その日、俺とミユとアティは中央管理施設のテラスから機械の街を見下ろし、
昼食後のティータイムを楽しんでいた。
授業はどうした!?とか、帝国軍は!?とか、色々つっこまれそうだけど、
偶には息抜きも必要って事で。
そんな感じでまったり過ごしてると、アティが何かを思いついたように話しかけてきた。
「そう言えば、この間ジルコーダの残りが出た時の事なんですけど、
私いいもの見ちゃいました。」
「いいもの?……それって確か、俺がキュウマに追い回されてた時の話だよな?
クノンさんがピンチだったとかいう。」
俺が修行時の事を思い出し、心持ち表情を青ざめながら「いいもの」が何かを尋ねると、
ミユの大きな耳が細かく動いた。
ミユは俺以外のやつとはほとんど会話しない。人間とは特に。
だから今も、会話には加わっていないないが、聞き耳を立てている様子からすると、
少なくてもこの話には興味があるみたいだ。
そんなミユを微笑ましく思いながら、アティの話に耳を傾ける。
アティは、ほにゃ、と本当に幸せそうな笑顔を浮かべて話し始めた。
「実はですね~、クノンさんが笑ってくれたんです。
ほんのちょっとでしたけど、とっても可愛かったですよ。」
俺的には、今のアティもかなり可愛い表情をしてると思ったけど、
そんな恥ずかしい事は言わずに話を続けた。
「あ~、そう言えば俺も見た事あるな。」
俺がそう言った瞬間、アティは目を輝かせ、ミユは耳をこっちに向けた。
その、いかにも聞きたいって感じの二人に小さく笑いながら、
その時の事を話してあげた。
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あれは、アティと知り合ってからしばらくした時だった。
クノンさんから「どうして笑ったのか」「嬉しいと思った原因はなんなのか」
「どうしたら嬉しいと思って貰えるのか」と聞かれた。
すぐにアルディラに笑って欲しいのだと思い至って、その可愛さに頬を緩ませながら答えた。
「そうですね……。
人が笑ったり笑わせたりするのは、状況や場所などによって条件が変わるので、
一概にこうすれば、とは言えません。
ですが、もしクノンさんがアルディラに笑顔を見せて欲しいなら、
笑いかけてみてはどうですか?
きっとアルディラは笑い返してくれますよ。」
「笑い、かける……?」
クノンさんは俺の言った事を吟味するように、
少し考えてから「やってみます。」と、小さく可愛い笑顔を浮かべた。
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俺が話し終わると、アティは「よかったですね。」と言ってくれたが、
何故かミユからは冷たい視線を向けられ、
「まあ、ウチが喚ばれる前やし、大目にみたるわ。」と、ぼやかれた。
……何かしたか、俺?
内心首を傾げていると、どこからか誰かの走る音が聞こえてきた。
いつも静かなラトリクスでは珍しいな、何て考えてると、
自分の名前を呼ぶ声とともに凄まじいタックルを喰らった。
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「アキラ!起きて、アキラ!!クノンの様子がおかしいのよ~!」
突然走って来たアルディラは、凄い体当たりでアキラさんを吹っ飛ばした後、
ぐったりしているアキラさんの胸倉を掴んで揺すりながら叫んでいます。
あわわ、アキラさんが死んじゃいます!
「お、落ち着いて、アルディラ!首!アキラさんの首が締まってます!!」
「離しぃや、姐さん!」
私とミユちゃんが、やっとの思いでアルディラをアキラさんから引き離すと、
アルディラはぺたりとその場に座り込み、泣き出してしまいました。
すると、やっと息の整ったアキラさんが、
まるで小さな子をあやすようにアルディラの頭を撫でて優しく聞きました。
「……で、クノンさんがどうしたんだ?
ちゃんと言ってくれなきゃ分からないよ、アルディラ?」
その言葉にアルディラは泣き声のまま話し出しました。
「クノンが……クノンが、私を……避けてるみたいなの。
このところ極端に口数が少なくなってしまって、まるで相手をしてくれないし、
昨日の夜は、おやすみを言ってくれなかったし、
今日の朝なんて、おはようも無かったのよおおォォ!!」
た、確かにクノンさんの様子が変なのかもしれませんが、
それより今のアルディラの方が変なような……。
私がいつもと違うアルディラに驚いていると、アキラさんがそっとアルディラの眼鏡を外し、
手で優しく涙を拭いてあげながら話しかけました。
「じゃあ、まずクノンさんに会って話してみないとな?
本当に避けてるにしても、アルディラの勘違いにしても、話してみないと分からないし。」
そう言って優しく微笑むアキラさんのおかげか、アルディラは落ち着きを取り戻して、
涙を拭って眼鏡を受け取り、「そうね」と小さな笑みを浮かべました。
…………?
何だか胸がもやもやして気分が悪い。
アルディラが泣き止んでよかった筈なのに、私はどこか……不愉快に感じてる?
「そうと決まれば、まずはクノンの現在地ね!」
ッ!!
そうです。今はクノンさんの事を考えないと。
アルディラが部屋の中の機械を操作して、クノンさんの居場所を探します。
ラトリクス内なら、せんさーがシキベツ信号を受しん出来るとか何とか……。
便利ですねぇ。
少しすると、クノンさんの居場所を見つけたのか、アルディラが笑顔になりました。
でも、すぐにその表情が凍り付いたんです。
「……あの子、どうしてスクラップ工場なんかに!?」
スクラップ工場。
その言葉に背筋に嫌な感じが走りました。
そして、それと同時にアキラさんが「行くぞ!」と告げて走り出しました。
私たちも遅れないように駆け出します。
……嫌な予感が当たらなければいいんですが。
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灰色の空。
先程までの天気が嘘のように厚い雲が立ちこめ、今にも雨を降らせようとしている。
そんな暗い空の下、スクラップ工場に佇む少女の影が一つ。
今にもプレス機に飛び入りそうなその影に、焦燥の色を滲ませた女性の声がかけられる。
「クノン!」
「……アルディラ様。」
その声にクノンははっと振り向き、主の名を呟くと、そっと目を伏せた。
「クノン、何をしているの?貴女はこんな所には何の用も無い筈よ。
さあ、帰りましょう?」
「申し訳ありません、アルディラ様。私は……私は壊れてしまったのです。
壊れた道具は廃棄しなければ。」
まるで笑うのに失敗したかのような表情で、アルディラが懇願するようにクノンに語りかける。
しかし、クノンは俯いたまま、いつもの平坦な声で自分の廃棄を進言する。
俯いて表情の窺えないクノンの頬に、ポツリ、と一滴の雨が落ち、まるで涙のように流れる。
「何を言ってるの!?
貴女は壊れてなんかない!壊れてなんかいないわ!!
だからこっちへ―――。」
「いいえ!!
……いいえ、私は壊れてしまったのです。何度も何度も検査し直しました。
でも……でも!何の異常も見つからないのに痛いんです!
―――胸が、痛いんです。
アルディラ様とアキラ様が一緒に居るのを見ると、
アルディラ様とアキラ様が一緒に笑い合っているのを見ると―――胸が痛いんです!!」
アルディラの再度の呼びかけにも、クノンは泣き叫ぶようにして拒絶を返す。
そして、その叫びに呼応するように、一つ、また一つと雨が降り始める。
その数は次第に多くなり、まるでクノンとアルディラの間を遮る幕のよう。
徐々に、しかし確実に強く、雨は降る。
かつてないクノンの強い拒絶に、アルディラが膝をつき項垂れる。
すると雨音に負けぬような大きさで、しかし柔らかな響きで、青年がクノンを呼んだ。
「クノンさん。」
声に反応し、クノンの肩が揺れる。
「少し、話をしませんか?」
そう言って一歩近づく青年に、クノンが絶叫する。
「それ以上、近寄らないで!!……寄らないで、下さい。
私に、貴方を殺す理由を与えないで!」
「…………。」
クノンの絶叫に、青年はただ沈黙で応える。
「ずるい……ずるい!みんな、ずるいです!!
私が一番欲しいものを、貴女たちはいつだって手に入れることができる……。
一緒に『嬉しい』と感じる事ができる!
私にはっ……できない。
それが羨ましくて、悲しくて……憎らしい!!
胸がズキズキ痛んで、おかしくなってしまいそうなんですッ!!」
「…………。」
雨に濡れ、泣くように肩を震わせるクノンに、青年は無言で更に一歩近づく。
「近付かないでって言ってるのに!」
今度は拒絶の言葉と共に召喚術が放たれる。
「「「アキラ(さん)!」」」
しかし、召喚術はアキラを掠め、地面に当たって消える。
慌てて走り寄ろうとするアティとミユを、アキラは右手をあげて制する。
そして、更に一歩、クノンに近づく。
「ッ!!どうして!?
どうして放っておいてくれないんです!?」
再び召喚術が放たれるが、やはりアキラを掠めるだけで、あらぬ方向へと飛び去る。
アキラは歩みを止めずに口を開く。
「どうして?そんなの、クノンが仲間だからに決まってるじゃないか。
仲間が、友達が悩んでるなら、苦しんでるなら、助けたいと、俺は思う。」
「仲間……。でも、私……私は!」
「怖いんだろうとは思う。不安だろうとは思う。
でも、俺は止まらないよ。これが正しいと信じるから。」
アキラは話しながらも確実にクノンに近づいて行く。
「クノンだって本当は解ってるんだろ?痛みの原因が何か。
ただ認めたくないんだ。
いや、認める訳にはいかないのかな?」
いつしかアキラはクノンの前に立ち、優しくその小さな姿を見下ろしていた。
不安に揺れる眼差しが、その優しい眼差しと交わる。
「……アキラ、様。」
「ほら、言ってごらん?まだ、言いたい事があるんだろ?
誰もクノンを責めたりしない。俺が責めさせたりしない。
だから、言ってごらん?」
その言葉にクノンはまるで堰を破ったように叫び出す。
「……嫌い!大嫌い!!
アルディラ様も、アキラ様も嫌い!
こんなに辛い思いをするくらいなら、みんな消えちゃえばいい!!
…………でも、好き。
好きなんです。アルディラ様も、アキラ様も、とても大切なんです。
だから……だから、そんな事を考える私が
……一番嫌い。」
スカートの裾を掴み、在らん限りの声で叫んだ後、クノンは裾を掴んでいた手をゆるゆると開き、
自分を隠すように、自分の心を隠すように、顔を覆い、小さく呟いた。
その震える小さな体をそっと抱きしめ、アキラは囁いた。
「大丈夫。……大丈夫だよ。よく言えたね、クノン。
俺も、アルディラも、そんな事でクノンを嫌いになったりしないから。
だから、大丈夫。」
クノンは縋るようにアキラの体に腕を回して抱きつき、
アキラはクノンの震えが収まるまで、ただ同じ言葉を囁き続けた。
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暖かい。
冷たい雨に濡れた体が、アキラ様の体と触れた部分だけが熱を持ったように熱く、
冷えた体に心地良い。
雨音と共に囁かれるアキラ様の声が、心地良い。
今、この瞬間がとても心地良くて、私の体の震えはゆっくりと収まっていく。
いつしか雨は止んでおり、雲の間から陽の光が差し込み出した。
私がアキラ様から離れ、その光景を見ていると、声をかけられた。
「クノン。クノンの胸が痛くなった原因は“嫉妬”だよ。」
「―――嫉妬?」
「そう。好きな人が自分以外の人と仲良くしてると感じる心の一つ。」
「心……。あんな恐ろしいモノが……。」
心があんなに危険なモノだったとは。
やはり、心の部分だけでも廃棄しなければ……。
「でも、それだけじゃないよ?
好きな人の笑顔を見ると、胸が暖かくなるだろ?
好きな人に声をかけられると、どこか軽くなるだろ?
それも、心なんだ。」
好きな人。
アルディラ様の事を考える。
胸が暖かい。
好きな人。
アキラ様の事を考える。
胸が、熱い?
同じようで少し違う。
これも心の一つだろうか?
尋ねようとしたら、先に話しかけられた。
「人の心は全部が全部綺麗なものじゃない。醜いところもあるし、それは捨てられない。
でも、心にはそれ以上に綺麗なところがある。だから、捨てちゃ駄目だよ?」
ッ!!
どうして分かったのでしょう?
……でも、もう捨てようとは思っていません。
アキラ様が、綺麗な心を教えてくれたから。
「大丈夫です。
心は、もう……大切なモノですから。」
何故だか誇らしくて頬が緩みます。
すると、アキラ様がとても綺麗な笑顔で指差しました。
「アルディラが、待ってるよ?」
そこには変な表情をしたお二人と、涙を流すアルディラ様が居ました。
アルディラ様の所へ駆け寄ると、頬を叩かれました。
「二度と、こんな事、許さないから……。」
「アルディラ様……ごめんなさい……。」
私が謝ると、アルディラ様に強く抱きしめられました。
アルディラ様の腕の中も、心地良いものでした。
好きな人に抱かれるのは、とても心地良い。
またいつか、アキラ様にも抱きしめて貰おう。
(-ω-)/ やあ!閑話とは思えない長さだね!