喚起の門の前で、アキラに泣きすがるミユを発見したのは、
遺跡の内部に居なかった為、門の異変を察知できたキュウマとヤッファであった。
二人はアキラから離れようとしないミユを宥めるとアキラの容態を調べ、
例の昏睡だろうと判断し、キュウマはアキラを背負ってミユと共に風雷の郷に向かい、
ヤッファはクノンを呼びにラトリクスへ向かった。
キュウマたちが風雷の郷に着いてからしばらくして、ヤッファとクノンが郷に到着し、
アキラの診察が行われた。
そして診察の結果、多少の衰弱は診られるが特に問題はないとクノンが述べ、
一同は深く安堵の息を吐いた。
その翌日。
「ならぬと言ったら、ならぬ!!」
「どうしてだよ!?」
怒鳴り声で目覚めると、木張りの天井が目に映った。
重い頭とだるい体に苦戦しながら周りを見渡すと、障子と襖に囲まれた部屋で、
畳の上に敷かれた布団に寝かされている事に気付いた。
それに、いつも通り右腕にくっついて眠っているミユにも。
少し腫れたような目元に気づいて、そっと撫でるともぞもぞ動いて可愛い。
だけど、そんな事をしてる間も、隣の喧噪は続いていく。
「そなたのような子供が出る幕ではないわ!戦いは遊びではないのじゃぞ!?」
「言われなくたって、おいらそれぐらい解ってらい!
解って言ってるのに、何で母上は勝手に決めつけんだよ!?」
「決めつけてなどおるものか!本当の事を言うておるだけじゃ。」
どうも、ミスミとスバルが言い争ってるらしい。
内容から察するに、スバルが戦いに出るか出ないかで揉めてるみたいだ。
「これは……。」
「ま、見ての通りじゃ。よくある母と子のケンカじゃな。」
怒声に混じって、アティとゲンじぃの声が聞こえてきた。
「よくある、って……。どうして止めないの、キュウマさん!?」
「今回ばかりは自分が口を挟める話では無いのですよ。」
どうやらキュウマも隣に居るらしい。
しかし、ゲンじぃもキュウマも喧嘩を止める気は無いらしく、母子喧嘩はヒートアップしていく。
「自惚れるでない!!」
一際大きいミスミの声と共に、風船が割れたような音が聞こえた。
きっとスバルが頬に平手打ちをされたんだろう。
驚いて勢いの止まったらしいスバルに、ミスミが更に言い募る。
「あの方は特別なのじゃ。
周りが止めるのも聞かず、勝手に戦に潜り込んで、結果を出したからこそ認められただけじゃ。
普通の者が真似できる事ではない!」
「だったら、おいらも結果を出してやる!
母上が許してくれないなら勝手に戦に出て、おいらが強いって事を証明してやるっ!!」
再び平手打ちしたらしい音。
さっきのに比べ、かなり大きい音だった。
そこにミスミの怒鳴り声が続いた。
「できもせぬ大口を叩くでないわ!
敵に捕らわれて、ぴーぴー泣いておったひよっ子の分際で。」
「う……っ。母上なんか……っ、母上なんか、もう大っ嫌いだあっ!!」
「スバルくん!?」
涙混じりのスバルの叫び声が聞こえた後、走り去る音が聞こえ、
それに続いてアティの声と走り去る音が聞こえた。
きっと出て行ったスバルをアティが追いかけたんだろう。
ふぅ、と溜め息を吐いてから、首を捻ってミユの方を向き、名前を呼ぶ。
「ミユ……ミユ、朝だぞ、起きろ。」
すると、今までの騒ぎにも全く起きなかったミユが身じろぎし、眠そうな瞼をゆっくりと開いた。
陽の光にも似た金の瞳と目が合い、自然と笑みが浮かぶ。
「おはよう、ミユ。」
「―――っ、アキラ!アキラ!アキラっ!!」
目が覚めるなり首にしがみ付いてきたミユの背を、
抱き付かれていて少し痺れた右手で優しく叩いてやる。
グズつくミユに何があったのか聞こうとした時、襖が開き、
ミスミ、キュウマ、ゲンじぃの三人が顔を出した。
「おお、アキラ!目が覚めたか。」
「ご気分はどうですか、アキラ殿?」
「ふん。ぶっ倒れるなど、たるんどる証拠じゃ!」
三者三様の言葉に、まとめて「おはよう。」と返して、その場に居る全員に向かって聞いてみる。
「なあ、どうして俺はここで寝てるんだ?」
「貴方は喚起の門の前で、例の昏睡を起こしていたのです。
覚えてらっしゃいませんか?」
答えてくれたキュウマに「覚えてない。」と返しながら、夢遊病にでもなったかと心配してると、
ミユが首元に顔を埋めたまま涙声で喋る。
「ウチ―――っ、ウチ、ホンマに心配したんやで!」
小さな体を震わせて泣くミユを、両手でぎゅっと抱きしめる。
「ごめん。ミユを喚んだ時には、もう治ったと思ってたから言わなかったんだ。
ごめんな。それと、心配してくれて、ありがとう。」
「―――っ、アホ!アキラのアホ~!」
泣きやまないミユの背中をもう一度優しく叩きながら、
心配かけないようにクノンさんに診て貰おうと決め、ちらりとミスミに視線を向ける。
「な、なんじゃ!?わらわは羨ましくなぞ無いぞ!」
「……?何を言ってるんだよ?
それより、さっきの騒ぎはどうするんだ?」
「聞いておったのか……。」
突然しょげたミスミを見て、心の中で溜め息を吐く。
仕方ない。臨時相談室を開くとするか。
俺は右手で布団の側の畳をぺしぺし叩き、ミスミをそこに座らせた。
「……で?何があったんだ?」
瞳を見て尋ねると、ミスミは目を伏せて苦笑を浮かべて話し出した。
「すまなんだな。見苦しい所を見せてしもうて。
イスラがこの郷を襲撃した事がきっかけになったようじゃ。
あの一件があって、わらわはそなたらと共に戦う事を決めた。
ならば自分も、と考えたのじゃろうな。じゃが、あの子に戦はまだ早すぎる!」
話してる途中でまた興奮してきたのか、ミスミは膝の上の手を握り締め、声を荒げた。
その声の大きさにミユの耳がぺたりと伏せる。
……どうでもいいけど、そろそろ降りてくれないかな?
まあ、軽いからいいんだけど。
「あ~、修行を見てたキュウマはどう思うんだ?」
「そうですね……。
今のスバル様の力量でしたら、足手纏いにはならないと思いますが。」
「そんな事、承伏できるものか!
わらわはあの子を立派に育て上げると、
あの人の代わりに守ってみせる、と。なのに……。
何故わざわざあの子を危険の中に放り出さねばならぬというのじゃ!?」
キュウマの言葉にミスミがいきり立ち、最後には瞳に涙を滲ませる。
子を思う母の気持ち、か……。
俺には絶対に解らない気持ちだな。
だけど、似たようなものなら解る。
大切な家族を危険から遠ざけたいと想う気持ちは。
……今は兎に角、溜まった気持ちを吐き出させる事が大事だ。
「それだけが理由じゃないだろ?この際だ、全部言ってみろよ。」
俺の言葉にミスミは言葉を探す様に視線を彷徨わせる。
そして、いつもと違う弱々しい声で呟いた。
「……怖いのじゃ。あの子が戦で命を落とすのが……。
あの人が遺したスバルまで失ってしまったら……わらわは―――っ。」
そう言って肩を震わせるミスミを見詰め、心配そうにミスミを見るキュウマとゲンじぃを見詰め、
俺は深く溜め息を吐くと、ミユを転がすように横にどけて何とか体を起こした。
すぐさま俺の膝に頭を乗せて、自分の場所を確保しようとするミユは気にしないようにして、
正面からミスミの瞳を覗き込む。
「……キュウマもゲンじぃもだけどさ、特にミスミだ。
スバルを失うのが怖いとお前は言うが、
家に一人残されるスバルも同じ気持ちだって、解ってるか?
スバルがお前の涙を止めたいと思ってる事を、知ってるか?」
「あの子が……そんな事を?」
「ああ。スバルがいつまでもお前の子供である事は変わらないが、
子供はいつまでも子供のままじゃ無いって事だ。」
「そうか……。わらわはあの子が自分の知らぬ間に変わっていってしまう事を、
認められずにいただけなのかもしれぬな……。」
さっきまでの激情が嘘のように、静かにミスミが感慨に耽っていると、
戸を開く音がして、スバルとアティが帰ってきた。
「母上!!」
「スバル……。」
「母上……。おいら、本気だよ。遊び半分じゃない!
父上や母上の真似をしたいんじゃない!!
自分のしたい事を、できる事を、本気で試してみたいんだ!!」
「……解った。付いてきやれ……スバルよ……。」
そう言って、スバルを連れて立ち去るミスミを見ながら、
もう大丈夫だろうと判断して布団に倒れ込む。
これにて臨時相談室は閉店だー。
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気持ちのいい日差しと風が、ゆらゆらと木漏れ日を踊らせる。
そんな、ある昼下がりの実りの果樹園。
「あれ?あれはオウキーニさんと……。」
アティが訪れたその場所では、すっかり顔馴染みになった料理上手な海賊と、
何度か面識のあるユクレス村の女の子が、向かい合って何やら話していた。
「それじゃ、私お返事待ってます!」
「え?えええっ!?ちょっ……っ!?シアリィはんっ!?」
照れで頬を紅く染めたシアリィは、何かを成し遂げたように清々しい笑みを浮かべ、
身を翻して走り去る。
数瞬の間、驚きのあまり黙ってその後ろ姿を見送っていたオウキーニは、
やっと驚きの声をあげて彼女を呼び止めようとするが、
既にその姿は遠く離れていて、彼女の足を止める事はできなかった。
そして、大口を開けたまま呆然としているオウキーニの目は、樹の陰から顔だけ出し、
目を輝かせながら自分の方を見つめる紅毛の女性を捉えた。
「あ……。」
「せ、先生!?まさか、今の全部見て……。」
「ご、ごめんなさい!成り行きなんです!
けして気になって覗き見をしてた訳じゃなくって……。」
唐突に狼狽えだすオウキーニに、アティは慌てて木陰から出て、手を振りながら弁解を試みる。
「…………。」
「あは、あはははははっ!」
しかし先程、木陰からこっそりと目を輝かせていたアティが、
何を言っても白々しいだけであった。
案の定、オウキーニも全く信用せず、白い目をアティに向ける。
それに対して、アティは誤魔化し笑いを浮かべる事しかできなかった。
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一方、オウキーニの下を走り去ったシアリィは、比較的大きな樹の陰に入ると、
はあ、と息を吐いてから不安そうな顔を上げて一つの影に尋ねた。
「どうでした?
私、変な所ありませんでしたか、アキラさん?」
シアリィが顔を向けたその場所には、
珍しくミユを連れていないアキラが満面の笑顔で立っていた。
「ああ、バッチリだ!
これでしばらく待ってれば、きっとオウキーニから良い返事が貰えるぞ!」
「ほ、ホントですか!?
……オウキーニさん///」
サムズアップして太鼓判を押すアキラに、シアリィの耳がぴょこりと跳ね、嬉しい驚きを表す。
そして、両手を胸で組んでうっとりとしているシアリィの傍で、
アキラは一人うむうむと満足そうに頷く。
そうする内に、アキラは不意に思いついたように、シアリィに声をかける。
「そうだ!ただ待ってるだけってのは不安だろう?
ちょっとオウキーニに探りを入れて、いつくらいに返事が貰えるか調べて来るよ。」
「え?あの、アキラさん!?」
そしてシアリィの返事も待たずに、アキラはオウキーニの下へと走り去る。
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オウキーニの下に駆け出したアキラは、
アティとオウキーニが話しているのを見て、こっそりと二人に近づく。
やがてアティとオウキーニの話し声が聞こえてきた。
「あの子……シアリィちゃんは、ユクレス村の住人ですよね。」
「うちが食事を作りに村を回ってる時に知りおうたんですわ。
料理がごっつ好きで、色々教えて欲しいて習いに通って来るようになって……。」
「で、こうやって告白される事になった訳ですか。」
「こっ、告白やなんて!そんな……!?」
オウキーニが顔を真っ赤にして声をあげたところで、アキラが二人の死角から突然声をかけた。
「オウキーニ、告白されたのか!?
相手は誰々?可愛い娘?」
「「わあ!!?アキラさん(はん)!?」
二人が驚き叫ぶがアキラは全く気にした風もなく、そ知らぬ顔でにこにこと、もう一度聞き直す。
「で、誰に告白されたんだ?」
「シアリィちゃんですよ。」
「せ、先生!」
いともあっさりとバラされてしまいオウキーニが慌てるが、
アティの次の一言で黙らされてしまう。
「でも、嫌いな訳じゃないんでしょう?」
「そ、それは……まあ……。」
「なら良かったじゃありませんか?両思いなら、すぐにお返事を―――。」
「あきまへんのやっ!!」
突然、アティの言葉を大声で遮るオウキーニ。
驚くアティとアキラ表情に、我に返ったように頭を下げる。
「あ……すんまへん、大きな声出してしもて……。
そやけど、ほんまに困るんですわ……。」
「どうしてですか?」
やんわりと尋ねるアティに、オウキーニは毅然と答える。
「海の男は陸の上に柵を残したらあきまへん……。
うちは、これでも海賊なんです!ジャキーニ一家の副船長なんですわ!
シアリィはんが好いてくれても、いつかは出ていくんです!
それに、うちはリィンバウムの人間や。
メイトルパ生まれのシアリィはんを、幸せにできる訳ないんや。
絶対に―――っ。」
最後には苦渋の滲んだ顔を下に向け、己の手を強く握り締めるオウキーニ。
その、まるで自分に言い聞かせるような言葉に、
アティは何も言えず、ただ悲しそうにオウキーニの名前を呟く。
「オウキーニさん……。」
「先生、アキラはんも、頼みますからこの事はあんさんには黙っといて下さい……。
きちんと自分でケリをつけますさかい。お願いします!」
「う、うん……。」
「…………。」
アティの声に、急に意識を取り戻したように顔をあげたオウキーニが、
今度は深く頭を下げて二人に頼み込む。
アティは何か言いたそうにしながらもその頼みを聞き入れるが、
腕を組んだアキラは、目を瞑って黙ったまま答えない。
そんなアキラに、オウキーニは土下座しそうな勢いで再び頭を下げる。
「アキラはん、この通りや!!」
アティが心配そうに二人を見つめる中、アキラはゆっくりと目を開く。
その瞳はいつもより苛烈な光を宿し、オウキーニをひたと見据える。
「オウキーニ、頭を上げろ。」
力強く、逆らう事など思いも寄らない絶対的な声。
いつの日か、アティとアズリアが聴いた神秘的なモノとはまた違う、
まるで王者のような威厳のあるモノ。
その言葉に弾かれるように顔を上げたオウキーニの目を、アキラの蒼い瞳が射抜く。
「俺も別にジャキーニに言う気は無い。
ただ―――お前の言葉に気に入らない所が有っただけだ。」
「……気に入らへん所、でっか?」
「そうだ。
どうして異世界の者同士だと幸せになれないなんて思う?
どうして試してもみない内から諦める?」
「そ、それは……。」
まるで不始末をしでかした臣下が王の前でうろたえているかの様に、オウキーニは狼狽し始める。
そんなオウキーニを数瞬見詰めた後、アキラはそれまでの雰囲気を霧散させ、
気遣うように言葉を続ける。
「まあ、いいさ。俺が何を言っても、結局はお前の問題だ。
だけどな、お前が島を出て行けばシアリィは泣くぞ。
シアリィを泣かせてまで海賊を続けたいのか、よく考えろ。」
「…………。」
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考え込み、その場に黙ったまま立ち尽くすオウキーニと、
それを心配そうに見つめるアティの下を離れ、アキラは大木の陰、
シアリィの所へと戻って来た。
「……あ~、シアリィ。あれは返事を貰えるまでかなり時間かかるぞ。」
どこか気まずそうに告げるアキラに、シアリィは可憐な微笑を浮かべながら答える。
「いいんです。私、いつまででも待ちます。」
「……そっか。
まあ、いざとなればジャキーニの船に潜り込んで、押しかけ女房になるって手もあるしな!」
「はい!」
一途なシアリィの答えに、アキラはそっと微笑む。
そして、それまでの雰囲気を変えるように、笑顔を悪戯を持ちかける子供のそれに変え、
提案する。
すると、シアリィも楽しそうに笑顔で返す。
その笑みに、何の心配も必要ないと見て取ったアキラは、
まるで親が子供を見るような暖かな眼差しでシアリィを見つめ、その頭を撫でた。
アキラの突然の行動に、シアリィは驚き、顔を真っ赤にするが、
撫でる手の優しさに、されるがままになるのだった。
(-ω-)/ やあ!話が進むと思ったかい?