――――ザンッ
切り裂いた音が響いた。
(………あれ?)
しかし不思議と痛みが来なかった。
恐る恐る目を開けると目の前には刀が地に刺さっていた。
顔を上げると橙矢が無感情な瞳で村紗を見ていた。
「ヒ………」
今更ながら身体が震え上がり、声を出すことすら出来なくなる。
村紗を一瞥すると橙矢は刀を地から抜き、背を向ける。
「あとは寅丸さんだけか……」
すでに村紗が戦意を喪失している事は錨を壊した時から知っている。
視線を星に移すと星は槍の先を橙矢に向ける。
「………宝塔無しで戦えるのか?待ってても良いんだぞ」
「心配無用です」
「……さいですか」
一瞬で距離を詰めると槍の柄を掴み、無力化させ、刀を下から斬り上げる。
「ッ!」
横へ身体を移動させ、避けた。
星は空いた横っ腹に蹴りを入れ、距離を離させる。
「さすが毘沙門天の代理!」
強化した拳を地に叩き付け、煙幕を巻き上がらせ、その中を突っ切るように突撃する。
「小癪な……」
一瞬で橙矢の場所を把握すると槍を突き出す。
ザクッ、と肉を抉る感覚が星の手に伝わってきた。
「グッ……テメェ……!」
橙矢の呻き声が聞こえると更に踏み込んで腹を殴り付ける。
「ゴハッ…!」
元々星は何処にでもいるような虎の妖獣だった。そのため戦闘に関しては命蓮寺の面子の中でも聖に続いて郡を抜いている。ナズーリンも同じ妖獣だが彼女は鼠妖怪。つまり頭を使って生き延びるタイプだ。毘沙門天の代理となった今常人以上の知識は持っているがまだまだナズーリンにはほど遠い。
「次!行きますよ!」
地を転がる橙矢に追い付くと拳を握り締める。
「チィ!」
足を反転させて地に着かせると無理矢理止まる。そこから足を振り上げ、拳を逸らすと鞘に収まっている刀を星に叩き付けた。
「ぅ……!」
腕を強化し、振り抜く。今度は星が地を転がる。
橙矢は立ち上がると抉られた肩口を一瞥し、星に向けて刀を投げつけた。
すでに体勢を立て直していた星は槍で弾く。と同時に橙矢がその刀を掴む。
「なに……!?」
「残念だったな……。俺の勝ちだ!」
刀を上段に構え、降り下ろした――――
………………
…………
……
「……………………」
橙矢は急に冷めたような目をした。
「………………なんの真似だ」
今にも降り下ろそうとした刀の刀身を見ると白蓮が掴んでいた。
「もう止しなさい。勝負はついたでしょう?……それにこれはただの手合わせ。ましてや殺し合いではない」
「…………………あぁ、そうだ」
それでも橙矢は刀を下ろそうとしない。
「だったらこの刀を下ろしてもらえるかしら」
「口調が崩れているぞ僧侶様」
「黙れ妖怪殺し」
「おいおい人聞きの悪いこと言うな」
「……まるで別人ね」
「はぁ?何言ってんだ」
「………一輪」
「了解、姐さん」
一輪が手にしていた輪を少し振ると雲で出来たおっさんもとい雲山が霧散し、橙矢に巻き付き、身動きを取れなくする。
「…………」
無理矢理引き剥がそうとするが相手は雲なので意味が無い。
「南無三!」
その時白蓮が橙矢の腹を殴打した。
「ゴッ……!」
星と村紗との戦闘で疲弊しきっていた橙矢の意識はいとも簡単に刈り取られた。
これまでの戦いを遥か上空から眺めていた人物がいた。
青髪に簪を指している女性は口を三日月に歪めた。
「あれは使えるわね……」
満足そうに頷くと踵を返し、飛んでいった。
腹に痛みを感じてゆっくり目を開ける。
……命蓮寺の何処かの部屋中だとすぐに分かる。
「いっつ……。ったくあの僧侶かなり本気でやりやがったな……」
身体を起こすと痛みが増す。
「やぁ、やっと起きたかい」
声のする方に顔を傾けると呆れた顔でナズーリンが橙矢を見下ろしていた。
「………なんだ、お前か」
「それ以外の言葉は無いのかい?呆れを通り越して尊敬するよ」
「うるさいな…………いてっ」
白蓮に殴られたところをつつかれて痛みで身体が跳ねる。
「ははっ、実にいい反応をするな君は」
面白そうにもう一度つつこうとするが橙矢がその手を掴む。
「……それくらいにしておけよ鼠」
「おっと失礼」
するとナズーリンの背後から星が現れる。
「ナズーリン、そろそろ交代の時間です」
「お、ご主人。もうそんな時間か。それじゃあ後は頼むよ」
「えぇ、任せといて下さい」
ナズーリンは立ち上がると部屋を出ていった。
「…………」
「………………」
((気まずい………!))
ついさっきまで橙矢は星を殺そうとし、また星は橙矢の肩口の肉を抉りとった。
これほど居づらい空間は無いだろう。
「あの………」
「あ?」
星が何か言った気がしてチラと見ると少し怯えたように縮こまった。
「いえ………何でも」
「………なんだ、その別にあんたが気にする必要なんて何処にも無いだろ」
「え……」
「俺は…………その……殺そうとしていたし……それに比べれば気にする事じゃないだろ」
「何言ってるんですか?貴方が私を殺そうとした?する気無かったでしょう?」
「……………あんたこそ何言ってるんだよ」
あの時確実に橙矢は星の事を殺そうとした。その事には間違いはない。
「貴方自身は気付いてないと思いますがあの時の貴方は人を殺そうとする瞳ではありませんでした」
「……馬鹿言え、あんたは何処かの信者か?殺されそうになった奴がほざくな」
「……………今、貴方の事が少し分かった気がします。………口調は悪く行動も身勝手、ですがそれは結果として人の為にしている。どれだけ貴方が意識して人を殺そうとしても殺せない。無意識に殺すことを避けている………少なくとも私はそう感じます」
「……………ハッ、馬鹿かあんたは。殺すことを避けている?冗談、俺は元々退治屋だ。殺すことなんて訳ねぇよ」
「……それでは何故村紗を斬らなかったのですか?」
「……戦意のねぇ奴は斬らないって決めてるからな」
「ほんとにそうですか?」
「…………何が言いたい」
「つまり、貴方は根は優しいんですよ」
「………………話にならねぇや。……誰がこんな嫌われ者を優しいと言うんだ」
すると星が橙矢の手を握る。
「少なくとも一人、ここにいますよ」
「………………」
………少しだけだが星に助けられた気がした。こんなにも腐れきった人間を優しいと言ってくれる人は指で数える程度……もいたか覚えてない。
「…………その……あ……ありがとう……」
慣れない言葉を口にすると星が微笑む。
「どういたしまして」
何だか恥ずかしくなり、顔を逸らす。
「?東雲さんどうかしましたか?」
「………何でもねぇよ」
「もしかして照れてますか?」
意地悪そうな笑みをすると顔を逸らした方へ回り込む。
「馬鹿、違ぇよ」
「だったら顔を見せて下さいよ」
「…………見せなくてもいいだろ」
すると星は橙矢の頬を両手で挟み、自身の方へと向かせる。
星はあまり恋愛沙汰に興味がない橙矢から見てもかなりの美人である。いや、星だけではなくこの命蓮寺の面々もだが。もっと言ってしまえば吸血鬼や魔法使いや巫女、蓬莱人、里の守護者だって美人だ。誰だって美人にこうされたら否が応でも多少は意識してしまう。
「やっぱり顔真っ赤じゃないですか」
「おまっ、ほんと止めろっての」
引き剥がそうとする橙矢と掴んでいようとする星。お互いに力は拮抗し合い、動かない。
「ええじゃないかええじゃないか」
「おっさんみたいな言い方すんな」
「失礼……あ、すみません、私これから少し用事がありますので席を外しますね」
「用事?」
「えぇ、ちょっと出掛けの用事で」
あいあい、と適当に手を振ると星は失礼します、と言って部屋を出ていった。
「……………勝手に出ていけばいいのにな」
「やっと起きたか橙矢!」
星と入れ替わるようにして縁側の方から村紗が部屋へと入ってくる。
「………あぁ。それと頭に響くから少し声を抑えてくれるか」
「あ、ごめん……」
「……………………」
「……………………」
「……………俺に何か用か?」
「まぁ、そんなところ」
苦笑いして座り直した橙矢の膝に頭を乗せ、寝転がる。
「……………何してんだ?」
「んー?別にいいじゃん。こんな美少女に膝枕してるんだよ?もっと喜ばないの?」
満面の笑みを橙矢に向ける。
「…………あまり」
「え?もしかしてそっち系?」
「………今なら冗談で済ませてやる」
「ごめんなさい」
「………で、用ってなんだよ」
「つれないなぁ。……まぁいいか。実は、私橙矢に興味持ってさ、それで橙矢の事もす少し知りたいなー、なんて思ってたりしてるんだよ」
「………物好きな奴だな。けど俺の事に関しては昨日話したぞ」
「それは退治屋の時の事でしょ?そうじゃなくて橙矢の事が聞きたいの」
「……言ってる意味が分からん」
「だーかーらー、退治屋になる前の事とか聞きたいの」
駄々を捏ねるように両手を上下に動かす。
そんな村紗を呆れた顔で見下ろす。
しかし彼女は瞳を輝かせ、期待するように橙矢を見つめる。
「………分かったよ。話せばいいんだろ」
「やったー、橙矢大好きー」
自身の膝の上で喜ぶ村紗の頭を軽く撫でると話始めた。
「さて、どこから話そうか―――」
「まぁそれで…………」
ふと気が付いて天井に向けていた視線を落とす。
「すぅ……すぅ………」
気持ち良さそうに橙矢の膝の上で寝ていた。
「こいつ………………ハァ」
一瞬叩き起こしてやろうとしたがすぐにその考えを首を横に振って取り消した。
こんなに気持ち良さそうに寝ていると逆に起こす方が後味が悪い。
「………寝かせといてやるか」
もうひとつため息を吐くと開けたままの襖の外を見る。何処までも広がっている空を見上げると少し遠い目をした。あの空は元々自分がいた世界と繋がっているのだろうか。
「ま、今の俺にはもう関係の無いことか……」
自嘲的な笑みを浮かべると視力を強化する。
博麗大結界。そう呼ばれる幻想郷を覆う結界に僅かに罅が入っていた。
「……………怖いな」
誰ともなく呟いた一言は誰にも拾われず幻想と消えていった。
――――博麗大結界崩壊まであと一ヶ月半
――いやはや、今回は星と村紗を中心として書かせていただきました。
自分でも書いてて何書いているんだ、なんて思ってました。
………村紗可愛いよ村紗。
あ、いえ、すみません。本音が出ました。