寺子屋の戸を軽く数回叩く。
すると奥からはい、と言う声が聞こえて戸が開かれる。
「あれ、橙矢……………と妹紅?どうしたんだ?」
「悪い、先生。ちょっと妹紅がこんなんになっちまって…………おい妹紅、慧音だぞ」
相変わらず自身に付いている妹紅に言う。
「………慧音?」
少しだが妹紅が顔をあげる。
「あぁ、だから今日は慧音のところに居てくれ、俺はやることがあるか………」
更に橙矢を掴む力が増した。
「………嫌だ……一人は……」
「……………悪い先生。少し上がってもいいか?詳しくはそのあとに話す」
「別に構わないが………」
「ほら妹紅、行こうか」
少し優しげに言うと妹紅は頷いて一旦橙矢から離れる。
「それじゃあ、お邪魔するよ」
靴を脱いで行こうとすると手を握られる。
「……あぁ、悪いな妹紅」
振り向いて軽く手を引くと妹紅をあげる。
「………東雲、とりあえずここの部屋で話そう」
慧音は近くにある部屋の戸を開ける。
「あぁ、じゃあ行こうか」
妹紅が頷くのを確認すると中に入る。
部屋の中央にある机を挟んで慧音と橙矢が向かい合うように座り、橙矢の隣に妹紅が座した。
「さて………何から話した方が良いだろうな」
「とりあえず妹紅がそうなった原因は何だ?」
慧音が少々睨むように橙矢を見る。
「おっと、俺は何も知らないぞ。帰ってたらいつの間にかなってたんだから」
「………誰もお前がやったなんて言ってないけどな」
「目線がそう言ってるように見えますが、慧音先生。どうぞどうぞ疑って下さいませ。生憎こんな素晴らしいひねくれた性格をしていますが故、疑われるのも無理はないですけどね」
「………いちいち鼻につくような発言は止しておいた方が身のためだぞ」
「ご忠告どうも、脳の片隅にでも置いときますよ」
「冗談もこれまでにしようか。それで、いつの間にかなってたんだな?」
「あぁ……。確かあんた『歴史を喰らう程度の能力』持ってたよな。それでさっきまでの妹紅の記憶を喰ったらどうだ。さすればどんな事だったか分かるだろ?」
「………悪いがそんなに使い勝手が良くない能力でな、大雑把な時間帯なら兎も角時間指定があるものならちゃんとどの時刻からなのか、またどの時刻までなのか、それがハッキリしてないといけないんだ」
「………なるほどな……じゃあ無理だな」
チラ、と妹紅を一瞥すると腕を組んだ。
「にしてもこいつ一人は嫌だつってたけど………やっぱり不死ってのには孤独が付き物なのかねぇ」
「………まぁ私に会うまでずっと一人だったらしいからな……」
「…………………なぁあんたの能力で不死は消せないのか?」
すると首を横に振る。
「私の能力はそこまで強力ではなくてな」
「………どうしたもんかねぇ」
「……………にしても何があったんだ?まずはそこが知りたいんだが」
「知ってたらあんたのところまで来てねぇよ」
苦笑いしながら慧音がそうだな、と答える。
「でもそうするとほんとに打つ手が無くなるぞ」
「…………なぁ先生」
「ん?どうした」
「確かこの幻想郷に心を読む妖怪がいたよな」
「あ、あぁ。それがどうかしたのか?」
「……少し無理矢理だが仕方無い。そいつに妹紅の心を読んでもらえれば大方分かるんじゃないか?」
「…………まぁ……それもそうだな……。だが」
「そうと決まればとっとと行ってくるわ」
立ち上がろうとすると妹紅がそれを妨げる。
「妹紅………悪いな、ちょっと待っててくれ」
服を掴んでいる手を力尽くで離させる。
「……私が行こうか?」
慧音が不意に声をあげた。
「……いや、里の守護者であるあんたが里からいなくなるのはマズイだろ」
「いやしかし………」
「―――この方法しか無いんだよ」
威圧するように顔をグイッと近付ける。
「………………ッ」
「さて………じゃあ早速行こうかね」
唖然としている慧音に妹紅を頼んで寺子屋を後にした。
大方さとり妖怪の居場所は把握している。
確か地霊殿とかいうところに引き篭もっているとかいないとか。
まぁどのみち地下へ行くことにはかわりないらしいので地下に住んでいる妖怪やらに聞けばいい。
「っとここか」
何処かの山の麓にかなり大きい穴を見つけ、そのなかに下へ続く階段があった。
急ぎ足で駆け下りていく。
大体一時間くらい降りて、下が見えてきたと同時に身を乗り出すと飛び降り、足を強化して着地する。
目測からして二十、三十メートルくらいの高さから落ちてきたことになる。
我ながら化け物だなと思いながらも顔をあげる。
すると遠くに村というかなにやら結構賑わっている通りがかなり続いていた。
それと今橙矢がいるところを繋ぐように一つの大きな橋が架かっている。
それを特に何も思わず歩を進める。
橋の中部に差し掛かった時に橋の上に長椅子があり、その椅子に少女が腰かけていた。
「………………」
特に何か言わなければいけないという決まりはないので通り過ぎようとする。
通り過ぎる際何かパルパルと聞こえた気がしたがあえて気にしなかった。
……気にしたところで何か面倒事になりそうだから。
橋を渡り終えると遠目で見るよりも更に賑わっていた。
下手したら幻想郷の地上よりも大きいかもしれない。
あくまで推測だが。
「さて…………地霊殿……だっけな。何処にあんだよ」
ただでさえ地上くらいの広さくらいの面積がある地下、しかもその中から一つの建物を探すとなると………。
内心軽く後悔しながらも街道を歩いていく。
辺りを見渡すと頭から角を生やした人達がほとんどだ。
「………鬼か」
舌打ちしてからなるべく早く抜けようと駆け足に切り替える。
心なしか鬼達がこちらを見ている気がしてならない。
(おい、あれ人間じゃないか?)
(ほんとだ………やるか?)
なんて声が聞こえた瞬間、足を強化して全速力で駆け出す。
(なんだよやるって、物騒な野郎が!)
周りの視線が気になるが止まったら間違いなくヤバイ。
「人間がいたぞォ!」
背後からそんな声が響く。
「んな……ッ!?」
すると街道にいる鬼が一気に目の色を変えた。
とりあえず道にいるのはマズイと思い、ある建物の屋根に登る。
眼下には人間がいることを知った鬼達が血眼にしながら探していた。
人間というのは橙矢の事だろう。
「なんだってんだよいったい……」
何か因縁でもあるのだろうか。
変な因縁でなければ良いのだが……。
「見つけた……人間」
「ッ!?」
いきなり背後から殺気を感じた。
振り向くよりも早く何者かに殴られ、屋根を突き破り、床に叩き付けられた。
あまりにも急だったので強化することも叶わず、生身で受ける。
たった一撃受けただけなのに全身に痛みが走る。
「がァ………」
朦朧とした意識を何とか取り留め、顔をあげる。
角を生やした人が拳を振り上げていた。
「―――――!!」
降り下ろされた拳を首を傾けて避け、腹を蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされた鬼は吹き飛び街道へと飛び出た。
「見つかったもんはしょうがねぇなァ…」
表情を一変させて楽しそうに嗤う。
街道へ飛び出て、追い討ちをかけるように鬼の顔面に拳を叩き付けた。
すると橙矢の存在に気付いた鬼等が一気にかかってくる。
ある一匹に狙いを定めると足を強化して飛びかかると顔面に蹴りを入れる。
その鬼の後ろをとり、羽交い締めにする。
意識を一瞬で飛ばすと首を掴んで投げ飛ばす。
投げ飛ばした直線上にいた奴等はその鬼に巻き込まれていく。
殺気を感じ、身体を屈めるとその上を蹴りと拳が通り過ぎる。
屈んだまま足を払い、下から殴り上げる。
もう一匹には倒れ込んだところに腹に膝を入れた。
間違いなく致命傷に値するダメージだろう。
突っ込んでくる鬼に頭を掴まれ、地に叩き付けられる。
しかしその前に後頭部を強化させておいたのでさしてのダメージは無い。
ニィ、と橙矢が口を歪めると鬼が一瞬たじろぐ。
その一瞬の隙を見逃さず、逆に鬼の顔面を掴むと、投げ捨てるように地に叩き付けた。
そのあと流れるように回転すると鬼に向けて蹴り飛ばした。
巻き込んでいく鬼に続いて追い討ちをかけるように殴りかかる。
――――それを遠目に見ていた二人の呑んべぇの鬼はゆっくりと腰を上げた。
「やれやれ、随分と派手な輩が来たもんだねぇ……紅白の巫女と白黒の魔法使い以来か?」
「そうだね。そろそろ私達が出ていって止めた方が良いかな?」
「ま、丁度暇を持て余していたところだ。軽く運動でもしてくるかな」
「それじゃあ私も行こうかな」
一人が霧となって飛んでいった。
目の前の鬼を殴り飛ばした直後、その鬼の陰から一人の鬼が出てくる。
「チッ!うぜぇな!どれだけ出てこれば…………ゴッ!?」
いつの間にか懐に入り込まれ、腹を殴られ、吹き飛んだ。
転がりながらある一軒に突っ込んだ。
「いって………っと!」
倒れたまま目を開けると先程の鬼とは違う鬼が目の前にいた。
跳ね起きる勢いを使って下から顎を蹴りあげ、立ち上がる。
「………ちょっとやり過ぎじゃないのかい人間?」
前方から橙矢を殴り飛ばした鬼が歩いてきた。
「………………?」
喋り方や声の高さからしてどうやら女性らしい。
鬼が姿を見せると橙矢は少々驚いた。
理由は簡単、橙矢より背丈が高かったからだ。
橙矢は比較的背が高い方でほとんど人を見上げるという経験が少ない。
しかも女性を見上げた、という経験は尚更だ。
目の前の鬼の女性は他の鬼と同様太い鎖が手首に付けており、額から一角の大きい角が出ていた。
「……………………」
少し見定めるように見たあと身を微かに屈める。
「………あんたも鬼なら……対象内だッ!」
爆発的な脚力で間合いを殺すと回し蹴りを入れる。
直撃した……!
―――――と勘違いしていた。
直撃したはずの足は鬼の手によって止められていた。
「……お前さん中々の体術じゃないか。誰からかに習ったのかい?」
「…………別に」
「そう……答える余地は無いって事か」
次の瞬間浮遊感を覚える。
「―――――は?」
直後、背中から床に叩き付けられた。
「ガ………ッ!?」
「へぇ、中々頑丈じゃないか。これなら少し遊べそうだね……!」
顔面に拳が迫るが首の皮一枚で避ける。
その腕を掴むと腹を蹴りあげ、身体が浮いたところで投げ飛ばす。
(あの鬼とやり合うのはマズイ……!とにかく逃げねぇと…!)
建物を出て再び駆け出す。
しかし、前に黒い霧が集束したかと思うと人の形に為していく。
慌てて足を止めた。
「ッ…………何だよ、俺がそんなに嫌いか?ここの連中は」
「―――久しぶりの人間だからね、色々とたぎってるんだよ。鬼達は」
先程の女性とは違い、こちらの鬼は頭から角を二本生やした少女だった。
「………それほどここには人間は来てないってか」
「人間が好き好んで来るようなところじゃないからね」
「だったら俺もその中の一人だな」
「へぇ?何か用でも?」
「ちょっと覚妖怪に頼み事を」
「どんな内容か聞いても?」
「なんで言わなくちゃいけねぇんだよ」
「言っちゃいけない頼み事なのか?」
「………………悪いが黙秘権行使だ」
小馬鹿にするように見下す。
「おいおい、鬼に喧嘩を売ろうってかい?命知らずな人間だねぇ…………。ま、話す気が無いならいいけどさ……。まずは売られた喧嘩、買おうかなッ!」
「あんただけ楽しもうってかい萃香、ずるいじゃないか」
背後から先程投げ飛ばした女性が歩んでくる。
萃香と呼ばれた少女はおどけたように首をすくめた。
「勇義、もうきたのか。もう少し寝てても良かったんだよ?」
女性―――勇義は口の端を吊り上げる。
「あんな程度喰らってないと同然だ」
「……………………」
鬼の間に挟まれているという状況で橙矢はため息をついた。
「ん、どうしたんだ?いきなりため息なんてついて」
聞かれていたのか萃香が疑問の声をあげる。
「あぁいやなにお前ら二人の相手をするとなると二次的被害が出るだろうな、なんて思ってな」
「………それほど大規模な戦いになるって事かい?」
「やっていいならな」
「………別にいいけど楽しませてくれよ?」
「………そうか、いいのか」
ニィ、と口を歪めると一つの建物に近寄り、建物を支える柱を一本掴む。
「………?何のつもりだ?」
「まぁ…見てろ、ってのッ!」
腕を限界まで強化させると柱、ではなく建物自体を持ち上げる。
「「は………?」」
これにはさすがの鬼二人は驚愕した。
「喜べ………俺から……直々にプレゼンだァ!」
叫びながら鬼二人に投げつけた。
「ちょっ…」
「そんなのありかよ……!」
すぐに鬼二人は我に返ると慌てて避ける。
「そんじょそこらの人間と一緒にしてもらっちゃあ困るんだよ!」
足を強化して左右に避けた二人のうち萃香に狙いを定める。
「まずはあんたからだ………ッ!」
間合いを殺すと下から拳を振り上げる。
しかし萃香は焦るどころが口の端を吊り上げた。
「大方強化型の能力か?だとしたら相手が悪かったね!鬼は通常他の妖怪より何倍も力が強い!」
「黙ってろ!」
振り上げた拳は、萃香の身体には当たらず、通過した。
「ッ!?」
「ひとつ良いことを教えとくよ。…………私の能力は『密と疎を操る程度の能力』つまり密度の操る事が出来る。………どういう意味か分かるか?」
「はぁ?密度?そんなの知らねぇよ」
「密度を操れるとなると密度を大きくしたりはもちろん小さくすることが出来る。そこからは言わなくても分かるだろ?」
「………密度を大きくすれば自身の身体が大きくなり、逆に小さくすれば密度が無くなって霧になるってか。あぁ、それでさっきの疑問点は無くなった」
「そういうこと、不意打ちでも仕掛けて来ない限り物理攻撃は効かないよ」
「じゃあ不意打ちでもするかなッ!」
「――――こっちがね!」
不意に横から声があがり、橙矢が投げた建物が砕け散り、勇義が突撃してくる。
「ッ!化け物かよ……!」
「あぁ、文字通り化け物の鬼だ!」
舌打ちしてから刀を横に薙ぎる。
それを素手で受け止めると勇義は拳を振り上げる。
腕を強化して拳を受け止めるがあまりにも強力過ぎて吹き飛ばされた。
何回か地を跳ねてから何とか止まる。
顔をあげると目の前に足の裏が迫っていた。
「ッアァ!」
上半身を地に平行になる程倒して避ける。
「これを避けるか……!」
「こちとら生憎普段から妖怪の相手をしてるんでね…!」
空いた横っ腹向けて蹴りを入れる。
「させないよ!」
その僅かな隙間に今まで霧となっていた萃香が割って入り、橙矢の蹴りを受け止めていた。
「ッ!」
「捕まえたよ……!勇義!」
「おうよ!」
萃香の声に答えた勇義が再び拳を振りかぶる。
「っざけんな……ッ!」
足を掴まれたまま拳を限界まで強化する。
「これで終わりだ人間ッ!」
「あぁ、てめぇらの負けでな!!」
拳同士がぶつかり合い、辺りに衝撃波が走った。
「フンフンフーン、今日も大量大量っと」
猫耳を頭から生やし、ゴスロリの服を着た少女が猫車を引いていた。
その中には常人が見たら吐き気が催すような死体が大量に入っていた。
「それじゃあこれを――――っと、ん?」
倒れている人影が見え、駆け寄る。
そこにはまだ成人していないであろう少年が多少の血を流して倒れていた。
「あちゃあ……これはもう手遅れだね。回収しようかな」
口ではそんな事を行っているがすでに少女は行動をしていた。
素早く少年を猫車に入れると引いていく。
その時揺れに反応するように少年の手がピクリと動いた。