黒の魔剣   作:暁 煌

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魔剣

 

 

 

 

 

陽が落ち、辺りが薄暗がりに包まれる中、

アティはオルドレイクたちの姿が見えなくなるまで強固な結界を維持し続けた。

護人たちが名前を呼んでも、その身を揺すっても、アティは反応せず、

ただひたすらに“敵”の背を睨み、唸る様な声と共に魔力を放出し続けた。

そして、その姿が見えなくなると同時に、結界とシャルトスは姿を消し、

アティは糸が切れた様に崩れ落ちた。

 

その様子に慌てる護人たちと同じく、海賊たちも恐慌に陥っていた。

今まで傷らしい傷を負ったことの無いアキラが、

イスラの一太刀を受け、その鮮やかな赤で辺りを染めているのだから。

 

護人たちにアティを任せて海賊たちは、アキラの下に駆け寄る。

彼らが来た頃には既に、背中から崩れ落ちたアキラを抱き込むように支えたアズリアが、

そのまま膝を枕代わりにアキラを横にし、ミユがその小さな手を赤く染めながら止血を行い、

クノンが手早く止血剤を塗り、厚手の布を巻きつけている所だった。

しかし、その様子を見ただけではアキラの容態が解らず、海賊たちは口々にアキラの名前を呼ぶ。

 

「「「アキラ(さん)!!」」」

「しかっりしてよ、アキラ!?」

 

カイルの、スカーレルの、ヤードの呼び声と、ソノラの叫び。

しかし、当然の如くアキラの返事は無い。

それどころか、手当てをしている三人からも何の反応も無い事に、カイルが思わず声を荒げる。

 

「~~っ、どうなんだよ、クノン!アキラは、まだ生きてんのか!?」

「ちょっとアニキ!それじゃまるで、アキラが助からないみたいじゃない!!」

 

荒々しい声に応えたのは問われたクノンではなく、妹であるソノラ。

その余りの剣幕と己の言葉に、はっとなったカイルが小さく謝罪を口にする。

 

「わ、悪ぃ……。そんなつもりじゃ……」

「黙って下さい!!」

 

しかし、その言葉も途中で遮られてしまう。

常ならば聞く事の無いクノンの強い叱責に、兄妹はびくりと体を強張らせる。

 

「応急手当は既に始めています!

 ですが、一刻も早くリペアセンターに運ばなければ―――っ!!」

 

焦りを含んだクノンの言葉に、皆が一瞬最悪の結末を思い浮かべる。

しかし、その考えを振り払うかのようにカイルが動き出す。

アキラの傍に屈み込むと、傷に触れないように、その体を横抱きに抱え上げる。

 

「走るぞ!!」

 

言うや否や駆け出すカイルに、遅れまじとミユが続き、皆も走り出す。

一丸となってリペアセンターへ向かう中、カイルの声が漏れる。

 

「死ぬなよ、アキラ―――っ!」

 

果たしてカイルの励ましは、アキラに届いただろうか……。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

人も動物も寝静まり、明るい月の光だけが木漏れ日の様に注ぐ森の中。

かさり、と木の葉を踏む音が静寂を破る。

音の主はその体を包帯に包まれ、一目で重傷だと判る。

そんな体で彼は、アキラは、まるで夢を見ている様にふらふらと歩み続ける。

 

(力……。

 俺にもっと強い力があれば……。)

 

いくらリペアセンターで治療を受けたとはいえ、その傷が完治している筈も無く、

歩くだけで激痛が走るのだろう。

アキラは一歩進む毎に、その端正な顔を歪ませる。

そして額には、傷による発熱からか、玉のような汗が浮かんでいる。

 

しかし、それでもアキラは歩みを止めない。

まるで何かに呼ばれるように、まるで何かを探しているように、歩き続ける。

どこかに向かっているのか、アキラ本人も自覚しないまま。

 

 

 

 

 

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(……ここは、どこだ?……俺は、どこに行こうとしてるんだ?)

 

熱で意識が朦朧としながらも、

まるで操られるているかのように勝手に動く足がアキラを連れて行ってのは、“喚起の門”。

 

(どうして……、こんな所に……?)

 

自分をこの島に喚んだのがこの門である事をアキラは知っていたが、

近付かないようにと教えられていた事もあって、この近くには余り来た事が無かった。

だから、遺跡であるこの門の構造など何一つ知りはしない。

知りはしない筈なのに、アキラの体は自然と動き、その壁面の一部に触れる。

すると壁は鳴動し始め、その身を左右に開いた。

 

(……穴だ。)

 

現れたのは下へと続く階段。

螺旋状になっている上に明かりが一つも無く、下がどうなっているのか、

どこまで続いているのか全く判らない。

それなのにアキラは、否、アキラの体は何の躊躇いも無く歩を進める。

まるで奈落の底に向かうように……。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

一体どれ程の時間が経ったのか、何段下ったのか判らなくなった頃、

アキラは小さな部屋に辿り着いた。

その暗く狭い部屋は、何故かぼんやりと外観の視認できた。

電気も無ければ、机も椅子もベッドも無い。

殺風景なその部屋の中央に、ただ一つだけ存在を主張する物があった。

 

それは、一振りの剣。

シャルトスに似た、闇色の剣。

 

その刃は真っ直ぐにも関わらず、どこか歪んだ印象をもたらす漆黒。

封印の為の剣でも無く、開封の為の剣でもない。

ただ、破壊する為だけの剣。

刀身からは、抑えきれない力が黒い光となって溢れ出る。

 

その唯一の存在にアキラが意識を奪われていると、唐突に、そして久しぶりに、

あの“声”が聞こえてきた。

 

――さあ、手に取るがいい

――その剣を掴むだけで、お前の望む力が手に入る

 

それは甘く優しい悪魔の囁き。

有り得ないと、そんな都合のいい話がある訳無いと解っているのに、

何かがアキラの判断を鈍らせる。

 

(これが有れば……。

 この剣が有れば、みんなを守れる……?)

 

――そうだ。さあ!掴み取れ!!

 

アキラの手が、剣の柄へと伸ばされた。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

いつもの様に、白々と静かに夜が明け始めた頃、島は突如として黒い光に包み込まれた。

再び夜が訪れたのではなく、日の光が遮られたのでもない。

 

“黒い”光という矛盾した存在。

それは熱くもなく、冷たくもなく、ただ島の全てを黒く照らし出した。

そして、無色の派閥も、海賊も、島の住民も関係なく、彼らは“声”を聞いた。

“声”は、ただ一言だけを告げた。

 

 

――滅べ

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

辺りが黒く照らされたのは一瞬で、島には直ぐにいつもの朝日が戻ってきた。

それはここ、ラトリクスでも同じ。

しかし、一瞬の闇の後、明るい照明が元通りに部屋を照らす中で、

アルディラは一人、顔を蒼白にしながら自分を抱くように腕を回し、

冷たい床にへたり込んでいた。

 

(……何?何なの今の“光”は?

 この背筋を走る悪寒は?)

 

まるで熱でもあるかの様に体を震わせながら、アルディラは先程の現象について考える。

今、自分の身を襲っているのが恐怖という感情であり、

それから逃れる為にはそうするしか無いとでもいう様に、必死に頭を働かせる。

そして、過去の経験の一つがアルディラの脳裏に蘇る。

 

(これは……この圧迫感は……?

 周りのあらゆるモノが私を見張ってるような、この視線は……?

 …………。

 ………………マスター?)

 

アルディラが何かを掴みかけたその瞬間、軽い空気の抜けるような音と共にドアが開き、

クノンが“駆け込んで”来た。

 

「大変です、アルディラ様!アキラ様が―――!」

 

そして告げられたのは、病室から忽然と姿を消したアキラの事だった。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

島中が一瞬の異変にざわめき立つ中、一人、平然とした顔で“門”の前に立つ青年が居た。

“彼”は丈夫そうなブーツとジーンズを身に付け、上半身を包帯に包み、

右手には、刀身を闇に染めた一振りの剣を提げていた。

 

その姿は確かにアキラの物だったが、

髪は夜の影の様な漆黒に、瞳は奈落の底のような闇色に染まっていた。

更に、右手から右頬にかけて、腕を伝うかの様に文様が刻まれていた。

それはまるで、踊るように燃え盛る黒い炎。

 

黒炎の踊るその頬で、“彼”は薄く笑いを浮かべる。

そして、何を思ったのか左手を顔の前まで持ち上げると、

ゆっくりと握ったり開いたりを繰り返す。

 

何かを確かめる様に、ゆっくりと繰り返す。

次いで体を見下ろし、己の手足を眺める。

そして、満足そうに、嬉しそうに、禍々しい笑みを浮かべた。

 

しかし“彼”は、ふと何かに気付いた様にその笑みを消し、森へと視線を向ける。

それを待っていたかの様に、森から六つの人影が飛び出す。

それは、いち早く主を探していた護衛獣であり、

村の事をパートナーに任せてきた護人たちであり、封印の魔剣の所持者だった。

 

彼らは目の前の光景に、一様に立ち尽くす。

何故なら彼らの目の前には、良く見知った顔の人物が、

全く見知らぬ出で立ちで立っていたのだから。

 

だから、彼の護衛獣は、ミユは、戸惑いつつその人の名を口にした。

 

「……アキラ―――?」

 

返って来たのは微笑み。

いつもの見守る様な優しい笑みでは無く、見下す様な、嘲る様な、酷薄な笑み。

それだけで、否、だからこそ、彼らは確信した。

“彼”はアキラでは無いと。

 

一斉に警戒態勢を取る仲間たちから一歩、ヤッファとキュウマが進み出る。

そして、威嚇するように睨み付けながら尋ねた。

 

「お前……何モンだ?」

「どうしてアキラ殿と同じ姿をしているのかも、聞かせて貰いましょうか。」

 

“彼”は、ヤッファたちの態度をまるで意に介する事も無く、

むしろ悠然と、その嘲笑を浮かべたまま答える。

 

『私は、お前たちの言う“アキラ”だよ。』

 

言葉を一旦区切り、“彼”はゆっくりと全員の顔を見渡すと、

より一層その笑みを禍々しい物へと変えて続けた。

 

『―――少なくとも、この“器”はな。』

 

それは、その言葉の意味は、つまり……。

 

「貴方はアキラの体を乗っ取った。

 ……そう考えていいのかしら?」

 

皆が驚きの表情を浮かべる中、アルディラが至極冷静に、淡々と尋ねた。

“彼”は、アキラの顔で、アキラの声で、まるで別人のように笑うのみ。

それは明らかに無言の肯定で、彼らの怒りに火を付けるには十分だった。

 

「今!すぐ!アキラの体から離れえ!!」

 

苛烈な光を瞳に宿し、今にも掴みかかる勢いでミユが吼える。

しかし、“彼”の悠然とした態度は崩れない。

むしろ、ミユたちの怒りに嘲りを深めたように応える。

 

『ふふふ、もはや手遅れだ。

 私は“器”を壊し、この身体を手に入れた。

 お前たちが“器”に会う事は、二度とない。』

 

“器”というが誰を指しているのか、壊したと言うのはどういう事なのか、考えるまでも無かった。

 

“彼”は、アキラを、殺した、と言ったのだ。

 

愕然とする一同を楽しそうに眺めた後、“彼”は、ふと何かに気付いたように後ろを振り返った。

そこに聳え立っているのは“喚起の門”。

 

『……ふむ。もはやアレは不要だな。』

 

無表情にそう呟くと、“彼”は手に提げていた黒い剣を斜めに振り上げた。

 

風を切るような音を聞いた。

 

衝撃の余り、気の抜けていたアティたちがそう思った途端、

重い何かが擦れるような鈍い音が響く。

皆が音の発信源へと目を向ける。

そして、彼らは信じられない光景を見た。

 

ゆっくりと、その身の半ばから斜めにずれていく“喚起の門”を。

 

未だ昇りきらない陽に照らされながら、粉塵と轟音を上げて崩れ落ちる“門”。

その轟音の中、彼らは確かに狂気を孕んだ哄笑を聞いた。

 

『はははハはハははははハハはははは!!』

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

穏やかな朝陽とは不釣合いに場は騒然としていた。

召喚術でもなく、大砲でもなく、ただの剣の一振りで、巨大な建造物が壊される。

その事実が俄かには信じられず、アティたちは呆然と立ち尽くす。

しかし、巻き起こる粉塵も、轟音も、間違いなく現実の物で、

彼女たちは否応も無く認めるしかなかった。

“彼”の力の強大さを。

 

……やがて門が完全に崩れ落ち、粉塵も轟音も哄笑も止んだ頃、

未だに楽しげな表情で残骸を眺める“彼”に、アティが声を震えわせながらも尋ねた。

 

「貴方は……貴方は一体、何者なんです!?」

 

その声に、まるで自分以外の存在を思い出したかの様に“彼”は振り向いた。

アティを見るその目は、まるで珍しい物でも見た様に楽しげに見開かれている。

 

『ふ、ふふ。私が何者か、だと?

 判らないか?本当に解らないのか?“シャルトス”よ。』

 

からかう様に問い返す“彼”は、アティという人間など存在せず、

彼女の持つ魔剣だけが存在するとでも言う様に、アティをシャルトスと呼んだ。

 

「…………。」

 

アティは、沈黙で応えた。

それは、自分の存在を否定された事に対する反発でもあり、

また、返す答えを持ち合わせていなかったからでもあった。

 

否、本当はアティには解っていた。

“彼”が、どんな存在なのか。

何故なら彼女の持つ魔剣が、怯えていたのだから。

 

ハイネルではない。遺跡の欠片。“封印の魔剣”。

“碧の賢帝”シャルトスが、コレは手に負えないと、逃げなければと、

アティに恐怖を伝えていたから。

 

それ故に、困惑と戸惑いを綯い交ぜにした複雑な表情をアティは浮かべ、沈黙するしかなかった。

それすらも楽しいという様に、“彼”は禍々しく口の端を吊り上げた。

そして、

 

『ならば教えてやろう!

 私は狂気!闇の 狂 皇 (きょうこう)ヴィサイアス!!』

 

右手に持った黒い剣を高らかに掲げ、辺りに闇色の魔力を暴風の様に振り撒きながら、

“彼”は、“破壊の魔剣”は、凶笑と共に名乗りを上げた。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

吹き荒れる闇に耐えながら、彼らは皆、理解した。

アレは、高らかに、楽しげに、狂った笑い声を上げるアレは、

“碧の賢帝シャルトス”“紅の暴君キルスレス”と同じ、三本目の魔剣だと。

そしてそれ故に、先程の彼の、ヴィサイアスの言葉の意味を悟り、顔を蒼白にする。

 

「アレがシャルトスやキルスレスと同じ魔剣なら、アキラ殿の魂はもう……。」

「「っ!!」」

 

一同を代表する様に、キュウマが心を過ぎった不安を口にする。

アキラの意思は、心は、魂は、遺跡のシステムを上書きされて、消えてしまってのではないか、と。

その言葉にミユが身を震わせ、アティが息を呑む。

アキラを失ってしまう事への、恐れの為に。

 

「まだ判らないわ。」

 

その恐怖を振り払う様に、絶望を切り裂く様に、アルディラの毅然とした声が響く。

 

「アキラの魂が消されてしまったかどうか、まだ判らないわ。

 彼が一方的に言っているだけで、確認はできていない。

 だとしたら、まだ可能性はある筈よ。」

 

理路整然としたアルディラの説明に、皆の顔に覇気が戻ってくる。

可能性が少しでも有るのなら、それを信じてできる事をやる。

そんな決意が、彼らの瞳に光を灯す。

 

「……どうするんや?

 どうしたらアキラを元にもどせるんや?」

 

静かに、激情を押し隠した静かさで、ミユがアルディラに問い掛ける。

アルディラは小さく頷くと、問い掛ける形で説明を始めた。

 

「私たちは、今アキラに起きている現象と似た物を、よく知っているでしょう?」

「……シャルトスを持ってる時のアティか!」

 

一拍の間を置いて、全員の視線がアティに集中する。

そしてヤッファが口にした言葉を、アルディラが深く頷く事で肯定する。

 

「ええ、そうよ。

 だとすれば、あの剣を破壊するかもぎ取る事が出来れば、アキラが元に戻る可能性は有るわ。」

「せやったら話は簡単や!

 行っくでぇ!!」

 

アルディラの言葉が終わるや否や、ミユが声を上げて走り出す。

それを追い駆ける形で、アティたちも走り出す。

 

「あの魔剣と正面から渡り合えるのは、同じ魔剣であるシャルトスだけです!

 皆は援護と死角からの攻撃に徹して下さい!」

 

「解ったわ!」「はい!」「おう!」「承知!」と、

それぞれの返事を聞きながら、アティはシャルトスを喚び出す。

四人の護人が、ぱっと散開する気配を感じながら、アティは前を走るミユを見つめる。

 

返答こそ無かったものの、ちらりとこちらを見た事から、作戦は理解してくれたのだろう。

ならば、自分は彼女の行動に注意して、必ず作ってくれる隙を見逃さない様にしなければ。

 

そして、ミユはアティの作戦を正しく理解し、要望通りの動きを見せた。

アティの前を走りながら符を取り出し、威力は低いが短い呪で発動できる低位の術を紡ぐ。

 

「炎よ!符に宿りて陣を成せ!『炎陣符』!!」

 

呪と共に放たれたミユの符が、ヴィサイアスを取り囲むように広がり、一斉に炎へと変わる。

しかし、彼は押し寄せる炎の壁を目の前にしても慌てる事無く、ただ短く裂帛の声を上げた。

 

『はっ!!』

 

その声と共に放たれた魔力が、炎の壁を瞬時に消し去ってしまう。

彼が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべようとした次の瞬間、その目が驚き見開かれる。

消え行く炎の影から、シャルトスを構えたアティが飛び込んで来たのだ。

 

その狙いは“アキラ”の右手。

多少の傷は負わせてしまうが、それは後で召喚術を使えば治す事ができる。

だから、アティは躊躇わずにその剣を振り下ろした。

 

決まった!と、誰もが思ったその時、まるで音叉の奏でる様な甲高い音と共に、

全員の予想を裏切る形で碧の剣は黒い剣としっかり噛み合わされていた。

 

『……成る程。戦い慣れしているだけはあるな。

 だが!この力の差は埋められまい!』

「くっ!!」

 

そして噛み合った剣は、ヴィサイアスの一振りで簡単に振り解かれてしまう。

何とか転倒を免れたアティは、衝撃で痺れてしまった腕で、

再びシャルトスを掴み直そうとして、突然一切の動きを止めてしまった。

 

一撃で、たったの一撃を受けただけで、シャルトスに罅が入っていたのだ。

 

「そんな―――っ!?」

『何を驚く?どうして私が創られたと思っているのだ?

 その忌々しい魔剣をも破壊する為だぞ!』

 

そう叫ぶと、彼は歪んだ笑みを顔に貼り付け、アティへと躍り掛かった。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

数瞬の後、その場に立っていられたのはヴィサイアス一人だけだった。

魔力の塊をぶつけられ、鋭い斬撃を受け、重い打撃に吹き飛ばされ、

高位召喚術を喰らい、アティたちは地に伏した。

その様子を彼は甚く満足そうに眺めていた。

 

しかし、倒れた者たちから苦悶の声が上がったのを聞いて、

ヴィサイアスは不思議そうに、純粋に不思議そうに、彼らを見渡した。

 

『……まだ壊せていなかった、だと?

 壊すには十分な攻撃だった筈だが……。』

 

彼は小さく呟き、暫くの間思案していたが、やがて何でもない事の様に笑みを見せる。

 

『まあ、いい。体を持つのは初めてだからな。

 感覚を掴むまで、もう少し相手をして貰うとしよう。』

 

そう言って、彼はどこか歪んだ笑みのまま、ゆらりと黒い剣を蠢かせる。

一番近くに倒れていたミユに狙いを定めたらしく、彼はゆっくりと歩き出す。

その歩みを、弱々しい声が留めた。

 

「―――本当にそう思ってるんですか?」

『何だと?』

 

彼が振り返り声の主を確かめると、そこには既にシャルトスも無く、

全身傷だらけで精も根も果てているのに、それでも尚、立ち上がろうとするアティが居た。

 

よろよろと、それこそ辛うじてといった感じのアティが、

倒れ伏す仲間たちを庇う様にヴィサイアスの前に立ち、向かい合う。

そして、どれだけ叩きのめされても、そこだけは決して衰えない強い光を宿した瞳を向ける。

 

「本当に、私たちを殺せなかったのを、“慣れ”の問題だと思ってるんですか?」

『ほう?では、貴様は何が原因だと言いたいのだ、シャルトスよ?』

 

再び、今度は背を伸ばし胸を張り、より強い声でアティがヴィサイアスに問い掛ける。

すると、今まで浮かべていた表情を忘れたかの様に、表情を浮かべる事を忘れたかの様に、

ヴィサイアスは全くの無表情で、それこそ見た者が恐怖を抱く様な無の表情で問い返した。

しかしアティは、怯えるどころか穏やかな笑みを浮かべて応えた。

 

「アキラさんです。アキラさんが、まだ、貴方の中で戦っているんです。」

 

アティの声に、表情に、ヴィサイアスの無が、ぴくりと揺れる。

 

『……馬鹿な事を。“器”は私が破壊した。完全に、だ。』

 

どこか苛立ちの様なザラツキを含んだ声が否定する。

アティは静かに目を瞑り、穏やかな笑みで応える。

 

「私は、信じています。」

『っならば、幻想を信じたまま壊れるがいい!!』

 

今度はハッキリと怒りを表し、ヴィサイアスは黒い剣を、己自身を振り上げ、

アティを両断すべく振り下ろした。

 

「アティーーーー!!」

 

目を瞑ったまま避け様ともしないアティに、仲間たちの悲痛な叫び声が上がる。

しかし、彼らは次の瞬間、目を見開く事になった。

そしてその現象は、加害者である筈のヴィサイアス自身をも驚かせるものだった。

 

刃がまさにアティに届こうという所で、

誰かに掴まれた様に不自然に止まった、ヴィサイアスの腕。

ぶるぶると震える剣先が、彼の意思ではない事を示している。

 

そして、彼の頭に響いたのは“声”。

 

 

――……アティは、俺の仲間は、殺させないよ。

 

『ば、馬鹿な!?貴様、まだ!?』

 

――生憎と、信頼を裏切る様な育てられ方はしてないんでね。

 

『そんな問題では無い!

 貴様の心は確かに壊した筈だ!!』

 

――人間の心は、壊れても治す事ができる。

  なら俺は、何度でも立ち上がってやるさ!

 

『くっ!おのれえええぇぇぇ!!』

 

――おおおおおおおぉぉぉ!

 

 

アティに剣を振り翳したまま、突然叫び始めたヴィサイアス。

何事かと彼女たちが見守る中、

彼の体から黒と白の光が互いに交わる事無くせめぎ合い、辺りに吹き荒れる。

 

一頻り光が吹き荒れた後、また唐突に静寂が訪れた。

恐る恐る、彼らは目を開く。

 

するとその場には、地面に突き立つ黒い剣と、銀の髪の、アキラが居た。

 

唖然とするアティたちに、銀髪のアキラはいつもの様に優しく微笑んだ後、

崩れ落ちる様に倒れた。

 

「アキラさん!!」

 

散々傷付いた体が思う様に動かないのをもどかしく感じながら、

アティはアキラのもとに駆け寄る。

そして、アティがその体をそっと抱き起こせば、アキラは綺麗な笑顔でアティに告げた。

 

「……ただいま、アティ。」

 

 

 

 

 






(-ω-)/ やあ!オリ主が主人公してるよ!

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