橙矢の絶叫を聞き付けた咲夜は橙矢を寝かせている部屋の扉を強く開けた。
「橙矢?何が――――――って……え?」
鏡の前でへたれこんでいる一人の少女は咲夜に顔を向ける。
「と、橙矢………?」
「は、はひ………」
少女は執事の男の名前に反応した。
「………貴方誰なの?」
「………誰ですかね」
咲夜の耳に可愛らしい声が聞こえる。
「橙矢……に見えなくもないわね」
「……いやいや俺ですよ。紅魔館で執事として働いている東雲橙矢ですよ」
「分かってるわよ。………それで貴方にはいつからそんな趣味に目覚めたのかしら」
「いやいや、これ絶対パチュリー様の薬の所為ですよね」
「まぁそれもありえなくもないけど……」
「どうしましょう………執事服は一応渇いてますけど………何やら胸の辺りが苦しいです」
「………………」
殺気が籠った視線が橙矢を貫いた、いや詳しく言えば橙矢の胸を貫いた。
「あの咲夜さん………視線が怖いのですが」
「………橙矢。貴方、何でそんなに大きいのよ……」
「知りませんよ」
「それで、貴方はその執事服を着れるの?」
「着たいところですが………生憎着られませんね」
「胸がキツくて?」
「はい。あ、ナイフ構えないください」
ナイフを構えている咲夜の手を掴む。
「それより他にもう少しサイズの大きい執事服ありますか?出来ればそっちに着替えたいです」
「残念ながら無いわ。メイド服ならあるけど」
「まさかそれを着ろと?」
「正解。今すぐ用意するわ。待ってなさい」
「いやさすがにそれは勘弁してください!男の俺がそれを着るなんて……!」
「じゃあこの胸は何なのよ!」
いつの間にか接近してきた咲夜は橙矢の胸を鷲掴みした。
「さ、咲夜さん!?何してるんですか……!男の胸を……!」
「今の貴方は男じゃなくて女なの!」
「わ、分かりましたから離してください!」
「東雲いるかしら!?」
急に扉が開かれてパチュリーが部屋に入ってくる。
「……パチュリー様?」
パチュリーが橙矢の姿を見付けると頭を抱えた。
「……遅かったようね」
「……やっぱり貴方の所為でしたか」
「えぇ。……どうやら渡す薬が間違っていたようね。一応風邪には効く薬なのだけれど…………副作用として性別が反転するらしいわ」
「ちょっ……つまりそれって俺女として生きなきゃいけないってことですか!?」
「いや、何日か経てば戻るらしいわ」
「何日か、ですか……」
「詳しい事は分からないわ」
「最悪じゃないですか」
「別にいいじゃない。中々可愛らしいわよ。貴方」
「やめてください」
「レミリア様にご報告なさいますかパチュリー様」
「うーん……そうね。それじゃあ咲夜。私は先に行っとくわ。東雲にメイド服を着させて来なさい」
「了解しました。……橙矢。さっそく着替えなさい」
「ゑ、まさか本気で言ってるんですか?」
「パチュリー様の命令よ。大人しく従いなさい」
そう言うと咲夜は橙矢の衣服に手をかけた。
「ちょっ、咲夜さん!?や、やめ……いや……きゃあああぁぁぁぁぁぁ!!」
いかにも女らしい悲鳴が紅魔館内に響き渡った。
半強制的にメイド服を着させられた橙矢は頭痛を抱えながら咲夜の後ろを付いて歩いていた。その顔を羞恥からなのか真っ赤に染めていた。
「……………最悪だ」
「抵抗しなければあんな無理矢理着させる事なかったのよ」
「……………そういうのは早めに言ってくれませんかね」
「言っても無駄でしょう?」
「おっしゃる通りです」
「じゃあ言うなや巨乳」
「いやそれほど大きくないですって。あぁ咲夜さんに比べたら大きいかもしれま――――」
「何か言ったかしら」
ナイフが突き付けられると同時に両手を上げた。
「何でもないです」
「………………まぁいいわ。それよりもそろそろ着くわ。準備はいい?」
「もう諦めはついてますよ」
「よろしい。………お嬢様。十六夜咲夜です」
軽くノックすると扉が開かれる。
「あら咲夜。……………え、」
後ろに佇む橙矢に視線を移す。
「か」
「か?」
「か、かわいぃ~~~~!」
レミリアが急に橙矢の胸に飛び込んできた。
「うぶぉあ!?」
勢いを殺せず苦悶の声をあげて倒れる。
「何よ咲夜ぁ、こんな可愛い子を入れたのなら早く紹介しなさいよぉ」
胸に頬擦りしながら橙矢に甘えるレミリアに少なからず戸惑いの表情をする。
「それで?貴方名前はなんていうの?」
「……………………東雲橙矢です」
その時レミリアの表情が固まった。
「ごめんなさい、聞こえなかったわ。もう一度言ってくれるかしら?」
「東雲橙矢です」
「………おかしいわね。私の知ってる橙矢は男だったはずだけど」
「それは私から話すわレミィ」
近くの椅子に腰かけていたパチュリーが立ち上がって橙矢に近付く。
「どうやらさっき私が与えた薬の副作用で性別が反転してしまったようなの」
「……碌でないものばかり作ってるんだったわね」
「やめて頂戴。私だって好きで作ってるんじゃないもの」
「………けどこれはこれで良いじゃない。橙矢、中々可愛らしいし」
「レミリア様……止してください」
「あぁ悪かったわね。……まぁ特に働くことに支障がないのなら直るまで気長に待ってなさい」
「…………………」
「Yesかはいで答えなさい」
「……………うぃ」
「私はYesかはいと言ったはずよ」
「はい」
「……………ハァ、分かったならいいわ。仕事に戻りなさい」
そう言われると橙矢は即座に失礼します、と言って部屋から出ていった。
「………あの態度どうにかならないのかしら」
「性格なんて人それぞれよ。それも分からないのレミィ?」
「分かってるわよそんなこと。けど従者としてはある程度の態度はあるでしょう?」
「東雲の場合この仕事のことをバイトとしか思ってないのかもしれないわ」
「……………あらあら。ナメられたものね」
「………そう言えば東雲の次の担当する場所って決まってるの?」
「……あ、忘れてたわ」
「だったら図書館に来てくれと言っておいてくれるかしら。最近散らかし過ぎて小悪魔だけじゃ整理しきれないのよ」
「分かったわ。それじゃあ咲夜、頼んでいいかしら?」
自身の横に佇む咲夜に視線を送る。
「御意」
了解するとその場から消えた。
「パチェ、貴方も早めに図書館に戻った方がいいんじゃない?」
「………そうね、そうするわ」
自らの身体を浮かせると扉を開けて出ていく。その様子をレミリアは横目で確認すると座っているソファで横になった。
咲夜から伝言を受け取り、図書館へ足を運んだ橙矢は感嘆の声をあげた。
「はぁ……すげぇなおい」
見上げるほどの本棚に敷き詰められた本の数に素直に驚嘆した。
「どんだけ時間を費やしたらこんな集められるんだ?」
しばらく歩いていると少し空けたところに出た。そこには魔法使いが腰かけていた。
「いらっしゃい東雲。待っていたわ」
「どうもさっきぶりですね」
「そんな不貞腐れないで、可愛らしい顔が台無しよ?」
「生憎誰かさんの所為で性別が反転したからですよ」
「あら酷いわね。誰の所為かしら」
「…………それよりも何か御用で?」
「弄り甲斐がないわね、つまらないおと……乙女」
「いやほんとやめてください」
「それで用なのだけれど……本の整理を頼まれてくれないかしら」
「………ここの図書館には小悪魔……でしたっけ?貴方の従者がいた気がするのですが」
「彼女一人だけじゃ荷が重いのよ。手伝ってあげなさい」
「………分かりました。それで何処の本を整理すればよろしいので?」
「これよ」
パチュリーが自身の後ろにある本の山を指差した。
「…………マジですか」
「これをやってくれたら終わってから好きなだけ本を読ませてあげるわ」
「ほんとですか?」
橙矢の目に輝きが灯る。これだけの本があれば橙矢のまだ知らない知識も補えるかもしれない。ましてや森羅万象を具現化したような者達が集う幻想郷ではそういう知識は必須だろう。
「えぇ、貴方がそれでいいなら―――」
「早急にやらせて頂きます」
すぐにパチュリーの背後に回って腕を強化させると本の山を持上げる。
「これはどちらに?」
「それは………あっちね」
大きな窓がある方を指差した。
「確かそれは纏めて持ってきたから細かい場所は見てみれば分かるわ」
「了解です」
どんな本が読めるか期待しながら橙矢は仕事を始めた。
「あれ、何か二冊くらい空きがあるが…………あぁパチュリー様の手元にあるとかかな本まだ沢山あったし」
まだ続きます。
では次回までバイバイです!