1年生のみ行われた実力テスト。
私は日頃からそれなりには勉強していたけれど、スクールアイドルを始めてから、急速に勉強する時間が短くなっていたのは事実。
私だってたまに勉強を休むくらいのことはあったけど、それでも著しく点数を落とすなんてことはなかった。
でも私の目の前にある答案の点数。
――68点。
…何よ、この点数は。他の子と間違えられたんじゃないのと思いたいけど、名前はキッチリと自分の名前が書かれているし、筆跡も間違いなく私のもの。
勉強は嘘をつかない、昔見た中学受験を元にしたドラマで、そんな格言染みたセリフをふと思い出す。そうか、勉強してなかったからこの点数なのね…。
答案をもらった時、先生に、
「今回は体調が悪かったのかしら?勉強のし過ぎも程々にね」
と言われた時に嫌な予感はしていた。
でも、まさか、こんな点数なんて… あり得ない。
悪い予感とは重なるもので、他の教科も自分の予想をかなり下回る点数ばかりだった。
授業はテストの答え合わせで賑やかになっているけど、その賑やかな雰囲気にいら立ってきたわ。
「おい、そこのお嬢ちゃん、今回の実力テストの出来はどうだったよ?」
いつもは軽くあしらう、この男の声も相当耳障りだった。
「うるっさいわね!黙っててよ!」
「…おいおい、そんなに怒ることか?」
「……」
「…チッ、ったく、わかったよ」
どうにもバツが悪そうだけどお生憎様。機嫌が悪い時に竜也が話しかけるからいけないのよ、まったく。
「竜也く~ん!凛ね、なんとか赤点回避したにゃ~!」
「お、やるじゃん。ちゃんと勉強に集中する時はしてたもんな」
「勉強苦手な凛ちゃんが集中できたのも竜也くんのおかげかもね」
3人が嬉しそうに会話しているのを横目に、私はただ俯くだけだった。
…本来ならあの輪に加わっていたのかしら。その方が私らしくないわね、私はこういう風に傍目から眺めてるのが一番いいのよ。
だからああやってみんなが嬉しそうにしているのが羨ましくなんて…。
・・・・・・・・・・
今日は練習がお休みの日なのが幸いだった。
こんな気分で練習だなんて、とてもなれやしなかったし。
一方で竜也は海未と合宿の時の練習メニューの話し合いに行ったらしい。
…その合宿の話だけど、合宿の話題が出たその日のうちに、和木さんにそれとなく、夏休みに友達を連れて別荘に行きたいという話をしたら快く快諾してくれた。ほんと、頭の固いパパと違って、和木さんは優しいから嬉しいわ。…和木さんにとってはそれが仕事なんだろうけど。
和木さん以外のウチの家の男は、本当にイヤになっちゃう。
イヤな気分を吹き飛ばすべく、家に帰宅してそのままリビングのソファへ。和木さんがよく間食を作ってくれているのだが、今日はシュークリームが用意されていた。丁度甘いものが食べたい気分だったしありがたいわね。
シュークリームを頬張りつつ、改めて今日返されたテスト用紙を見てみる。
…何度見ても68点という点数は変わらなかった。
でも甘いお菓子の魔力とは恐ろしいもので、ぼーっとしていると、少し気持ちが楽になった気がする。落ち込む時があったら甘菓子が一番だわ。
こんな点数もたまになら仕方ないわよね。次頑張ればいいことよ。
気持ちを切り替えていたそんな時にリビングの扉が開いた。
まさか竜也…?でも海未との話し合いが終わるには早すぎるし…。
そう考えていたら、聞きなれた声がした。
「なんだ真姫、もう帰っていたのか」
今日は珍しい、早帰りのパパだった。
そしてパパは帰宅早々に、おっ、テストか、ちゃんと勉強はしているか?と言いながら、私の手にあったテスト用紙を取り上げてしまった。
すると直後…。
「……これは一体どういうことだ!」
雷が落ちた。
思わず、ビクッと一瞬体がすくんでしまった。
わざわざテスト用紙取り上げなくてもいいのに…リビングで見てた私も悪いけど。
パパは続けて怒った口調で言った。
「実力テストとはいえこの点数は少したるんでいるんじゃないのか?
そもそも真姫を音ノ木坂に入れたのは、将来的に病院経営をしていくのに地元との縁も必要だろうと思ってだな――」
また始まった。
パパとしては私のことを想って言っているつもりなんだろうけど、こんなことをクドクドと。
終いには私の音ノ木坂学院での活躍が教育関連での地元議員との繋がりが~って言い始めて、バカみたい。
結局自分の私利私欲、社会の建前のために私を持ち出してるだけじゃない。私はパパの娘ではあるけど、地元でパパをきかせるための駒なんかじゃない…!
「何それ」
顔を赤くしながら説教を続けるパパの顔を見てたらバカバカしくなってきちゃった。
今の今まで、私はどれだけ言われなきゃいけないの!パパはどれだけ言ったら気が済むの!
「親に向かって"何それ"とはなんだ!まったく、中学まではいい子に育ってくれたと思っていたのに、和木さんに聞けば最近は塾以外にも不良みたいに遅くまで出歩いてるそうじゃないか、これは竜也くんの影響なのか?そうやってこんな点数を取って、悔しくないのか?
真姫にも勉強面でいい刺激になると思って、東谷さんの奥さんに言われてよかれと思い、竜也くんをウチで預ったのに残念だ…。
まったく、こんなことなら音ノ木坂学院に入れるんじゃなかったな。きっと竜也くんや周りの子供達が粗野な言動をしているから、ウチの真姫が影響されて―――」
更に長々と愚痴をこぼして説教を続けるパパ。
何それ―― 何よそれ―― 何よそれ……!!!!
μ'sのみんなとようやく打ち解けられたと思い始めてたのに。
竜也だって割りと一言多いけど、別に悪影響なんて何もないのに。
何もかも全てを否定するなんて。
もうダメ。アッタマきた。
「何それ!周りの友達も竜也も関係ない!パパの言っていることが意味わかんない!本当に何それ!
大体、元々は音ノ木坂学院じゃなくて他の私立高校に行く予定だったのを、パパが急に音ノ木坂学院に入学しろって言ったんでしょ!」
いきなり立ち上がって、叫ぶように言う私にパパは少し驚いているような気がした。
「将来病院を継ぐなら音ノ木坂学院にしろって言ってたのはそういう意味だったのね?結局のところ――、パパの見栄張りが大半の理由じゃない!
パパはいっつも私のことなんてわかってくれてない!私の気持ちなんか全然わかんないのよ!」
今まで溜まっていたものが吐き出される。
思えば、親に対してここまで強く言ったことがあっただろうか。たぶん、これが初めてだ。
ああそうか―― これが、『反抗期』なのかもしれない。
でも、『反抗期』なんて言葉で片づけるには軽いものだと私は思う。
感情的になり、色々思っていたことを吐き出したら思わず涙が出てきてしまっていた。
これだけ言った後に泣き顔なんて見られたくないし、テスト用紙や横にあったカバンを全部持って自分の部屋へと逃げた。
自分の部屋に戻ってから思わずどっと涙が溢れてきた、なんでだろう。
今まで溜まっていたものが出せたからなのかしら。
でも、後悔はどこにもなかった。あのポカーンと驚いていたパパの顔を思い出したら、我ながらよく言ったな、って褒めてあげたいくらい。
そりゃ七夕の短冊に、
『おおきくなったらおいしゃさんになりたい』
って書いてた勉強一筋だった医者の娘が、はじめて親に反抗の旗を翻したら、ビックリするわよね。
――ふう、スッキリした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
家に帰ると、少し異質な空気を感じた。なんだ、この違和感は?
まず足元を見てみる。そこにはあまり見慣れない靴があった。おそらく真姫の父親さんのものだろう。普段は忙しいが、稀に夕方までに帰ってくることがある。今日はそういう日だったんだろう。
とはいえ、ただ普通に父親が帰って来ただけだというのに、張りつめた空気は一体なんだ?普段のこの時間なら真姫がピアノでも弾いてそうなものなのに。
とりあえず父親さんはリビングに居ることだし、挨拶がてら向かうこととした。帰ってから家の主に挨拶しないのもアレだからな。
「どうも、こんばんはです」
「ああ、竜也君か」
「今日は、お早いんですね」
「なに、今日は病院の仕事が早く片付いたんでな」
普通に話している分には何の違和感もない。俺の思い過ごしだったか――
「そういえば竜也君」
「…何でしょう」
「前にも似たようなことを聞いたかもしれないが、真姫は学校で何をしているんだ?」
1つ、質問をされた。
…この質問の意図は何だろうか。話の流れにしてはやや急な話題転換な気もする。
俺と会うや否や、最初からしたかった質問だったのは違いない。…まあ、御託はいいとして。
問題は『俺が正直に答えるべきか』ということだ。
以前に真姫の様子を聞かれた時には、それとなく流しておいた。
当たり前だ、正直に娘がやや孤立気味だなんて話をそのまま父親に伝えるわけにもいくまい。
しかも以前ならまだしも、今回は俺がマネージャーという立場の元、両親には内密で「スクールアイドル」の部活に入っているわけだ。
真姫のこれまでの言動を見るに、両親に内密にしておきたいという気持ちは重々理解しているし、俺も家内で口を割ったことはない。
もしもそれがバレてしまったら… 最悪スクールアイドルを辞めざるを得ない状況にされるかもしれないからだ。
真姫が、人から物事を強制されることを人一倍に嫌うということは、俺もよく知っている。
父親と言えど、娘の学校での様子を俺以外から知るだなんて―― 不可能ではない、か。
元々地元にツテがある人なんだ、それなりの情報網を持っていることは間違いないだろう。
しかし、学校の中の生徒ともなると、本当に正しい情報が入ってくるかどうかは定かではないが。
さて、それらを踏まえて、俺の答えはどうしたものか…。
「最近では俺を含めよく友達と遊んでますよ。クラスにもだんだんと溶け込んできました」
間違ったことは言わない。そして当たり障りのない言葉を並べる。これが無難なところだろう。
「ふむ…その友達とやらと遊んでばかりだから成績が落ちたのか…?」
その言葉にピクリと反応した。
もしや真姫のやつ、この前の実力テストそんなに悪かったのか…? 俺にいつも以上に強く当たってたのはそういうことだったのか。
「因みに竜也君、この前の実力テストの点数、英語は何点だったかね?」
俺にも点数を聞くのか…。
「俺は82点でした」
元々英語は得意なんで、あまり勉強してないんですけどね、とはこの状況ではさすがに言えなかった。たぶん真姫もこのくらいの点数だろうし。
「平均点がよほど悪いのならともかくそれでいてこの点数か…!ウチの真姫は68点だぞ…!信じられん!」
68点…?あの真姫が?ウソだろ?
いかん、俺の話のせいだか知らないが、父親さんがヒートアップしてきてしまったぞ。
もしや、さっきまでの張りつめた空気。今まで感じる違和感。
俺が帰ってくるまでに真姫と父親さんで何かがあった…?
何かがあったと考えるなら、無論、テストの点数に関しての説教だ。
なるほど、それならば辻褄が合う。今の状況を把握したぞ。
幸いなことに、テストの点数のことで怒ってはいたみたいだが、スクールアイドルの話はまだ知らなそうだ。
しかし、この状況。
俺は少しばかり火に油を注いでしまったのではないだろうか…火消ししないとだな。
「ウチの真姫は将来医者となって私の跡を継ぐんだぞ。たかが音乃木坂の実力テストでこんな点数を取っているようでは――」
「ま、待ってください。真姫だって他の教科で手がいっぱいだったのかもしれませんよ!もしかしてそれで真姫に怒って…」
「当たり前だ!こんな恥ずかしい点数、竜也君にすら聞かせるのがおこがましいレベルだ」
「そうかもしれませんが!人に1回や2回ミスはあるものです。真姫にもどんな非があったのかわかりませんけど、頭ごなしに怒ってやるのはやめてあげてください。俺が言うのも厚かましい話ですけど…」
この重い空気を解こうと必死になる俺だった。
こうやって父親をなだめてる俺って一体…居候って大変だな。
決して真姫のためではない、俺の安息の意味でもここはなんとかしなければならないんだ。
だが結果は――
「君にウチの真姫の何が分かると言うんだ!
たかだか会ってまだ数ヶ月じゃないか!
親子関係に口を挟まないでくれ」
結果は、最悪なものになってしまった。
俺の言葉に機嫌を悪くしてしまったのか、父親さんは一目散に真姫の部屋へと向かっていった。
この嫌な予感とは的中するもので。
真姫の部屋へ向かうと、そこにはヘッドホンを外そうとしている真姫。そこまではよかった。問題はパソコンの画面。
そのパソコンの画面には、μ'sのメンバーが踊っている動画が映し出されていた。
そこにはもちろん、真姫の姿もある。そして、その動画を父親さんが目の当たりにしてしまった。
「パ、パパ…!? こ、これは違うのよ、その……」
俺は思わず天を仰いだ。やってしまった、と。
直後、さっきまでとは比べものにならないくらいの、怒声が響いた。それと同時に、真姫が部屋を飛び出した。
「成績を落とした理由は全てこれが原因か!こんなチャラチャラしたものなんかしているから勉強に集中できなかったんだ、そうなんだろう!もう二度とこんなことをするんじゃない!」
父親さんの大きな声が家中に響き渡る。
その言葉を全部聞いてしまったのだろう、真姫は部屋はおろか、家を飛び出してしまっていた。
真姫のあの後ろ姿…いくら鈍感な俺でもわかる。泣きじゃくっていた。
あのプライドがいかにも高そうな真姫が、人目を避けるようにして逃げて、泣いていた。
先ほども散々説教を喰らっていたのだろう、溜まっていたものが溢れだしたに違いない。
普段の俺なら真姫の涙を見たものなら散々煽っていただろう。
だが、これは訳が違う。
一方的に親に物事を強制されて。自分のやっていたことを散々否定されて。そして逃げ道も頼る場所もなくなって。プライドがズタズタにされて。
そんな真姫を見て、俺も黙ってはいられなかったし、何より、μ'sの動画を見て「チャラチャラしたもの」と評したことが許せなかった。
「あんな言い方はないでしょう!親子関係がなんだか知らないですけど、娘のやっていることを全部否定してどうするんですか!」
「君は私を否定するのか!いくら東谷さんの息子さんとも言えど許さんぞ!この家から出ていけ!」
家出を強制されてしまったわけだが、俺も頭に血が上っていて後には引き下がれなかった。
「こんな子供のワガママのひとつもわかってやれなさそうな家庭に住むなんてお断りだ!」
捨て台詞を吐いて、真姫を追いかけた。
・・・・・・・・・・
真姫は案外遠くに行っておらず、家の門を出たすぐの場所にしゃがみ込んでいた。
「……よう、大丈夫か。っつても、あの状況なら大丈夫じゃないに決まってるか」
真姫は三角座りになって、下を向いて泣きじゃくっていた。
ここはあまり人通りがないからいいが、スカートなんだから気を付けた方がいいと思うが…まあ、気にしてる余裕なんてないか。
「父親さんがあそこまで怒ってしまったのは俺の責任だ。この通りだ、すまん」
しゃがみ込んでいる真姫に合わせて俺もしゃがみ込み、頭を下げた。
今思えばこうやって真姫に頭を下げるのは初めてだ。普段なら絶対にしないが、状況がまるっきり違う。
少なからず、父親さんを怒らせてしまったのは俺にも非があるのは事実だ。
「別に… アンタが謝ることはないでしょ… これは、私とパパの問題なんだから… 放っておいて」
涙声で、震えながら真姫がそう言った。
真姫と父親の問題。そりゃそうだ。
でも、目の前に一人の女の子が父親に見放されて泣いている。
しかも、μ'sの一員。
そんな状況――
「――放っておけないだろ」
ひねくれものの我ながらなんてセリフを吐いてやがるんだ…。
「…いつもなら減らず口を叩くクセに、バカみたい」
「言っとけ言っとけ」
泣いてる女には優しいだけだ。
とりあえず、落ち着くまでは真姫の傍に居てやることにした。
とはいえ、今こうやって真姫を追いかけてきたはいいが、これからどうするべきなんだろうか…。
いざ少し冷静になってみると、家を出て行ってやるって高らかに宣言したのはどう考えても間違いだ…。
しかし、真姫も真姫でこのまま家に帰るのも気まずい状況なんだよな。
俺は―― まあ、元あった家に帰ればとりあえずはなんとかなるか。
この状況を両親に伝えたら後でこっぴどく怒られそうだが、まあ仕方ない。
問題は真姫。この後どうするつもりなんだろうか。
少しずつすすり泣きが減ってきたタイミングで聞いてみた。
「なあ、真姫。お前この後どうするつもりだ」
「…あんなパパが居る家には帰りたくない」
「…そうか」
真姫も家出する気満々じゃないか。
「…どこか行くアテは?」
「…知らない」
ノープランだった。
ただ、この状況、とりあえずのその場しのぎとしての方法が1つあった。
「真姫」
「…なによ」
「行くアテがないなら… 俺の家、来るか?」
今回も読んで頂き、ありがとうございます。
急な提案となりましたが、真姫と主人公はここからどうなるのか。
次回も楽しみにしていただけたらと思います。