フレイズとの騒動から一夜明けた日の朝。
昨日の異変の原因を調べる為、アルディラとファリエルが遺跡に入った。
しかし、遺跡はまるで死んだように静かで、何の異変も見られなかった。
そこで二人は辺りの機械を適当に破壊し、外に待たせていたアティに結果を教える為、
遺跡を後にした。
そして、それらの事を伝えられたアティは、
二人と相談して、当面の間は放っておくのが最善だろうと判断したのだった。
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昼、外から聞こえてくる騒ぎにごろ寝を止めて、
未だに眠そうなミユを抱えて船から降りてみると、そこはある意味戦場だった。
「……で、いったい何がどうしたって言うんだ?」
騒ぎの大元らしい連中に声をかけると、
アティとウィルがすかさず俺の背中に隠れて、カイルとオウキーニを指さす。
「あれ!あれを見て下さい、アキラさん!!」
「あの二人が気味悪い物を食べさせようとするんですよ、義兄さん!」
その二人の大きな声に、腕の中のミユも完全に目を覚ましたようで、
不満気ながらも下に降りて、二人の指差す方に目を向ける。
「気味悪い物?」
そう言って俺もオウキーニの手元を見てみると、大きな皿にタコ刺しが並べられていた。
うげっ、まだ動いてる……気持ちわりぃ~。
そりゃ二人とも逃げるわ。
なんて考えてると、
オウキーニが満面の笑顔で俺とミユに近寄って来て皿を差し出した。
「アキラはん、ミユはんも、一つどうでっか?美味いでっせ~。」
皿の上でうねうね動いてるタコ刺しを目の前に突きつけられ、
顔を引き攣らせながら手で皿を遠ざけるようにして断りを入れる。
「あ、いや、生はちょっと……。」
「アキラが食べへんのやったら、ウチもいらん。」
俺たちがそう言うと、
オウキーニは残念そうに「そうでっか……美味いんやけどな~。」
と言いながら引いてくれた。
すると、オウキーニの隣に居たカイルが不服そうに呟く。
「なんでえ、もったいねえな。こんなに美味いのによ。」
「いや、だからって動いてる物は食う気しないだろ、フツウ。」
俺の反論に、後ろの二人も頻りに首を縦に振る。
どうも、みんなにタコを好きになって欲しかったみたいだけど、
これじゃ逆効果だよオウキーニ……。
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何故か更にタコに対する情熱を燃え上がらせたオウキーニを見送り、
アティは気分転換の為に、
いつも通り腕にミユを引っ付けたアキラと共に潮風の香る浜辺に来ていた。
来てからしばらくの間、ミユを除く二人はぽつぽつと会話をしていたが、
いつの間にか三人揃って浜辺に座り、黙って遠い水平線の向こうを眺めていた。
そんな時。
「―――!?」
「アティ!?」
「!!?」
突然アティの体を碧の光が覆い、三人が驚きに包まれる中、アティの手に剣が現れる。
「剣が、また……勝手に―――っ!」
「くっ……!?」
「アキラ!」
頭を押さえてよろめくアキラとアキラに駆け寄るミユを見て、
アティが剣を消そうと慌てるが、光と共に男性が現れ動きを止める。
「驚かせてしまって、すまない……。
遺跡の意志が沈黙した今なら、何とか君に姿を見せる事ができたから……。
剣の力を借りて……会いに来たんだ……。」
「貴方は……。あの時、私を助けてくれた声の……。」
突然現れた碧に光る男の声に、アティは何度も自分を助けてくれた人だと気付き、呆然と呟く。
男はアティに朗らかな笑みを浮かべてみせる。
「ああ、そうだよ。僕の名前はハイネル。ハイネル・コープスだ。」
「貴方が……。」
ゆっくり名乗る男性が、アルディラたちの話しによく出てくるハイネルであり、
今まで助けてくれた声の主だと知り、アティが驚きに目を見開く。
そんなアティに、アキラを支えるミユが怒鳴る。
「何、悠長に喋ってんのや!早よ剣を消さんかい!」
「は、はい!」
その声に慌ててアティが再び剣を消そうとするが、痛む頭を手で押さえたアキラが止める。
「……待て、ミユ。アティも待ってくれ。
そんなに大した痛みじゃないから。
……貴方のお陰かな?」
最後には小さいながらも微笑んで、ハイネルに向って話しかける。
その様子に、本当に大した事は無いのだろうとミユとアティは一息吐いた。
「ああ。どうやら君も遺跡の影響を強く受けるようだからね。
障壁を張っておいたんだ。」
初対面にも関わらず微笑んでくれた事が嬉しかったのか、ハイネルもアキラに微笑んで返す。
そこでアキラは潮風を胸一杯に吸い込んで深呼吸し、
いつもと違って軽い頭痛を頭を振って追い払い、
真っ直ぐな瞳でしっかりとハイネルを見つめ直した。
「それで、そんな事までしてアティに会いに来たって事は、話してくれるんだろ?
貴方の知ってる事を。」
アキラの言葉を受け、ハイネルも笑顔から真剣な表情になり、静かに肯いて話し出した。
「アルディラやファリエルたちから僕の事は色々聞いたと思うけれど、
過去の戦いで僕は核識となり、この島を守る為、無色の派閥と戦っていたんだ。
そして、二つの魔剣、シャルトスとキルスレスに封印されてしまった。
精神を、ばらばらに分断されてね……。」
「そんな!?」
「……。」
ハイネルの言葉に思わずアティは声をあげてしまうが、
アキラは少し表情を曇らせただけで、声には出さなかった。
そんなアキラを心配そうにミユが見つめる中、ハイネルは雰囲気を変えるように笑顔を見せる。
「でも、そのお陰で剣を通じて、こうやって君たちと話ができるんだよ。」
「あ……。」
考え付きもしなかった利点を指摘され、アティは恍けた表情で一言声を漏らした。
初めて出会った赤の他人の事を親身になって案じるアティを、
ハイネルは微笑まし気に見つめながら続けた。
「核識となった時点で、僕の精神はいずれ崩壊する運命だった。
だから、こうして剣に閉じ込められてしまった事を、僕は悔いてはいない。
大切な人たちの笑顔を、何とか守る事もできたしね?」
「ハイネルさん……。」
続くハイネルの言葉に、少し哀し気なものの、落ち着きを取り戻したアティ。
そしてアキラはハイネルの想いを知り、ほんの少しの苛立ちの混じった哀しい笑みを浮かべ、
静かに握り締めた手に力を込めた。
たった一人、そんなアキラの様子に気付いたミユは、
握り締められた拳を黙って、その小さな手でそっと包み込んだ。
ハイネルの言葉は続く。
「ただ……辛いのは……、僕の手の届かない所で、
分かたれた“意識たち”がそれを壊そうとしている事だ……。」
「どういう事ですか?」
「二本の魔剣と遺跡。僕の意識は三つに分かれて存在している。
……三つに分かれて存在している筈なんだ。」
そこで言い淀み、戸惑うハイネルに、アキラは心当たりがあった。
「ひょっとして、俺の頭に響いてくる声の事か?」
「……ああ。」
「どういう事か、聞かせてくれるか?」
自分の問い掛けに間を空けて肯いたハイネルに、アキラは静かに問いかけを重ねた。
ハイネルは俯き、苦しそうな表情をしながらも、その口を開いた。
「三つに分かれた意識は、そのどれもが僕であり、本当の僕じゃない。
いびつに歪んだ存在だ。
だけど、この島に戻ってから……いや、君と出会ってから、
その三つ以外に、僕であって僕で無いような、
僕ではあり得ないような何かの気配を感じるんだ。」
「……四つ目の存在、か。」
ハイネルの言葉に、アキラは深々と溜息を吐いた。
今までの状況から考えて、あの声が遺跡に関係ない訳が無い。
しかし、遺跡そのものと言ってもいいハイネルが、その存在を判らないと言う。
であれば、あの声は遺跡であってもハイネルでは無い、という事なのだろうか。
何の手掛かりにもなっていない事を、己が一番理解しているのか、
考え込んでいるアキラを申し訳無さそうに見ていたハイネルは、その視線をアティへと移した。
「四つ目の存在については判らないけど、君を取り込もうとしたモノについてなら判る。
あれは……誰の心にもある、他人には見せられない闇。
生きている以上、それは仕方ない……。
人は理性でそれを押し止め、何とかやっていこうとする。」
「…………。」
「だけど、分かれた事で、僕の中の闇は暴走を始めてしまったんだ。
怒りや悲しみ……妬み、憎しみ……。
そうした衝動が遺跡と結びつく事で生まれた存在が、あの化け物なんだ……。」
「遺跡の意志……。私を取り込もうとした、あの声の主……。」
静かにハイネルの言葉を聞いていたアティは、自分を取り込もうとした声の正体を知り、
その事実を噛み締める様に呟いた。
「同じ源を持つからこそ、僕には解るんだ。
本当の僕が、誰にも見せなかった感情。
あらゆる全てに対する不信や、憤り……。
あの化け物は、僕の心の闇そのものなんだ。」
「―――っ。」
酷く悲しそうに、辛そうに語るハイネルに、アティもかける言葉を失い息を飲む。
しかし、次いでハイネルはその表情を不安に彩らされる。
「だけど、四つ目の存在はそんな僕の心の闇とも違う……気がする。
そして、そいつも何かをしようとしてる。
それが何かまでは判らないけれど、きっと恐ろしい事だ。
……もしかしたら、遺跡の化け物がしようとしている事よりも。」
その言葉に、考え込んでいたアキラが顔を上げ、傍にいたミユがハイネルに問い掛ける。
「何でそんな事が解るんや?」
「……感じるんだ。そいつの禍々しい息遣いを。」
自分が感じている恐怖と共に、ハイネルが重々しく告げ、三人の顔にも緊張が走る。
そして、そのまま場に沈黙が訪れるかと思った時、ハイネルが痛々しい表情で話し出した。
「僕は……。僕は、何としてでも遺跡の化け物を止めたかった。
だけど、今の僕にはそれを叶えるだけの力がなくて……だから……だからっ!」
「私を―――喚んだんですね?」
まるで血を吐くように告白するハイネルに、アティが静かに応える。
初めから全て知っていたかのような、アティの穏やかな表情に、
ハイネルは驚き、次いでその顔を辛そうに伏せる。
「……それしか、方法がなかったんだ。
同じ輝きの魂。すなわち、核識になりうる可能性を持った存在ならば、
封印を解く事も、再び封じ直す事もできる筈だから。
……だから、君たちに望みをかけたんだ。
だけど……もう、充分だ……。」
「え?」
最後に静かな、それでいて嬉しそうな表情を見せるハイネルに、
アティが小さく疑問の声を上げる。
「あれが、最後なんだ。
僕にはもう、君の心を守るだけの力が残ってない……。
今度、同じ事が繰り返されたら、君という存在は本当に消えてしまうだろう。
それに、今まで僕にすら判らなかった別の存在がある。
だから、これ以上は剣を喚んじゃいけない。絶対に……。」
その姿を徐々に薄ませつつも、表情を硬くしたハイネルはアティに向かって警告する。
突然の事にアティが思わず手を伸ばし、ハイネルの名を叫ぶ。
「ハイネルさんっ!?」
「お願い―――っだ―――っ。」
しかし、アティの手はハイネルに届く事無く、その姿は消えてしまう。
それと同時にアティは元の姿に戻り、剣も消えてしまう。
「あ……。」
アティは呆然として声を漏らすが、辺りには静かな波の音だけが響き、
今までハイネルが居たという痕跡はどこにも残っていない。
それでも何かを探すようにアティは辺りを見渡し、何も見つけられずに項垂れる。
動く事もできず、その場で考え込むアティにアキラは声をかけた。
「……行こう、アティ。アルディラたちが待ってる。」
「……はい。」
そして三人は浜辺を後にし、集いの泉へと足を向ける。
残ったのは、いつまでも打ち寄せる波と、三人分の足跡だけだった。
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どこか沈んだ様子のアティが、アキラとミユを伴って集いの泉に現れると、
それを機にアルディラとファリエルが遺跡を巡っての問題を、ヤッファとキュウマに語り始めた。
その時、ファリエルはファルゼンの正体が自分である事を明かした為、一時、場が騒然となった。
驚きが落ち着くと、今度は護人たちがファリエルを囲み、懐かしそうに昔話を始めたが、
それもマルルゥが帝国軍が来た事を伝えに来るまでだった。
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知らせを聞いた俺は、頭にマルルゥを乗せて森の中を船に向かって走ってる。
別にマルルゥを連れて行かなくちゃいけない理由は何も無いんだけど、
乗っかってきたマルルゥを放り出す理由も特に無かったからだ。
そんな事より、凄い速さで木々を縫って走るアティたちをミユと併走して追いながら考える。
今までのアズリアを観てると、奇襲ってのは可能性が低い。
むしろ、宣戦布告をしに来たって方がしっくりくる。
なら、別に走る必要は無いんじゃ……。
なんて考えてる間に、森を抜け、船に着いてしまった。
そこで俺たちを待っていたのは、アズリアの副官の筋肉男と―――イスラだった。
「待ちかねたぞ。」
「ギャレオ……それに、イスラも。」
森の中から現れた俺たちに筋肉男が話しかけてくる。
アティが緊迫した声で二人の名前を呟くのが聞こえた。
俺はマルルゥを頭の上から降ろし、イスラの顔を睨み付ける。
隣に居たミユも、イスラを見るなり瞳に危険な色を宿らせる。
「用件だけ伝えて、さっさと帰っても良かったんだけどね。
彼がどうしても、君に直接宣戦布告したいって言うからね。」
イスラは俺とミユの視線を感じたのか、一瞬こちらを見た後、
すぐにアティに視線を移して飄々とした態度で話しかけた。
へえ、この前よりは度胸が付いたみたいじゃないか。
「それが隊長の命令だからな。
アティよ、帝国軍海戦隊第6部隊特使として貴様に告げる!
我が隊は全軍を以て、貴様らに総力戦を挑むものなり。
決戦の場所は、この布告状へと記した。
受け取るがいい。」
「…………。」
筋肉男がイスラに続いてアティに話しかけ、丸められた一枚の紙を突きつける。
アティは『決戦』という言葉に表情を引き締めると、黙ったままその紙を受け取った。
「この度の戦いにおいて、完全決着のみを我らは望んでいる。
相応の備えをもって挑まれよ!」
「上等だぜ……。いい加減、はっきり白黒つけねえとな。」
筋肉おと―――いい加減、名前で呼んでやろう―――ギャレオが告げた言葉に、
やはりというか何というか、カイルが面白そうに返事をする。
「そうだよね。目障りなモノを、いつまでも生かしておく必要はないし。
そろそろ、まとめて死んで貰わないと。」
他を見下したような歪な笑いを浮かべて安い挑発をしてくるイスラに、スカーレルが目を細める。
「あらあら……。
今の発言、そのままアナタのお姉さんの意志って事かしら?」
「馬鹿な事を言うな!」
そして、それに過剰な位反応するのはやっぱりギャレオ。
こんなに感情的で本当に副官が務まってるのかね?
「落ち着いて下さい。スカーレルも挑発しないで。」
アティが二人の間に割って入り、引き離す。
そして、スカーレルが肩を竦めて後ろに下がるのを待ってから、ギャレオに向き直る。
「承知しました、とアズリアに伝えて下さい。」
「へえ?とうとう戦う気になったんだ?」
「私は、私の大切なものを守ってきました。
そして、これからも守ってみせます。」
「先生……。」
アティの揺るぎ無い決意に、ソノラが嬉しそうな表情になる。
アティも大分しっかりしてきたな。
「……我らは我らの信念を貫くのみ。それだけだッ!!」
「いつまで君がそんな夢物語を言ってられるのか、楽しみにしてるよ。
ふふ、ふふふ……。」
「……。」
アティの言葉に少しの間瞑目したギャレオは、自分を奮い立たせるように大きな声で宣言する。
その後に、やっぱりイスラが挑発するように言葉を残して、二人は去って行った。
そんな二人を黙って見送るアティを見ながら、俺はイスラについて考えていた。
今、イスラを、じっと観察していて気付いた。
アイツの行動や態度には、いつもどこかに嘘がある。
それに、辛辣な言動や、神経を逆なでするような笑いの合間に、時々泣きそうな瞳が覗く。
……どうしてアイツは、あんなに必死になって嫌われようとしてるんだろう?
(-ω-)/ やあ!説明回だよ!