東方空雲華【完結】   作:船長は活動停止

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第十二話 忘却の彼方

 

 

 

 

 

一日に二回同じ医者に行くと言うのは勇気がいる。

外面ではヘラヘラしていてもどうせ内面ではもう来るんじゃねぇよ、とでも思ってるかもしれない。

しかもそれが大怪我である人なら尚更だ。

………今橙矢が直面しているのもそんな感じだった。

いや、極端に言ってしまえば目の前の医者………八意永琳は内面の表情を表に出してるだけまだマシかもしれない。

「また来たの?」

呆れた顔でため息をつかれる。

「………俺だって来たくて来たわけじゃないんだけどな…………」

チラとつい今しがた自身を拉致してきた咲夜を見る。

「諦めなさい。お嬢様の命令なんだから」

「あーはいはい 分かりました」

「………どうでもいいのだけれどここに世話になるのかならないのか、それだけハッキリしてほしいわね」

「是非お願いしますわ」

「分かりました、とそれじゃあ…………」

永琳の視線が橙矢に向かう。

「……どうしたものかしらねぇ。もうほとんど死に体じゃないの」

「…………さすがに医者には分かるか…」

「そんな呑気に言ってる場合?」

「……正直言うと今にも気を失いそうなんだよ……」

「あらまぁそれは大変ね。じゃあ本人の了承も得たことだし中へ入りなさい」

「え、俺いつ了承した――――」

「いいから」

「………………はい」

結局無理矢理二方向からの集中砲火を浴びて嫌々承諾した。

「それじゃあ私はこれで、お嬢様が待っているから」

咲夜が宙へ飛びながら橙矢に言う。

「…………………」

手を軽く振って応える。

対して橙矢は永琳に引っ張られ、地を引きずられていった。

 

 

 

 

 

 

 

「……………相変わらず目覚めがいいわね」

何時間経った後だろうか、目を開いた直後に聞いた言葉がそれだった。

「悪いな……。目覚めが良くて」

身体を持ち上げてみる。

「………あ?」

不意に違和感を感じた。

と、いうより違和感が無くなったことに対して違和感を感じた、なんて言うべきだろうか。

「一応肺に刺さってあった肋骨は抜いて元の場所に戻しておいたわよ」

「あ、あぁ……」

「にしても肺に肋骨が刺さってるなんて客始めて来たわ」

「そうなのか?もっと血の気がするところだと思ってたんだがな。妖怪がいるから」

「………もうその考え方は古いらしいわよ」

「へぇ?」

興味があるように片眉をあげる。

「この幻想郷には決まりがあってね」

「あー、何か何処かで聞いた覚えが………」

「さぁ何処かしらね。まぁいいわ。それでその決まりはスペルカードルールって言ってね。それ相応の力を持つ者達はスペルカードっていうなんというか……技、みたいなものね。それを総称して言うの。それをあらかじめ決闘前にスペルカードの枚数を決めておいてね、そのスペルカードを全て破られたらその破られた人の負け。どう、簡単でしょ?」

「………確かにな……大体は理解出来た。ま、俺にはそんなもの必要無いけどな。そもそもスペルカードってのがどうやって生成されてるかすら知らねぇんだから」

「あら、簡単よコツを掴めば……誰でも出来る………訳ではないけれど」

「んなもん無くても生きていけるって」

手を軽く振っていらない、と表現する。

「無愛想ね」

「あー、聞こえない」

両手で耳を抑える。

「それで、貴方これからどうするの?ここにしばらく世話になるかすぐに帰るか。まぁ貴方の事だから大体は予想出来るけど」

「それじゃあ予想通りに帰るわ」

「言うと思ったわ」

横になってる布団から起き上がる。

「…っとと」

バランスを崩し、壁にもたれ掛かる。

「あまり無理しない方がいいわよ。なんせ今でも意識がある方が不思議だもの」

「いや…そんな事言われてもな」

「ひとつ忠告しておくわ。………少し自分を大切になさい。そうじゃなきゃ守りたいものも守れないわよ」

「………………余計なお世話だ」

舌打ちして応える。

「あら、失礼」

「………………ハァ」

頭を抱えてため息をつくと壁から離れる。

「あんたといると疲れる。早めに退散するよ」

「えぇ、そうするといいわ」

「どーも」

「そうそう、靴は玄関に置いてあるから」

「はいはい」

戸を開けて部屋から出る。

この前お世話になったときにここの亭の玄関までの道は覚えた。

 

 

 

 

結果としてすぐに玄関に着いた。

「お邪魔しましたー」

戸を開けて永遠亭を出る。

「お気をつけてー」

「………………あ?」

何やら横から返事が返ってきた。

「………………あ?」

首を傾けて返事がした方に視線を向ける。

「……………ウサ耳?」

……橙矢がそういう反応をするのも無理は無かった。

橙矢の視線の先にはなにやら元の世界でいうブレザーを着て、しかも何やら頭に少ししわくちゃのウサ耳が生やしていた女子がいたから。

「……兎肉……」

何故か腹が鳴った。

「へ?」

「………兎肉も良いかもな」

「え、ちょっ、待って下さい」

ウサ耳の女子が一歩後ろに下がる。

勿論特別な性癖の持ち主でない限り誰であれそうするに違いない。

何しろ、目の前の人間が何やら獲物を見つけたような目線で自分を見ていたのだから。

「………………冗談だよ」

ふと視線をウサ耳から外す。

「へ?冗談?」

「なんだ、そんなに食ってほしいのか………んだよ、マゾか」

引いたように後ずさる。

「な、だ、断じて違います!」

「あっそ」

興味が無さそうに歩き出す。

しかしすぐに足を止める。

「ん?待てよ………。おい兎」

「兎って呼ばないで下さい」

「じゃあ玉兎」

「うーん、それも―――――へ?今なんと?」

「玉兎」

「………えぇと……」

「なんだ、お前月の兎なのか?」

「ま、まぁバレた以上隠しはしませんけど……そうです。しかしよく分かりましたね?」

「はぁ?お前知らねぇのかよ兎。日本では昔から兎が月で餅をついてるって話があんだよ。それで勘で言ってみたら見事ビンゴって訳だ」

平然と言うと兎は肩を落とした。

「そ、そうですか……」

「しかし月の兎がまさかこの生で見れるとはな、さすがは森羅万象の神々の凄む幻想郷。面白いな」

新しい玩具を見つけた様に不気味な笑みを浮かべる。

「して兎。月には生物は発見されてない筈だが?」

「当たり前です。本来月には―――」

「表と裏があって外の世界で見ていた月は表の月……こんな感じか?」

「………………」

「どうしたよ。間違ってたか?」

「……あ、いえ……何というか……貴方、博識ですね」

「んな大したもんじゃねぇ、精々雑学程度だ。どうせ今のも俺の想像に過ぎないものだからな」

「にしてもその知識の豊富さには驚きました。あ、医学とかはどうなんです?」

「さっぱりだ。けどそこそこの毒程度なら作れる」

「…………危ないですね」

「楽しけりゃあ何でも良いんだよ」

「自分勝手ですね」

「ま、それは良いとして」

急に橙矢の視線が鋭くなった。

「………どうして穢れが無い月の兎なんかが穢れまみれの地上にいるんだ?」

「……………ッ!」

兎が驚愕したように目を見開く。

「……どうした?俺はなんで月の兎であるあんたがここにいるかって聞いてるんだ」

「…………それは――――」

 

「それくらいにしてあげなさい。鈴仙が可哀想でしょう」

 

背後から不意に声がかけられる。

「し、師匠………」

「…………医者か。にしても鈴仙?この兎の名前か?」

「そ、まぁ詳しくは言わないけどね」

「結構。俺はもうここと関わる気が無いもんでね」

「一日で二回ここに来てる人が言える事じゃないわよ」

「……………」

鈴仙に視線を戻す。

その時鈴仙と会って始めて目が合った。

「…………あ?」

急に平衡感覚がおかしくなり、バランスが崩れる。

しかしすぐに体幹を駆使して留まる。

「あら、どうしたの?」

「……いや、ちょっとした立ち眩みだ」

「立ち眩み?あぁ、鈴仙貴方だったの」

永琳が鈴仙のジト目で見る。

しかし本人は、は?みたいな表情をしている。

「この兎が?平衡感覚を狂わせる能力でも……あぁ眼が特殊なのか」

「鋭いわね。普通なら気付かないのだけれど」

「気付かない奴が馬鹿なだけだ。否が応でも気付く」

「人間にしては鋭すぎる観察力だこと」

「悪いか?」

首をもたげさせて永琳を見詰める。

そんな視線に気付かないふりをして首を横に振る。

「いえ全く」

「………もうほんとに帰る」

面倒くさくなり、一度行きかけた道を歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

―――翌朝、陽射しが顔に直接当たり、目を開いた。

「………………」

身体を起こして長い間切っていなかった髪の寝癖を直す。

家を出て近くに流れている川で顔を洗う。

そして戻り、昨日から着ていた執事服を脱いで捨てるように放る。

そして新しい執事服を手に取るとそれを着る。

「…大分着慣れてきたな」

あくびをひとつすると壁にかけてある刀を取る。

「……………………………」

ため息をついて首を横に振ると腰に提げる。

何故か昨日の事が何ヵ月か前の事の様に思える。

感情に流されるなんてまだ人間だな、といらない心配に安堵し、家の戸を開いた。

「………全く、面倒だ」

何に対しての面倒なのか分からないまま紅魔館へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

紅魔館の前の門で仕事を始めて一時間と経っていないはずなのに寝ている門番の真横の壁を蹴りつけた。

強化した足はドォン!と言う音を立てた。

「………うぃッ!?」

突然の事に門番である美鈴は飛び上がった。

「いつまで寝てんだ、起きろ」

「うぅ……いつもに増してお仕置きが酷いですよ咲夜さん~」

「誰がメイド長だ」

地に伏している美鈴の頭を叩く。

「へ?あ、橙矢さん」

「早く起きろ」

頭を叩く威力を強くしていく。

「ちょっ、叩かないで下さい~」

「お前が寝てるからだろ」

「………にしても橙矢さん、大丈夫なんですか?昨日……と言うより今日あんな死に体だったのに」

「あぁ、メイド長に医者のところまで拉致されたよ」

「はぁ……拉致、ですか」

「あぁ……拉致、だった」

「まぁ無事で何よりです。今日も頑張りましょう!……でも無理のし過ぎはよく無いですからね」

「重々承知してるよ」

苦笑いして答えると門をくぐっていく。

――――昨日まで漂っていた気配はすでに消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

昨晩蹴り飛ばした扉を押し開けて中へ入る。

館の中は昨日今日の戦闘により、ボロボロも良いとこになっていた。

「……やり過ぎたか」

頭を掻いてため息をついた。

「ほんと、貴方やり過ぎよ。お陰で修理代が凄いことになったわ」

すぐ後ろから声をかけられた。

「…………うぃ。気を付けますよ咲夜さん。それと急に背後に現れるのは止めてくれません?」

「断るわ。お嬢様の館をこんなに壊しておいて何も悪気もなく戻ってきてもらっては困るもの」

「…悪気、ですか。もちろん感じてますよ」

「へぇ、意外ね。貴方はそういう事は気にしないタイプかと思ったわ」

「…………むしろ悪気、というか後悔をしない方がどうかしてますよ」

「………そう、野暮なことを聞いたわね」

咲夜がふと視線を落とす。

「気になさらず、すぐに落とし前はつけますよ」

それだけ言うと橙矢は廊下を歩いて行く。

「ちょっ、橙矢、落とし前って――――」

「―――――気になさらず」

振り返りもせずに橙矢が強い口調で言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコン、と夕日が射す頃合いにレミリアの部屋の扉をノックする。

「東雲です」

「……入って」

失礼します、と言って部屋の中に入る。

レミリアはいつもと同じくソファに座っていた。

「突然すみません、お嬢様。ちょっと話しておきたい事がありまして」

「構わないわ。私も今呼ぼうとしていたところなの」

「お嬢様も、ですか?」

「えぇ………。ねぇ橙矢」

レミリアがかなり遠慮がちに口を開いた。

「……貴方、吸血鬼にならない?」

「……………………理由をお聞きしても?」

「………この幻想郷のパワーバランスの一部を担っているのは吸血鬼………これは知ってるわよね?」

「……まぁ……はい」

「分かる?それほど吸血鬼には力があるって事なのよ?それほど力を持っているのなら…………。言いにくいのだけれど昨日みたいな事は起こらなくなる」

「……………そうですね。ですがお断りします。俺は一生死ぬ人間なので」

そう断るとレミリアはフッと笑った。

「貴方ならそう言うと思ったわ。……気にしないでちょうだい。それより貴方も話があるのでしょう?」

「はい、実は俺今日限りでここの執事を止めようと思いまして」

ピタッ、と時間が止まった気がした。

「…………………え?橙矢もう一度言ってくれるかしら」

やがてレミリアがゆっくりと言葉を発する。

「あれ、聞こえませんでした?俺は今日限りでここを止めます」

「…………冗談は止めなさいな。笑えないわ」

「冗談かどうかは明日になれば分かりますよ」

「…………橙矢、私が地下室の見せたとき貴方に言った事覚えてる?」

「もちろんです。本当の家族として認める、と」

「だったら」

「―――――家族を守れなかった奴がそこに居ては駄目ですよね」

「…………ッ」

「…………悪いですが俺は昨日と今日の事を自分を許す気にはなれません。ですから…………せめてものの落とし前みたいなものです」

歩き出し、レミリアの前に来る。

「レミリアお嬢様、今日までありがとうございました」

唖然とするレミリアに頭を下げる。

「あぁ、それとこの事は明日、皆に話しておいて下さい……。別に話さなくても良いですけど」

それじゃあ、と振り返って部屋を後にしようとする。

が、レミリアが橙矢の執事服の裾を掴んでいた。

「ま、待ちなさいよ……。貴方これからどうやって生活するつもりなの!?」

「………決まってないですよ。俺は気ままに流されて生きてますから」

「………………なら」

「………すみません。俺はもう決めた事ですので」

微笑んで柔らかく手を離させる。

「俺の事なら心配しないで下さい」

失礼します、と言って部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「橙矢、待ちなさい」

門番がいない門をくぐっていこうとすると待ち伏せていたのか咲夜がいた。

「咲夜さん、どうかしましたか?」

「…………私が何も知らないと思っての発言かしらそれは」

「……なんだ聞いてたんですか」

「何となくね。ただ貴方がここを止めるって聞いたときは正直言って驚愕したわ」

「咲夜さんが驚くなんざ一大事ですね」

「馬鹿な事言わないで」

「馬鹿な事は何も言ってないですよ」

「橙矢ッ」

強い口調で名前を呼ばれる。

「…………………どうかしましたか?」

「貴方が居てくれたお陰でこの紅魔館に脅威は無くなったのよ」

「俺が居た所為で妖精メイドがいなくなった」

「…………ッ」

「………………俺はそろそろ行きますよ」

「……そう。貴方が決めた事なら何も言わないわ」

「…………そうそう。暇になったら来ますよ。今度は執事ではなく、客として」

それでは。

そう言い残して橙矢は暗くなり始めた道を歩き出していった。

……一人残された咲夜は少し経ってから我に返った。

「……客、として……ね」

ため息をつくと微笑んだ。

「お待ちしておりますわ。橙矢」

いつ来るか分からない客に深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅魔館から自宅への帰り道、橙矢は空を仰ぎ見た。

「あー、今日も遅くなったな………」

あくびのひとつついて近くの木にもたれ掛かる。

「…………さっきはあぁ言ってカッコつけたけど。どうしようかな……。明日考えればいいな」

口ではこう言っているもののすでに内心では決めていた。

別に悲しむ必要はない。

また一人に戻るだけなのだから。

「……さてと、家に帰ろうかな」

腰を持ち上げて家に足を向ける。

 

 

 

「今日も幻想郷に平和は無し………いつも通りで結構結構」

 

 

――――かつて元の世界で拒絶された少年は再び歩みを進める。

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