東方空雲華【完結】   作:船長は活動停止

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第九話 執事の虚偽

――紅魔館からかなり離れたところで満月に照らされながら橙矢は荒い息を整えながら近くの木にもたれた。

「ハァ…ハァ……何とか逃げ切れたか……」

辺りを見渡して安全を確認する。

………一先ず安全―――――。

「――ギィヤァァァ!」

「―――――――ッ!」

暗闇の向こうから獣の鳴き声がした。

橙矢は慌てて刀を構える。

すると前方にある木が倒れてきた。

一歩後ろへ下がり、木を避ける。

瞬間、肩口を深く何者かに抉り取られる。

「―――ガッ!?」

傷跡を見ると何者かに食われたような傷が出来ていた。

「ハ、ハハ……食われるなんて滅多に経験出来ねぇよな」

何故か頬がつり上がり、笑みを作っていた。

「坊主の言う通りだな。さしずめ最近神隠しにあった人間か?」

橙矢の後ろから少々ドスの利いた声がした。

振り返ると目測で三メートルはあるかというほどの狼が二本足で立っていた。

「あぁ、それともうひとつ新しいのを発見した。二本の足で立つ狼を見るのも初体験だ」

血が止めどなく流れる感覚に嫌気がさしながら油断なく刀を構える。

「あんたとはなるべく温厚に物事を鎮めたいな。見逃してくれるか?獣……あぁいや、妖獣さん」

「ハハハハ!何を言うかと思えば面白いこと言うじゃねぇか!だがそれは無理だなァ。最近博麗の巫女やら妖怪の賢者やらが変なルール作ったせいで俺等下級の妖怪が人間を食えなくなっちまったんだ!だが今はそいつらはいねぇ!」

「………………ハァ」

こんな状況なのに関わらずため息が出た。

いや、こんな状況だから、だろうか。

「なんだよそのため息は」

「いやなに、お前はこの言葉を知ってるか?郷に入っては郷に従えって」

「ハッ!何だ、お前はあんなルールを守れってか!?」

「いや、そもそもルールってもんが分からねぇんだが………。ま、そういうことだ」

「ふざけんじゃ―――――」

「話になんねーな」

強化した足で狼の目の前に来ると刀を降り下ろす。

早くその事に気付いた狼は上手く身体を捻るが完全には避けられずに左腕を肩から切り離された。

「ッ!!不意打ちとはやるな坊主!」

「良いじゃねぇか。こちとら十分にイラついてるんでね。サンドバッグになりやがれ!!」

「冗談言ってんじゃねぇ!そんな理由で殺されてたまるか!」

「うるせぇ!俺もタダで食われるほど安くねぇぞ!」

伸びてくる右腕を足で蹴り飛ばし、頭から斬り下ろす。

狼はそれを強靭な牙で受け止める。

「!!」

これにはさすがの橙矢も驚いた。

「今度はこっちから行くぜぇ!」

狼が鋭い爪を立てて橙矢に迫る。

「させるかよ……!」

爪が橙矢を裂く寸前、裂かれるヵ所を強化、というより硬化する。

案の定爪は当たりはしたものの裂かれる事は無かった。

「チィ!」

狼は貫通しないことに気付くと同時に橙矢を吹き飛ばす。

「ゴハッ!?」

木に激突して肺の中にある空気が全て抜けていく。

意識が半分飛びそうになるが頭を木に打ち付けて無理矢理意識を戻す。

「ヒヒヒ……想像以上にイカれてやがるな」

「どうも…」

頭から血を流しながらもしっかりと立つ。

「さ、目もやっと覚めたし……」

瞬間橙矢の姿が霞のように消える。

「ッ!何処に――――」

「遅ぇよ!」

狼の後ろから声がした後に背を深く切り裂かれた。

「てめッ!あんな怪我負っときながらなんて速さだァ!」

狼が距離を取る。

「悪いな、言い忘れてた。俺はスロースターターなんでな」

その言葉を聞いて狼は狼狽を隠せなかった。

「で、出鱈目言ってんじゃねぇ!さっきまではスロースターターだっただァ!?冗談じゃねぇ!それならお前はあの速さより速く動け―――」

 

「…………だからそう言ってるだろ」

 

次は左から。

「クソッ!」

爪を振るうが空を切る。

橙矢は地に張り付くほど上体を屈ませていた。

「ラアァ!」

刀を振り上げて狼の上半身の肉を深く抉る。

ブチブチッ、と肉が切れる音がし、そのあとに血が吹き出る。

「…………ッ!」

血が橙矢にかかる。

「………くっそ!」

服と肌の間に血が入り込み、感覚が気持ち悪くなる。

橙矢は瞬く間に真っ赤に染まる。

「しゃらくせぇ!!」

一切血の事をかいもせず刀を振り切る。

その勢いで回転し、強化した足で回し蹴りを入れる。

「ゴッ…ッ!」

狼は吹っ飛び、木々を巻き添えにして転がっていく。

「頑丈にも程があるだろ…!」

橙矢は地を蹴って狼を追う。

「それはてめぇもだろォが!」

「ッ!」

前方から急に狼が飛んでくる。

反応出来ずに顔面を掴まれて、木に叩き付けられる。

「ア……ガ……」

引き離そうと狼の腕を掴む。

「妖獣のあんたと俺を一緒にすんじゃ……ねぇよ!」

刀を横から狼の頭に突き刺す。

「ゴ……ァ…………」

頭から手が離れ、前に巨体が倒れこむ。

「ハァッ……ハァッ………」

一気に緊張感が抜けてその場に座り込む。

「危な……かった……」

普段ならそれほど苦戦する程の相手ではないのだが状況が状況なだけに危険だった。

「くっそ………右腕食いやがって……」

全ては食われてないものの肩口を大きく抉り取られた。

血も先程から流れっぱなしで貧血というレベルを大きく越えていた。

「やっべぇ……眠くなってきた……」

本当は血が足りなさすぎて意識が飛びそうだが気を紛らわすためにあえてそう言った。

だがそれでも視界が暗くなっていく。

もう一度頭を叩き付けようかとしたのだが身体が動かなかった。

何とか足を強化させて立つ。

「これでやっとかよ……」

少しでも操作を間違えたら身体に大ダメージを自ら与えてしまう。

「慎重が行かないとな………」

一歩一歩ゆっくりと確実に歩く。

その時、前方の空間に裂け目が出来た。

 

 

 

 

 

数分前、博麗神社―――――

「ッぷはー。やっぱり酒は美味しいわねー」

すっかり酔っ払った霊夢は橙矢の事など忘れていた。

しかしレミリアは酒を飲みながらも橙矢を事を少し探していた。

「…………ハァ」

「どうしたのよそんなため息ついて。幸せが逃げるわよ」

「仕方ないじゃない。何時まで経っても執事が姿を見せないのだもの」

「執事?………あぁ橙矢の事ね」

霊夢は今思い出したように声を出す。

「霊夢あなたねぇ……。今の言葉橙矢が聞いたら多分泣くわよ?」

「……うっさいわよ……」

霊夢が拗ねたように口を尖らす。

丁度そのタイミングで神社の裏側からフランが走ってきた。

「おねーさまぁ!何処にもお兄様いなかったよ!」

「何処にもいなかった?フラン、橙矢を探してたの?」

「うん。それなのにお兄様ったら何処にもいないんだもの!」

「貴方の探査不足じゃない?」

「――――残念ながらあの執事ならこの神社にはいないわよ」

突然スキマを使って割って入ってくる妖怪の賢者。

勿論の如く比喩ではない。

「あら紫、貴方は何か知ってそうね」

「えぇ、もちのろんよ。私を誰だと思ってるの?」

「それよりあんた、ちょっと橙矢の探してきてくれない?」

「あら霊夢。最近私の扱いがぞんざいではなくて?」

「知らないわよ。早く探してちょうだい」

「はいはーい」

言うなりすぐにスキマを開く。

「あら~これは酷いわね」

「どうかしたの?」

「えぇ、とにかく命が危ないわね。肉が抉れてるわ血は流れ放題だわ何かの返り血は全身に浴びてるわ」

「ちょっ、なに呑気にやばい事言ってるの!?今すぐこっちに移動させなさい!」

霊夢が叫ぶと紫が宥める。

「待ちなさい。こんな宴会の中に血塗れの東雲さんを出せっての?あり得ないわ。とにかく神社の中にある風呂へ移動させるわ」

すぐさまスキマを展開させるとその中へ入っていく。

霊夢とレミリアは急いで神社の風呂へ駆けて行った。

 

 

 

 

すでに運ばれていた橙矢は風呂を真っ赤に染めていた。

服も所々破れて見る影も無かった。

「………橙矢………!」

いち早く霊夢が自らの巫女服を汚れることもい問わずに橙矢へ駆け寄り、血を洗い流す。

レミリアはあまりのショックのようで何も動けないでいた。

「レミリア!あんたも黙ってないで手伝いなさい……!」

そこでようやくレミリアが我に返る。

「え、えぇ……」

 

「その必要は無いわよ」

 

ふと、急に後ろから声がかけられる。

一瞬紫が戻ってきたかと思ったのだが違った。

いつから気付いていたのか迷いの竹林の医者である八意永琳がいた。

「宇宙人……」

「スキマの妖怪から聞いたわ。あとは任せなさい」

そう言って血を手早く洗い流してから紫を呼ぶと再びスキマの中に橙矢を入れた。

「今から永遠亭で治療するわ」

「…………大丈夫なの?」

「何言ってるの吸血鬼さん?私は医者よ?」

「わかってるわ……でも」

「安心しなさい。請求は神社宛にするから」

「それは後でね。それより早く」

急かすように言うとすぐにスキマの中に入っていく。

「「橙矢……」」

丁度霊夢とレミリアの声が重なったがさしても気にならなかった。

 

 

 

 

 

永遠亭の治療室に橙矢の連れて行くと永琳は少し唸った。

「…本当に酷いわね。血はもちろん、肩口を食いちぎられてる。それと背中に深い裂傷……。大方妖獣かしら」

少し採血し、血液型を調べてから輸血用の血の入ったパックの持ってきて橙矢に繋げる。

「にしてもこれだけの傷や流血しておいてよく生きてられるわね……」

普通の人間だったらとうに死んでいてもおかしくないほどの重症だった。

「それより早くやらないと……。本気で危ないわ」

自分に言い聞かせるように呟くと治療を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

……

………

…………

痛い程の光が目に当たり、ゆっくりと瞼を開ける。

「…………………」

首を左右に動かして辺りの確認をする。

どうやら何処かの部屋のようだ。

「………来世……ではないよな」

「起きて早々に人の家をあの世にしないでほしいわね」

ふと声がした方に首を倒すと一度会ったことのある女性が何故か呆れた様子で橙矢を見ていた。

「それにしても貴方常人を逸してる回復力だわ」

「………………………」

褒められてるのか貶されてるのか。

「ところで貴方はほんとに人間なの?」

「は?」

「傷からして一時間も経ってないわ。それなのにもう意識を戻すって。妖怪でも一日は意識を戻さないわよ」

「うるさいな……っつ……」

身体を起こそうとしたが、激痛によって遮られる。

「言ったでしょう?あんな傷で意識がある方がおかしいって」

永琳は止めようとするがそれを押し退けて身体を起こす。

「………ところで今何時だ?」

「今?そうね……丑三つ時、くらいね」

「…………」

ベッドから下りると部屋から出ようとする。

「ちょっと、さっきの話聞いてた?」

「うるせぇよ、俺がどうなろうとあんたには関係無いだろ?」

「……………確かにね。でもちゃんと治療費はいただくわよ」

「出世払いで」

そう言うと橙矢は永琳以外誰もいない永遠亭の廊下を歩いていった。

 

 

 

 

 

「橙矢!」

永遠亭を出ると霊夢と紅魔館の住民が待っていた。

「…………どうしたんだよ」

「どうしたもこうしたもなんであんな所で死にそうになってたのよ!」

レミリアが橙矢の前に来て胸ぐらを掴む。

「すみません。少々急ぎ用があったものでしたから。それより宴会はどうしたのですか?」

「何馬鹿な事を言ってるの。貴方が死に体だったのよ。呑気に飲んでる場合じゃなかったわよッ」

「……そうですか」

他人事のように聞き流すとフラフラと歩いていく。

「……待ちなさい橙矢」

不意にレミリアが声をかけた。

「さっきまで何があったか言いなさい。これは命令よ」

「………………命令、ですか。分かりました」

橙矢は振り返ってボロボロの執事服を正すとレミリアの前へ来た。

「では率直に。ひとつ、吸血鬼ドラキュラ公が復活しました」

「――――――ッ!」

「ふたつ、紅魔館に属している妖精メイドが一人除いてそのドラキュラに殺されました」

「ちょっ、ちょっと待って!」

レミリアが橙矢の言葉を遮る。

「ドラキュラって確か地下に幽閉したあったはずよね!?なんでそんな………」

「残念ながら事実ですよ」

「でもどうやって抜け出したの……?」

「…………………俺がやりました」

すんなりと出た答えに紅魔館の住民はもちろん、自分自身でさえ驚いていた。

だがもう言ってしまった事は仕方無い。そういうことにしておこう。

「……どういう事?」

レミリアの視線が鋭くなる。

あえて橙矢はそれに気付かないふりをして続ける。

「俺達が宴会の行く前、かなりの時間があったでしょう?そのときに軽く鎖を解いておきました。さらに銀の格子も刀で壊しました。そしてあとは仕事が終わり、元からあの部屋に興味を持っていた妖精メイドが来れば…………あとは分かりますよね?」

「………貴方がどんな理由でそんな自分がやった、なんて嘘をつくかは知らないけどドラキュラが復活したのは本当のようね」

レミリアは瞬時に橙矢が嘘をついていることを見抜いた。

「お嬢様がそう言いたい気持ちは分かりますが残念ながら俺がやりました。理由は簡単。完全にこの世から消すためです」

「………………咲夜」

ボソリとレミリアが名を呼ぶと咲夜は頷き、ナイフを取り出して一瞬で橙矢に突き付ける。

「仮に貴方がやったとしましょう。だとしたら何故復活させた?あのままでも良かったじゃない」

「………さっきも言いましたがお嬢様。俺はただドラキュラの消したいだけですよ」

「貴方にメリットは無いのに?」

「メリット?無くて当たり前です」

「…………………」

「……もう良いですか。俺はまだやることがあるので」

突き付けられているナイフを弾くと竹林を歩いて行こうとする。

「待ちなさい。さっきから聞いていればなんなの?」

霊夢が呆れたように橙矢を止める。

「結局自分がやったことで周りを巻き込んでるだけでしょ?馬鹿馬鹿しい」

「………あぁ、そうかもな」

「あんた………!」

さすがに今のには憤りをおぼえたのか、霊夢が精々気絶する程度の威力がある符を投げつける。

「やれやれ、気が短いな」

刀を抜くと符を斬り、足を強化させると懐に潜り、脇腹を峰で打つ。

「ッ!」

まさか反撃が来るとは思わなかったのか驚きを隠せない様子でその場に倒れ込んだ。

「あ、あんた………」

「まだ意識があったか。気絶させる威力でやったんだけどな」

踵を返して去っていく。

 

………………一切の情も持たず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺もずいぶん人が悪くなったな……」

紅魔館に再び着いた一言目がこれだった。

「………いや、これが俺かもな」

喉でクッと笑うと門をくぐっていく。

刀を抜くと一気に双眸を鋭くする。

そして今館の主気分でいる吸血鬼に向けて言う。

 

 

 

 

 

 

―――――復讐してやる。

 

 

 

 

 

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