そしてそれを見越してμ'sという名前がつけられたのかもしれない。
だとすれば、ここまで来たらμ'sというグループが完成された姿を見たいじゃないか。それまで俺は先輩達を、あるいは真姫ちゃんを、かよちんを、凛ちゃんを、応援してやりたい。
さて―― あのお嬢様はともかく、まずは明日、かよちんをどう勇気付けしてあげようかな。
どんどん乗せていくのがいいのか、自信をつけさせてあげるのがいいのか、はたまた勢いで先輩達にお願いするのか……
そのようなことを考えながら、今日のところは眠りにつくことにした。
2日前ですが凛ちゃん誕生日おめでとうー!
というわけで今回も読んで頂きありがとうございました。
また次回もよろしくお願いしますm(_ _)m