イスラの背から生える、漆黒の剣。
至極冷静に刺した相手を見詰めるアキラ。
急速に光を失うイスラの瞳。
イスラの体からは力が抜け、ぐらりとアキラにもたれ掛る。
その手に握られていた紅い魔剣は剣先から徐々に、そして音もなく、塵へと変わっていく。
刀身が消え、柄も消えてなくなり、最初から何も無かったかの様に、
イスラの手には空白だけが残る。
「封印の剣は、心の刃。
その源が破壊されれば、剣も塵に帰る。
そして同時に、剣の崩壊は所有者の死に他ならぬ……。」
離れた場所から一部始終を見ていた老剣士が、何かを悔やむ様に呟く。
そして、ゆっくりとイスラの体から剣が引き抜かれた。
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話は少し遡る。
イスラの背からヴィサイアスが生える前。
アキラとイスラの一騎打ちが始まり、四人の護人達がアティを連れて撤退を始めた時。
「今のうちに、早く彼女を安全な所へ!」
キュウマが殿を務めながら、全員でアティを囲んだまま絶壁を駆け下りる。
「クノン、手当てを!」
「かしこまりました!」
下まで着いた所で、アルディラの指示によりクノンが応急手当を始める。
特に傷らしい傷というのは負っていないので、
瞳孔の収縮や、脈拍の変化、意識の有無をさっと確認する。
その結果、クノンは顔を“顰めた”。
最近、感情らしい感情を出し始めたクノンだが、
やはりこの反応は、皆が危機感を抱くには十分だった。
「俺の背におぶされ!早くッ!!」
焦りを滲ませながらも、カイルは素早く行動に移る。
その背にアティを乗せつつも、ウィルの目からは涙が零れ続ける。
「せんせ―――っ、せんせぇ……。」
「しっかりしなさい!貴方まで泣いててどうするの!」
「さあ!急いでここから……!?」
スカーレルがウィルを叱咤し、ソノラがその手を引いて撤退しようとした当にその時。
彼らの前に強大な壁が立ち塞がった。
「……。」
「オルドレイク……セルボルト……。」
かつての師、そして現在の敵。
オルドレイクの名を、ヤードが愕然と呟いた。
現状では彼に太刀打ちできる者は、魔剣の所持者であるアティかアキラのみ。
余りにも過酷な状況に、皆が絶望の二文字を思い浮かべる。
しかし。
「邪魔をするなら、誰であろうと切り捨てるのみ!」
「この身が朽ちても邪魔はさせません!!」
そんな雰囲気を切り払う様に、ミスミとファリエルが躍り出る。
薙刀と大剣をオルドレイクに向け、毅然と向かい合う姿からは、
『護る』という意思を感じさせる。
「吼えるな……。」
しかし、オルドレイクはまるで関心がない様に、
ちらりと一行を一瞥しただけで、すぐに視線を逸らした。
「壊れたガラクタに、もう興味など無い。」
「な!?」
「―――っ。」
続いて吐き捨てられた言葉に、スバルとミスミが驚きと怒りを表す。
しかし、そんな二人ですらどうでもいいと言う様に、
オルドレイクはイスラを、イスラだけを睨みつける。
「どういうつもりだ?
同志イスラよ。」
「……。」
オルドレイクは怒りを滲ませながらイスラに問いかけるが、
イスラはアキラと向き合ったまま、視線を向ける事すらしない。
その事に、更に苛立ちを募らせながらも、オルドレイクは続ける。
「奪回すべき剣を破壊してしまうとは、
今までの功績だけではこの失態、見逃す訳にはいかぬぞ……。」
「五月蝿い!
今はそれ所じゃないんだよ!!」
しかし、叱責の言葉を告げていた筈のオルドレイクが、逆に激しい怒りをぶつけられる。
予想外の反応に、一瞬オルドレイクが呆気に取られた様にぽつりと返す。
「……何だと?」
「その通り。よく解ってるじゃないか、イスラ?」
しかし、それに返答したのはイスラではなく、アキラ。
アキラは口の端だけでイスラに不敵に哂い掛け、その後にチラリとオルドレイクに視線を向ける。
「だけど、やっぱり外野には黙ってて貰わないとな?
ミユ!そいつをこっちに近付けない様にしててくれ。」
「任せとき!
こんなオッサン、ウチ一人で十分や!」
アキラからのお願いに、ミユが嬉しそうに、楽しそうに、オルドレイクの前に立ちはだかる。
その不敵な態度に、不遜な態度に、遂にオルドレイクの眉が寄せられ、顔が朱に染まる。
「こ、のっ―――無礼者め等がッッ!!
殺せ!!ここに居る者共を皆殺しにしろッ!!」
「「「シャアアアアッ!」」」
オルドレイクの自棄気味の命令に、紅き手袋の暗殺者達が奇声を上げて押し寄せる。
その数は、明らかにミユの様な少女一人に何とかできる数ではない。
しかし、そんな物は一向に気にした風も無く、ミユは不敵に笑ってみせる。
「はっ!ヤれるもんならヤってみぃ!!」
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「お前の願い、叶えてやるよ。」
「……何だって?」
互いに魔剣を構え、静かに向かい合っていたアキラとイスラ。
不意にアキラがイスラに声をかけた。
告げられた内容に、イスラは戸惑いと困惑を見せる。
そんなイスラの様子に、ふっと笑みを浮かべながら、アキラは核心とも言うべき部分を告げる。
「死にたいんだろう?お前。」
「っ!!
どうして、ソレを!?」
驚愕と共に、半ば叫ぶ様に問い返すイスラ。
アキラから返ってきた答えは、場違いな程に優しい物だった。
「解るさ。お前を視ていれば。」
その優しさに、いつの間にかイスラは剣を降ろしていた。
まるで剣の、命を奪う物の重さに耐え切れなかった様に。
しかしイスラは、グッと奥歯を噛み締め表情を引き締め、
再びキルスレスをアキラへと突き付けて問いかける。
「……そうだとしても、君に、僕が殺せるのかい?
あのお人好しの先生の仲間の君に!」
どこか覚悟の様な悲壮な願いを感じさせるイスラに、アキラは自然体で答えた。
何の気負いも無く、当然の事を答える様にあっさりと。
「殺せる。
その為の武器も、此処に在る。」
「……黒い魔剣、か。」
目の前に掲げられたヴィサイアスを見て、イスラは目を細め、溜息を吐く様に呟く。
そして、目を閉じて俯いた後、屹然と顔を上げると、再び狂笑の仮面を被り叫びを上げる。
「―――いいよ。
殺し合おうよ!!アキラ!!!」
「今、楽にしてやるよ。イスラ。」
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黒い刃と紅い刃が噛み合う度に、火花とはまた違った魔力光が飛び散る。
それはやはりそれぞれの刃と同じ色で、時に黒く、時に紅く二人の姿を染め上げた。
数合、いや数十合だろうか?
アキラとイスラが切り結び始めてから幾度も光を散らした魔剣同士のぶつかりも、
ついに終わりを迎えた。
そして話は冒頭の時へと戻る。
「ぐッ!?
……あ、ははは。ホントに、殺してくれるんだね。」
その胸から背にかけてをヴィサイアスに貫かれながらも、イスラは笑みを見せる。
アキラはイスラを右手で刺したまま、左手でイスラの肩を抱き寄せる。
行われた行為とは真逆に、とても優しくアキラが囁く。
「ああ。お前は死ぬ。
……だけど、安心しろ。
俺は、お前の願いをちゃんと解ってる。」
「…………。」
「俺は、お前を忘れないよ。
お前を、殺した事を忘れない。」
「ッ!!」
静かにアキラの言葉を聞いていたイスラが、動揺に揺れる。
本当に―――本当に、自分の望みを理解してくれていた喜びに。
「お前は、俺が初めて殺した人。
俺の罪。
そして、“友達”だ。」
「ッッ!!?
はは、ホント……君たちって、どこまでもお人好しだね。」
まさか、まだ自分の事を“友”と呼んでくれるとは。
驚きと共に、先程の喜びを超える歓喜に、イスラの頬を涙が伝う。
「だから、安心して眠れ。」
「うん、そうだね。
今度こそ、ゆっくり、眠れそうだ。」
友人の腕に抱かれ、安らかな表情を浮かべながら、イスラは静かに目を閉じる。
その手からは音もなくキルスレスが消えていく。
力なくもたれ掛るイスラを、優しく穏やかに見詰めながら、アキラは別れの言葉を告げた。
「お休み、イスラ。」
(;´・ω・) い、イスラぁあああ!?