第十三話 雲の行方
「よっこら、せっと」
すでに抜き身である刀で目の前にいる妖怪を真っ二つに裂いた。
「……………あー、だるいな」
紅魔館の執事をつい四日前に止めた東雲橙矢は里に入ろうとする決まりを守らない下等妖怪の駆除、つまり退治屋と自然になり始めていた。
何故か里の方から依頼が来て仕方無くひとつ仕事をしたのが間違いだった。
それからと言うものの事ある毎に依頼が来る。
空を見るとすでに辺りは暗くなっていた。
「……報告は………明日でいいか」
目の前にある死骸となった妖怪に見向きもせずに自宅に戻る。
「ッはァ…………」
家に帰ると疲れがドッと出てきて、床に座り込んだ。
妖怪とはいえど生物を殺したのだ、疲れない方がどうかしている。
「……俺もまだ人間ってことか」
刀を投げ捨てる様に置くとその横に寝転がる。
「そういえばもう四日経つんだな……。誰とも会ってねぇや」
どうでも良いだろそんなこと、と思ったものの、いつの間にか口に出していた。
「久しぶりに神社にでも顔を出すか……」
あくびをひとつするとそのまま眠りについた。
―――翌日、橙矢は先の仕事の報告をしに里の守護者こと慧音の寺子屋へ足を運んでいた。
「ご苦労だったな。東雲」
慧音が労いの言葉をかけてくれるが橙矢は気を緩ませる事が出来なかった。
どうせすぐに依頼が来るのだ。
一々気を抜いていては気が滅入る。
「全くだ。……ったく俺も好き好んでやった訳じゃないってのによ」
「まぁそんなこと言うな、実際にお前が居なければ最悪里が妖怪にやられてしまうかもしれないんだぞ。それに、決まりを守らない妖怪を倒せるのはお前くらいしかいないからな」
「もう少しあの風船巫女に仕事をしてくれって言っといてくれよ」
「あのな、博麗の巫女だっていつもサボってる訳じゃないんだぞ」
「俺はすでにこの四日間で二回、仕事をしましたけどね。大体俺がいつ退治屋になった?」
「さてどうだろうな、とにかくご苦労様」
「あいあい」
手を振って応える。
と、そこで空腹で腹が鳴った。
「………………」
博麗神社に食いもんをねだりに行くか。
「………で、貧乏神社とも言われるここに来たわけ?」
数十分後、橙矢は博麗神社に来ていた。
「あぁ、だから頼む」
「嫌よ。ただでさえ貯が少ない私に頼むことすら間違っているのよ」
「じゃあいつも貯がない俺はどうなるんだよ」
「最悪餓死ね」
「死因が餓死って………止してくれよ」
すると霊夢は大きくため息をつくと腕を組んだ。
「しょうがないわね。今回だけくれてやるわよ」
「霊夢なら言ってくれると思ったぜ」
「はいはい。今作ってくるから待ってて」
「あー、俺も何か手伝うわ」
霊夢に付いて行こうとするが止められた。
「結構。橙矢は居間で待っててちょうだい」
「………あいあい」
やっぱりこうなるのか………。
居間に着いて適当に置いてある座布団に座る。
刀を傍らに置いて横になる。
「あー………だりぃ」
幻想郷へ来て始めてこんなに気を抜いた気がする。
ドラキュラから受けた傷は徐々に治り始めているが、時々痛みが発症するときがあるが。
(……ドラキュラ……か)
襖から覗く空はいつも通り快晴だ。
だがその空が三ヶ月後崩れるのを橙矢は知っている。
ドラキュラのラストスペルによってそうなってしまった。
「早めに対策考えとかないとな……」
「何に体しての対策かしら?」
不意に聞こえた声にも大して驚きもせずに身体を起こす。
「……あぁあんたか、八雲紫。丁度良い、ちょっと話があるんだが」
橙矢の横の空間を裂いて上半身のみを出した賢者に声をかけた。
「あら、私に?何かしらねー」
「……気付いてるだろ。結界の事だ」
「あーはいはい分かってるわよ」
橙矢を宥めるように扇子を取りだし、橙矢を頭を叩く。
「…………実際あれは危険よ。直そうにも直せない。まるで歴史を変えられたみたいだわ」
「………ドラキュラは三ヶ月後に無くなる結界を作った、なんて言ってたが事実、あれは歴史を変えたんだろうな」
「それだったら打つ手はもう無いと言ってることと同じことよ?」
「……………確かに。とにかくこの事はまだ誰にも話さないでくれ。幻想郷を混乱させたくないからな」
「分かってるわよ」
「理解が早くて助かる」
「私を誰だと思ってるの?妖怪の賢者である八雲紫よ?」
「さいですか」
叩かれていた扇子を手の甲で弾く。
「ま、結界が壊れたところで人や妖怪は死なないんだろ?別にそれが良いって訳じゃないんだが」
「ふざけないでちょうだい。私の愛する幻想郷をあんな吸血鬼ごときに壊させる訳には行かないわ」
「けど気合いだけでは何もならないがな」
「分かりきってる事を言わないで」
紫がスキマから出てきて橙矢の反対側に座る。
「にしても貴方が紅魔館の執事を止めるなんてね。少し意外だったわ」
「意外だった?」
「えぇ、やっと自分を養ってくれたところなのに自分から止めるなんてね」
「……あー、確かにそうかもな。俺自身も意外だった。何でか知らねぇけど他人と関わる事を拒絶するんだよな」
「無意識に、ね」
「ま、ほんとに無意識ならそれが俺の本心なんだろ」
「随分さらっと言うわね」
「事実上そうなんだから仕方無いだろ」
「貴方ほど心がネジ曲がった人見たこと無いわ」
「は?なんだよ急に」
「いいこと、人間は口では自身より他人の方が心配だ、なんていってる人がいるけど実際はそういう人ほど自身の事しか考えてないの。でも貴方はそれとは違い口では自身の事しか考えてない、なんて言ってるくせにほんとは他人の事しか考えてない。こんな人間これまで見てきたけど貴方含め三、四人くらいしか知らないわ」
「それはただの過剰表現過ぎないか?」
「……東雲さん、貴方私の能力を知ってるわよね?」
「境界を操る程度の能力」
「そう、それはつまり幻想郷と外の世界を自由に行き来出来る。常識の壁をね」
「……………それが?」
「自由に行き来出来る、つまり外の世界の人を観察することも可能」
「確かに可能だな」
「その中でも三、四人くらいしかいないって言ってるの」
「それは光栄っすね」
心底どうでも良さそうに流した。
「………ほんと、興味のないものにはとことん興味を示さないのね」
「別にそんな変な事で褒められたって誰だってそうなるだろ」
「貴方の感覚は普通の人とは大きく異なるわね」
「そっちの方が俺らしくて良いよ」
喉でクッと笑う。
「あら、紫じゃない。貴方も来てたの?」
その時霊夢が料理が盛った皿を持ってきた。
「はろう霊夢。お邪魔してるわよ」
「はいはい、あんたが何処にいたって不思議じゃないわよ」
「それじゃあ私もいただこうかしら」
「冗談よしなさいよ。ただでさえ金銭が無い頃で節約しなきゃいけないのに」
「と言ってもちゃんと作ってくれるツンデ霊夢ちゃん大好きー」
紫が霊夢に接近を試みるがその前に霊夢にはたき落とされた。
「今回は作らないわよ」
「ケチ霊夢ー」
はいはいと受け流すと橙矢の斜め前に腰を下ろした。
「ま、簡単なものだけど食べないよりかはましでしょ」
「ありがとさん」
渡された割り箸を綺麗に割る。
「…………………」
今割ったばかりの割り箸を不思議そうに見つめる。
「………橙矢?どうかしたの?」
霊夢に声をかけられるまで見ていたらしい。
その声にハッと我に返る。
「あ、あぁ悪い……。割り箸が綺麗に割れた事がなかったからな」
「?そう……」
「気にすんなや」
そう言って箸を使って食い物に手を出す。
「……なら良いけど」
霊夢が少々心配する様子で見ていたがさしても気にする様子は無く、箸を動かした。
(…………)
外見では穏やかにしていたものの内心ではかなり乱していた。
本来橙矢が割り箸を割るとき真っ直ぐに割れる事はありえないのだ。
割り箸に割るときのズレ具合はその人の今の心情を現すものである。
だから橙矢が割る際はいつも一目で分かるほどズレているのだ。
つまり橙矢の心情は真っ直ぐに何かに向かっているのだ。
自分が一体何に向かっているのか何も分からない。
それが逆に恐怖心を煽る。
(………くそ)
何も分からない自分に腹がたつ。
しかしそれを表情に出さない様にした。
食べ始めてから数十分後、橙矢はすでに食べ終わり、縁側で足を放り出して座っていた。
先程からずっと考え事をしていた。
もちろん結界の事についてだ。
「………新史……ねぇ……」
ドラキュラが最後に使ったスペルの事を思い出す。
新史、つまり新しい歴史を作った。
あと三ヶ月に結界が崩壊する歴史を作った。
無意識に舌打ちする。
「そんなにも気になるかしら。結界の事が」
背後から飯を食べ終わったのであろう霊夢の声がかけられた。
「………いや、ただ単に空が見ていたかっただけだ」
手をひらひらと振ってから立ち上がる。
「そういえば橙矢」
つい今しがた思い付いたように声をあげた。
「なんだよ、賽銭は入れたぞ」
「そうじゃなくて。あんた退治屋やってるんだってね」
「あぁ」
「なんで退治屋なんて始めたの?」
「別に俺から好き好んで始めた訳じゃねぇよ。勝手に里の奴等が俺に決まりを守らない妖怪を倒してくれってせがむもんでな。一回やっただけなのにそれから依頼が殺到して……」
「仕方無くやってるって訳ね」
「ま、そんな感じだ。にしても滑稽だよな。外の世界から来たばかりの俺が退治屋なんてな」
「……そうでも無いわよ。大抵退治屋ってのは元外来人の場合が多いもの」
「………何も知らないからか?」
「大方そうね」
「…何も知らない………か」
橙矢が腕を組んで考える仕草をする。
「橙矢?何考えてるの?」
「………何でもねぇよ」
そう、と霊夢は受け流す。
「あ、そうだった。橙矢、あんた確かこの前ブン屋の取材受けたんですって?」
「ん?……あぁ」
「三日前にそれについての事が載ってる新聞が届いてたわよ」
「三日前に?遅すぎだろ」
「ここの新聞はね遅すぎるのよ。それにデマを書かれる時もあるからね」
「駄目じゃん………」
「それに配る日もバラバラ」
「………そんな新聞に載せられるって……」
「災難ね」
霊夢が橙矢の横にその新聞を置く。
それを拾って目を通す。
「………………」
あることも書いてあると思えば無いことだらけだった。
「……なんだよこれ」
床に新聞を叩き付ける。
「してやられたわね。ま、これからは気を付けなさい」
「………お前の事も書かれてるぞ」
「………いつもの事だから慣れたものよ」
霊夢の言葉に少々怒気がこもっていた事は言わないとこう。
「しかしな、こうも俺の事が書かれてるとなんか肩身が狭くなる。やってる職が職なだけにな……」
「あら、あんたはそういうの気にしないタイプかと思ってたわ……でもこれで好奇心が旺盛な人は近寄ってくるんじゃない?」
「…………妖怪しか来ない気がする」
「言えてるわね」
「…………何なんだよ」
四肢を投げ出して床に寝転ぶ。
「……それでも退屈はしてないんでしょ?」
「……………あぁ。外の世界に比べれば全く退屈しない」
なんて話をしていると視界の隅に白黒が映った、ような気がした。
「…………魔理沙か?」
「?魔理沙?」
白黒の方に視線を移すと案の定魔理沙が箒に跨がりながらこちらに飛んできていたところだった。
「よっ!霊夢、橙矢。暇だから来たぜ」
橙矢達の前に降り立つ。
「魔理沙……あんた何のようなの?」
「ん?言ってなかったか?暇だから来たぜ」
「いや、そういう事じゃなくて」
「騒がしい奴が来たなー」
橙矢が追い討ちをかけるように魔理沙に釘を刺す。
「………二人とも酷いのぜ……」
魔理沙が少し落ち込んだところで表情を戻した。
「悪い悪い。少々やり過ぎた」
苦笑いしながら頭にポンと手を置く。
「橙矢……。あんた何してんのよ」
霊夢が呆れたように橙矢の背を祓い棒でつついた。
「ん?魔理沙の頭に手を置いただけだが?」
「…………勘違いされても知らないわよ」
「何の勘違いだよ」
「…………何でも無いわ」
「さいですか」
魔理沙の頭から手を離すと境内の方へ足を進めた。
「橙矢?何処行くんだよ」
「なんか飽きたから帰る。飯もご馳走してもらったしな」
「ちょっと、帰るんならお賽銭」
「今金欠なんで」
あいあいさーと手を振って階段を降りていく。
「………お賽銭」
「あー、なんで帰ったんだよ」
つまらなさそうに魔理沙が口を尖らせる。
「さぁ、飽き性なんじゃない?…………にしても橙矢を久々に見たけど何か雰囲気……というか何かが前会った時よりも別のものに思えたわ」
「雰囲気?気のせい何じゃないのか?」
「いいえ、気のせいなんて簡単な物じゃないわ。………何かしらね。嫌な予感がする。監視をしとかないと……」
霊夢が緊張感を漂わせながら呟いた。