「よぉ妹紅、朝早くからどうした?」
目の前にいる妹紅に多少驚きながらも口を開く。
「おはよう橙矢。………身体はまだ痛むか?」
「………あぁ、多少はな」
肩を回して見せる。
「それなら良かった……」
安堵している妹紅はまるで昨晩とは別人だった。
「………お前、ほんとに妹紅か?」
「それはどういう意味だ?」
「昨日とは別人に思えるほど百八十度変わってるじゃないか」
「あぁ……その事なんだが……」
急に妹紅が頭を下げてきた。
「………は?おい、何してんだよ」
「その、悪かった……。昨日はまだ精神が不安定だったらしくてね」
「……あー、そういう事ね。別にそんな気にしてないからいいよ」
手をヒラヒラ振る。
「え?」
予想外の答えだったのか、目を丸くした。
「なんだよ、許してほしくなかったのか?」
「……いや、単に驚いただけだよ」
「まぁ俺ほど心が広い人そんなにいないからな」
「自分で言うか?」
「……悪いか?」
「別に」
「………で、お前はなんでここに来たんだ?」
いつまで経っても平行線を辿ることになりそうなので早めに切り上げた。
「ん、あぁまぁ………」
歯切れが悪い妹紅に首を捻る。
「なんだよ、まさか用が無かったとかか?」
「いや、そうでもなくてな……。もう済んだんだ」
「………………あー、そういう事か」
橙矢は理解したように頷くと喉で笑う。
「ハッ、なんだよ。妹紅、おまえなかなか律儀な奴じゃないか。わざわざ謝りにくるなんてよ」
妹紅の頭に手を乗せて乱暴に撫でる。
「ちょっ……なにすんだよッ」
「褒美を与えてんだよ」
意地悪そうな笑みで撫で続ける。
「分かったから止め……ろッ」
手を払い除けられる。
「あー、やっぱり犬にしか効かないのかねぇ」
「……犬?橙矢、犬飼ってるのか?」
「は?俺の家の何処を見てその言葉が出てくるんだよ。白狼天狗の事だよ」
「なんだ、もう天狗の輩とも会ってきたのか」
「かなり前だけどな」
「へぇ、一回だけなのか?会ったのは」
「いや、一週間くらい前の宴会の時に会ったから……二回だな」
「私も行ってた宴会だな」
「確かにな。でもお前確か永遠亭の姫様と殺り合ってなかったか?」
「………あぁ」
「それで今日は守護者と一緒じゃないのか?」
「守護者……あぁ慧音の事か。慧音なら里の集会に呼ばれてたよ………。多分昨日の里が襲われた事だろうね」
「……………そうか」
「……そんなにあんたが気を落とす事じゃないよ。橙矢はただ………」
「もういいよ妹紅。ま、早かれ遅かれそろそろ俺の討伐依頼が出るだろうな」
「え?おい、それってどういう事だ?」
「今までは退治屋としてやっていた奴が急にその退治屋辞めるんだぞ?そいつのいく先は大方里の復讐か外の世界へ逃げる、かだろ。もし外の世界へ逃げようとしたらすぐに行動に移るはずだ。こんなところで一泊するより夜の内に行っておいた方が人に見つかる可能性は低くなる。だが俺はそうしなかった………つまり余程の事がない限り俺が里を襲うと考えているんだろ」
他人事のように淡々と橙矢が口が動く。
「……………あんたは襲おうと考えているのか?」
「襲う?馬鹿言え、里を襲えば幻想郷のほぼ全ての実力者を敵に回す事になる。それほど馬鹿じゃねぇよ」
「それなら良いけどさ…。くれぐれも気を付けろよ。ああ見えても里の連中何考えてるか分からないからな」
「んなこと嫌でも分かる」
「それで、これからどうするつもりだ?食料なんかは里に行かなきゃ調達出来ないだろ?」
「どうにかなるだろ」
「なんなら私が代わりに行ってきてやろうか?あ、金はそっちが出せよ」
「…………いいよ別に。迷惑かけるだろ」
「別に迷惑じゃないさ。慧音に時々寺子屋に顔を出せって言われてるからね。そのついでだ」
「……じゃあ頼むよ」
正直助かった、と思っている。橙矢は能力を使えど餓死する人間なのだ。
「任せときなって。それでどれくらいの期間で行けばいいんだ?」
「お前が里に行くときに顔を出してくれ。その時に決める」
「了解。最悪橙矢が私の家に来ればいいからね」
「行き方なんてもう忘れたよ」
「……迷いの竹林にあるから仕方無いけどな」
「とりあえず頼むわ。……今更だが上がってくか?」
振り向いて家を見る。
「このまえみたく追い出したりしないならな」
「お前が酔わなければ何も問題ない」
皮肉を皮肉で返し、互いに笑う。
「執事辞めても何も変わってないみたいだな」
「当たり前だ。あんなの表面だけ取り繕ってればいいだけだからな」
橙矢の答えに対して苦笑いをした。
「橙矢らしいな。けどあいにくこれから里の集会に呼ばれててね」
「……じゃあなんでこんな所に来たんだよ。始めから里に居れば良かったじゃないか」
「何となくだよ。何となく今日橙矢に会いたいと思っただけだ。………じゃあね」
じゃあな、と片手を上げて妹紅に返事する。
早々に立ち去る妹紅を見届けると家に戻ろうとして、やめる。
あえて家の鍵は閉めないでおく。どうせ家には盗られる物は何一つ無いからだ。
一応確認ということで家の中を覗く。
「……………………あ」
さとりがいることを忘れていた。
「…………まぁいいか」
戸を閉めると鍵をかける。
橙矢は一応………といっては変だが人間なのだ。それくらいの情はある。
「…………山行くか」
ふと頭に妖怪の山が浮かんだのでそこへ目指す事にした。
「よし、思い立ったらすぐ行動……だッ!」
景気付けに足を強化させて近くの木を蹴り倒し、走り出した。
妖怪の山までは徒歩でかなりの時間を費やした。
すでに陽が真上にまで昇っていた。
いや、そこまでは別に気にする事ではない。
それより問題なのは―――――
「………………迷った」
約一ヶ月前に通ったはずの道を見失った。
記憶力には自信がある橙矢にとっては由々しき事態だ。
「っかしいな……確かこの辺で……」
「―――そこの人間」
橙矢の背後で何かが着地した音が聞こえた。
振り向くと一匹の白狼天狗が橙矢を見つめていた。
「立ち去りなさい。すでにここは妖の山。貴様等人間が立ち入るところではない」
「………もみっこの時もそうだったが……どうして天狗はこうも人間を見下してるのかね」
ため息をついて白狼天狗を見下す。
「我々天狗は人間よりも力の差も知力も比べ物にならない。それだけでは納得いかないか?」
「………もしその馬鹿みてぇな理論ひっくり返されたら?」
「そんなこと万が一も無い」
「へぇ………じゃあ――――」
次の瞬間白狼天狗の目の前まで踏み込む。
「―――――!」
「その理論ぶち壊してやるよ!!」
強化した拳を振り上げて、顔面の目の前で寸止めした。
拳圧が風を巻き起こし、白狼天狗の全身を突き抜ける。
「………ま、こんなもんだろ」
ヘタレ込んだ白狼天狗を一瞥してから隣を通るとそのまま歩いていく。
「………情けねぇな白狼天狗」
通り過ぎる際にボソリと呟く。
「なん――――!」
憤りを覚えて手に持っている刀を握り、振り向き様に振るう。
「単純過ぎるぞ」
刀が橙矢を裂く前に顔面を蹴り飛ばした。
「――――――!」
「勝負にならねぇな」
「く…そ……」
「なんだ、まだ意識があったのか。頑丈さだけは認めてやるよ」
倒れた白狼天狗に見向きもせずに前を向く。
「やれやれ。………あ?」
顔をあげると白狼天狗が五匹くらいいた。
「……人間、そこにいる白狼天狗は貴方がやったのか?」
「そうだが?」
「そうか………では排除させて――――」
「待ちなさい」
不意に白狼天狗達の後ろから止めの声がした。
「彼は私の客人です。速やかに退きなさい」
後ろから出てきたのは哨戒役の筆頭格である犬走椛だった。
「椛さん……しかしこの人間は我々の仲間を……」
「たかが人間に私達白狼天狗がやられるわけないでしょう?他の妖怪にやられたのでしょう。先ほど彼が自身がやったと言ってましたがあの白狼天狗をやった妖怪に脅されたのでしょう。……私はあの人間とちょっと話をしてきますのであの倒れてる狼をよろしくお願いします」
白狼天狗達は腑に落ちないような表情をしていたがやがて倒れている白狼天狗を回収すると奥へ消えていった。
「……それで、橙矢さん何で来たんですか?」
隣に腰かけている椛が橙矢を横目で見る。
「あー……暇だから。で信じるか?」
「……信じますよ。橙矢さんはそのような人ですからね」
「何かそれはそれでムカつくな……。でも助けてくれた奴にそう言うのは悪いか」
「前よりかは物分かりが良くなったんじゃないですか?」
「俺は元から物分かりが良いんだよ。知らない奴が好き勝手言いやがるがな」
「それじゃあ私は橙矢さんの事をようやく知り始めた、くらいですか?」
「ハッ、全然まだまだだ。それだけで俺を知った気になるなよ」
面白そうに嗤う。
「さすがに貴方の全てを理解するのは不可能ですよ。それは他の人でも同様ですけど」
「だろうな。所詮生き物なんてそんなもんさ」
「でしょうね。理解が出来る者がいればそれは生き物ではありませんね」
「全てを熟知する力のない限りはな。………別にそんな話しどうだっていい」
「にしても運の悪い方ですね。ここは橙矢さんが前回来たところとはほぼ真逆のところです。担当する白狼天狗も違ったのでしょう」
「……だから前回俺が暴れた事も知らなかったのか。納得がいった」
「こんなところにいてはまた厄介な白狼天狗に見付かります。急いで私が担当する方へ行きましょう」
椛が立ち上がり、橙矢に手を差し伸べる。それを舌打ちしながら取る。
「だったら最初からそうしやがれ…」
腰を上げると先を急ぐ椛に付いていった。
「あー!!また敗けました!」
椛が担当する方の休憩所に椛の声が響いた。
目の前には将棋盤があり、向かい側には橙矢が呆れ顔で将棋盤を見ていた。
盤上では椛の王将が王手を取られていた。
「なぁ………そろそろいいんじゃないか」
めんどくさそうに椛に声をかける。
「嫌です!私が勝つまでやります!」
「一生懸かっても俺に勝てねぇよお前は」
これまで四、五回やってほぼ同じ手で勝っている。
「それにやり方が単調過ぎるんだよお前。少しは捻くれたやり方しなきゃいつまで経っても勝てないぞ?」
「余計なお世話ですよ。さしてもこれが哨戒に問題があるわけでもないので」
「ま、それも一理あるな」
だけど、と椛の王将を取る。
「筆頭格のお前がそんなんじゃこれからの哨戒役の事が心配でならねぇや」
「む……。だ、大丈夫ですよ」
「やれやれ、どこからその自信が出てくることやら」
椛を一瞥してから休憩所の端で固まっている白狼天狗達を見る。そのなかには以前橙矢が吹き飛ばした奴等もいた。
「ほら、あいつ等だってそう思ってるぞ」
「え……」
「冗談に決まってるだろ。………………」
急に橙矢が立ち上がった。
「?橙矢さんどうかしましたか?」
「……………」
退治屋になってから橙矢はいつになく辺りを警戒するようになっていた。それも無意識に。何時襲われても対応出来るようにだ。
今、近くで何者かの気配が膨張した気がする。
ただひとつ確実に言えることはそれは人間ではないということだ。普通の人間なら第一に妖怪の山に近づくはずないし、これほどの気配が人間が持つはずない。
つまり妖怪………。
「…………行くか」
休憩所から外へ出ると足を強化させて地を蹴ると、爆発的な推進力が橙矢を後押しする。
「ちょっ、橙矢さん!」
椛がすぐに追い付いてくる。さすがは妖怪、といったところだろうか。
「なんだ、悪いが急用が出来た」
「分かってますよ、妖怪が侵入してきたんでしょう?それも妖獣が………見たところ狼といったところでしょうか」
「?おいおい、まだ敵さんの姿を拝んでねぇんだぞ。なんでそんな事分かるんだよ」
「あれ、言ってませんでした?私の能力〈千里を見通せる程度の能力〉の事」
「初耳だ」
「そうでしたか?………まぁいいです。それより早く行きましょう」
「いや、俺一人で事足りる」
更に強化すると速度を上げていく。
さすがの椛も耐えきれなかったのか、距離が開いていく。
少し走ってから広いところに出た。
「っと確かこの辺りだな……」
足を止めて刀に手を添えて何時でも抜けるようにする。
すると前方から一人の男が焦ったように橙矢に駆け寄ってきた。
男は橙矢の肩を掴むと荒い息を整えながら歓喜の表情を浮かべた。
「あ、あんた確か退治屋だな!?丁度良かった!俺ァ今まで妖怪に襲われてたんだ!その妖怪を退治しちゃくれねぇか!?」
必死に橙矢の助けを乞うていたが、その男を橙矢は冷ややかな目で見ていた。
「…………」
「ど、どうしたんだよ退治屋!報酬ならいくらでも――――」
「クロだな」
男の言葉は遮られた。いや、遮ざるをえなかった。
一閃が閃いたと思うと同時に男の右腕が斬り落とされた。
「な――――にしやがるッ!?」
「おいおい何言ってんだよ頼んだのはお前だろ?なぁ狼男さんよ……。久しいな。俺が執事を辞めた日以来か?」
「―――!?」
「何処で俺が退治屋になったのを聞いたのか知らねぇが……ま、どうせ殺すことになるんだ。聞いたって意味ねぇか」
刀をゆっくりと抜いて男に突き付ける。
「な、何を言ってるんだ…!」
「まぁ別にお前が狼男であれそれでなくとも俺にはもう関係ないからな」
「ッ!?だけどあんた退治屋のはずじゃ……」
「じゃあ逆に聞くけどお前は昨晩何処にいた?」
「そんなの里に決まって――――」
「ダウト。残念ながら里は妖怪に襲われてました。それに俺はそいつ等に向けて退治屋は辞める、と公言した。それを里に居たのに知らねぇだぁ?おかしいよな」
せせら笑って男の鼻先に刀を近付ける。
「どうやって生き返ったか知らねぇが………殺すことに変わりねぇからいいか」
「くっそがァァァァ!」
急に男の姿が膨張して二本足で立つ狼に変貌した。
「悪いが元退治屋!今回の俺は前みたく簡単に殺られねぇぞ!何故なら――――」
「御託はいい、さっさと来いよ」
指で挑発すると狼は額に血管を浮かべて走ってきた。
「……そんなに死にたいのなら殺してやるよ!!」
「はい、フラグ建立乙」
足を強化させて地を蹴り、顎に膝蹴りを喰らわせる。
「ガッ……!?」
「死…………ねッ!」
首を撥ね飛ばし、浮いた頭部に刀を突き刺し、地に刺した。
「相手が悪かったな。くそ狼」
「ァ………カ……」
「なんだ、まだ生きてたのか……しぶとい奴」
刀を抜くと再び刀を降り下ろす。
しかも何回も何回も。
「ッ……!?」
「じっくりやってやるよ。テメェがこの世に生まれてきた事を後悔するまでなァ!」
やがて皮膚が剥がれるが気にせず何回も何回も降り下ろす。
「や、止め……」
「止める訳無いだろ」
血と涙でグチャグチャになった顔を足で押さえる。
「……………あばよ」
一切の情を持たずに踏み潰し、脳味噌やらを撒き散らした。
その際に出た血が橙矢に付いて紅く染める。
「ハァ…………ヒヒ、ハハハ、アッハハハハハハ!!」
何故か死体を見た直後嗤いが込み上げてきた。
押さえるのも困難になり、哄笑をあげる。
「と、橙矢……さん?」
「ハハ………は?」
いつの間に追い付いたのか椛が不審そうな目で橙矢を見ていた。
「あぁお前か椛。残念だったな、もう終わったぞ」
全身を血塗れにしてそういう橙矢は端から見ると狂人という他ない。
「橙矢さん……その、肉の塊は……何ですか?」
震える指で元々狼だったものを指す。
「お前の言った通り狼だ………顔見知りだったが殺っておいた」
「そんな…………。それまでする必要……あるのですか?」
「…………こいつが妖怪だから。それ以上の理由が要るか?」
「………ッ」
「あぁそういえば椛――――」
橙矢の獲物を見るような目で椛を視界に捉えた。
「――――確かお前も白狼天狗、つまり妖怪だったよな?」