「…………これで今日の授業は終了だ。あとは気を付けて帰れよ」
じゃあな、と言って部屋から出ようとする。
すると何を思ったか子供達が橙矢に群がってきた。
「ねーねー東雲せんせー」
一人の子供が服の裾を掴む。
「なんだよ、俺は忙しいんだ。また今度にしてくれ」
「せんせーって何歳なの?」
「……俺の話聞いてたか?………十七だ」
「へー、まだ成人してないんだね」
「別にしてなくったって良いだろ。お前等には何も関係無いだろ」
「せんせーってこれからもせんせーやるの?」
「いや、やらねぇな。今日も慧音に頼まれたからやっているだけだからな」
「えー、せんせーの授業面白いのに」
「あー、うるせぇうるせぇ。黙れ黙れ」
払うように手をヒラヒラと振る。
「ともかく俺は忙しいんだ。帰った帰った」
えー、だの言う子供等を帰らせる。
そして全員を帰らせた後に妹紅のいる部屋に入った。
「終わったぞ」
「お、やっと終わったのか。お疲れさん」
「どうも」
妹紅に労ってもらった後に部屋から縁側に出る。
腰を下ろして大きなため息をつく。
「どうした?疲れたのか?」
後ろから妹紅が心配するように近付いてくる。
「あぁ、ガキ共のせいでな」
「にしても驚いたよ。お前が退治屋なんて物騒な職やってるなんてさ」
妹紅が近くの柱に持たれかかるように座る。
「俺も驚いたよ。いつの間にか変な退治屋、なんてもの背負わされてさ」
「辞めたいとは思わないのか?」
「別に、それに退治屋やってればいつか妖怪に殺されるときもあんだろ?だったらいいや」
「お前は自殺志願者か何かか」
「それに限り無く近いな」
「………………まぁいいや、とにかくもうそろそろ暗くなるから早く帰ろ」
妹紅は橙矢の腕を取って立ち上がらせると寺子屋から出る。
「……確かにそうだな」
「それじゃあ橙矢ん家行こうか」
「は?おい、勝手に人ん家に来んなよ」
「別にいいだろ?お前だって私の家に来たんだし」
「いや、それはお前の許可があったから」
「今回もちゃんと許可取ったからいいな」
橙矢が大きなため息をついてから歩き出す。
「……………狭いとか言うなよ」
「ということは行っても?」
「どうせお前の事だ。嫌だと言っても来るんだろ?」
「よく分かってるじゃないか」
「つっても茶の一杯くらいしか出せないけどな……そこからは早く帰ってくれよ」
「そんな事分かってるよ」
「…………だといいけどな」
面倒くさい感を思いっきり撒き散らしながら妹紅に言う。
「そんな顔するなよ」
「したくもなるさ」
「理由を聞いても?」
「なんで言わなくちゃいけないんだよ」
「つれないねぇ。そんなんじゃせっかく来る客も来なくなるよ?」
「生憎そっちの方が嬉しいね」
「…………まぁこんなところでグダグダ言ってても仕方無いから早く行こうか」
「誰の所為だ誰の」
「……………………」
「無視すんなオイ」
橙矢は内心から嫌そうに、妹紅は内心から楽しそうに話ながら帰った。
「着いたぞ」
家の戸を開けながら後ろにいる妹紅に言う。
「へぇ、思ったよりしっかりしてるじゃないか」
妹紅はそう言うがどう見てもボロい家にしか見えない。
「………どんな家を予想してたんだ?」
「ん?風が吹けば飛ぶような掘っ立て小屋」
「もはや家ですらないな」
ため息をついて家に入る。
「ま、どうせ来たんだ。とにかくあがれよ」
「元からそのつもりだ」
「…………………」
遠慮なく入っていく妹紅に続いて我が家に入る。
「そーいえばお前がここに住んでからどれくらい経つんだ?」
「は?なんて質問してんだよ」
つい三週間か一ヶ月前近くに幻想入りしたのだからそのくらいに決まってる。
「いやなに、何かこの家かなり古い物だからさ。挙げ句の果てには切り傷や血なんかついてるしな」
なるべく触れないようにしていたが分かる人には分かるようだ。
壁や床には所々に傷や血がついていた。
「………なんだ、お前も気付いてたのか。オマケに調理場の棚には酒が入ってるしな。…………お前確か飲むだろ?だったら持っていっていいぞ。どうせ俺は飲むつもりないし」
「え、ほんとに?」
「あぁ、結構古い物だけど栓がしてあるってことはまだ開けてないんだろ」
「でもほんとに良いのか?お前が成人してから飲むかもしれないし………」
「酒は一生飲まないって決めてあるからな」
「なんだよ、飲めるようになったら一緒に飲もうと思ったのに」
「仕方無いだろ」
「何か酒に対して嫌な事でもあったのか?」
「……いや、特に無い」
「だったら―――」
「別に一杯くらいはいいがそっからは禁止だ」
「じゃあ今から開けても?」
「どうぞ。ただし帰れるくらいの理性は残してくれよ」
「分かってるって。それじゃあやるかー!」
駆け足で調理場の棚にまで行き、開ける。
「結構あるんだな」
「だから持ち帰ってくれって。そこの中に入れたいもんがあるんだが生憎酒が邪魔でな」
「よし、一晩で空けてやるから安心しろ!」
「頼むよ…………は?一晩?おい、それじゃあお前が朝まで飲むってことじゃあ……」
「空けたいんだろ?だったら今ここで空けてやるよ」
「…………………勝手にしろ」
諦めたように座り込む。
「それじゃ、勝手にさせてもらうよ」
妹紅が栓を開けると一気に飲み始めた。
妹紅が酔ってきた辺りで橙矢が声をかける。
「おい、それくらいにしとけよ。帰れなくなるぞ」
酒の入った瓶を取り上げる。
「あ、おい!取るなよ!」
「いや取るだろ。さっさと帰ってもらわなくちゃいけねぇからな」
「いいじゃんか、今日だけ朝まで飲んでいくだけだって」
「迷惑なんだよ」
「それにほら、許可だって取ったんだし」
「少しは遠慮ってものを知らねぇのか」
「今回に限っては知らないよ」
「なんだよその便利な脳は」
「見てみたい?」
「見たくない。だから帰れ」
追い払うように手を振る。
「別にいいだろ。お前の家なんだから」
「んだその屁理屈」
妹紅が橙矢が取った酒を取り戻す。
「……ったく、ほどほどにしてくれよ。それともし寝たりしてたら外へ追い出すからな、妖怪に喰われても知らねぇぞ」
「お前退治屋なんだろ?だったら平気だな」
「おめでたい頭してるな。いいか、俺が妖怪を殺すときはあくまで頼み込まれた時か俺の生活を害する時だけだ。頼まれてなけりゃあ目の前で誰が喰われようと関係無ぇよ」
「おーおーカッコイイねぇ」
「…………………」
不意に橙矢が酔っている妹紅の襟元を掴む。
「お?何するんだ?」
「………礼儀の知らねぇやつは寺子屋で一から学んでこい」
家の戸を開けると妹紅を外へ出し、戸を閉めた。
「え、ちょっ…………冗談だろ?」
「冗談は嫌いでね、家の前だったら貸してやるからそこで寝てな」
戸越しに聞こえる橙矢の声はとても不機嫌そうだった。
……………
………
…
どれくらい経った後だろうか
カラカラ、と戸が開く音がして妹紅は目を覚ました。
「……………ったくほんとに寝てやがる」
暗闇で見えないためか妹紅の目が微かに開いているのに橙矢は気が付かない。
「………不死のこいつでも風邪ってひくんか?………まぁいいか」
何やら独り言を呟きながら妹紅を家の中に引きずっていく。
「……痛いなぁ……」
思わず妹紅は声をあげる。
「なんだ、起きてたのか」
対して驚いた顔もせずに再び玄関へ向かう。
腰には刀をさして。
「………何処か行くのか?」
「………風呂と寝る場所なら勝手に使ってていいぞ」
ボソリと言うと外へ出ていってしまった。
夜遅くの森の中を駆ける。
「………さすがに外に放置ってのはやり過ぎたか………」
少し反省しながらある場所へ急いでいた。
「全く……妖怪もいい加減諦めたらどうなんだろうな」
夜に動いたのには幾つかの理由があった。
その中でも一番の理由は楽しみたかった。
大抵の妖怪は夜が活動を活発にするため、少しでも活発な時にやり合おうとこんな夜更けに奇襲をかける。
「にしても場所が近くて助かったよ」
喉で笑うと一つの木の枝に乗ると下を見る。
するとそこにはこの前殺り損ねた数匹の妖怪共がいた。
その他にも何匹か増えている気がする。
…………妖怪の集会でもやっているのか。
「……………」
音も立てずに地に降りると足を強化して一匹を蹴り飛ばした。
急に吹き飛ばされた妖怪は木に叩きつけられ、真っ赤な血を撒き散らした。
「ッ!?」
他の奴等もその音を聞いて橙矢の存在を見つけたようだった。
「ッおまえ何処か―――――」
「ハッハァ!」
ニィ、と口を歪めながら襲いかかってきた妖怪の顔面を強化した拳を殴り付ける。
「ゴブ…………」
その後に蹴り飛ばし、回りの奴等を巻き込ませる。
心なしか少し前より力が増した気がする。
強化せずとも多少の妖怪なら素手で倒せるようになった。
刀を抜いて近くの木をぶった斬る。
それを腕を強化して掴む。
「ッラァァ!!」
雄叫びをあげて妖怪に向けて降り下ろす。
避けられなかった者は潰されて内臓を撒き散らす。
すぐに避けた妖怪に向かって飛ぶと心臓部分に刀を突き刺す。
横に薙ぎ、隣の奴ごと斬る。
「吹っ飛べ!」
回転して蹴り飛ばす。
蹴った足を地に叩きつけて、その勢いで飛び、残った一匹の上まで一瞬で移動すると頭に踵を降り下ろす。
「ッガァ!?」
「テメェで………終ェだ!」
メキメキッと嫌な音が頭部からした。
地に降りて辺りを見渡す。
とりあえず今回は逃した輩はいなさそうだ。
「…………帰るか」
一瞬でつまらなさそうな顔になるとゆっくりと歩き出す。
「………結局……何がしたいんだろうな」
空を見ながら呟く。
無意識に出た白いため息が空に消えた。
ふと妹紅が目を覚ました。
どうやら風呂に入って出て、そこから寝ていたらしい。
「………今何時だ?」
外を見ると陽射しが射し込んでいた。
「……………あれ、橙矢?」
確か橙矢の家で寝てしまっていたはずだ。
それなのにその家の家主である橙矢の姿が見えない。
「あ、そう言えば何処かに行ったな………」
全く…、と玄関へ移動して戸を開けた。
――――――瞬間、愕然とした。
目の前には永遠に広がるただの荒野が広がっていた。
「…………………………え?」
目でもおかしくなったかな、なんて思い、目を擦るが変わらない。
まるで生物の命さえ感じられない永遠の荒野。
その中でただ一人佇む妹紅。
「………里………!そうだ!慧音は!?里は!?幻想郷は!?」
叫んで駆け出すが一行に荒野以外見える気配がしない。
「……冗談だろ……おい!冗談だろ!?」
「おい、何してんだ妹紅」
不意に人の声がして振り向く。
そこには橙矢がいた。
「橙矢!何処にいたんだよ!それより幻想郷が………!」
「あぁ、分かってるよ」
「なんでそんな落ち着いて………」
「……………正直な話俺とお前以外誰もいなくなっちまった」
「は?」
「いや、は、じゃなくてさ」
「だったら輝夜とかは………」
「………言ったろ、俺とお前以外誰もいないって」
すると橙矢の身体が少しずつだが崩れていく。
「……橙矢!?」
「あー、さっきの話訂正だわ。悪い、お前以外誰もいない」
「え……お、おい!」
「……………………」
急に橙矢の身体が一気に崩れ落ちた。
「…………………」
力が抜けて膝が地につく。
「嘘だろ…………」
残った二人が日向ぼっこをしていた。
一人が陽射しに焼かれて残りは一人―――
ふとこんな時なのにも関わらず頭の中にある童話が流れてきた。
ええと何だったか………別に今の私には関係無いか………。
残った一人寂しくしていた。
その子が首を吊って誰もいなくなった。
違う。
私はいくら首を吊ったところで死にはしない。
ずっと一人のままだ。
「……………嫌だ………」
地についた手を痛い程握り締める。
「もう一人は………嫌だ」
地球上でただ一人嘆く。
それを慰める人も、生物もいない。
「誰か……………」
呟きが虚空に消えて無くなる。
「頼む……もう一人は嫌なんだァァ!!」
ガバッ!と上に敷いてある布団を吹き飛ばしながら起き上がる。
「…ハァ…ハァ……夢か………」
額に手を当てて落ち着かせようとする。
だが一向に鼓動が収まる事は無かった。
「………橙矢?」
辺りを見渡すが家主の姿が見えない。
「…………!」
すぐに立ち上がると玄関へ向かい、戸を開ける。
そこには先程の夢とは違っていつも通りの光景が広がっている。
空は少し明るくなっており、これから日の出らしい。
だが家主の姿が無い。
「橙矢……橙矢!」
「うるせぇな……あまり人の家の前で叫ぶなよ」
ハッと顔をあげる。
そこには今しがた帰ってきたというような格好の橙矢がいた。
「橙矢!」
急に妹紅が橙矢に駆けていって倒れ込んだ。
「ッ妹紅!?どうした!」
慌てて抱いて支えると橙矢の服を掴む。
「………おい、どうしたんだよ」
「…………ないで」
「は?なんだよ」
服を握る手が震えている。
「………一旦落ち着けよ。とりあえず家まで戻ろう。話はそれからにしよう……離れてくれるか?」
「嫌だ………一人は………嫌だ………」
「……おいおい」
ハァ、とため息を吐くととりあえず妹紅を慧音のところまで運ぶ事にした。家から里まではかなり離れているため、しかも大きな爆弾がある為大体朝寺子屋が始まる前までには間に合うだろう。
一度家に戻ると紅魔館で働いていた時にもらった洋風の懐中時計を持ち、里へ向かった。
結局、寺子屋に着くまで妹紅に離してもらえなかった。