黒の魔剣   作:暁 煌

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残されたモノ

 

 

 

 

 

酷い無気力と無力感が俺を襲う中、ソイツは夕陽を背に足音を響かせて現れた。

 

「漸く、ここまで漕ぎ着けたか……。

 ゴミ共の始末、存外手間取ったものだ。待ちかねたぞ?」

 

その顔は逆光で影になって見えないが、

口元に浮かんでいる嫌な笑みだけは何故かはっきり見える。

その表情と言葉が、空っぽだった俺の心に波紋を起こす。

 

……彼らを、“ゴミ”と呼ぶのか?

 

沸々と湧き上がる怒りで、ぼんやりとしていた目の焦点が、

ゆっくりとソイツに向かって合わさる。

 

「申し訳ございません。」

「まあ、良かろう。長い船旅で、勘が鈍った事にしてやる。」

「は……。」

「さあ、あなた。こちらへ。」

「うむ。」

 

紅い髪の彼女の謝罪に鷹揚な態度で接したソイツは、

女召喚士に招かれて徐々に俺たちに近付いてくる。

そして、近付くにつれソイツの顔がはっきりと見えるようになる。

 

肩にまでかかる長い黒髪に、残忍な色をした瞳。

その瞳を隠すというより、より強調するような黒くて丸いサングラス。

見るからに上等そうな服に包まれた体は、まるで戦士のように逞しい。

 

ソイツはざわめく俺たちなんてまるで気にした風も無く、ゆっくりと視線を巡らせて問いかけた。

 

「同志イスラはどこだ?」

「はい、こちらに。」

「今日までのお前の働き、見事だった。

 我らのこの一歩は、始祖らが望み続けた新たな世界への架け橋となるだろう。」

「ありがたきお言葉、感謝に絶えません。

 そして……遠路よりのお越し、心より歓迎いたします。

 オルドレイク様。」

 

……違和感。

オルドレイクと呼ばれたソイツに対するイスラの卑屈なまでの恭しさに違和感を覚え、

少し頭が冷える。

今まで俺たちに接する時も、必要以上に挑発的な態度を取ってきたイスラだったが、

味方だと公言した相手にも、まるで演技のような態度を取っている気がする。

 

だからと言って、俺がその理由を考え込んでいる間、この場の状況が待っていてくれる筈もなく、

女召喚士が一歩前に出てきて、偉そうに名乗りを上げる。

 

「控えなさい、下等なるケダモノ共よ!

 この御方こそお前たち召喚獣の主、

 この島を継ぐ為にお越しになられた無色の派閥の大幹部、

 セルボルト家のオルドレイク様です!」

 

……下等?ケダモノ?

だったら、お前たちは何だって言うんだ?

抵抗も出来ない人たちを皆殺しにしておいてッ!!

 

下がっていた熱が再び湧き上がる。

ぎりっと奥歯を噛み締め、俺はオルドレイクを睨み付ける。

しかし、当の本人はまるで気にした風も無く、むしろ悠然と名乗りを上げる。

 

「我はオルドレイク。

 無色の派閥の大幹部にして、セルボルト家の当主なり……。

 始祖の残した遺産。門と剣を受け取りに、この地へとまかりこした。」

 

“門”と“剣”?

どういう事だ?アティの持ってる“剣”ならともかく、

どうして壊れてしまって制御不能な“門”まで?

あの“門”には、まだ何か在るのか?

 

「それがどうしたッ!?」

 

っ!?

……ギャレオ?

 

「ゴミだ?雑魚だ?目障りだ?

 貴様らにそんな扱いを受ける謂れがあるものか―――っ。

 帝国軍人を……ナメるなあアァッ!!」

 

あのバカッ!一直線にオルドレイクに突っ込んで行ってどうする!!

ただでさえ、今はボロボロの体なのに!

 

「行くぞ、ミユ!!」

「了解や!」

 

ギャレオを止めようとするアズリアの声を聞きながら、俺はミユと一緒に走り出すが、

俺たちとオルドレイクの間には結構な距離がある。

 

くそっ!間に合わない!?

 

俺の頭を諦めが掠めた瞬間、ギャレオとオルドレイクの間に人影が割り込んだ。

ただし、仲間の誰かではなく、敵の一人だったが。

 

そして、その和服姿の男は何の躊躇いも無く、ギャレオに刀を振り下ろした。

 

「がはっ!?」

 

鈍い肉の裂ける音と、血の吹き出す音。

 

左肩から袈裟懸けに斬られたギャレオを見て、その噴出した鮮血を見て、

血塗られた姿を見て、俺の足は止まってしまう。

足が震えて、止まってしまう。

 

……死ぬ?死ぬのか?

また、俺の目の前で?

次は、ギャレオが?

 

「アキラ!?あの人間、助けへんのか?」

「っ!!助けるに決まってる!」

 

どこか焦れた様なミユの声に意識を引き戻され、俺の体を覆っていた震えが消える。

 

そうだ!まだ間に合う!まだ生きてる!

助けるんだ!!

 

そうして、俺たちは再び走り出そうとするが、その目前に過酷な現実が突きつけられる。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

「武器も、技量も、その程度では結果など知れている。

 その技量を恥じるがいい!!」

 

ウィゼルが冷徹な言葉と共にギャレオの体を横に薙ぐ。

その一撃で、たった一撃で、巨漢のギャレオが弾き飛ばさる。

新たに刻まれた横一文字の赤は、誰が見ても致命傷と解るもので、

ギャレオの残り少ない血液を盛大に吹き出した。

 

その光景は、その残酷な光景は、

再びアキラとミユの足を止めるには十分なもので、十分過ぎるもので、

アキラの表情は、後悔と、絶望と、怒りが混ざりあって、今にも泣き出しそうだった。

 

動きを止めてしまったアキラとは逆に、

今まで一歩も動けないで居たアズリアがギャレオに駆け寄り、その顔を覗き込むように膝を付く。

 

「ギャレオっ!?」

「あ、アズリアさ―――っ、すみま、せ……。」

 

アズリアの呼ぶ声に、ギャレオは既に見えていないであろう霞がかった目を向ける。

そして絶え絶えな息の中、アズリアの名と謝罪を最後に、

ごぼりと口からも大量の血を吐き、一切の動きを、止めた。

 

「ぎゃ、ギャレオォォォッ!!」

 

力なく項垂れた首、そして光を消した瞳。

永遠に部下が目を覚ます事は無いと悟ったアズリアには、

地を握り締め、その名を力の限り叫ぶ事しか出来なかった。

 

しかし、そんな光景をまるで見ることも無く、まるで意識もせず、

オルドレイクは愉悦の笑みを浮かべる。

 

「流石はウィゼル。その剣の冴え、実に頼もしいな。」

「お前を喜ばせる為に振るった訳ではない。」

「ふふふ、口の悪さも相変わらずよ……。

 さて、まずは剣の方から受け取る事としようか。」

「―――っ。」

 

憮然と応えるウィゼルの言葉でさえ面白いと、オルドレイクは笑いを漏らす。

そして、やっと目的の物に取り掛かるべく、ゆっくりと視線を巡らせる。

その獲物を狙うような鋭い目に、アティは思わず反応してしまう。

ニヤリと厭らしい笑みを浮かべ、オルドレイクはアティに狙いを定める。

 

「お前が、そうだな?」

 

その声に、仲間たちが一斉に反応する。

連戦で傷付き、疲れきった体を引きずる様に、アティの下に行こうとする。

しかし、その行く手はオルドレイクの部下たちによって素早く塞がれてしまう。

護人たちの前にはウィゼルが、海賊たちの前にはツェリーヌが、

そして、アキラとミユの前には……。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

アティに狙いが付けられた瞬間、何かを考える前に、俺の脚は動いていた。

自分の足が一歩前に出てから、遅れて俺は状況を理解した。

 

ギャレオに続いてアティまで……?

冗談じゃない。冗談じゃない!!

 

「ミユ、行くぞ!今度こそ助けるんだ!!」

「了解や!」

 

しかし、アティの方に向かって駆け出そうとした俺たちの前に、一本のナイフが突き刺さる。

続いて音も無く現れ、そのナイフを引き抜き、構えを取ったのは例の紅い髪の女性。

 

「……行かせないわ。」

「キミは……。」

 

一言だけで、後は黙ったまま対峙する彼女。

じりじりとした場の中で、ミユがそっと行動しようとするのを手を上げて止める。

そして今まで抜き身で持っていた刀を鞘に戻すと、

できるだけ害意が無い事を示すように手を広げ、少し困ったような笑顔を見せる。

 

「頼むから、そこを通してくれないかな?」

「行かせない、って言ったわ。」

 

敵である筈の俺の不可解な行動に、彼女はぴくりと表情を動かすが、

すぐに表情を消して冷たく返す。

その態度にムッとしたらしいミユが俺たちの間に進み出るが、

咄嗟にその頭を抱え込むように抱きしめ、口を塞ぐ。

そのまま俺は彼女との会話を続ける。

 

「俺には解らないんだ。

 どうしてキミが泣きながら、あんな奴に従ってるのか。」

「―――泣いてなんか、いないわ。泣き方なんて、知らないもの。」

 

淡々と答えた彼女の声の中に、瞳の中に、確かに俺は、涙を見た。

 

「そうか……。それで、キミは涙も流さずに泣いているのか。」

「ッ!!」

 

今度はハッキリとその顔を強張らせた彼女に、

やっぱり俺の感は間違っていなかったんだと確信する。

だから俺は、もう一度彼女に頼む。

 

「お願いだ。そこを、通してくれ。」

「……ダメ。できないわ。

 命令は、絶対だもの。」

「…………。」

 

揺れる彼女の瞳は、はっきりと彼女の中の葛藤を俺に伝えてきて、俺も下手に動けない。

だけど、こうして手を拱いている間にも、途切れ途切れに聞こえてくる剣戟の音と召喚術の音。

そして、イスラの声。

 

「―――台無しになるじゃない!」

「あ、ぐあぁぁっ!!」

 

続いてアズリアの叫び声が聞こえてきた。

その瞬間、目の前の彼女の事も、彼女の持つナイフの事も忘れて、目をそっちに向けてしまった。

そこには腕から血を流すアズリアと、その傍に立ち剣を持ったイスラがいた。

 

くっそ!グズグズしてる場合じゃない!!

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

剣を取り落とし、傷口を手で押さえるアズリア。

その後ろから、アティがイスラに向かって呼びかける。

 

「止めて、イスラ!

 アズリアは貴方のお姉さんでしょう!?

 貴方の代わりに軍人になって、レヴィノスの家を守ろうと―――。」

「そんな事、僕は一言だって頼んじゃいないッ!!」

 

しかし、そんな呼びかけをイスラが鋭く遮る。

そして愕然とするアズリアに向かい、イスラはその胸の内を吐露していく。

 

「貴女は僕を庇って軍人になったつもりだろうけどね……、

 そのお陰で僕はレヴィノス家にとって、本当に不必要な存在にされちゃったんだよ。」

「な―――っ。」

「姉さんのした事は、ちっとも僕の為になんてなってない。

 むしろ、逆効果さ。」

「そんな―――っ?

 私は、そんな……そんなつもりじゃ!?」

 

語られた内容に、アズリアは驚き、涙を浮かべる。

そんなアズリアに、イスラは静かと言ってもいい様な声で語りかける。

 

「弁解しなくてもいいよ。

 だから……黙って死んでよ!?」

 

一度、目を瞑り、深呼吸するように間を開け、

イスラは叫ぶように声を上げながら、剣を構えて振り下ろした。

 

その瞬間、思わず目を閉じたアズリアは、ザッ、と深く肉を切り裂く音と共に、

確かに己の顔に暖かな血が飛び散るのを感じた。

しかし、何の痛みも衝撃も伝わってこない事に、恐る恐る目を開ける。

 

「……怪我、ないか?……アズリア。」

「あ、アキラっ!?」

 

目を開いたアズリアが見たものは、自分を庇う男の背中と、

振り返るようにして自分を見つめるアキラの顔だった。

 

「大丈夫……みたいだ、な。……よかっ―――。」

「アキラッッ!!」

 

無事なアズリアの姿を確認すると、アキラは弱々しい笑みを浮かべ、意識を失って崩れ落ちる。

その体をアズリアは寸でのところで抱き止めるが、硬直したように体を強張らせる。

何故なら、アキラの体には左肩から右脇腹にかけて、深く生々しい傷が刻まれていたから。

 

「いやあああぁぁぁッ!!?」

 

アキラのその姿を見た途端、アティは悲鳴を上げ、シャルトスを手にしていた。

そして魔力による障壁が味方と敵を分けるように展開される。

 

「なぁ―――っ!?」

「ぬぅっ!?」

「オオオォォォ……オオオオオオォォォォォォォッ!!!!」

 

イスラとオルドレイクをも弾いたソレは、アティの声に呼応して更に強く、広くなっていく。

 

「何という結界……。

 そうか、怒りによって漸く本来の力に目覚めたか。

 素晴しい……実に素晴しいぞ!?

 それでこそ、出向いた価値がある!!」

 

そんな状況に追い遣られてなお、オルドレイクは実に嬉しげに、そして楽しげにその顔を歪める。

 

「ウバワセナイ……。

 モウ、コレイジョウナニモ……。

 ウオオオオオオォォォォォォォ!!!」

 

敵の様子を理解してか、それとも無意識下での行動なのか、アティは更にその魔力を高めていく。

その様子に危機を感じたのか、ウィゼルがオルドレイクの下へ近寄る。

 

「引け、オルドレイク。

 これ以上の挑発は剣そのものを破壊しかねんぞ。」

「さあ、あなた。」

「うむ……。楽しみは後日まで取っておくとしよう。」

「……撤退!」

「ふはははは……、あっはははははは!!」

 

ツェリーヌを横に、そしてウィゼルを後ろに従え、

ヘイゼルの指揮する暗殺者たちを引き連れて、オルドレイクは高笑いを残し、去っていく。

 

どんなに悔しく思っても、どんなに憎らしく思っても、

疲弊しきり、更には暴走しているアティを止めなくてはならない護人や海賊たちには、

夕陽の中を悠然と去って行く彼らを、ただ見送るしかできなかった。

 

そして、アキラが倒れた今、誰も聞く事の無い“声”が、歓喜に満ちた呟きを洩らした。

 

 

 

――刻は来た

 

 

 

 

 






( ノД`) いやぁあああ!

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