青年が召喚されてから数時間。
既に日も落ち辺りが闇に包まれる中、人工の光が灯る機械たちの集落で
一組の主従が話をしていた。
「彼の様子はどう?」
「心拍・呼吸・脳波、いずれも異常は見当たりませんでした。
目が覚めない他はいたって健康です。」
「……そう。それにしても今日は驚いたわ。貴方があんなにも人に逆らうなんてね?」
アルディラはクノンの検査結果に一瞬考える素振りを見せた後、
場を軽くする様にからかいの声を掛ける。
しかし、そんなからかいにもクノンは反応を示さず、いつもの抑揚の無い声で謝罪する。
「申し訳ありません。」
「ああ、勘違いしないで。責めてる訳じゃないのよ。
ただ……そうね、貴方があんなにも感情をはっきり出したのは初めてだったから。」
クノンがすっかりいつもの調子に戻っているのを少し残念に感じながら、アルディラは答える。
しかし、その何気ない一言にクノンが反応をを示した。
「……感情?」
まるで聞き間違ったことを問い直すように呟くクノンに、アルディラが優しげに答える。
「ええ、そうよ。元々貴方には感情回路があるのだから不思議ではないけど、
あの時の貴方は感情的だったわ。」
「……解りません。」
「そう、ならゆっくり考えればいいわ。時間はたくさんあるんだもの。」
「はい。―――それでは失礼します。」
「ええ、おやすみなさい。」
挨拶を交わし、クノンは部屋を出ていくと、
残されたアルディラはクノンの今日の態度に思いを巡らせた。
そして慈しみの笑顔の中、どこか楽しそうなものを浮かべ呟いた。
「……一目惚れ、かしらね?」
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アルディラの部屋を出たクノンは自分の部屋には戻らず、
リペアセンターの青年の眠る部屋に来ていた。
そっと眠る青年の顔を見る。
絹糸のような銀の髪に、今は閉じられている深い蒼の瞳、
長いまつ毛、すっと通った鼻、淡く色づいた唇。
そんな青年の顔を見つめたまま、クノンは考える。
(私はあの時、この人の側に寄り、見て触れる事を考えた。
……理由は、ある。外傷等の有無を確認する為。)
そこで一端考えるのを止め、手を伸ばし指で青年の髪に触れる。
少し掬い上げると、サラサラとした髪が指から零れ落ちる。
流れる髪を見ながら再び考え始める。
(でも、それは後から考えた事。本当はあの時、何か考える前に
この人の側に寄りたい、見つめたい、触れたいと『思った』。
これが感情―――なのだろうか?)
掬い上げていた髪が無くなった手を戻し、青年の顔を見つめたまま、ぽつりと呟く。
「貴方なら……答えて下さるのでしょうか?」
それっきり一言も喋らずに、クノンは青年の顔を見つめたまま、先程までと同じ事を考え続ける。
機械たちの集落の夜は、静かに更けていった。
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太陽が昇り、暖かな光が島に降りそそぐ。
それは常に人工の光が灯っている機械たちの集落も例外ではない。
密室である部屋で陽の光を感じた訳でもないだろうが、
まるで朝になったのが分かったかのように一人の青年が目を覚ます。
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何だか眩しいと思いながら目をゆっくり開けていくと、見た事のない天井が目に入った。
金属製の天井に、まるで手術用の照明のような電灯が付いている。
こんなのに照らされてれば、眩しいのも当たり前―――って、はい?
一瞬、頭が真っ白になって思わず呟いた。
「ここは……?」
「ここは機界ロレイラルの集落、ラトリクスのリペアセンターです。」
驚いた。
冗談抜きで心臓が止まるかと思った。
バクバク鳴ってる心臓を押さえながら、恐る恐る声のした方に顔を向けると、
無表情な女の子が一人立っていた。
せっかく可愛い顔をしてるんだから笑えばいいのに、
なんて場違いな事を考えながら観察してみる。
頭に乗せてる物や着てる服からすると看護士みたいだけど、
年は12~14位だから見習いなのかな?
体を起こそうとして鈍い痛みに顔をしかめた。
何故だか全身筋肉痛みたいだ。
仕方なく寝たまま部屋を見渡してみると、見た事のない機械でいっぱいだけど、
何となく病室っぽく感じる。
さっき女の子が言ってた事と合わせて考えれば、
俺はどうやらリペアセンターって名前の病院に居るみたいだ。
……どうしてだろう?
「え~と、あの―――?」
しまった。
そう言えばこの子の名前も聞いてない。
どうしよう?いきなり『君の名前は?』なんて聞いたらナンパみたいかな?
どうやって名前を聞こうか考えてると、女の子の方から教えてくれた。
「私は従軍看護用フラーゼン型式番号AMN‐7H、どうぞクノンとお呼び下さい。」
俺が困ってるって分かったのかな?
女の子、クノンさんが自己紹介してくれた。
クノンさんの自己紹介には、
いくつか引っかかる点が有った(従軍とかフラーゼンとか型式番号とか)けど、
あれだけ丁寧に自己紹介されたら、こっちも名乗らないと失礼ってモノだ。
社会において礼儀は大事だからね。
「私は
にっこり笑顔付きで名乗ったけど、
返って来たのは無表情なままの顔と抑揚の無い「はい。」の一言。
うぅ、ちょっとヘコむ。
何か気に障る事でもしたかな?
まあ、ヘコんでても仕方ないし、気を取り直して現状把握に移ろう。
「えと、クノンさん。どうして私はここに居るんでしょう?」
「アキラ様は15時間43分前に召喚されましたが、
原因不明の昏睡状態でしたので検査の為、こちらにお運びしました。」
何だかサラッと凄い事を言われたけど……どこから聞こう?
「えと、運んだって……貴女が?」
「はい。」
また無表情と抑揚の無い声で返された。
もっと他に聞く事あるやろ!?とか、突っ込んでくれる事までは期待してなかったけど、
まさか一言しか返って来ないとは……。
う~ん、何がいけなかったんだろ?
……顔とか?
って、そんなのどうしようも無いしなあ。
俺がそんな事を考えてると、クノンさんの方から質問された。
「ご気分はいかがですか?どこか痛い所は有りますか?」
そう言えばクノンさんは看護士見習い(推測)だったな。
見習いとはいえ、仕事はちゃんとしないとな。
「気分は悪くありません。全身筋肉痛みたいですが、特に問題は無いと思います。」
俺がそう答えると、クノンさんは「失礼します。」と言って俺の額と右手に触れた。
―――た、多分、熱と脈を計ってるんだろう///
そうに違いない。
「……。」
「……。」
俺もクノンさんも無言のまま数秒が経つ。
何か気まずいな……。
「体温36.5℃、脈拍84/分。正常値内です。問題無いようですね。」
そう言って初めてクノンさんは微笑みを浮かべた。
それは俺が思った通り、可愛い笑顔だった。
それにしても、クノンさんって優秀なんだなぁ。
触っただけで体温計れるなんて。
そんな事に感心しながら、さっき気になった事を聞こうとしたら、急に眠気が襲ってきた。
俺は何とか眠らないように声を出そうとしたけど、音に成らずに息が漏れただけで終わった。
目の前が暗くなる。
凄く―――眠い。
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アキラが突然目を閉じ黙ってしまった為に、クノンはもう一度額と右手に触れた。
体温・脈拍・呼吸ともに異常は診られない。
どうやらまた眠ってしまったらしい。
その事を確認したクノンは、本来ならアキラが目覚めた時にするべきだった行動をとる事にした。
壁に近づき何かのボタンを押す。
「アルディラさま、あの方が目を覚まされました。」
「そう。すぐにそっちに行くわ。」
何処からかアルディラの声が聞こえ、その返事を聞いたクノンは壁から離れる。
そして、アルディラが来るまでの間、夕べと同じようにアキラの側にただ、静かに立ち続けた。
(-ω-)/ やあ!連続投稿だよ!