流れ出る赤。
肉を斬る感触。斬られる痛み。
地面に広がる赤。
溢れ出す殺意。殺される恐怖。
奪う為に、護る為に、殺し合う。
切り倒される木々は我が身。
焼き払われる森は、全て己自身。
雑草を踏み潰し、踏み潰される。
ぶつかり合い、火花を散らす冷たく硬い自分と自分。
島に存在する、ありとあらゆるモノが『自分』だった。
地上で血を流し合う者達が自分なら、
彼らが立つ大地も自分で、
それを見下ろす雲もまた自分だった。
自分は人に踏み潰される草花で、
その草花を飛び交う小さな羽虫で、
その羽虫に狙いを定めた鳥で、
鳥の羽が切り裂く風だった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
遠くから眺めている様な、自分自身が体験している様な、
遥か昔の出来事の様な、今現在進行している出来事の様な、
不可思議な現象をアキラは体験していた。
今、アキラには自分が何処に居るのかも判らなかった。
上も下も判らない真っ暗な場所に居るのが判るのに、
同時に明るい太陽の照らす草原に立っているのも判る。
いや、それどころか、自分は今、島のあらゆる所に居るのが判るのだ。
「何だ、これは?
性質の悪い夢か何か、か……?」
――いいや、夢ではない。コレは記憶だ
思わず呟いた声に、返事があった。
暗い愉悦を含んだ歪な、頭痛と共に聞こえていた“声”で。
「この“声”……ヴィサイアスか!?」
――その通りだ。“器”よ
辺りを、それこそ島中を見回しながら問いかければ、やはり歪な声が返ってくるが、
その姿、もしくは声の発信源となる様な物は何も見当たらない。
現状はさっぱり解らないが、それでも見えない相手に向かってアキラは怒鳴り返す。
「俺を“器”と呼ぶなッ!!
俺の名前は『アキラ』!『ヤザキ・アキラ』だ!!」
先程から見せられていた“経験”の所為か、
今現在おかれている異常な状況の所為か、
その声はまるで、自分で自分が誰なのかを確認しているかの様な不安に彩られていた。
しかし、ヴィサイアスからは冷たい声しか返って来ない。
――名など、どうでもいい。お前は“器”だ
「この―――ッ!!」
瞬間、怒りに爆発したアキラが再び叫ぼうとするが、
それよりも早く、ヴィサイアスの激情が迸る。
――お前は私が入るモノなのだ!
私が全てを破壊する為の道具なのだッ!
その為に、『私が喚び寄せた』ッッ!!
声に籠められた激情は、憤怒であり、悲哀であり、歓喜であり、
寂莫であり、どこか祈りにも似た妄執だった。
しかし、そんな物をアキラが認める筈もなく、
どこまでも苛烈で純粋な怒りの炎が、蒼と黒の瞳を輝かせる。
「勝手な事を言うな!
お前が喚び寄せた!?だから何だッ!!
俺が、素直にお前の言う事に従う訳がないだろうがッ!!」
燃え盛る劫火の如くアキラが言い放てば、先程までの激情が嘘の様に、
まるでブレーカーが落ちて全ての感情が消えてしまった様な、昏い空虚な声が応える。
――愚か者め。今、言った筈だぞ
『私がお前を喚んだ』のだと
「だから、どうし―――っ!?」
最後まで言い切る事もできず、アキラは頭を抱えて蹲った。
万力で押し潰される様な、激しい頭痛。
歯を食いしばって痛みに耐えるアキラの頭上から、
まるで、すぐ傍から見下ろしている様に、冷たい声が降りかかる。
――故に、お前には制約が課せられる
流れ出る赤。
肉を斬る感触。斬られる痛み。
地面に広がる赤。
溢れ出す殺意。殺される恐怖。
先程と同じ“経験”が、アキラを襲う。
まるで自分が自分でなくなる様な恐怖、そして苦痛。
「くっ!またコレか―――っ。
この幻はお前の仕業か、ヴィサイアス!!」
――幻ではない。記憶だと言った
痛みに呻きながらアキラが吼えれば、あくまで淡々とヴィサイアスが応える。
自分が何を言っても、まるで気に留めないヴィサイアスに、アキラが低く唸るように尋ねる。
「記憶、だと?」
――そうだ
かつて存在し、現在存在する、この島の総ての記憶
共界線(クリプス)の記憶
そして、私の記憶
詠うように、誇るように、大切な物を語るように、ヴィサイアスが告げる。
「そんな物を俺に見せて、どうするつもりだ!?」
――壊すのだ
「な、に……?」
暗い昏い愉悦を含んだ、恍惚の声。
冷たく凍えた、切り裂かれそうな声。
歪んで溶けて、元の形も判らなくなった狂気の声。
その声に、アキラが凍りつく。
それがまた可笑しいとでも言う様に、ヴィサイアスが饒舌に喋り出す。
――お前は私で満たされ、私はお前に満ちた
そして、その手には鍵もある
ならば、“お前”は必要ない
“器”さえ有ればいい
「ふざけるな!
勝手に喚び寄せておいて、要らなくなったから壊す!?
そんな勝手な話があるかッ!!」
再び激昂してアキラが怒鳴れば、逆にヴィサイアスからは冷え冷えとした声が返ってくる。
――だが、お前は力を願った
全てを破壊する、私の力を
そして自ら鍵を手にしたのではないか
「っ!!……俺は、ただ護りたかっただけだ!」
もはや泣き声に近いアキラの叫び。
仲間たちを護りたかった。
護る為には力が必要だった。
しかし手に入った力は、自分を、仲間を傷付ける力だった。
それが悔しくて、我慢できなくて、アキラは叫んだ。
その叫びに応える様に“声”が舞い降りる。
――そう、僕は護りたかった
ヴィサイアスとは明らかに違う、柔らかい“人”の声だった。
声と共に、真っ暗な闇の中でアキラの傍に光が灯る。
「アンタは……?」
――たとえ、この身がどうなろうと
光は次第に人型となり、やがて明確に一人の人を形作る。
「ハイ、ネル……ハイネル・コープス?」
優しい面立ちをした青年。
それは確かに、アルディラに画像を見せて貰った、
アティとともに話をした、ハイネルと同じ姿をしていた。
彼はアキラに答える事無く、一人呟き続ける。
――大切な人達を護りたかった。たとえ……
ハイネルの、決意に満ちた柔らかい声に不穏な色が混じる。
それは明らかに歪んだ感情。
――たとえ、このココロがどうなろうと
「……やめろ。」
先程まで声を届けていたヴィサイアスと、同じ歪み。
――タトエ狂気ガ、コノ身ヲ支配シヨウトモ
「やめろ!」
聞きたくないとばかりにアキラが叫ぶが、その制止にも止まらず、それは緩やかに広がっていく。
――全テノ痛ミト悲シミ、ソシテ憎悪ニ心ヲ浸シ
「やめろッ!!」
それは―――
――僕自身ガ狂気ト成リ果テヨウト
「やめろーーーーッ!!!!」
狂気。
――皆ヲ護ル
(;´・ω・) や、やあ!とんでもないことになってきたね!