「行くアテがないなら… 俺の家、来るか?」
急な提案であることは重々承知の上でだった。
他にいい案があったかもしれない。
あの時は俺だけだったとはいえ、かよちんの家に一度行ったことがあるわけだし、事情を話して、真姫だけでもそこへ預けても良かったのかもしれない。
でも、他人の家にいきなり厄介になるのは気が引けた。
遊びに行って泊まりに行くのならいいだろう。ただし、今回は事情が事情だ。理由が家出なんかで泊まらせてくださいだなんて、そんなの理屈が通るはずもない。
ましてや、いつ元の家に戻るのかわからない状況で、だ。
何より、真姫の心情を汲み取るなら…μ'sの面々にはあまり迷惑をかけたくなかった。
俺自身もこの騒動に大多数を巻き込みたくはなかったし、プライドの高い真姫なら余計に家庭のゴタゴタを表沙汰にはしたくはないはずだ。
「…なんでアンタの家なんかに行かなきゃいけないのよ」
真姫は泣いて震えた声で俺に言う。
「消去法。他にアテがないんだろ? それとも野宿するか?」
俺もだったが、冷静さを欠いた真姫には選択肢を考える余地はなかったのかもしれない。
まあ、この状況だと普段の真姫でも選択肢は限られていたんだろうが。
「…ハァ、わかったわ。アンタに貸しを作るのは嫌だけど仕方ないわね…」
さすがの真姫もお手上げだったようだ。
「ま、そんなわけだ。こんな状況でも一応学校には行かなきゃならねえし、手っ取り早く身支度をしないとな」
「身支度って…どういうことよ」
「そりゃお前、自分の制服とか今どこにあるんだよ。着替えとか俺の家にあるわけないだろ…。待てよ、この状況どうすればいいんだ」
俺の場合、衣服類は自分の家に残ってるものがあるからいいが、真姫は別だ。この目の前にある豪邸の中にあるわけだし、一度取りに戻らなくてはいけない。
「…和木さんに電話してなんとかならないか聞いてみるわ」
「それだ」
早くも家出計画失敗となりかけたが、和木さんが居た。
和木さんなら今真姫の家の中に居るだろうし、手っ取り早く衣類を持ってきてくれるだろう。
そして真姫の電話は。
「どうだった?」
「事情はわかりました、って。まあ、パパがあれだけ大声で怒鳴り散らしてたら和木さんも想像がつくわよね。数日分の衣類を持ってきてくれるみたいだわ」
さすが和木さんだ…。困った時に頼りになる。
・・・・・・・・・
で、数分後に和木さんが紙袋を持って現れた。
「これがお嬢様の制服やその他衣類、あとは竜也君の衣類になります」
そう言って和木さんが大きな紙袋1つを差し出してくれた。
その後に携帯や財布などの貴重品も。持ってきてくれるものが抜かりなくて本当に助かる…。
「ありがとうございます。すみません、いきなり無茶を言って」
「…いえいえ。しかし若いっていいですなあ。私も昔はご両親と喧嘩して家を出たことがありましたなあ…あれはもう何十年前でしょうか…」
人間誰しも親と衝突することはある。和木さんが昔にそういう経験があったのは驚きだけど。
とはいえ、若干高校生の無茶に手伝ってもらって申し訳ない限りだ。
和木さんから見れば俺達の行動は短絡的に見えてしまうんだろうか。
「…おっと、この老いぼれの話はいいですね。お父様にはこちらからうまく言っておきます。私が出来るのはここまでです、ご武運を」
「え、ちょっと待って。ここから車を出してくれたりするんじゃないの?」
「ホッホッホ、さすがにそこまで肩入れは出来ませんよ。車を出したらお父様にもバレてしまいますからね。…私はあくまでお嬢様とお父様に中立な立場で居ないといけませんから」
「むう…仕方ないわね」
「いえ、ここまでして頂いてありがとうございました。あとは…自分たちでなんとかします」
そうだ。真姫はどう思ってるのかわからないが、そもそも家出というのは何日も続くものじゃない。
高校生、所詮子供の行動だ。
いつかは親の元へ帰るべきなのだろうし、そうしなければならない。
今は冷却期間…と言えばいいのだろうか。
「最後に俺の自転車を持ってきてもらっていいですか、あと真姫の分もあればそれを」
俺がそう言うと、真姫は少しビクッとなった。それを見た和木さんが笑っていたような気がする。
なんだ、俺間違えたこと言ったか?
「竜也様のものはわかりましたが…お嬢様は生憎自分の自転車をお持ちでなくて」
「そうですか…。まあ、いつも車で送り迎えしてたのなら納得ですね、わかりました」
最後に自転車を持ってきてもらって、和木さんに一旦の別れを告げた。
「さあ、とりあえず俺の家に向かうとするか。
俺は走っていくから真姫は俺の自転車を使ってくれ、割と遠いから真姫が走るには辛いだろう。籠があるとはいえ紙袋もそこそこの重さだから気を付けろよ」
「え…いや、わ、私が走っていくわ」
真姫が走る…?
普通なら"そりゃアンタに走るに決まってるでしょ"とでも言うとてっきり。
物凄く違和感を感じる。
「なんだお前、親父に怒られて夜風に吹かれて走りたくなったのか?
あれか、それともダイエットか」
「ち、違うわ!大体ダイエットかどうか聞くだなんてデリカシーがないわよアンタ」
ダイエットは言い過ぎたようだ。
「とはいえここから自転車でも20分30分くらいはかかるぞ?それを走るのか?さすがに交代交代でいかないと…」
「あああああああ!!!もう!!!」
「なんだよいきなり」
言葉を遮って真姫が怒りだした。顔がトマトのように真っ赤だぞ、怒られた後とはいえそろそろ落ち着いてくれよ…。
「私… 自転車、ダメなのよ…」
「はい?」
一瞬、言ってる意味がわからなかった。
「だから!自転車乗れないって言ってるの!!」
「………はっはっははっはw」
衝撃の事実に思わず笑ってしまった。久々にこんなに高笑いした気がするぞ。
あの真姫が?自転車に乗れない?どれだけお嬢様なんだ。高校生で自転車に乗れないなんて聞いたことないぞ。
「し、仕方ないでしょ!笑わないでよ!」
「いやーすまんすまん。でもな、あれだけ日頃から偉そうな態度を取ってたヤツから急に自転車が乗れないなんてカミングアウトを聞いたら笑っちまうわ。高校に自転車通いしなかった理由もこれだったんだなあ!」
真姫の弱味を握った途端に自分が饒舌になるのがわかる。
大泣きしてた真姫を見て一瞬からかうのを躊躇してた部分もあったのだろう。
とはいえ、あまり笑ってやるとさすがに可哀想だ。
「…アンタ、本当に大っ嫌いだわ」
「あーあー、わりぃわりぃ。今から俺の家に呼ぶってのにそれで嫌われちゃたまらんよなあ。
とりあえず、真姫が走るのは無茶だから後ろに乗れ」
「…へ?」
「自転車の後ろ側にちょっとした部分があるだろ、俺が自転車を漕ぐから後ろに乗れってこと。後ろなら適当にバランス取ってるだけで大丈夫だから」
「はあ!? なんでそんなこと――」
真姫が大きな声を出そうとした時だった、真姫の家から人影が出てくるのが見えた。
…マズイ、あの人影は間違いなく父親さんだ。さっきまでギャーギャーと騒いでたからもしや気づかれたか…?
真姫もヤバイ状況なのを察したのか意を決したようだ。
「…しょうがないわね。時間がないから今だけよ」
「御託はいいから早くしろ!」
自転車のペダルに足をかける。真姫が後ろの部分に腰を下ろす。バランスが取れるか云々を喋ってる場合じゃない。
「とりあえず、俺の肩でも掴んどけ」
そう言うと、真姫の手が俺の肩に乗る。肩越しでも、少し弱弱しく感じられる手だった。
強がってはいるけど、内心怖いのだろう。仕方ない。
女の子がこういう行動を起こすことなんてなかなかないのだから。
それはさておき、今は早く逃げないと。
自転車の二人乗りというのは案外簡単そうに見えて難しいものだと思う。
しかし、初速の段階を乗り切ってしまえば意外と走りやすいものだ。だから、初速の間を極力短くしてスタートダッシュを決めれば、後ろの真姫もバランスを取りやすいはずだ。
だからこそ、最初から力いっぱいペダルに足を込めて走り出した。
『はあ…やれやれ。何をしてるのかと思えば…。真姫も竜也君も勝手にしろ。子供は結局親の力を借りなくては生きてはいけないんだ。親を甘く見ると痛い目に遭うんだぞ――』
・・・・・・・・・・
ロケットスタートを決めて最初の曲がり角で早速問題に直面した。
…段差だ。当たり前のことだが、自転車は本来二人乗りを考えたものではないし、後ろの部分も金属がむき出しだから、腰や尻には相当な負担がかかる。
ましてや、自転車に乗ることの出来ない人間だったら――
「キャッ!」
真姫がバランスを崩して自転車から降りてしまった。
幸い、曲がり角で少し減速していたから転ぶことはなかったが少し危なかった。
「…大丈夫か?」
「う、うん…大丈夫よ」
とりあえず父親さんを撒くことには成功したし、時間に余裕が出来たので一旦乗り心地がいいように後ろの部分に自分の服を置いた。
これで腰や尻への負担は軽減されるだろう。
とはいえ問題は…。
「やはりバランスは取りづらいか」
「さすがにね…」
当たり前と言えば当たり前である。
そもそも自転車に乗れない人間が後部座席でバランスで取ること自体が無茶なのだ。
しかし、段差ごとに降車しては危ないし、いちいち歩いていたのでは日が暮れる。
――やはり、言い辛いがこれを提案するしかなかった。
「俺の肩を掴めって言ったが、もう少し入念に体を掴んでくれ。そうしないと危ない」
真姫は何を言っているんだという顔をしていた、説明が回りくどかったか。
「こうやって…後部座席の部分に跨って、なるべく俺の方に重心を合わせろってこと」
俺が大まかなジェスチャーをして説明する。
「は、はあ…!?それってつまりアンタに後ろから抱き付けってことじゃない!」
「遠回しに言ってるのに…」
こういう時にストレートに言わなくても。
「大体、私とアンタはそういう仲じゃないでしょう!アンタは凛と仲が良かったじゃない、この前の部室の時のように!」
部室の時…?と思い出したら、ああアレか。凛との柔軟体操。
あの不可抗力の話をしているのか…。あの時は真姫の相当お怒りだったが、花陽も随分ビックリしていたな。まあ、傍から見たらそう思ってしまうのも仕方ない状況だったが、俺と凛はそういう仲ではない。
「何をどこまで勘違いしているのかわからないが、俺と凛ちゃんはそういう仲ではない。俺だってアンタに抱き付かれるのはイヤだけど仕方ないだろ、状況が状況だ」
「…本当に凛とは何もないの?」
「何もない。パフェを一緒に食べたくらいで何かがあるもんか」
まあ、凛ちゃんは可愛らしいし良い子ではあると思うが。…少なくとも真姫よりは。
「凛の件はわかったわ…とりあえず、仕方ないけどアンタの提案に乗るしかないわね…」
「わかったら早くしろ」
サドルに乗った、真姫も後部座席に跨った。
直後に真姫が後ろから両手を伸ばし、俺の腹部でその両手を繋いだ。
当たり前だが俺の背中と真姫の前面はほぼ密着状態だ。
自分の心拍数が少し早くなる。…あまり真姫に対しては異性という感情を持ちたくないんだが。いや、これはさっきまで全力で自転車を漕いだからに違いない。そのはずだ。
まあ、異性としての感情を持ちたくないのは真姫も同じだろう。
…もしかしたらそういうことすら思ってなさそうだが。
「こ、これでいいんでしょ!」
「あ、ああ…」
緊張から自分の声が少し上ずる。心なしか真姫の方も上ずっていたような気もするが気のせいだろう。あの女は俺に対しては上であろうとするからな、プライド的にもそう思わせないようにするはずだ。
「じゃあ、今度こそ、しっかり捕まってろよ――」
再び、自転車は走り出した。ノンストップで。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
竜也の背中に体を預けて数分が経った。
お互いに無言。何の会話もない。
まあ、私は正直自転車のバランスについていくので精一杯だし、会話してる余裕なんてないのが本音だけど…。
何より、竜也に体を預けて今の自分に対してむず痒くなった。
「なんでこんなことになってるんだろう…」
竜也には聞こえないくらいの小声で、そうポツリと呟いた。
思えば、パパに怒られ、家を飛び出して。
そこからどうしようかと思ったらますます涙が止まらなくなって。
そしたら―― 竜也は追いかけてきた。
経緯はどうだったのかは知らないが、彼自身も家出までして。
そもそも、泣いてる私を見たら笑いそうなヤツなのに。一番にかけてきた言葉は心配するかのような言葉だった。
その優しさに、ほんのちょっとだけ心が動かされそうになった。ほんのちょっとだけね。
どうして、彼がここまでしてるのか、理由はわからなかった。
パパの行動が気に入らなかったとか…? でも、それだけで自分も家出するような短絡的な男じゃないはず。
『μ'sの一員である』、私が心配だったんだろうか…?
深く考えれば考えるほどわからない。
この家出計画は最終的にどうなるのかわからない。
もしかしたらパパに無理やり連れ戻されるのかもしれない。
そして、μ'sのみんなと一緒にいることが今後ずっとできなくなるかもしれない。
――それだけは絶対にイヤだ。
私のことを少しでも認めてくれる、必要としてくれる場があるんだ。
そんな仲間たちと理不尽な理由で、別れたくなんかない。
それでも、不安になる。本当に二度とダンスや歌が出来なくなったら、とか。
μ'sのみんなと笑い合えることが出来なくなることが怖かった。それを思うだけで、少しだけ寒気がする。
――――でも、今のこの状況。
本当に、本当に、悔しいのだけれど。
今こうやって、竜也の背中に体を預けていると、温かみを感じられる。
思わず私も、心が穏やかになってきてしまうのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『あ、あれは…竜也君と真姫ちゃん…!?
自転車二人乗りでデートとは青春だなあ、穂乃果もああいうことやってみたいな~
さ、明日も頑張るぞ~!』
以上です。今回もありがとうございました。
sidの設定的には真姫ちゃんって自転車乗れないんですよね、驚きです。
この第二章はこの家出劇がメインとなります。
主人公と真姫ちゃんのそれぞれの視点で書くのは楽しいですね。
新たに評価など頂いてます。ありがとうございますm(_ _)m