「ご馳走様」
真姫ちゃんは、執事の和木さんの作ってくれた料理を早めに食しすぐに部屋へと戻って行った。
また後でピアノの部屋へと向かうのだろうか。
「真姫さん…今日はいつもより食事に落ち着きがなかったですね」
「お嬢様がお食事を早めに食べるだなんて珍しいことですね。お嬢様、本日は学校で何かあったのかご存知でしょうか?」
「あったと言えば…ありましたね」
穂乃果先輩達に作曲を頼まれた、ってことが。
真姫ちゃんの帰宅時間は大体決まった時間なんだが、今日はいつもより少し遅かった。
ということは、おそらく穂乃果先輩達の練習風景を観に行ったからに違いない。
そして夕食を早く食べてまでやりたいことがあったのだとすれば…。
「詳しいことはお聞きましませんが、お嬢様が何かに熱中されるのだとすれば大変嬉しいことでございます」
「そうですね、あの感じだと…物凄く熱中しそうですよ」
和木さんにニヤリと笑ってみせる。その後にニッコリと微笑み返された。
その時の俺の顔と和木さんの顔を対比していたならば、俺はとても気味が悪い顔をしていたことだろう。
俺ももう少し笑顔が作れたらいいんだが…。
--------------
部屋に戻った俺はまず宿題に取り掛かり、宿題が終わればギターを弄り始めた。
…作曲、か。
中学こそ友人らと軽音部に入った時はある有名なバンドの曲をコピーすることは何度かあった。
弾くのも慣れてきた頃になると、自分たちの手で作詞作曲しようと試み、実際に作ったりしたものだ。
自分たちのオリジナルを作るのは非常に困難を極めた。あれはどれほどの時間をかけていただろうか…。
今回の真姫ちゃんの場合、歌詞は予め渡されているとはいえ決して簡単なことではないだろう。
過去に作曲経験はありそうな感じだが…果たしてどうなることやら。
なんてことを考えていると、部屋のドアからノックの音がした。
「は、入っていいかしら?」
「おう、どうぞ」
真姫ちゃんが俺の部屋に入って来るのは、俺が居候してから初めてだな。
「急にどうしたんだ?」
「質問に答えて欲しいんだけど… アイドルって何だと思う?」
この質問の意図…
ああ、そうか。要するに作曲に行き詰っているんだな。
真姫ちゃんはクラシック曲はかなり聴きこんでいそうだが、アイドル曲はそうではなさそうだ。
だから、どのように作曲をしていけばいいのかイメージが湧いてこないのだろう。
「抽象的な質問だな…。アイドルっていうのは夢を与える、勇気を与える存在。やがては見る者を魅了し、笑顔にさせる人たちのことを言うんだと思う」
「あなたの答えも抽象的よ…」
俺の答えに満足頂けなかったようだ。そりゃ俺だって別にアイドル好きってわけでもないし、親が聞かせてくるアイドルの話を小耳に挟む程度だから許してくれ。
「…歌詞、先輩たちからもらったんだろ?それ見せてくれよ。俺も作曲のアイディアくらいなら出せるかもしれないから」
「べ、別に作曲するだなんて一言も!」
ええい、素直じゃないな…。この期に及んでまだ作曲してないって言い張るつもりかよ。
「あーはいはい。あの後に神社へ練習を見学しに行ったら、穂乃果先輩達に圧倒されたことで作曲の意志を固め、晩ご飯を食べる時間も惜しんで、いざ作曲しようとやってみたら慣れないことで行き詰って、助け船を求めに来たんだろうなあ。
とか思ってないから安心しろ」
そう言った後に真姫ちゃんは一瞬驚いた後に苦い顔をした。図星だったんだな。
「…あなたってなんか見透かしてる感じがあって嫌いだわ」
「助けを求めてる人の目の前で、そういう態度が出来る余裕はまだあるんだな」
憎まれ口を言われたので俺も同じくそう返した。
いかんいかん、なるべくこういう発言は控えないとだ。
「ま、やってみたらどうだって俺も言ってしまったしな。その責任は取るよ、俺も手伝う」
「…あ、ありがと」
「んー…? 声が小さいな?」
「ありがとうって言ったの!これでいい!?」
「よし、じゃあまず歌詞を見せてくれ」
ようやくこれで本題に入れる…
真姫ちゃん相手は下手にならずになるべく対等な立場に立って会話を進めればやりやすいな。これからそうしよう。
「《START:DASH!!》ね…。曲の歌詞を見ても、これは人を応援する曲なんだなっていうのがわかる。
籠の中から飛び立つ勇気がない鳥を人に置き換え、その人が殻から破って出てこられるように頑張れって。
作詞した人はそういうことを伝えたかったんじゃないのか」
あくまで俺の解釈だけれど。
しかし歌詞を書いたのは誰だろう… 穂乃果先輩はあり得ないだろうし、だとすれば一緒に居た2人のどちらかだろうか?
また会った時に聞いてみよう。どうやって作詞してるのか気になる。ふっとフレーズが浮かんでくるものなんだろうか。
「どうだ?歌詞からイメージは掴めたか?」
「大体だけどね」
曲作りそのものはイメージであり、抽象的なものであるし、全てを相手に伝えることは難しい。
しかし、真姫ちゃんほどの音楽の才能を持った子なら理解してくれることを信じたい。
「…アイドル曲って難しいわね。どれも軽くて薄っぺらいと思うの」
「辛辣な評価だこと」
正直にそう思うことは決して悪いことではないのだが、先入観があっては作曲の支障になるかもしれない。
「真姫ちゃんはクラシックをよく聴くだろう?クラシックは聴いてると何かを思い浮かべたりするんじゃないか?広い荒野だとか、青い空とか。クラシックはそうやって"想像"させる曲が多いと思うんだ。
逆にアイドル曲っていうのはそのまま歌詞に乗せてダイレクトに伝えてくるものなんだって俺は思う。
クラシックは想像させる、アイドル曲はそのまま真っ直ぐに伝える。
ここが大きな違いじゃないか?」
「そういうことね… 真っ直ぐに伝える、か…」
「まあ、世に多くのアイドルが居て売れているんだ。決して薄っぺらいものなんじゃないっていずれわかる時が来るさ」
ホントかしらと苦笑いを浮かべる真姫ちゃん。
正直俺もそこまでアイドルに没頭しているわけでもないので説得力に欠けるんだが。
誰か身内にアイドルに詳しい子が居ればいいんだが…
…あ、居た。
「そういえば同じクラスの小泉花陽って子って知ってる?チラホラ話したことあるけど、あの子は相当なアイドル好きらしくね。アイドルについて知りたくなったらその子に聞いてみるのもいいかもな」
「小泉さんね…機会があれば話してみるわ」
よくよく考えてみれば、最初の頃はかよちんと凛ちゃんと喋ってみたらと言ってたんだよな。
当時は真姫ちゃんも仲良くする気はなかったみたいだが、アイドルがきっかけになるのだろうか。
真姫ちゃんのことを快く思ってない凛ちゃんとは仲良くなれる気があまりしないのが引っかかるが。
「…さて、俺から言えるのはこれくらいかな。後は真姫ちゃんが仕上げる番だ。頑張れよ」
「あ、ありがとう…。今日中に作ってみせるわ」
そう言って部屋を出て行った真姫ちゃん。
…ん?あの子今日中って言ったか?今日中に作るって本気かよ…
しかし、最初は少しどこか迷っていた目をしていた真姫ちゃんだが、部屋を出て行く時の目は燃えているように感じた。
現時刻は丁度21時前か。また後で様子を観に行こう。
しばらくの間、俺は穂乃果先輩の話にあったスクールアイドル"A-RISE"の動画を見てみることにした。
スクールアイドルのページに飛び、動画を漁って見てみたら…こりゃ驚いた。
この3人は本当に高校生なんだろうか?
ダンスのキレや歌唱力はさることながら、3人それぞれにわかりやすい特徴があり、グループとして"芯"があるように感じた。
1人は他の者を圧倒する歌唱力。
1人は他の者を魅了する愛らしいルックス。
1人は熱いパフォーマンスをしながら2人をまとめあげるリーダーシップ。
今日初めて見た俺にこれだけのことが伝わってきたということはそれだけの光るモノを持っているということだ。
「穂乃果先輩たちはこんなことをやろうとしているのかよ…」
今日明日で急にアイドルをやろうとしている子がこれほどのレベルに達せられるのか。
答えはNOだ。
A-RISEの3人も、華やかなステージの裏では相当な練習を積んでいるに違いない。
それを穂乃果先輩たちはやっていけるのだろうか…? いつか、彼女達と肩を並べられるほどに。
…外野の俺がとやかく考えるでもないか。
先輩たちが全力を尽くす限りは応援しよう。そう言ったのだから。
スクールアイドルのページで音ノ木坂学院のページへと飛ぶ。当たり前ではあるが動画はまだ投稿されていない。
ただ、グループ名は決まっていたようだ。
その名は『μ's』。
俺も昔にギリシャ神話をかいつまんで調べたことがあった。
『ミューズ』ってギリシャ神話に登場する神のうち芸術をつかさどる女神のことだっただろうか。ミュージックの語源でもあったはず。
確かこのミューズっていうのは、9柱の女神を総称したものだったはずだ。
…9人?現時点では3人なのに?
いつか9人になるとでも思っているのだろうか?
…まあ、ただの語呂合わせなだけかもしれないな。そこまで深い意味なんてないはずだ。
今後の期待を込め、彼女達『μ's』に投票し一仕事を終える。
気づけば時刻は既に0時を回っていた。ヤベッ、長々と時間を潰してしまった。
やっぱりネットサーフィンは時間を浪費してしまう。
…風呂に入った後に真姫ちゃんの様子を見に行くか。
---------------
そして地下のピアノのある部屋へ向かってみれば、そこにはピアノに手を置いて寝ている真姫ちゃんが居た。
「…グッスリじゃねえか」
いつも規則正しい生活を送っている彼女にとっては、この時間は既に真夜中みたいなものか。よほど真剣に作曲したのか、相当お疲れのようだ。
しかし…ここでそのまま寝かせるわけにはいかないが、かといって真姫ちゃんを運ぶだなんて以ての外だ。せめて毛布をかけてあげよう。
毛布を持ってきて真姫ちゃんにそっとかけた後、俺は近くにあるCDケースに気づいた。
CD1つがポンと置いてあるには不自然だし…もしや録音したものだろうか?
試しにCDプレイヤーでそのCDを再生してみた。
そこから聴こえてくる音源は、明らかに真姫ちゃんの歌っている声だった。
…そして、歌っている歌詞に耳を澄ませば…先ほど見た歌詞の内容と合致していた。
真姫ちゃんは本気でこの短時間で曲を完成させたのか。恐るべし音楽の才能だ。
「…何してるの?」
背後から少し眠そうな真姫ちゃんの声がする。
目をこすりながら毛布にくるんでいる彼女は、少し可憐なものを感じた。…少しだけだが。
俺が近くで音を鳴らしてるから起こしてしまったか。
「すまん、進捗どうなってるのか気になったからこっちに来てたんだ。そしたら真姫ちゃんが寝てて…」
「ってことはこの毛布、竜也君が持ってきてくれたのね…ありがとう」
「…ちゃんと礼言えるじゃん。どういたしまして。
そういや、曲、聴かせてもらったよ」
俺はCDを指差して真姫ちゃんに告げた。
「え、ちょっと私の許可も無しに何勝手に聴いてるのよ!?」
「別にいいじゃねえか、減るもんじゃないし」
アドバイスした身なんだから勝手に聴くのも許して欲しいくらいだ。
「全く…最初会った時にはフツーの男の子だと思ってたのに。そんな憎まれ口をたたくような人だとは思わなかったわ」
「俺も真姫ちゃんがそんなに減らず口を言う人だとも思わなかったな」
お互いに皮肉を言う始末だ。これからこの言い合いが続くのだろうか。
「まあ、それはさておき。作曲お疲れ様。早く風呂入って寝た方がいいぞ」
「言われなくてもそうするわ。…明日も早く起きなきゃなんだし」
「ということはそのCDを練習してる先輩たちに届けに行くのか?」
「いや、あの先輩の家のポストにでも入れてくるわ。また会ったら勧誘されて面倒なだけだし。ご丁寧に住所まで教えてくれるって律儀な先輩だわ。」
「…ホント素直じゃないな」
直接だと渡しづらいってハッキリ言えばいいのに。
アイドルをやるかどうか、真姫ちゃんの中で心が動こうとしているのだろう。
だからこそ冷静になりたいから、直接会って勧誘されるのは防ぎたい、と。そんなところだろうか。
ここまで素直じゃないと、いつか本音を言わせてやりたい。
意地悪な思考が俺の中に少しだけ芽生えた。
「まあ、改めてお疲れ様。おやすみ」
「ええ、おやすみ」
明日、曲を聴いた穂乃果先輩たちの反応が気になるな。
やがては、この曲を先輩たちが歌う日が来るのだろう…。
そんな日が来るのが待ち遠しかった。