コンコンと橙矢は二時間もかけて見つけた射命丸文の家のドアをノックする。
「誰ですか?」
家の中から文の声がする。
「俺だ。東雲橙矢だ」
「………こんな時間になんですか」
明らかに不機嫌な声が返ってくる。
「何って………お前が言ってた取材を受けに来たんだけど」
すると戸が開かれ、文が顔を出す。
「……全然来ないから帰ったのかと思いましたよ」
「悪い悪い、道に迷っちまって」
「ほんとですか?あの白狼に何かやられて遅れたとかありませんよね?」
「されてねぇっての」
疑うように文は橙矢を見る。
「ま、貴方がやってないと言うのならそうなんでしょう」
「なんだ、やけにあっさりと認めるんだな」
「だって貴方は嘘をつくような人では無い……そんな気がしますから」
「全くその通りだ。俺はいつも正真正銘純粋潔白な正直な人間だ」
「いや、そこまでは言ってないのですが……」
「それより早く取材を始めてくれ。なるべく暗くなる前に帰りたいんだ」
「大丈夫ですよ。もし暗くなっても私が送ってあげますから」
どうぞどうぞ、と橙矢を家の中に連れて行く。
家の中には新聞や記事をまとめてある書類が山のように積み上げられていた。
ただそれは部屋の隅に纏められてあり、部屋自体は綺麗だった。
「それじゃあそこにでも腰をかけていていて下さい」
床に座布団を敷いあるので遠慮なくその上に座る。
と、茶を持ってきた文が机を挟んで反対側に座る。
「それじゃあ始めますが何か触れてはいけない事とかありますか?」
「…………と言うと?」
「例えば外の世界にいた時の事とか趣味等々」
「別に、何もねぇよ」
「分かりました。ではまずは」
急に視界が真っ白になった。
しかしそうなったのも束の間。すぐに視界が暗くなる。
正体はすぐに分かった。
文の手には元の世界と同じようなカメラがあった。
「………いきなり何しやがる」
軽い憤りを込めながら文を睨む。
「すみません、写真を撮らなければ文だけの新聞になってしまいますので。ちょっとだけ頂きます」
「………勝手にしやがれ」
「ありがとうございます。では質問していきますので答えたくない物だったら遠慮なく言ってください」
「あいあい」
グイグイと話を進めていく文とは対照的にどうにでもなれといった感じで胡座をかく橙矢。
「それじゃあ遠慮なく。そうですねー、橙矢さんは今何歳なんですか?」
「17だ」
「なるほど、ではまだ成人してはいないんですね」
「そーゆーこったな」
「じゃあ二つ目、ズバリ理想の女性のタイプは?」
「は?」
突拍子もない質問につい気の抜けた返事をしてしまった。
「だって橙矢さんも年頃の男子なんですよ?そりゃタイプの人くらいいますよね?」
「……………んなもん俺に聞くんじゃねぇよ」
「あやや?照れ隠しですか?」
「違ぇよ。ただ人に好かれることもなく嫌われることも無かったからな。逆に此方から好きになることも嫌いになることもないんだよ」
「?そんなもんですか?」
「そんなもんだろ。いいからさっさと次行ってくれ」
手をヒラヒラと振り、急かす。
「そんな焦らないで下さいよ」
「焦るも何ももう暗いじゃねぇか。さっさと帰らねぇと帰り道が大変なんだよ」
「だから私が送ってあげますから」
「あー……もう、勝手にしろ………」
「ではどんどんしていきますからね」
「っとここだ」
文に腕を掴まれて飛んでいると自分の家が見えたので降ろしてもらう。
「結構遅くなってしまいましたね。すみません」
取材が終わったのは始めて三時間後だった。
「あぁ、全くだ。これは今度何か飯を奢ってもらうしかねぇな」
橙矢にしては軽い冗談に文はハイッと無駄に声を張り上げて返事をする。
「もちろんです。何でしたら私の手作りしたご飯でもどうでしょう」
「そうだな、考えとくよ」
「ではでは私はこれから資料を纏めますんでこれで」
「おう、あんま気ぃ張りすぎて身体壊すなよ」
「お気遣いありがとうございます。それでは」
一瞬にして視界から消えた。
しばらく空を見上げていた橙矢は大きく息を吐いた。
――――今日からまた仕事漬けの日々が始まる。
「………これで良いよな」
紅魔館に入る前に門番である美鈴に服装について話していた。
「えぇ、大丈夫です。似合ってますよ」
「ありがとう、今日は寝るなよ」
「寝ませんよ」
働き始めてからこうして紅魔館に入る前に美鈴と話をするのが日課になっていた。
まぁ内容はどうでもいいことだが。
「あ、橙矢さん。そろそろじゃないですか?」
「ん、そうだな。じゃあ今日も頑張っていきますか」
従者に必ず配給されるチェーンが付いている洋風の時計を見ながら自分に言い聞かせるように呟いた。
館に入り、廊下を歩いていると前から咲夜が歩いてきた。
「咲夜さんおはようございます」
片手をあげて軽く挨拶する。
「えぇ、お早う橙矢。………でもその挨拶の仕方は上司にするものじゃないけどね」
呆れたようにため息をする。
「まぁ別に良いじゃないですか。ところで今日の俺の担当場所は?」
「……そうね午前中はお嬢様のお部屋の掃除、午後からは図書館で小悪魔の手伝いよ」
「了解」
目の前のドアにノックをする。
すると向こう側から「誰?」とくる。
「橙矢です。お嬢様のお部屋の清掃をしに参りました」
「入っていいわよ」
「失礼します」
ガチャと扉を開けるといつも通り大きいソファに座っていた。
「いらっしゃい、始めての休日は如何だったかしら?」
「全くもって休めませんでした」
「そうなの?でも休みはあげないわよ」
「わかってますよ」
床を箒で掃きながら軽口を叩く。
「そうそう、近々宴会があることは知ってるわね?」
「えぇ」
「それが明後日行われるらしいのよ。それで付いて来てくれないかしら?」
「自分がですか?」
「えぇ、咲夜も一緒に行くけどなんせ酒があるからね」
「二人とも酔っ払うと帰れないから、ですか。そーゆーことでしたら喜んで」
「それじゃあ早く掃除を再開してくれるかしら」
「失礼」
苦笑いしながら止めていた手を動かす。
前々から掃除をしていたからなのか橙矢が掃除をする必要も無いくらいに部屋は綺麗だった。
「あの…お嬢様」
「何かしら?」
「自分が掃除をする必要あまり無いんじゃ………」
「何を言ってるの、いいから早くやりなさい」
「やれって言ったってやるところが無いんですけど……逆に自分が汚してしまうんじゃないかと」
「気にしなくていいわよ、橙矢が部屋に要るだけで充分ですもの」
「はい?」
「しばらくしたら掃除を中断して昼前のティータイムと行きましょう。もちろん付き合ってくれるわよね?」
断れば命は無いぞ、みたいな目線を向けてくる。
その目線を微笑みで返す。
「お嬢様からのお誘いなのです。断るなんて失礼でしょう」
「分かってるじゃない」
「これでも空気は読める方なので」
「え?」
「へ?何か変なこと言いましたか?」
すると急にレミリアは口を抑えて笑いだした。
「ふふ……まさか貴方自分の事を本当にそう思っていて?」
「はい」
「変わってるわね」
「幻想郷に来てからよく言われます」
「それまでは誰からも相手されなかったらしいからねぇ」
「そうですね」
2つのカップに紅茶を入れるとテラスで大きい傘の下にいるレミリアの前のテーブルに置く。
「ありがとう」
「いえ、執事として当然です」
レミリアの向かい側に座ると庭にある巨大な花壇を見下す。
「花壇何ですけど下から見ても凄いですが上から見るとさらに凄いですね」
「花の世話は美鈴にさせてるからね」
「…………大丈夫ですかそれ」
美鈴と聞くと寝てるイメージしか出てこない。
「えぇ、美鈴は門番よりそっちの方の仕事の方が頑張ってるもの」
「…そうですか」
何か気にしたら負けな気がする。
「それにしても暇ね」
「始まったばかりでそんな事言わないで下さいよ」
「仕方ないじゃない」
ふと花壇の方に目を向けるとちょうど美鈴が花に世話をしに来たところだった。
「あ、美鈴」
「あら、ちょうどいいところに」
「へ?いいところ?」
何やらレミリアの瞳がいたずらっ子がよくする目をしていた。
…………嫌な予感しかしない。
「橙矢、今からちょっと美鈴と手合わせしてきなさい」
「大きさは同じくらいですよ」
自分の掌をレミリアに見せる。
「誤魔化そうとしても無駄よ。観念しなさい」
「そう言われましても急には……」
「ごちゃごちゃ言わないの」
橙矢は重いため息をついた。
「あのー、橙矢さん。これはいったい…」
正門の入ってすぐのところに微妙な空きスペースがある。
そこで橙矢と美鈴が向かい合う。
「俺が聞きたいよそんなの………」
「お嬢様が暇だからやってこいって言ったんですよね?」
「まぁ……大方そんなところだ」
そこで玄関の上にあるテラスから咲夜とレミリアが顔を出す。
「あ、お嬢様」
美鈴が始めにレミリアに気付いて視線をあげる。
「二人とももう準備は出来てるみたいね」
「………それで何をさせるつもりですか?」
「なに、簡単な手合わせよ。あ、橙矢は刀を使ってもいいわよ」
「でも私達には闘っても何もメリットが―――」
「勝った方は明日休みを与えるわ」
「やりましょう橙矢さん。さぁ今すぐ!」
反抗する美鈴だったが休みという言葉に敗けてすぐに寝返る。
「………別に俺はどっちでもいいんだけどなぁ」
「そんなこと言わないでちょうだい。貴方が勝ったら給料を倍に増やすわ」
「……どうしてもやらせたいらしいですね。分かりました。やりましょう。ですが」
そこまで言うと橙矢は腰に刺してある刀を鞘ごと抜いて足元に落とす。
「なるべく傷は付けさせたくないからな」
「優しいんですね。でも生身で勝つ気ですか?」
「いや、それじゃあ分が悪いから能力を使わせてもらう」
拳を握りしめ、美鈴に向ける。
「両者とも準備が良いようね」
「えぇ、いつでも」
「自分もです」
両者の準備が整ったことを確認すると咲夜が前に出る。
「それではルール説明です。相手を死に追いやったりすることは禁止です。どちらかが危険と判断した場合そこで試合終了です。それでは…………」
手がゆっくりとあがる。
(最初はどうでる……?殴ってくる?蹴りか?)
どのような行動が来ても対処出来るように構える。
「始めッ!」
手を振り下ろすと同時に美鈴が地を蹴って迫る。
椛ほど速くはないので充分に対処出来る。
右足の蹴りが飛んでくるので上半身を横に倒して避ける。
「な………!?」
まさか避けられるとは思ってなかったのだろう驚いた表情をする。
お返しとばかりに橙矢は脇腹に蹴りをいれる。
入った瞬間足を強化させて吹き飛ばす。
「中々やりますね橙矢さん……ッ!」
空中で体勢を整えると着地する。
「大したダメージは与えて無いように見えるが」
「当たり前です。妖怪なんですから」
再び突撃してくる。
「チィ!」
飛んでくる拳に応えるように強化した拳をぶつける。
「ぐぅ………!?」
さすがに無理があったのか大きく後退させられる。
挙げ句の果てには拳を弾かれ、腹に蹴りを入れられる。
「カハ…ッ!」
強化するのも間に合わずにまともに喰らう。
十メートル近く吹っ飛ぶ。
四肢に力を入れて立ち上がる。
――目の前に足が迫っていた。
「――――ングッ!」
上半身を思いっきり倒して避ける。
「まだいきますよ!」
空振りした足をそのまま下に振り下ろす。
強化させた腕をクロスさせて受け止めるが体勢が悪いのか地に叩き付けられる。
「クソッ!」
腕が壊れるギリギリまで強化し、横へ逸らす。
「ラアァ!」
立ち上がろうとして踏み出した足を軸に回し蹴りを入れる。
しかしそんな事もかいもせず美鈴は腕を掴んで地に叩き付ける。
嘔吐きそうになるが堪えると美鈴の腕を払い、距離をとる。
「ハァハァ………手厳しいな」
「橙矢さんこそ私相手にここまで出来る人間は四人目くらいですよ」
「四人目?」
「えぇ、博麗の巫女や白黒の魔法使い、それに咲夜さんとかです」
「あー、結果は?」
「全て負けました」
「あぁ………うん」
「隙ありです!」
目線を逸らしたすきに距離を詰められる。
「しぶといですね。彼」
咲夜がぶつかり合う二人を見ながら呟いた。
「えぇ、思った以上ね」
「思った以上……ですか?」
「私に歯向かった時に薄々気付いていたわ」
「それだけで?」
「ねぇ咲夜、人はどの時が一番人間としての能力を発揮出来ると思う?」
「一番、ですか?そうですね………死ぬと感じた時でしょうか」
咲夜の答えにレミリアは頷く。
「そう。だから橙矢は今遺憾なく発揮されているのよ」
「あの……もう少し分かりやすく言ってもらってもよろしいでしょうか?」
「彼は外の世界では誰からも忘れられたらしくてね……人ってのは誰からも忘れ去られたら死んだと同じなのよ。誰からも相手にされずに生きていけるかしら?しかも成人すらしていない少年が」
「つまり忘れ去られる事が死んだ事と同じことでそれを知った橙矢は誰かに自分の存在に気付いてほしくて強くなったと」
「少し違うわね。強くなったんじゃない。強くなりすぎてしまったのよ。強くなりすぎてしまった橙矢は多分世界から拒絶されてこの幻想郷に来た、予めこんなところかしら」
「それが彼の運命なのでしょう」
「えぇ、そうね」
その時だった―――――。
ブンッとしゃがんだ橙矢の真上を蹴りが通る。
伸びきった足を掴むと思いっきり引く。
「えっ!?」
予想外の行動に美鈴は目を見開く。
「ハァ!」
顔面に向けて強化した腕を振るう。
しかし右の掌でそれを受け止められる。
「チィ!」
足で残った足を払う。
「くっ!?」
一気に体勢を低くすると腹に蹴りをいれる。
美鈴は後ろに少し跳び、橙矢は追撃をするために足を強化させて距離を詰める。
殴ると見せかけて反対側から蹴りつける。
しかしそれを予想していたかのように橙矢の蹴りを受け止める。
次の瞬間、橙矢の身体が地に叩き付けられた。
「カ……ッ!」
舌打ちして距離を取ろうとする。
が、それよりも前に肩を掴まれる。
「終わりです!」
「――――――!!」
腹に強力な一撃をくらい、吹っ飛ぶ。
何度も地を跳ねて、壁にぶち当たり、ようやく止まる。
地に崩れ落ちた橙矢はピクリとも動かなくなった。
「あ………」
美鈴は威力を間違えて妖怪に放つ威力で橙矢に放ってしまっていた。
すぐにレミリアの方に身体を向けると頭を下げる。
「すみません!大事な執事を……」
それに対してレミリアは何も言わずにただ笑みを浮かべているだけだった。
訝しげに思って咲夜の方に視線をよこす。
咲夜もレミリアの笑みの意味が分からないのか首を傾げていた。
が、次の瞬間驚愕の顔に変わる。
「美鈴!後ろ――!」
え?と振り返る。
いつの間にか接近していたのか橙矢が既に懐に潜っていた。
「アアアアァァァァァァ!!」
「な、ん―――――」
刹那、強化させた掌底で心窩を打たれた。
「ゴフ……ッ!」
貫くような衝撃が美鈴を襲った。
意識を保つのも苦になり、手放した。
「け…………ざまぁ……みや……が……れ」
橙矢は薄く笑い、そのまま倒れた。
「――――――」
咲夜は目の前の事が夢のような感じがしていた。
肉弾戦ではレミリアと同等に戦える実力を持つ美鈴とほぼほぼ互角で戦っていた少年がいたから。
「やっぱり私の目に狂いは無かったわね」
レミリアは楽しそうに近くにいる妖精メイドに二人を運ぶよう伝えた。
しかしすぐに倒れていた内の一人である美鈴が目を覚ました。
「痛た……びっくりした……」
「あら、起きたのね美鈴」
いつの間にか咲夜が近くにいた。
その傍らには橙矢が咲夜にもたれ掛かるように肩を組んで立っていた。
「さすがに起きますよ。私の身体は頑丈ですからね」
「頑丈な割には気を失っていたけどね」
「アハハ……。あ、それより勝ち負けはどうなったんです?」
「貴方の勝ちよ。約束通り明日は休みね。門番は妖精メイドにでもやらせるから」
「それなんですけどちょっと良いですか?」
「何かしら?」
「私が橙矢さんの手伝いをする。それでどうでしょう」
「誰かの手伝いするなんて珍しいわね」
「ちょっと後ろめたいと言いますか……」
「そんな事本人が聞いたらきっと笑うわよ」
「違いありませんね」
咲夜に付いていくように美鈴は館の中に入っていった。
「…………ん」
部屋を照らしている灯りが眩しくなり、目が覚める。
「ここは………」
何処かのベッドで寝かされていた。
と、腹に激痛が走る。
「ッぅ………」
そこでようやく自分がここにいるまでの経緯を思い出した。
「確か美鈴と手合わせしていて……」
コンコン、とドアがノックされる。
「はい」
痛みのせいで上手く動けないため、向こうから来てもらう必要があった。
「失礼するわよ」
レミリアが部屋の中に入ってきた。
「やっと起きたのね」
「えぇ、つい先程」
「そう、大事にならなくて良かったわ」
レミリアが入ってきたなら仕方ない、と思いベッドから下りる。
「無理しなくていいのよ?」
「多少は無理しないとやっていけない気がして」
「そう、それじゃあ早速パチェのところに行ってもらおうかしら」
「もう昼過ぎですか?」
「えぇ、貴方は二時間くらい眠っていたもの」
そうですか、と言い、ドアを開ける。
「了解です。お嬢様」
しかしこの後に橙矢に不幸が三度起こるなんて思わなかっただろう。