里へ向かっている途中、妹紅はふと足を止めた。
何か頭の中で引っ掛かったからだ。
物理的な何かではなくただ単純に先程の橙矢が言った言葉に違和感を感じた。
(――――里に助けを呼んできてくれないか?)
何故橙矢は自らを追っている里に助けを求めた?
橙矢にはデメリットしか無いはずなのに。
あんな意識も朦朧としているときに里の者達に見つかってみろ。一瞬で袋叩きにされるのがオチだ。そこまで頭が回らないほど馬鹿とは思えない。
人間精神的に追い込まれれば追い込まれる程逆に冷静になるという。………まぁ橙矢の場合精神的に追い込まれる、という事がないと思うのだが。
(だったら他に理由があって………?ん、いや待てよ……そもそも私自身を里に向かわせる、それ自体が目的?だとしたら私をわざと逃がすため……?ッ!)
今更橙矢の考えに気付き、踵を返す。
しかし前から闇が押し寄せてきた。
「なん――――ッ!」
すぐさま焔を巻き上げさせ、相殺させる。
「ッだこれ!さっきの量の比じゃない!?」
遂には捌ききれなくなり、上空へ身を投げ出す。
「……まとめてやった方が効率がいいか……なッ!」
自身の最大火力を両手に集めると一気に解放する。
「灼け消えろ!!」
おそらく中心部であるところへ撃つ。
着弾すると一瞬昼になったかと錯覚するほどの光が妹紅の視界を奪う。
「しま、やりすぎ――――」
瞬間、何か衝撃が奔る。
「ガァ…!」
脇腹に何か刺さったらしい。……まぁこの状況で刺さるものと言えばひとつしかないが。
「闇か………ッ!」
まだ視界が快復しない中で脇腹に刺さった闇を掴む。すると肉が溶ける音が聞こえた。
「ッ!溶解の闇かよ…!」
(橙矢はこんなのに掴まれてたのか……)
なんて事を思ってると沸々と憤りが沸いてきた。
「……やっぱりあんたは赦さないルーミアァァ!」
手から焔を顕現させると連鎖的に伸びている闇を辿って焔が根本に奔っていく。
「ッ…!……やっぱり痛みには慣れないね……」
妹紅は蓬莱人とはいえ痛みを感じるのだ。これほど苦痛なことは無い。
地に下りると膝をついてしまう。
「別にいいさ……こんな傷いくらでもくれてやる…………!」
遥か前方にいる常闇の支配者を睨み付けた。
橙矢の応急処置を済ませた霊夢と魔理沙は紫に呼ばれて境内に来ていた。
「…………何で呼んだのかしら紫?」
「悪いわね、少し話しておきたい事があってね」
「それで早くしてくれないかしら。この間にもルーミアが里を襲うかもしれないのよ」
「まぁ待ちなさい。………東雲さんの事でね」
「「ッ!」」
二人の顔が強ばる。
「…東雲さん……薄々は気付いていたけどね。まぁ東雲さんが退治屋をやってたのは知ってるわよね」
「何よ今更」
「……それじゃあ東雲さんがどれだけ妖怪を退治してきたか分かる?」
「…………」
「……ええと……十匹くらいか?」
黙る霊夢に代わり魔理沙が答える。
しかし紫は首を横に振る。
「桁が違うわね。大体百匹とちょっとよ。最近妖怪も群れを成してね、その度大量の血を浴びてきたわ。………霊夢、人間が妖怪の血を大量に浴びればどうなるか………貴方なら分かるわよね?」
「知らないわよそんなの」
紫の問いに素っ気なく答えた。
「…………。まぁいいわ、知らないなら教えてあげる。妖怪の血を浴びる、それ即ち妖力を浴びる事になる」
「お、おい待てよ紫……それってまさか……」
震える声で魔理沙が紫に言う。紫は頷いて続ける。
「そうよ魔理沙。貴方が予想した通り徐々に徐々に――――妖怪になる。………それで先代、先々代………殆どの退治屋が妖怪になっていったわ………その人達の行く先は里の者に殺されたり、次の代の退治屋に殺されたり、自らの命を断ったり……どれも酷いものだったわ」
「…………それで、橙矢はもう妖怪なの?」
「……いいえ、まだよ。今はちょっと人間寄りの半人半妖といったところかしら……けど二ヶ月後には半人半妖。……………半年後には完全な妖怪になるわ」
「それって…………」
「…………橙矢は、橙矢は知ってるのか?」
「完全には把握してない様子だったわ……違和感は感じているようだったけれど……気付くのも時間の問題ね。だけれど本心は優しい彼だから何事も無いように振る舞うでしょうね」
「ッ…………」
「無理に彼の口から言わせようとすると間違いなく拒絶するでしょう」
いつになく真剣な表情で話す紫に言葉を失う。
「だからこの事を話すときは慎重に接しなさい。なるべく深く踏み込まない事、浅く、それこそ表面上の事だけを聞くように心掛けなさい」
「………何時から気付いての?」
「……それは彼が退治屋になった時の事かしら、それとも彼が妖怪の端くれになり始めた時の事かしら」
「後者よ」
「………そうね、すでにドラキュラ公と殺し合っている時には妖力を全身に浴びていたわ。それまでは……まぁ良くはないけれど良いでしょう。問題はそのあと。退治屋になってから来る日も来る日も妖怪を殺し続け、全身に妖怪の血を浴びて。………そこからは言わなくても分かるでしょう?」
「……なるほどね。よく分かったわ」
「いずれこの事については私が言うわ。貴方達は触れないようにしなさい」
橙矢の様子を見に行くのか神社の中へと入っていく。
戸を開いて―――――目を見開いた。
そこには少し散らかった布団がひとつ、あっただけだった。
闇が視界に入ると同時に首が撥ね飛ばされる。
「ッリザレクション!」
即座に再生され、またすぐに首が撥ね飛ばされる。
先程からこの繰り返しばかりだ。
再度再生すると上半身を後ろに倒す。
目の前を闇の触手が通り過ぎていく。
「ッハァ!」
息を一気に吐いてからフェニックスを顕現させる。
闇は一気に退いて、すぐにまたまっすぐ妹紅に向かってくる。しかしそれは不死鳥によって消される。
すると四方八方から闇が迫る。
「クッ……!?」
身体を捻り、何とか直撃は免れさせるが所々に掠り、溶解させられる。
(知ったことか……!)
全方位に焔を撒き散らして焼却する。煙が巻き起こり、視界が奪われる。
次の瞬間煙を突っ切り、ルーミアが突撃してきた。
「………ッ!」
頭を掴まれて地に叩き付けられる。腕を掴み、灼くが意味を成さなかった。
「~~~~~ッ」
(こいつ……強すぎだろ……!)
頭蓋骨がミシミシと軋む音がした。
腹に蹴りを入れて飛ばす。
(一旦距離を―――――)
ルーミアの足下から闇で出来た手が出てきて妹紅の首を絞める。
「アァッガ…コ………ッ!」
ゆっくりと持ち上げられ、地から足が離れる。
その間にも肉が溶けていく。
「……見たところ貴方蓬莱人……ね。どうしようかしら」
ルーミアが優しい声で誰かに問いかける。そのルーミアを殺せそうな眼で睨み付ける。
「人体……自然発火……ッ!」
直後妹紅を焔が包む。
――――――人体自然発火。
未だに何故起こるのか科学では証明出来ていない物である。
闇を燃やし尽くし、空へ逃げる。
だが追撃するように闇が妹紅を追ってくる。
(ここまで来るのか……!?)
驚きながらも紙一重で避ける。その際に燃やす事も忘れない。
が、闇はすぐに再生され、心臓を貫く。
「カッ…………」
口から血を吐き、墜ちる。
「リザ……レクショ……」
再生しようとするが墜ちていく妹紅に次々と闇の槍が刺さる。
「………貴方、再生させられると面倒だから…そこでじっとしていると良いわよ」
死ぬ一歩手前で攻撃が止む。
「ァ……ァ…………」
「次の客が厄介だもの。貴方と纏めて殺るのはなかなか面倒だわ」
その時何者かが地を蹴り、ルーミアに迫っていた。
降り下ろされた得物を闇で受け止める。
ギチギチと鬩ぎ合う。
「………思ってたよりも早かったじゃない。……退治屋さん?」
「元、退治屋だッ!」
橙矢は刀を硬化させると一気に振り抜き、闇を斬り裂いた。
続けてルーミアに肉薄すると横から薙ぎり、避けられるとそのまま回転して下から斬り上げる。
それも避けられると腰から鞘を抜き、叩き上げ、上を向いたところで跳び、足を強化して踵落としを顔面に喰らわせる。
「死………ねッ!」
そのまま地に叩き付ける。
しかし足下から闇が翔んでくる。
「チッ!」
刀を器用に使い、軌道を何とか逸らせた。
すぐさましゃがみ込む。その上をたった今逸らせた闇が通り過ぎる。
「何でもありかよ……!チート野郎が!」
未だに快復しない傷が巻かれている包帯に擦れ、痛みが生じる。
苦悶に顔を歪めるが今その事に関してはどうだっていい。
刀の先をルーミアに向けて柄を身体へ寄せる。
(一点集中攻撃……これが決まれば……!)
地を蹴り、一気に距離を詰め、溜めた力を解放した。
高速にも等しい速度で放たれた。
瞬間、視界が歪む。首もとを標的とした刀先は僅か外れ、掠る。
「…………ッ!?外した……!」
(まだ視界がグラついていやがったか……!)
舌打ちして外した刀をそのまま下へ斬り下ろす。
「あらあら………元気ね」
言うと同時に橙矢の脇腹が貫かれる。
「カハ………ッ!?」
嫌な感覚がし、気持ち悪くなる。
前言撤回。気持ち悪いなんて軽いものじゃない。身体の一部が抉られたのだ。
「ッアァ……!」
地に強化した拳を殴り付け、周りの闇を消し飛ばす。
一瞬だけだがルーミアへの道が開かれた。
(ここで決める……ッ!)
刀を構え、足を強化させて地を踏み締め、飛ぶ。
―――――――瞬間ベキッ、と何かが砕けた音が響いた。