いい響きじゃないですか。嫌いじゃないですよ自分。
「どうして花妖怪との戦いの時手加減しているんだ?」
「…………は?」
あまりにも馬鹿らしい質問だったのですっとんきょんな声を発してしまった。
「いやだからどうしてあんな命が危うい戦いで手加減しているのかなーって思って」
「ハッ、手加減している?アホぬかせ。手加減するわけ………いや、手加減出来るわけないだろ」
「そうかな?私は君の事はよく知らないけどこれは断言出来るよ。君は手加減……あぁちょっとこの言い方だと誤解を招くね。君は戦う気がまるでない。些か気を抜きすぎてるんじゃないか?」
「……………喧嘩売ってるのか?」
「まさか。私は事実を言ってるだけだよ」
「……………」
一瞬で距離を潰すと刀を抜き、首に突き付けた。
「…………口が滑りやす過ぎる。接着剤でも付けたらどうだ」
威圧するように睨み付けるが神子は一切動じない。
「…………斬ってみればいいじゃないか」
「…………本気で言ってるのか?」
「もちろん」
瞬間橙矢は刀を横に振り抜いた。
が、何か硬いものに阻まれる。
「……………防ぐだなんて言ってたか?」
神子は腰に差していた剣で受け止めていた。
「防ぐなとは言ってないからね。君」
「………」
「よっと」
剣で刀を弾くと空いた腹に蹴りを入れられる。
「ッ………何しやがる……」
「あぁすまない。あまりにも隙だらけだったもので」
「ふざけんな………ッ!」
振り上げられた足を来ることを分かっているかのように避ける。
「まぁそう怒るなよ」
服の襟を掴まれて地に叩き付けられる。
「落ち着け元退治屋。何も私は君と争うために来たわけじゃないんだ」
「………今この体勢では説得力無いぞ」
腕を掴み、返そうとするが腹を強く踏みつけられて強制的に中断させられる。
「ッ……!」
「おかしいなぁ……私が聞いた噂では退治屋はこんなに弱くなかった筈だが……。布都、人違いじゃないのか?」
「太子……お主を基準としてもらっては困る」
「あぁそうだったな。すまない。あまりにも拍子抜けだったからな」
「殺されてぇのかくそ野郎……ッ!」
「おっと動かないでくれよ」
「カッ…!?」
もう一度踏みつけられる。更にもう一度。
神子は冷たい眼差しで橙矢を見つめると口を開いた。
「………………君、殺すのが怖いんだろ」
「……ッ!」
「まぁ気持ちは分からなくもないけどね」
「……お前、さとり妖怪かよ……」
「つまりそれは合ってるって事でいいかな?……けど残念、私はさとり妖怪ではないよ。能力は多少似ているけどね」
「……………〈十人の話を同時に聞くことが出来る程度の能力〉」
すると神子の目が少し開かれた。
「へぇ、私の能力を当てるなんてね」
「……そうでもねぇぞ。豊聡耳………いや、聖徳太子……ではなさそうだな。本人では無いな」
「確かに聖徳太子本人ではないよ。けどそれに値するくらいの知識や力はある」
「…………なるほど。十人の話を同時に聞ける聴覚を一人に対して使えば多少は心を読めるってわけか」
身体を捻り、刀を振り回し、神子から離れる。
(豊聡耳って奴は聖徳太子。物部は……まぁ有名な物部守屋あたり。だとするとそれなら蘇我は…馬子……じゃなくて物部と対立の関係にあった入鹿の方が自然だな。何か関係があるのか?いや、物部と蘇我は関係あるか。だが聖徳太子はある程度年代層が違う。……まぁそれは後で考えればいいか。問題はあの邪仙の事だ。多分邪仙はこの聖人に仕えているんだろう。だったら必ず歴史上の人物。せめて誰か分かれば……。にしても壁抜け出来る奴なんていたか?)
頭をフル回転させるがどうにも出てこない。
(物部は直接の関係は無いって言ってたな。つまり物部一族とは関係が無い…。かつ聖徳太子と………いや待て、蘇我方面だったらまだいる。中大兄皇子と中臣鎌足。けど…二人とも壁抜けには関係ないか。だとしたら………………ここの三人とは関係が無い?)
「ふむ、元退治屋。中々考えるね。あながち間違ってはいないよ」
「あながち……か。つまり間違っているところもあるって事だよな」
「そういうこと。まぁ教えないけどね」
「……そう言うと思った」
「にしてもまず正体を暴こうとする辺りそっち方面に関しては強そうだ」
「………興味本意で調べてただけだ」
「ふぅん……じゃあ君は頑張りたまえ。今回の件に関しては私は首を突っ込む気はない」
「ッ!太子!それはどういう事だ!?」
布都が食って掛かるが笏で叩いて黙らせる。
「言ってる意味が分からないのか布都。私が手を出す程でも無いと言っているんだ」
「……つまりそれは」
「そこの役立たずの元退治屋とお前たちだけで事足りる」
「…………本気で言ってるのか?」
「私は嘘を言わない質でね。そうそう、それと君にもうひとつ言いたい事があって」
「…………何だよ。また嫌味か」
「うーん、少し違うかな。君も気付いてるみたいだし」
笏で橙矢を指す。
「気付いてる?」
「そうだよ。それじゃ東雲橙矢、君はどうして退治屋を辞めたんだ?
…………半人半妖になったからか?」
………時が止まったと錯覚するほど静寂が続いた。
「…………………ぁ?」
掠れた声が喉から出る。
「あれ、その様子じゃ気付いてなかったみたいだね」
脳が理解するのに時間がかかった。
「…………半人半妖?俺が?」
「だからそう言っているでしょう」
「………もしその話が本当なら……お前はいつから……気付いていた?」
「一目見てから。………でもよく騒がれないね。退治屋が半妖なのに」
神子は何気無く話しているが橙矢の内心は乱れまくっていた。
(どういう事だ……。俺が半妖だなんて……。何か妖力を浴びるような……。ッ!まさか今まで浴びてきた妖怪共の血が………ッ!)
だから里の奴等は何も知らない外来人を退治屋に仕立てあげるのか。
―――――嵌められた。
どうしようもない怒りが湧いてくる。それを面白そうに見る聖人は何か思い付いたように口を開いた。
「君に足りなかったもの。それは自分自身の身に起きた怒りが無いことだ。君はその力を自分自身の為に使おうとはしなかった。……その意味が分かるかい?」
「………………………」
すでに橙矢は考える事を放棄していた。何も言っても無駄な筈なのにも関わらず続ける。
「つまりそういう事だ。君が君自身の為にその能力を使えばあの花妖怪を殺すことだって容易だ」
「太子様、さすがにそれ以上煽るのは宜しくないのかと……」
「何だ屠自古。せっかく面白くなってきたところじゃないか。邪魔をしないでくれるか」
「いやしかし彼の矛先が誰に向くか分からない今」
「あーはいはい分かった分かった。………そうだな、私はこれで失礼するよ。布都、屠自古、後は任せる」
踵を返して戻ろうとするがピタリと歩を止めた。振り返ると橙矢が無感情の瞳で神子を捉えていた。
「………誰にもぶつけれないこの怒り……どうやって発散させるか。……答えは簡単だ」
言うと同時に一気に屈む。
「ッ!太子逃げろ!」
いち早く気付いた布都が神子と橙矢の間に割って入るが橙矢の蹴りにより吹き飛ばされた。
「目の前にいるてめぇらにぶつければいい!」
距離を潰して神子の首を掴むと地に叩き付け、刀を一気に引き抜く。
そして神子の顔面に突き刺―――――す寸前でビタッと止めた。
「ッハァッ、ハァッ!」
橙矢の顔には冷や汗が滝のように流れていた。
(危ねぇ…!一時的な感情で殺しそうになった………)
無意識に殺そうとした自身の身体を無理矢理止めた。そんな橙矢を神子は細めた目で見ていた。
「……………君、やっぱり」
「黙ってろ……。お前には一生懸かっても分からないだろうな!殺すという事がどれだけ馬鹿らしい事か……!それを逆撫でするような真似しやがって……!」
「………それが君の為だと思ったんだけどな……」
「俺の為だァ?冗談もたがいにしろよ…!」
橙矢の目は先程の戸惑いの色はなく、やり場のない怒りを何処に向けるか。それをただひたすら探している目だった。
「太子様!」
主人の身を案じてか弾幕を放とうとする屠自古を手を上げて諫める。
「私なら平気だ。弾を撃つ必要もない」
「ッ…………」
盛大に舌打ちすると橙矢は神子の首から手を離して刀を鞘に収める。
「………とっとと帰れ。目障りだ」
「あぁ悪いね。邪魔をして」
「二度と来るな」
「おお怖い怖い」
戯けるように逃げていった。
「………………」
残った布都と屠自古を睨むと布都がため息をつく。
「……すまないな。太子の話は忘れてくれ。元々人を怒らせるのが好きな奴が故に敵が多くてな……。まぁとにかく結界の事は頼む」
再度舌打ちすると家に向かっていく。
「知った事かよ………」
誰もいない神社近くの森林の地に穴が空いた。
「まったく……面倒ね。スキマ妖怪みたく瞬間移動出来ないのかしら」
穴から出てきた花妖怪はひと伸びしてから舌打ちする。
それに続くように邪仙が呆れたように出てくる。
「仕方ないですよ。私の能力は壁抜けだけなんですから。そういう貴方も花を操る能力という平凡な能力じゃないですか」
「……貴方程度なら一瞬で殺せるわ」
睨まれたので失礼、と言って首を竦める。
「花を操るって言ってもその使用法は無限大よ」
「へぇ……例えば?」
「教えたところで貴方が理解出来るとは到底思えないわ」
「………………………」
「それよりも早く行きましょう。……誰かに見付かればその分敵も増えるわ。……別に私はいいのだけれど」
「……行きましょう。今回はちゃんと協力者全員集まった事ですしね」
穴から出てくる者達をちらと一瞥した。