「お前さ、アズリアを殺す気なんか無いんだろ?」
相手がイスラとウィゼルに代わってから幾ばくかの後、アキラはイスラと切結んでいた。
その切結びの中で突然投げかけられた言葉。
余りに場違いな言葉に、イスラは切結んだ剣と刀ごしに相手の瞳を見据える。
いつの間にか、蒼と黒、色違いになっていた瞳を。
「……何を言ってるのさ?
僕に殺されそうになったくせに、まだそんな甘い事を言うのかい?」
ぎりぎりと、剣に篭める力は緩めずに、イスラは嘲笑を浮かべる。
しかし、イスラの挑発など全く意に介さず、アキラはにやりと笑い返す。
「そこだ。
お前があの時、本当にアズリアを殺そうとしたのなら、
アズリアより『前に』出た俺が、生きていられる訳が無いんだ。」
「っ!!う、うるさい!
あれは、突然キミが出てきて手元が狂ったんだ!!」
アキラの言葉に、一瞬イスラの身体が震えた。
まるでそれを誤魔化すかのように、イスラは渾身の力を剣に込めてアキラを弾き飛ばす。
続いた反論は子供の癇癪の様で、アキラはくすりと笑ってしまう。
「その割には、斬った後で驚いてたようだけどな?」
「うるさい!
黙れ!!黙れ!!!黙れーーっ!!」
アキラの言葉で頭に血の上ったイスラは、我武者羅に剣を振りまくる。
それは、剣術も無く、狙いも無く、ただ振り回されるだけで、当然アキラには掠りもしない。
その剣が、甲高い音共に刀に受け止められる。
しかし、止めたのはアキラではなく、イスラの仲間の老剣士。
ミユの相手をしていたウィゼルは、イスラの形勢不利を見て駆けつけたらしく、
静かにイスラを見据えた。
「退け、イスラ。その様では虫一匹殺せはせんぞ。」
「くっ!」
イスラは悔しげに唇を噛み締めるが反論などはせず、素直にウィゼルに従い、
アキラから距離を取り離れていく。
それはウィゼルの力を認めているからであり、自分の不利を悟ったからであった。
そして、アキラとウィゼルが静かに相対する。
「イスラの代わりに、アンタが相手してくれるのかい?」
「……。」
アキラが軽く挑発を掛けてみるが、ウィゼルは無言で刀を下段に構える。
「(挑発には乗ってこない、か。
いかにも百戦錬磨って感じだなぁ。)」
アキラが攻めあぐねていると、不意にウィゼルが低く呟いた。
「往くぞ。」
「なッ!?」
その声がアキラに届いた瞬間には、もうウィゼルはアキラの目の前に居た。
まさに神速の踏み込み。
そして、下段からウィゼルの刀が斬り上げられる。
アキラは上体を逸らす事で辛うじて回避し、そのままバックステップで間を開ける。
しかし、ウィゼルは更にアキラへと踏み込み、振り上げた刀でそのまま斬り下ろしてくる。
間を開けずに襲い掛かってくる斬撃を、アキラは刀で軌道をずらし、受け流す。
そして再び距離を取る。
今度はウィゼルも追撃をかけず、静かに刀を構えなおした。
「……成る程。力があり、速さもある。
技も中々のものだ。余程いい師に出会ったと見える。」
「そりゃどーも。」
アキラはウィゼルの褒め言葉に対して不躾に返した。
それもその筈。アキラは戦慄していたのだ。
ウィゼルは強敵だった。
今までの雑魚の様に弱くなく、ギャレオの様に力任せで攻めてくる訳ではなく、
キュウマの様に素早さで撹乱してくる事もない。
真正面から力と技で、ぶつかってくる。
今まで出会った事のない強敵だった。
アキラは、刀を握る掌がじっとりと汗をかいている事を意識した。
一瞬でも気を抜けば、自分はこの男に斬られるかもしれない。
いや、斬られるのだろう。
そんな考えが、初めてアキラの中に広がっていた。
ウィゼルが一歩、アキラに踏み寄る。
「だが、覚悟が足りん。
お前の刃には恐怖が見えるぞ。
仲間を失うのが怖い。命を奪うのが怖い。命を奪われるのが怖い。
そんな剣ではワシは斬れんぞ!!」
再び神速の踏み込みで、ウィゼルがアキラへと迫る。
「―――ふぅ。そうか。そうかもしれないな。」
迫り来るウィゼルに対し、アキラはだらりと身体の力を抜いて呟く。
そして、左手でポケットから何かを掴み出すと、鋭くウィゼルを睨みつける。
「だけど、俺は別に刀しか使えない訳じゃあ―――ない!!」
叫ぶと同時に、アキラもウィゼルへと向かって走り出す。
無謀とも言えるその行動に、ウィゼルが一瞬警戒の表情を浮かべる。
しかし、警戒しながらも、アキラが間合いへと入った瞬間、
手にした刀は反射的に横へと薙がれる。
それを待っていたかの様に、アキラは飛び込みの要領で斬撃を潜り抜けると、
前転で受身を取り、飛び起きる。
結果、アキラとウィゼルの間には再び距離が開く。
そして、アキラは手にした『赤い石』をウィゼルへと向けていた。
「お喚びたて申し奉る。
闇夜を照らす鋭い眼。全てを切り裂く爪と牙。
鬼妖界に居わす荒ぶる神よ。」
再びこちらへと迫りつつあるウィゼルを見ながら、
アキラの脳裏には以前ミユと話した内容が過ぎる。
『なあ、ミユ。鬼妖界で一番強いのって、どんな奴なんだ?』
『ん?ん~、そやなぁ……一概には言えへんのやけど、ウチはあの方が一番凄いと思うなぁ。』
『あの方?誰なんだ、あの方って?』
ウィゼルがアキラを間合いに捕らえるまで、後三歩。
サモナイト石には既に十分な魔力が籠められ、後は名前を呼ぶのみ。
「今、我が喚び声に応えて来たれ!召喚ッ!!」
ウィゼルの間合いまで、後一歩。
脳裏に蘇っている弾む様なミユの声と、アキラの声が重なる。
『それは勿論!』
「『龍神・朧!!!』」
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
日も暮れる頃、気が付けば戦いを始める前とは逆に、
イスラとウィゼルの二人だけが、アティたちに囲まれるように残されていた。
当然、オルドレイクの下には、まだたくさんの暗殺者たちが残っているが、
イスラの部隊は事実上壊滅させた事になる。
残っているイスラとウィゼルにしても、既に満身創痍の状態で戦えそうにはない。
イスラに至っては、立っている事もままならない様で、片膝を付いている状態だ。
だからこそ、アティは剣を引きイスラに告げた。
「終わりです、イスラ。諦めて投降して下さい。」
「はッ!何甘いコト言うてんねん。
おい、小僧!“今度は”息の根ぇ止めたるからな!!」
降服を勧めるアティを遮り、ミユが一歩イスラに踏み寄る。
その金の瞳は苛烈な光を宿していて、今にも飛び掛りそうな勢いだった。
しかし、イスラは二人を前にして、不意に表情を歪めた。
それは哂い。
「ふ、ふふふ。あはは。
あはははははっ!あーっはっはっはっ!!」
まるでダメージなど全く無いかの様に、高らかに哄笑しつつイスラが立ち上がる。
その身体には、薄く赤い輝きが纏わり付き、イスラを護る様に蠢いている。
更に驚くべき事に、イスラの身体に刻まれた無数の傷が、あっという間に塞がっていく。
有り得ない現象に皆が愕然とする中、アキラの右腕がぴくりと動く。
「いいね……、実にいい気分だよ。これは……。
君が大口叩く理由、今なら解るよ。誰にも負ける気がしないもんね……。
それに、僕の望みは果たされつつある。
もう“前の時”みたいに、出し惜しみする必要はないんだよ。」
薄っすらと笑みを浮かべたまま、イスラはアティを、そしてミユを見下す。
そんなイスラの言葉を聞きながら、アキラは別の事に気を取られていた。
疼く右腕。
「この魔力は……まさか、そんな!?」
「間違いないわ。間違える筈が無い!」
戸惑いの声を漏らすファリエル。
そして、わなわなと身体を震わせるアルディラ。
二人とも、信じられない、信じたくないという表情をしている。
しかし、ヤードの言葉が全てを肯定した。
「紅の暴君―――キルスレス……。もう一振りの封印の剣!!」
その言葉に、その名前に、アキラの右腕が跳ねる。
勝手に動き出しそうになる右腕を左腕で押さえ、アキラは苦悶の表情を浮かべる。
「くっ―――!」
その声を聞きつけたミユが、イスラの事など忘れ去ったかのようにアキラの下へと駆け寄る。
「アキラ!?どっか怪我したんか?」
「だい、じょう―――うぅっ!」
遂にアキラは刀を握っている事もできなくなり、その刃を地面へと落としてしまう。
しかし、落としてしまった刀に意識を向ける余裕もない程、
アキラは必死に右腕を押さえ込んでいた。
今や右腕は鼓動するようにドクドクと痙攣し、
腕から頬へと伝う黒い炎が、ゆらゆらと揺らめきだしていた。
そんなアキラの様子に気付かず、気付き筈もなく、イスラは得意気に哂い続ける。
「あははははっ、何て顔してるのさ?
ちょっと考えれば予想できた事だろ?」
そして、イスラは紅い光と共にキルスレスを喚び出し、
引かれる様に、アティのシャルトスも喚び出されてしまう。
途端。
――……剣。封印の、魔剣
「!?」
アキラの頭に“声”が、聞こえた。
封じ込めた筈のその“声”に、アキラには動揺する。
イスラのアティを揶揄する声も、ウィゼルの魔剣に対する推察も、ミユの気遣う声も、
今のアキラには聞こえない。
――アレが、目の前に在る。忌まわしいアレがッ!!
激情がアキラの中を迸る。
どんどんと膨れ上がる、自分の中の他人の狂気。
その雷の様な激情に、一瞬、目の前が暗くなる。
奥歯を噛み締める事でそれに耐え、心の中で反抗の叫びを上げる。
(黙れっ!出て来るな!!)
その声に反応したのか、それとも全く別の理由なのか、
狂気の渦がぴたりと静まる。
突然訪れた静寂に戸惑いながらも、アキラが一息ついた瞬間。
――壊す
静寂を打ち破る一滴の水滴の様な、静かで硬質な、どこまでも澄み渡った声が落ちた。
アキラが驚く間も無く、再び狂気の渦が勢いを増して溢れ出す。
――壊す壊す壊すコワス壊す壊す壊すこわす壊す壊す壊すコワス壊す壊す壊す
壊す壊す痛い壊すコワス流れる赤壊す血壊す広がっていく壊すこわす壊す憎い壊す壊す
壊す恐怖壊す壊す悲しいコワス壊す積み重なる骸壊す壊すこわす死ね壊す壊す壊す
助けて壊す壊す許さない壊すコワス壊す熱い壊す壊す殺されるこわす壊す壊す壊す
壊す嫌だ壊す壊すコワス壊す奪う壊す壊すこわす壊す守る壊す壊す!!!!
「う、あああああああぁあああああああああああぁぁッ!!?」
突如として、アキラの体から吹き荒れる黒い魔力の暴風。
雷光の様に迸る闇。
そして、アキラの右手に現れた、黒い剣。
真っ直ぐなのに、どこか歪んだ印象をもたらす漆黒の刃。
魔剣を手に対峙していたアティとイスラも、
緊張の面持ちで二人を見詰めていた仲間たちも、
鷹揚に成り行きを眺めていたオルドレイクたちも、
黒い暴風は分け隔てなく、全てを薙ぎ払う様に吹き荒ぶ。
「くぅ―――っ!」
「何という……魔力じゃ……。」
「ふ、吹き飛ばされそうですよおぉぉ!?!?」
シャルトスを手にしたアティですら吹き飛ばされそうな風に、
ミスミは顔の前に手を翳して耐え、マルルゥはヤッファにしがみつく。
しかし、突然の風に皆が混乱する中、高笑いを上げる者が一人。
「ふふふ、ふはははは!これはいい!もう一本魔剣があったとはな。
あれもこちらに頂くとしようか。同志イスラ。」
「……は。仰せの通りに。」
遠く離れた場所で暴風にマントを靡かせながら、どこまでも尊大に、
オルドレイクはイスラに命じる。
一瞬、躊躇いを見せながらも、イスラは恭しくその命令に従う。
そして、キルスレスを片手に一歩、アキラに近付くイスラ。
途端、見えない巨人が鎚を振り下ろした様に、地面が波立つ。
「地震!?」
「いや、違う……。こいつは、そういう代物じゃねえ!?」
揺れる大地に苦労しながらキュウマが驚きの声を上げれば、
地面に手を付いて耐えていたヤッファが何かを感じ取り否定する。
イスラがアキラに近付けば近付く程、揺れは大きくなり、地割れまでもが起き始める。
そこで何かに気付いたか様に、アルディラが呆然と呟く。
「まさか、これもあの魔剣の所為だと言うの……?」
「どちらにしても、普通じゃないです!」
ファリエルの叫び通り、もはや地面は地面としての性質を保っておらず、
全員が揺れる大地に何とかしがみ付いている有様だった。
「ぐ―――っ!?」
当然、イスラも既にアキラに近付く事はおろか、
立っている事もできなくなり、波立つ地面に呻き声を上げる。
そこに聞こえてきたのは、またしても“声”。
――恐ろしい
その“声”が聞こえるのは、どうやらイスラだけではなくアティもらしく、
二人は同時に戸惑いの表情を浮かべた。
“遺跡の声”は続く。
――アレは我であって我でない
恐怖と、ほんの僅かな羨望が篭められた“声”。
――アレはきっと、我々を、そして何もかもを壊すだろう
やはり驚きの表情を浮かべたのは二人同時。
しかし、行動を起こしたのはアティの方が早かった。
多少強引にシャルトスを消し去り、イスラへと怒鳴る。
「剣を収めて、イスラ!
このままだと、取り返しのつかない事になるって解るでしょう!?」
「……。」
「今の“声”は、貴方にも聞こえた筈です!!」
「分かったよ……。」
息を吐きながら、観念した様にイスラもキルスレスを消し去る。
すると、始まりと同じく、唐突に大地の揺れは収まり、
暴風源となっていたアキラの手からもヴィサイアスが姿を消した。
嵐が過ぎ去ったその場には、疲労しきり、大地に手を付いて荒い息を吐くアキラと、
アキラを心配するミユ、そして余りの出来事に呆然とする人々が残された。
全員が疲労感に打ちのめされる中、
オルドレイクがアキラを見詰め愉快そうに笑い声を上げる。
「ふははははは!天変地異さえ引き起こす威力とな?
ますます欲しくなったぞ、その魔剣。」
しかし、ニタリと哂い、すぐにでも突撃の指示を出しそうなオルドレイクに、
剣を収めたイスラが慎ましく進言する。
「とは言え、流石に限界のようです。まだ、体が慣れぬ様で―――。」
「まあ、仕方あるまい。次に期待するとしよう。
引き上げるぞ!」
意外にもあっさりと、オルドレイクはイスラの進言を受け入れる。
それが圧倒的優位に立っているという驕りからくるのか、
それとも自分の力さえあれば、どうとでもなるという自信からくるのか、
アティたちには思いも寄らなかったが、
ともかくオルドレイクたちが引き上げてくれるのは願ったりだった。
余裕の笑みさえ浮かべて去っていく彼らの姿を見送り、アティは疲れた身体に鞭打って動き出す。
戦いの結果がどうあれ、今の彼女にアキラの容態ほど大事なものはなかったから。
(-ω-)/ やあ!やっと一戦終わったよ!