黒の魔剣   作:暁 煌

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それぞれの悩み

 

 

 

 

 

遺跡の調査から数日。

どうやってアルディラやファリエルに接していいのか悩み続けていたアティは、

ウィルの叱咤激励に背を押され、アルディラと話をすべくラトリクスを訪れていた。

しかし、そんなアティの行方を遮る者が居た。

 

「退いて下さい!クノン……。」

「お断りします。言った筈です。

 アルディラ様が自分からそれを望まない限りは、貴女と会わせる訳にはいきません!」

 

アルディラの私室に向かおうとするアティの前にクノンが立ち塞がり、

先程から同じ押し問答が繰り返されていた。

 

「だからこそ、私は彼女と会わなくちゃいけないんです!

 部屋の中に一人で閉じ篭って……辛い事、全部押し込めて……、

 彼女だけにそんな思いをさせるのはイヤなの!!」

「―――!」

 

アティの涙まじりの叫びにクノンが息を飲み、場に一瞬の沈黙が降りた時、

通路の奥から二人にのんびりとした声がかけられた。

 

「そんな所で何を騒いでるんだ?」

「「アキラさん(様)……。」」

 

二人の前に現れたアキラの銀髪は所々跳ね、

瞼は今にも閉じられそうに垂れていて、寝起きである事がはっきり見てとれた。

そんなアキラの右手に掴まっているミユに至っては、未だに夢の中なのか、

こっくりこっくりと船を漕いでいた。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

「……成る程。アティはアルディラと仲直りしに来たけど、

 アルディラが引篭もって会おうとしない、て訳か。」

「仲直り……う~ん、まあ、そうですかね?」

 

あまりにも大雑把なアキラの解釈に、アティが小首を傾げる。

 

「だったらアティから部屋に入ってやらないとな?」

「駄目です!アルディラ様の許しが無い限り、ここを通す事はできません!」

 

再びクノンが両手を広げてドアの前に立ち塞がる。

必死に主を守ろうとするクノンの行動に、確かな心の成長を感じてアキラは微笑みを浮かべた。

 

「クノン。今のお前なら解るだろ?

 どうする事が本当にアルディラの為なのか。」

「そうですよ、クノン!壊れたっていうのなら、直せばいいじゃない?

 このままじゃ、本当にアルディラの心が壊れちゃいます!」

「それは―――っ。」

 

二人の言葉にクノンの表情が苦しそうに歪み、両手が力を失ったように少し下がる。

その様子にアティが更に言い募る。

 

「彼女を苦しめたくない気持ちは、私だって貴女と同じつもりです。

 信じて下さい……私の事を……。」

「アティ様……。」

 

今度こそ力を失って垂れたクノンの手はスカートを掴み、

その瞳がどこか縋るようにアティに向けられる。

 

「全てを捨ててしまう必要なんてないんです。

 私も一緒に手伝ってあげるから……。

 だから、お願い、アルディラ……。

 扉を開けて、私に顔を見せて!」

 

アティの泣きそうな叫びに、小さな声が応えた。

 

「バカね……。」

 

ドアを開けて出てきたアルディラは、疲れた顔に笑みを張り付けていた。

その様子にクノンが心配そうに傍に近寄る。

 

「アルディラ様……。」

 

アルディラは近寄るクノンに小さく謝罪と感謝を告げると、アティの方に向き直る。

 

「でも、それは私も同じ。閉じ籠もっていたって、この気持ちが消えてくれる訳ないのにね。」

「アルディラ……私……。」

 

様々な感情が入り交じり、何を言えばいいのか判らなくなったアティが、

何か言おうとするのを手をあげて押し止め、アルディラが口を開く。

 

「全てを話すわ。

 壊れてしまった私の言葉が、どれだけ役に立つかは分からないけど……。

 それでも、貴女たちには知って欲しいから。」

 

そう告げると、アルディラはアティとアキラを喚起の門に誘う。

今から話す、昔話にふさわしい場所へと。

 

しかし歩き出したアティが、その場から動かないアキラとミユに気付き、足を止める。

 

「どうしたんですか、アキラさん?ミユちゃん?」

「……ちょっと用事があるからパス。後で粗筋だけ教えてくれる、アティ?」

「アキラが行かへんのやったら、ウチも行かへん。」

「え?でも……。」

 

まさか付いて来ないとは思っていなかったアティが戸惑っていると、

アルディラが軽く溜め息を吐きながら応える。

 

「……はあ、呆れた。貴方って本当に怠け者ね。

 こんな大事な話しをすっぽかそうなんて。

 でもまあ、いいわ。こんな人放っておいて、二人だけで行きましょう、アティ。」

「え?え?で、でも―――!」

 

状況に付いていけずに慌てるアティの背中を押して、

外へ向かうアルディラが振り向きアキラを見てウィンクを送る。

それにアキラは、手を顔の前で合わせて軽く頭を下げる事で、ミユは大きな欠伸で応えた。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

二人の姿が完全に見えなくなってから、数瞬の間を置いてアキラがクノンに尋ねる。

 

「……クノン。俺の検査結果はもう出たかな?」

 

喚起の門の前で倒れ、風雷の郷に運ばれてから、アキラはシアリィの告白を見守ったり、

島をうろついたり、普段通りの行動を取りながらも、

その合間にラトリクスで身体検査を受けていた。

昨日がその最終検査で、そのままミユと共に泊まっていったのだ。

 

「はい。やはり以前と同じで、原因は全く不明です。

 ですが―――。」

「『ですが』……何やねん?」

 

言い淀んだクノンに、さっきまでの眠気が嘘のように、目をきつくしたミユがにじり寄る。

そんなミユに恐れをなした訳でもないだろうが、クノンは言い淀んだその先を告げる。

 

「これは推測ですが、

 アティ様が剣を喚ぶ事で弱まった遺跡の封印に関係があるのでは、と……。」

「あの紅毛か―――っ!」

 

途端、危険な雰囲気を纏うミユ。

アキラはそんなミユに苦笑を浮かべ、頭を撫でる事で落ち着くように伝える。

 

憮然としながらもアキラの意図を悟り、ミユは刺々しい雰囲気を和らげる。

そんな素直なミユに、アキラは苦笑を柔らかな笑みに変えると、クノンに顔を向ける。

 

「まあ、再発したと決まった訳でも無いし、大丈夫だろ。

 実際、ここ数日は何もなかったし……。」

 

そこまで言うと、アキラはミユを撫でているのと逆の腕を伸ばし、クノンの頬にそっと触れた。

 

「だから、クノン……そんな表情(かお)をしないで。

 クノンには何の責任も無いんだよ?」

「―――っ、申し訳、ありません。」

 

アキラに言われて初めて自分が浮かべている表情に気付き、

クノンはとっさに謝罪の言葉を述べてしまう。

その反応にアキラは困った笑顔で応える。

 

「―――泣かないで?」

 

そう言って頬に触れた手の親指で、クノンの目元を優しく拭う。

勿論そこには涙など流れてはいなかったが、それでもクノンは心が洗われるような、

心が沸き立つような何かを感じ、アキラの手にそっと自分の手を重ねた。

 

当然、ミユがそれを快く思う筈もなく、すぐに邪魔に入ったのだが。

 

「アキラ、用が済んだやったら早よ戻ろ?」

「そうだな。じゃあ、クノン、また。」

「はい、アキラ様。また。」

 

頭を下げて別れの挨拶をした後、

クノンはアキラに触れられて頬に手を当て、じっと二人の背中を見送った。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

その日、船に戻ったアキラとミユを迎えたのは、

何とも言い難い、沈痛な面持ちをした海賊の面々だった。

 

「……あ~、聞くと面倒な事になりそうだけど、どうしたんだ?」

 

全員の顔を見渡した後、アキラがしょうがないな、といった苦笑で尋ねる。

その横ではミユが「だったら聞かなきゃいいのに」と言いたそうな表情をしていたが。

一方、尋ねられたカイルは、頭を乱暴に掻きながら話し出した。

 

「それがよ、俺たちも先生と一緒に護人の話を聞いたんだが……。」

「ま~た、センセに負担かけちゃう事になっちゃったのよねぇ。」

 

言い淀んだカイルの言葉を、スカーレルが軽く自嘲の篭った声で引き継ぐ。

 

「あたしらだって、何か先生の役に立ちたいのに―――っ。」

「しかし、現状では我々には何もできないのが事実です。」

 

そして、ソノラとヤードがアティの力になれない悔しさを吐露する。

どんどん重くなる場の雰囲気の中、アキラは全く気にした風もなく軽く尋ねる。

 

「こらこら、みんな揃って暗くなるなよ。

 というか、何が原因なのかさっぱりだぞ?」

「実はな……。」

 

カイルたちが入れ替わり立ち替わり説明し、

アキラとミユは、無色の派閥が界の意志(エルゴ)を作り出そうとした事、

この島がその為の実験場だった事、その実験のほとんどが失敗に終わったが、

ハイネル・コープスだけが成功し、その結果として島で戦争が起きた事を知った。

 

「……ふーん。

 それでアルディラとファリエルの願いの板挟みで、アティが部屋に引き籠もったって訳か?」

 

一通り話を聞いたアキラが思案顔で尋ねると、海賊たちが揃って暗い顔で肯く。

その様子を見て、ミユがぼそりと呟く。

 

「……へタレやな。」

 

そんなミユに同意するように、アキラは深く溜め息を吐いた。

 

「どうしてそれだけ心配していて、アティに話しかけに行かないんだ?」

「だって……あたしらなんかじゃ何も言ってあげられないよ。」

「ああ。俺らがどんだけ言っても、所詮は他人の言葉だ。

 事の中心に居るあいつにゃ……届かねえよ。」

 

ソノラは今にも泣き出しそうに、カイルは悔しげに歯を噛み締めて心の内を語る。

それを聞いた途端、アキラの蒼い瞳に苛烈な光が灯る。

そして、その瞳で海賊たちを睨み付け、絶対者の様に言葉をぶつける。

 

「……本気で言ってるのか?

 それだけ親身になって心配してるお前たちの言葉が他人の言葉だなどと、

 本気で思っているのか?

 

 お前たちの言葉が他人の言葉である筈が無い!

 お前たちは仲間だろう?

 ならば!その想いが届かない筈が無い!

 

 お前たちはいつも諦めるのが早い。

 アティの為に何かをしたいならすればいい。

 どんな小さな事でも、ただ心配してるだけよりはマシだろう。」

「「「「……。」」」」

「もう少しよく考えるんだな。」

 

そう言い捨てると、アキラはミユを連れ、黙り込む海賊たちを置いてアティの部屋に向かった。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

軽い足音が二つドアの前で止まり、ノックの音が二回。

アティはもう少し一人で考え事をしていたかったが、

訪ねて来た人たちを無視する訳にもいかず、部屋に招く返事をする。

 

「……どうぞ。開いてます。」

 

ドアの開閉音と共に、ラトリクスで別れたアキラたちが顔を出した。

そう言えば、後で粗筋を説明する約束だったと、アティが話しかけようとする。

 

「あ、アキラさんにミユちゃん……。

 えっと、粗筋でしたよね?実は―――。」

「話ならいい。もうカイルたちに聞いたから。」

 

アティの言葉を遮ると、アキラが少しきつい口調で更に続ける。

その口調の鋭さに、自然とアティの表情も真剣なものへと変わる。

 

「アティ、俺は前にも言った筈だぞ。“お前はどうしたいんだ?”

 周りの奴らに優しくするのはいいさ。

 両方の願いを叶える方法を考えるのも素晴らしい事だろう。

 だけどな、肝心の“お前”はいったい何が大事なんだ?

 それをよく考えろ。」

 

そう言うなり、アキラはアティの返事も聞かずに身を翻して立ち去ってしまう。

少し慌てるように、ミユもその後に続いて走り去る。

 

「私の、したい事……。」

 

再び部屋に一人きりになったアティは、ぽつりと呟くと、また考えを巡らせ始めた。

 

 

 

 

 

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アティの部屋を去ったアキラたちが向かったのは、

その日の朝、後にしたばかりのラトリクスだった。

アキラは迷う事なくアルディラの部屋に向かい、扉の前で立ち止まった。

そしてミユにそこで待っているように告げると、一人、部屋の中へと入っていく。

部屋の中には憔悴したアルディラが一人で椅子に腰掛け、

テーブルに肘を付き、両手で目を覆っていた。

そんなアルディラに目を向けると、アキラは何の躊躇いもなく尋ねた。

 

「話は聞いた。

 遺跡に取り込まれたハイネルさんの意志に会いたいんだって?」

「……ええ。」

 

一拍の間を空けて力なく答えるアルディラに、アキラは眉をしかめる。

 

「―――らしくないな。」

「らしくない?らしくないですって!?

 貴方に私の何が解るって言うの!?」

 

アキラの一言に、今まで項垂れていたアルディラは怒りに顔を染め、

椅子を蹴飛ばすように立ち上がり声を荒げる。

しかしそれも、いつもの穏やかな笑みを浮かべたアキラの言葉に消え去ってしまう。

 

「解ってるさ。

 アルディラはクノンが好きで、

 ハイネルさんが護ろうとしたこの島を結構気に入ってる、って事くらいはな。」

「―――っ!」

 

しばらくの間、無言でアキラの微笑みとアルディラの恨みがましい目がぶつかり合う。

しかし、その沈黙をアキラが破る。

 

「本当は解ってるんだろ?ハイネルさんは、もう死んでしまったんだって。

 そして死んだ者は帰ってこないんだって。

 ……だから護人になって島を、ハイネルさんの夢だったこの島を、護ってきたんだろ?」

 

アキラの言葉が終わる頃には、既にアルディラの顔から怒りの色は消え、悲しみが表れていた。

そしてアルディラは深く息を吐くと、脱力して椅子に腰を下ろした。

 

「……敵わないわね、貴方には。」

 

そう言って苦笑するアルディラに、アキラは嬉しそうに笑う。

 

「元気でたか、アルディラ?」

「ええ、まあね。」

「なら、後はアティ次第だな。

 明日には結論を出すだろうし、今日はこれで帰るよ。また明日。」

「ええ、また明日。」

 

そしてアキラは待たせていたミユを連れ、その日二回目になる帰り道を辿る。

微かな笑みを浮かべながら。

 

 

 

 

 






(-ω-)/ やあ!ミユがあまり喋ってない?気のせいさ!

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