入学式から約1週間後。
全校生徒の集まる朝礼に学院長からとんでもない言葉が発せられた。
「本校、音ノ木坂学院は来年度の生徒募集を打ち切ります。つきましては…」
最初は何を言っているのかわからなかった。だが、その後に廊下に張り出された"お知らせ"という文字を見て、俺の頭は現実へと還ってくる。
…そう、事実上の廃校だ。
女子高から共学校へ。それでも1学年1クラスという人数の少なさ。定員割れ。
生徒が集まらなければ廃校。至極当然のことだ。
いやしかし…俺達新入生にとっては入って一週間後にこの通達だなんて、あまりにも急すぎる。
「なあ、真姫ちゃん。入って一週間でこのお知らせってあんまりだと思わないか?」
「大人の事情なんだから仕方ないじゃない。ま、こういうのもある程度は予想出来たことでしょ。」
相変わらずクールを装っている。しかし、言葉の端にはどこか投げやりなものを感じる。
クラスの皆もこの話題で持ち切りだ。
男共は、女生徒の後輩と仲良くなるつもりだったのに、だとか。お前ら動機が不純すぎるだろ。
女生徒は、単純にこれからの学校生活への不安を抱えている様子だった。
「かよちん…私音ノ木坂学院に入るのだけでも大変だったのに、この先転入も考えないといけないのかにゃ…?」
「凛ちゃん、話聞いてた?私たちが卒業するまでは廃校にはならないって言ってたよ。ただ私たちに後輩は出来ない…ってことになっちゃうけど」
凛ちゃんは人の話を聞かないのな。俺の名前も速攻で忘れてたし。…そこはさほど重要でもないか。
真姫ちゃんと共に家に帰ると今日は珍しく父親さんが家に居た。
今日はたまたま仕事が休みだったのだろうか。病院って週一くらいは時間を狭める日があるらしいし。詳しくは知らないけれど。
「パパ、音ノ木坂学院に行くべきって言ってたのはこういうことなの?」
怒りを含んだ口調だった。
そうか、父親さんが音ノ木坂学院を薦めていたんだったな。そりゃ怒れてくるのも無理もないか。
「いやすまん。パパも音ノ木坂学院は人が少ないという話は理事長から聞いてたんだがな。まさか廃校とは…私にも言えない機密事項だったんだろうな。」
父親さんの言い方は、あたかも"この俺にも廃校の知らせが聞かされていないのは驚いた"と言いたげだった。
いやいくら地元の大きな病院の院長で、たかが一公立高校とはいえ、内部の話が聞かされないのは当たり前じゃないだろうか。そんな簡単に情報漏洩してるようではな。
さすがに居候の立場で、父親にそんな生意気な言葉を言おうとは思えなかったが。
真姫ちゃんは、そう…わかったわ。と言って自分の部屋に戻る。
父親に対して反抗的なのかと思えば、やけに素直だったりよくわからないな。
いや、素直ではないか。無理やり納得した、そんな感じにとれた。
俺も部屋に戻るかと思うと父親さんに声をかけられた。
「ああ、ちょっと待ってくれ竜也君。ウチの娘は…真姫は学校でどうだ?」
「真姫"さん"ですか…?彼女は…」
さすがに父親の前で"ちゃん"付けはどうかと思うので"さん"呼びに。
真姫ちゃんはこの1週間、誰かと仲良くしているところをあまり見かけなかった。
女子にも男子にも話しかけられている場面は、最初の数日間はあったのだが、1週間経った今ではほぼ見かけなくなった。
元々口調が強いし、それが他の人達にとって気に障り、友人付き合いしたいと考えてた人達も離れて行ってしまったのだろうか。
悪く言ってしまえば真姫ちゃんはクラスから浮きつつあった。
しかしそれを正直に父親さんに言っていいものだろうか。否、俺がそんなことを言っていいものではないだろう。
「彼女は学校でも普通に生活していますよ」
としか言うことが出来なかった。
「…そうか」
父親さんは、一瞬の間を置いてそうポツリと呟いた。
俺の言い方が模範解答過ぎて察されてしまっただろうか。
あれから凛ちゃんとかよちんと友人同士にしてみようと考えたものの、真姫ちゃんは、
『別に無理して友達なんて作る必要ないじゃない』
の、一点張り。人の好意をこの子は…。
今のところ俺と凛ちゃんとかよちんで仲良く出来てるからいいのか。
とはいえ学校では俺も真姫ちゃんも学校の行き帰り以外は一緒に居ることが少ないんだよなあ。あの冷たい性格だし何を話せばいいのかもわからないし困った。
…同じ家に住んでるのにこの謎のギクシャクした関係は一体何なんだろう。
少しくらい仲良くしてくれてもいいのに、とは思う。
母親さんに娘と仲良くしてあげて、とは言われたもののこれでは俺がバカみたいだ。
そんなことを考えていると、ピアノの音が聞こえてきた。
「またか……」
父親さんがそう呟く。
「真姫さん、ピアノ好きなんですよね。この1週間よくピアノのある部屋に居た印象が強いです」
「ああ、幼少の頃からずっと弾いていてね。お遊びも程々にしておきなさいとは言っているんだが…」
「でもピアノが弾けるならそれに越したことはないのでしょうか。ピアノが弾けない俺からすれば羨ましいものですよ」
「まあ、それもそうか。将来的に、娘にはいずれ病院を継いでもらわないとなんだがな」
やっぱり医者の子供は医者、か。大変だなあ…。
…あれ?
でも真姫ちゃんの方はどう思っているんだろう?
今まで話を何度かしたが、そんなことは聞いてなかった。
興味本位で、俺はピアノの音が聴こえる部屋へと足を向けていた。
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ピアノは地下の大きな部屋の中にある。この部屋はピアノが置いてあるだけでなく、大きなスタジオのような場所になっており、いわゆる視聴覚室だ。
地上まで音色が響いてたのは、今日はドアを閉め忘れていたからだろう。
その微妙に空いたドアからそっと覗いてみる。
そこには生き生きとピアノを弾く真姫ちゃんの姿があった。
そういえばピアノを弾いている姿を見るのは初めてだったな。
とても、楽しそうにしていた。
真姫ちゃんがあんなに楽しそうにしている顔を見たのは初めてかもしれない。
ここまで同じ時を過ごしてきたが、今まで見たことのないような顔。学校の中では決して見せるのことのない、揚々とした顔。
その姿に、俺は惹かれた。
弾くのに一段落したところで、俺は部屋の中に入っていった。
演奏を邪魔していいものなのかと迷ったが、声をかけずにはいられなかった。
「ピアノ、上手だね。さすがの一言だよ」
正直な感想を真姫ちゃんに言った。
「え、あ、ありがとう… いつから居たの?」
真姫ちゃんは少し顔を赤らめて言った。
これほどの腕前なのに褒められるのに慣れてないとか?まさかな…
単純に俺が急に入ってきたから驚いただけだろう。
「つい5分程前だよ。ドアが開いてて、音色が上まで聴こえてきたから、音に惹かれてここまで来てしまったよ」
ハハと少し笑ってみせる。
「何それ、意味わかんない」
真姫ちゃんも少し笑った。
そりゃ音に惹かれて来たとか変人だしそりゃ笑われるわ、何言ってんだ俺は。
何か別の話を…
「ピアノはいつ頃からやってるんだ?」
これだけ上手いんだ、随分前からピアノを触っているはず。
「最初は幼稚園の頃だったかしら…小学校1年生の時に発表会にも出たこともあったわね」
「ってことはピアノ歴は10年くらいになるのか…道理でこれだけ弾けるわけだ」
「ま、まあね…これくらい当然よ」
「俺もギターくらいなら少し弾けるけど、ピアノはさっぱりでね…鍵盤を叩く感覚がどうにも難しくてさ」
「へえ…あなたもピアノじゃないにしろ楽器弾けるのね。少しだけ親近感が湧いたわ」
そう言った真姫ちゃんは少しにこやかにしてくれていた。自然な感じだ。
俺もギターは弾けると言ったが中学の時に部活として軽音部に所属しており、その時にギターをやっていただけだ。
真姫ちゃんのピアノのレベルに比べたら天と地ほどの違いだろう。
「東谷君はギターはこの家に持ってきてる? よかったら聴かせて欲しいわ」
「一応暇つぶしに持ってきてはいるけど… そんなにうまくないよ」
「構わないわ、たまには違う楽器の音も聴きたいし」
おいおいマジかよ…
いや、楽器がきっかけで仲良くなれるチャンスじゃないか。
せっかく真姫ちゃんが聴きたいと言ってるんだ、期待に応えなければ。
自分の部屋へギターを取りに行く途中、俺は少しだけニヤついてしまっていた。
真姫ちゃんの母親と父親の名前って公式に設定されてないだけにどうしようか熟考中です。