溢れんばかりの木漏れ日を受け、辺りの魔水晶が煌めきを返す中、静かに向き合う俺とアティ。
俺達の傍には人影は無く、木の葉のさざめく音だけが響いている。
アティはそっと自分の胸に手を当てて、胸の内を語りだした。
それは、自分の不甲斐無さに対する後悔と、強大な敵に対する恐怖、
頼れる人が傍に居ない事からくる不安と焦り。
自嘲する様に苦笑いを浮かべるアティは、今にも泣き出しそうに見える。
女の子が泣いているのを見て入れられなくて、
友達が泣いているのを見て入れられなくて、
アティが泣いているのを見て入れられなくて、
泣き出しそうなアティに引き寄せられる様に一歩近寄り、
アティを護る様に、アティの心を護る様に、言葉を紡ぎ出した。
アティは今まで、人の気持ちを大切にして進んできたんだろう?
その為に、ずっと頑張ってきたんだろう?
だから、アティは間違ってなんかいない。
イスラには負けてしまったかもしれないけど、
アティの積み上げてきた物は無くなりはしなかったんだって。
俺の言葉に目を見開き、次いで喜びに頬を染めて、
アティは両手で口元を押さえながら瞳に涙を浮かべた。
ああ、結局泣かしちゃったか。
そう思い、涙を止める為にアティの頬にそっと触れ、優しく微笑みかける。
「アティには今のままでいて欲しい。
皆の笑顔を護る為に頑張る、そのままのアティで。」
その言葉のおかげか、アティは笑顔を見せてくれた。
頬はまだ、涙で濡れたままだけど、それはとても―――とても綺麗な笑顔だった。
「ありがとうございます。
私、自分が忘れていた物が何か、解った気がします!
頑張りましょう。
もう一度、皆が笑顔になれる様に。」
笑顔のまま俺の胸にそっと寄り添い、アティは身を任せてくれる。
触れ合うアティの体は柔らかく、そして暖かで、髪からは日向の匂いがした。
訳も解らずただ愛しくて、包む様に優しくアティの背中に腕を回す。
今、この時は、二人だけ。
この静かな世界に、互いだけを感じていた―――。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
―――んだけど、やっぱりそう上手くいく筈もなく、二人を遮る様に声が掛けられる。
「アキラ。あいつら動き始めたで。」
内容は事務的なのに、聞くだけで相手が不機嫌だと解る少女の声で、
独特な関西弁のイントネーション。
振り向いた先には案の定、不機嫌なミユが居て、金の瞳を鋭く光らせて俺を睨んでいた。
「そうか。ありがとうミユ。
……ところで、どうして俺を睨んでるのかな~?」
「……いつまでクッついとるつもりなんや?」
冷たい視線と共に言われた言葉で俺は今の状況を思い出し、慌ててアティと離れる。
アティも人に見られていたのが恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしている。
……ちょっと残念そうに見えたのは、きっと気のせいだろう。
「えっと!あの、これはだな―――っ!!」
しどろもどろに言い訳しようとするが、ミユはプイっと顔を背け、
森の方へとさくさく進んでいく。
その小さな背中が見えなくなる前に、俺は急いで後を追いかけた。
「まっ……待ってくれよ、ミユ!」
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アキラがミユに連れられて来たのは、集いの泉。
そこには見慣れた顔が集まっており、今まさに勇ましく出陣する所だった。
しかし、二人は影からその様子を見送るだけで、姿を現さない。
そして皆が居なくなってから、やっと影から出てくると、二人は顔を見合わせた。
「行っちゃったな~。」
「行きよったな。」
やれやれといった感じで呟くアキラに、ミユは腕を組んでフンと鼻を鳴らして応える。
「偶には痛い目ぇ見させたらええんや。
それに、正義の味方ゆうんは、遅れて登場するモンやろ?」
「いや、俺は正義の味方じゃないけど……。
まあ、いいか。危なくなったら助けよう。」
やはりアキラ以外の人間に対しては投げやりなミユ。
それに対して、アキラも気軽に応える。
二人ともがその調子なので、結局二人はカイル達に合流する事なく、
姿を隠したまま後をつけて行く事になった。
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そして舞台は遺跡へと移る。
かつて無色の派閥の召喚士たちが遺した遺跡。
その内部、拓けた場所に陣を敷いている者達が居た。
「最深部へ向けての探索準備、全て完了いたしました。」
「ご苦労でした。追って、支持を待ちなさい。」
「は……。」
淡々と報告を行うヘイゼルに対し、ツェリーヌもまた感情を込めずに返す。
冷たい仕事だけの関係。
それがここでは普通であり、不変であった。
故に、オルドレイクも二人の遣り取りには反応もせず、遺跡の調査報告書と周囲を見比べていた。
「流石は始祖達の築きあげた施設だけの事はあるな。
構造が複雑で、中枢を掌握するにも苦労させられるわ。
ぐ―――ッ!」
「大丈夫ですか!あなた!?
やはり、あの召喚獣から受けた傷が塞がるまで待った方がよろしいのでは?」
突然胸を押さえて呻き声をあげるオルドレイクに、ツェリーヌが駆け寄る。
どうやら前回の戦闘で負傷したらしく、
オルドレイクの服の下からは、巻かれた包帯が見え隠れしている。
「……忌々しいッ!あの様な低位の召喚獣如きに手傷を負わされるとはッ!!
しかし、休んでいる訳にもいくまい。
魔剣を利用する事が不可能となった以上、私が直接手を下すしかないのだ。
あの召喚獣共よりも先に、な?」
「それにしても、この様な時にウィゼル殿はどこへ……。」
苛々と吐き捨てる様に怒声を漏らし、それでも尚、研究を続けようとする夫に、
ツェリーヌは不安げに、戦闘面では頼りになる剣客の姿を探す。
しかし、この遺跡に入ってからと同様に、彼の姿は見つからない。
「所詮、奴は客分だ。
干渉せぬ事を条件に、神剣の匠としての技を振るうだけの存在。」
「で、ですが!?」
「それに、奴は義理堅い。時が来れば、黙っていても駆けつけようて。」
「―――っ。」
「先に進むぞ。
無駄な時間をかけるのは、最小限にしたいものだからな。」
妻である自分にすら向けられた事の無い、オルドレイクからの信頼。
それが客分でしかないウィゼルに寄せられているという事実に、
ツェリーヌは少なからず衝撃を受けた。
今まで夫を支えてきたのは自分であるという自負があり、
普通とは違うかもしれないが、夫婦という絆があると信じていたモノが揺らぐ。
そんな妻に気付かずに、否、気付こうともせずに、オルドレイクは遺跡の奥へと進んでいく。
きりきりと悔しさに歯を噛みしめながら、ツェリーヌが夫の後を追い始めた時、
彼らは二人の前に立ちはだかる様に姿を現した。
「そう言うなって、おっさん。
もう少しゆっくりしてけや!」
言いつつ両の拳をガツンッと打ち合わせる金髪の男。
ヘイゼルとその部下達が素早くオルドレイクとツェリーヌの前に出て壁となるも、
海賊と召喚獣達は慌てる事も無く対峙した。
「やはり遺跡の確保を優先したわね。」
「ダガ、ココカラ、サキニハ、イカセヌ……。」
「ここが貴様らの墓場だ!」
アルディラが指揮官として後方に構え、ファルゼンがその巨体を壁とし、
キュウマが忍刀を煌めかせる。
逸る召喚獣達を眺め、そこにアティもアキラも居ないのを見て取り、
オルドレイクは下らない物でも見る様に嘲笑を浮かべた。
「つくづく学ばない者達だな……。
貴様らが敗北を免れてきたのは、一重に剣の加護が在ったればこそであろう?
それを欠いて尚、勝てると思うてか?」
「あいつらが居なくても、オレらだけで充分なんだよ!」
お前達など相手にもならないと言い切られ、ヤッファが怒りに吠える。
しかし、返ってくるのはやはり嘲りだけ。
「虚勢と意地だけでやり合うつもりか?」
「それでも、命を張る理由には充分さ。
……―――やるぞォォッ!!
今度は俺らの手で、あいつの笑顔を守るんだッ!!!!」
相手との人数差も、オルドレイクとの力の差も解った上で、
カイルは一度瞑目し、全てを吹き飛ばす様に鬨の声を上げた。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
日の光も届かぬ遺跡の深部。
当然風も吹く筈が無いのだが、召喚の名残なのか、
はたまた隙間風がここまでしぶとく残ったのか、
オルドレイクの長い髪がゆらりと揺れる。
「これで、終わりか?」
物憂げに、溜息すら吐きそうな様子で、戦いの残滓すら感じさせずオルドレイクが問いかける。
「グムゥゥ―――ッ。」
「ちくしょおっ。」
ファルゼンの、そしてヤッファの悔しげな声だけが応えとして返ってくる。
疲弊し、傷付いた体。
皆、倒れてこそいないものの、これ以上の戦闘には耐えられそうにない。
「正面から激突すれば、こうなる事は解っていた筈でしょうに。」
「まして、戦術の一つすら用意もしていないなんて……ね。」
ツェリーヌの、そしてヘイゼルの言葉には憐みさえ籠められていた。
確かに彼らは傷付き、敗れ去ろうとしている。
満足に動かす事もできない身体を見ればそれは明らかで、
誰もが彼らの敗北を予期するに違いない。
「そうね……でも―――。」
だが、それでもスカーレルは、
「それでも、勝負に出なくちゃいけない時だって、あるのよ。」
アルディラは、立ち上がって見せた。
彼女達の瞳には未だ力強い光が宿り、最早勝ち負けさえ超えた所で戦っているのだと語っていた。
その思いに応える様に、仲間達も再び己の武器を握りしめる。
「その通りです。」
「わらわ達に悔いる気持ちは無い。
まして、このまま終わるつもりなど、な。」
クノンがアルディラの横に立って告げれば、ミスミは笑顔すら浮かべて見せる。
「そうですよっ。
まだ、終わりなんかじゃありませんよぅ!」
「おいらだって―――っ、まだ戦えるっ!」
マルルゥやスバルの様な子供でさえ、涙一つ見せない。
「これしきの痛みなど、あの方達に比べれば如何程の―――っ。」
「ええ、そうですとも!」
ならば、大人として情けない姿など見せられないと額から流れる血を拭い、
キュウマが忍刀を構え、ヤードも荒い息を吹き飛ばす様に声を上げた。
彼らの姿は勇ましく、彼らの言葉は頼もしい力さえ感じさせる。
だが、それでも目の前の脅威にとってそれは、負け犬の遠吠えにも等しい物に過ぎなかった。
「まだ、続けるのですか。無駄な努力を……。」
「勝手にムダって決めつけんなぁッ!」
「我々の魂の輝きは、まだ失われてはいません。」
溜息と共に告げられるツェリーヌの降伏勧告にソノラが喰ってかかれば、
フレイズが降伏など在り得ないと突っぱねた。
その命すらかけるという姿勢に、オルドレイクが眉を顰める。
「解せんな……。
そこまでして、お前達は何故刃向かおうとする?
馬鹿正直に痛みと向き合わなくとも、形だけでも恭順の意を示せば、
いくらでも命を長らえる事は可能であろうに。」
オルドレイクは心底不思議そうに彼らを見やる。
かつて己の前に立ち塞がり敗れていった者達の様に、己に下った者達の様に、
圧倒的な力の差を見せつければ、彼らも命乞いをすると考えていた。
敗北を認め、無様な姿を晒すと、考えていた。
しかし彼らは、諦めなかった。
命乞いをしなかった。
無様な姿を見せなかった。
今もまた一人、オルドレイクの前で立ち上がる者が居る。
「簡単な事だぜ……、おっさんよ……。
それじゃ腹の底から笑えなくなるからさ。
少なくとも……先生は、笑えねぇな。」
「ぬ……?」
口の端を流れる血をグローブで拭いながら、カイルは笑って見せた。
体中が悲鳴を上げていようとも、足に力が入らず震えようとも、
カイルはオルドレイクの前から一歩も引かず、向き合った。
「あいつが笑うとな、何かよ、俺らまで釣られちまうのさ。
逃げ出したくなる様な時でも、過去の重さに潰れて喘いでいてもな、
あいつの笑顔は、それをチャラにしてくれるんだよ。
だから絶対に、壊させる訳にはいかねぇよ。
テメエら如きにッ!踏みにじらせる訳にゃあ、いかねぇんだよおオォォッ!!」
「ぬう―――ッ!?」
ギュッと音が鳴る程に握り締めた拳を振りかぶり、カイルはなけなしの力を振り絞って、
オルドレイクへと踏み込んでいく。
既にぼろぼろの相手がまだ攻撃できるとは思わなかったのか、
それとも前回の戦闘で負った『火傷』が動きを鈍らせたのか、
回避が遅れ、オルドレイクへとカイルの拳が迫る。
しかし、その拳が届く瞬間。
「むウゥんッ!!」
「ガはッ!?」
カイルは突如として現れた老剣士に弾き飛ばされる。
そのままゴロリと足元に転がされるが、オルドレイクは最早カイルには見向きもせず、
現れた老剣士に向かってにやりと笑った。
「遅いぞ、ウィゼル?」
「俺には、俺の都合があるのでな……。」
「まあ、よかろう。
肝心な所に間に合ってくれたのだから、な!」
無愛想に返すウィゼルに気を悪くする事も無く、
オルドレイクは尊大な態度を崩さずにカイルへと歩み寄る。
そしてその足を持ち上げ、カイルへと振り落とした。
しかし、カイルがその足に踏みしだかれる事は、あり得ない。
「おおっと!危ない危ない。」
何故なら彼には、彼らには、頼れる仲間が居るのだから。
「アキラっ!?」
ソノラの驚きの声に笑って応える一人の男。
カイルを抱え、オルドレイクの足元から救い出したのは、
銀の髪に一房の黒、蒼と黒の瞳に、腕から頬に伝う黒い炎の文様を持つ男。
その傍に控えるのは白髪、金瞳の少女の姿をした狐火の巫女。
カイル達が無謀な戦いに挑もうと思った理由の一つ。
その理由である彼が、アキラが、いつもの様に笑ってソコに立っていた。
「よお、ソノラ。
な~にやってんだ、こんなトコで?
それも、お・れ・を・除け者にして。」
「そ、ソレはその~……何て言うか、あの……ねぇ?」
場所も、状況も、目の前に居る敵すらも気にせずに、アキラはソノラに詰め寄った。
いつも通りに、普段通りに、いたって気軽に。
だから、ソノラも一瞬忘れてしまった。
場所の事も、状況も、敵の事すらも。
そして慌てて言い訳をしようとして、結局意味が解らない事を口走ってしまう。
慌ててアチコチに視線を走らせ、最後には誤魔化し笑いを浮かべて、
できるだけ可愛らしく見せようと首を傾げて見せるソノラに満足したのか、
アキラはにんまりと笑う。
「―――なんてな!嘘だよ、ウ・ソ。
ちょっとからかっただけだよ。
見てたよ、ずっと。
お前達が何を想い。誰の為に戦ってくれてたのか。
ちゃんと解ってる。
……ありがとな。」
そう言って見せる微笑みは、先程とは違う笑顔。
柔らかく、優しい、包み込むような笑顔。
感謝と、喜びで、少し照れくさそうに頬を赤くした顔で、
それでもはっきりと笑ってみせるアキラ。
笑顔の向けられた先には当然ソノラが、そして仲間達が居た。
顔を真っ赤にしてうろたえる者、
満足そうに笑みを浮かべる者、
嬉しそうに笑い返す者、
皆がそれぞれに反応を見せるが、共通していた物が一つ。
それは、自分の想いが伝わった事に対する喜び。
仲間同士が確かな繋がりを感じる喜びの一幕。
しかし、そんな温かな場の雰囲気を台無しにする者が居た。
「黒の魔剣所持者か……。丁度いい。
はぐれども諸共、永遠の眠りにつくがいい!!」
ニヤリとオルドレイクの浮かべた表情は、傲岸不遜。
自分の召喚術で、魔剣を、魔剣を持った者を、倒せると信じ切っている表情だった。
セリフと共に放たれる召喚術は正しくSランクの大召喚術で、
オルドレイクが自信を持つのも肯ける。
たった二人の人間を殺すには明らかに威力過多なソレが、アキラとカイルに迫る。
「アキラッ!!アニキぃぃぃっ!!!」
大気を切り裂き、大地を削る。
伝わって来る余波だけでも、その威力の大きさが解る暴力の塊。
しかし、ソノラの叫びさえも掻き消してしまうソレの前に、立ちはだかる影があった。
「させないっ!!」
パキイィィンと、澄んだ音をたてて相殺されるオルドレイクの召喚術。
打ち破ったのは白と紅を身に纏った一人の女性。
彼女はその細い腕で、決して大きくないその体で、迫りくる脅威から二人を守り切ってみせた。
そして、ゆっくりと振り向いて見せたのは、朗らかな笑顔。
「ごめんね、みんな。遅くなって。」
「ば、バカ野郎ッ!!
アキラだけじゃなく、何で先生までこんなトコにしゃしゃり出て来るんだよッ!?」
「あ、酷い。そういう言い方は無いんじゃないですか?」
せっかく助けたと言うのに、カイルから返って来たのは怒鳴り声。
その言葉にアティは可愛い顔をぷくっと膨らませる。
如何にも『私怒ってます』という顔をしているアティに、カイルはたじたじになり後ずさる。
しかし、初めから冗談だったのかアティは怒り顔をすっと消すと、
誰が見ても心が温まる様な柔らかな笑顔を浮かべた。
「それに、そんなの聞かなくたって解ってますよね?
ここが、私の居場所だからですよ……。
何があっても失いたくない、本当に大切な場所。
だから、守るんです!」
アティの決意を秘めたその笑顔に、仲間達の誰もが再び笑顔を浮かべた。
それはまさに、先程のカイルの叫びの通りで、
周りの仲間達を見渡したアキラは心の底からの喜びを感じていた。
自分の守りたい素晴らしい物が、そこには確かに在った。
だからこそ、オルドレイクが発した次の言葉にはカチンときた。
「く、くくくっ。
今更一人二人増えた所で、どうなると言うのだ?
ましてや片方は負け犬でないか。」
「はっ!今さっき自分の召喚術を破られた奴が言えるのかよ?
大体、アティはまだ全力を見せた訳じゃない。
見せてやろう、アティ!」
「はい!!!」
アキラの呼びかけに応えて、アティの身体から光が迸る。
蒼い輝きと共に抜き放たれたのは、魔剣。
その色は以前までの碧ではなく、かと言って紅でも黒でもない澄んだ蒼。
それは、今まで見たどの魔剣とも違う、アティだけの魔剣。
「『果てしなき蒼、ウィスタリアス』。
あれは、先生だけの新しい剣なんです!」
誇らし気に告げるウィルの声に応える様に、更にウィスタリアスを蒼く輝かせながら、
アティはオルドレイクに切っ先を向ける。
「悲しみも、憎しみも、もうこれ以上繰り返さない。
この剣にかけて、断ち切ってみせます!!」
その身から発せられる魔力も凄まじいが、
何よりもその瞳が、表情が、気迫が、オルドレイクを圧倒する。
「オルドレイク。
私は貴方を絶対に止めて見せます!!」
「くっ、おのれぇえええぇぇぇ!!!!」
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「馬鹿な……。
たかが一人二人の人間が加わっただけで、
死にかけていた連中がどうしてこれ程の反撃をしてのけるというのだ……?
理解できぬ。
―――ッぐ、ぐううぅっ!!」
「あなた、しっかり!?」
大地に膝を突き、苦悶の表情を浮かべるオルドレイクに、
ツェリーヌが駆け寄り回復の召喚術をかける。
しかしダメージが大き過ぎるのか、一向にオルドレイクの顔色は良くならない。
故に、ウィゼルは二人を庇う様に立つと、撤退を推奨した。
「潮時だ、オルドレイク。」
「ウィゼル……。」
「貴様の恐怖は娘の光の前では些か分が悪く、貴様の狂気はあ奴の闇の前では児戯にも等しい。
ここで退かねば、命が無いぞ。」
敗走。
今まで負けた事が無かった訳では無いが、
それでも無色の派閥の当主になってからは一度も無かった事態。
その屈辱に、憎悪に、オルドレイクの顔が更に歪む。
ツェリーヌも怒りに満ちた表情でウィゼルを睨み付ける。
「―――ッ、元はと言えば、貴方が魔剣の修復などしたからではありませんか!?」
「だがその見返りに、あの剣の構造はほぼ理解する事が出来た。」
「「っ!!」」
ウィゼルの飄々とした切り返しに夫妻は目を見張る。
「最早、あの一本に拘る必要は無いと言う事だ。
ここは退いておけ。殿は俺が務める。」
確かにウィゼルが新たな魔剣を生み出せるのなら、
多大な労力を払って所持者から奪い取る必要は無い。
……だが、だがしかし、だ。
敗北という屈辱は消えはしない。
「ぐ、ぬぬ―――っ。
せめて、この身体が万全であれば……。」
「総員、退却せよ!ここを放棄し、船へ!
……さあ、あなた。」
「このままでは……このままでは済まさんぞッ。
絶対にッ!絶対に、だ―――ッ!」
憎悪という炎に身を焼かれながらも、オルドレイク達は引き上げていく。
最後に煮え滾る様な呪詛を残して……。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「…………ふぅ。」
「漸く……終わったか。お疲れ様、アティ。」
「ありがとうございます、アキラさん。」
重たい息を吐くアティの傍に寄り、アキラが労いの意味を込めて肩を叩く。
すると、ぱっと花の咲く様な笑顔を浮かべアティが答える。
放って置けば、きっと二人だけの世界が展開されるのだろうが、
生憎とこの場にはそんな事を許さない者達が居た。
「ふん。一番活躍したんはウチとアキラやったけどな。」
ぐいぐいと強引に二人の間にミユが割って入れば、それを皮切りに次々と仲間たちが寄って来る。
「やっぱ一番はあたしでしょ!バンバン撃ちまくったし!」
「いやいや、一番の活躍となれば、攻めに守りに奮闘したわらわであろう?」
「マルルゥも頑張りましたですよ~。」
「……私も、救護を。」
わらわらとアキラとアティの周りに集まってくるソノラ、ミスミ、マルルゥ、クノン。
それぞれが自分の戦果を主張する中、更にその周りを囲む様に人が集まってくる。
「何にせよ、まずは帰ってメシだな!」
「お、酒も忘れんなよ?」
カイルが豪快に宣言すれば、それに乗る様にヤッファが声を上げる。
そんな二人を暑苦しそうに眺めながら、アルディラは服の裾に付いた土埃を払う。
「その前に、私としてはシャワーよね。」
「では、さっぱりしてから久々に宴会といきましょうか。」
「良いですね!」
アルディラの要望にキュウマが賛成すれば、ファリエルも鎧姿から少女に戻りもろ手を挙げる。
騒ぎの中心に居る二人はと言えば、アキラは若干苦笑しながら、
アティは満面の笑みを浮かべながら仲間達を見ていた。
「やれやれ、皆元気だな?」
「ふふ、良いじゃないですか。私も皆で食べるご飯は好きですし。
そうと決まれば大急ぎで帰っちゃいましょう!」
「「「「おお~~~!!」」」」
アティの音頭で皆がぞろぞろと移動を開始し始める。
今回の戦いについて振り返る者、
早くも宴会の料理について騒ぐ者、
これからの暮らしについて胸を膨らませる者、
皆が皆、思い思いに語りながら歩く中、テコが岩陰のモノに気付く。
「みゃ?」
「ん……何や?何か見つけたんか?
ッ!コイツは―――。」
足を止めて岩陰を覗きこむテコに、ミユも足を止めて近づく。
ソコに居た者に気付き、ミユは目を丸くし、次いで鋭く尖らせた。
剣呑な雰囲気にカイルやスカーレル、ヤッファが近寄って来る。
「こいつ!暗殺者達を指揮してた……。」
「『茨の君』ヘイゼル。
組織じゃ、その名で呼ばれてたコよ。」
「ご同輩って事か?」
「まあ、ね。」
どこか暗い表情で頷くスカーレルにアキラが気付いて足を止めれば、
他の仲間達も何事かと集まって来る。
そして傷付き横たわるヘイゼルに、複雑な表情を浮かべる。
敵、ではあるが、怪我をしている者を前にして。
皆が動けずにいる中、アキラとアティがヘイゼルの傍に足をつく。
「良かった……生きてる。
だけど―――。」
「足が折れてますね……。
それに、他にもあちこち傷ついて……。」
ざっと容態を確認し、アキラはほっと息を吐くが、不意に表情が曇る。
隣のアティも同じく心配そうな表情で、ヘイゼルの怪我の状態を調べる。
一番大きな怪我は足の骨折で、脛の部分がくの字に曲がってしまっている。
他にも大小切り傷、擦り傷があちこちにあり、
この分では見えない所の打撲も相当な数がありそうだ。
今は意識を失っている様だが、例え意識があったとしても歩けはしないだろう。
「多分、それが原因で置き去りにされたのでしょうね。」
「そんな、酷い……。」
「無色ではこれが当然なんですよ、ソノラ。」
ヤードがヘイゼルがここに居る理由を推測すると、ソノラの表情が悲しみに彩られる。
吐き捨てる様にヤードが告げるが、それは何の慰めにもならず重い空気が辺りにたち込める。
その空気を払拭する様にアルディラがクノンに問いかける。
「息は、まだあるのよね?」
「はい。今ならまだ手当が間に合うと思います。」
はっきりと言い切ったクノンの言葉に後押しされる様に、アキラとアティが揃って声を出す。
「「あの(さ)……!」」
二人の様子に周りに居た者達は皆笑いだす。
ああ、やっぱりと。
「言わなくたって解ってますよ?」
「今さらゴタゴタ文句をつける奴はいねぇよ。」
「ええ、その通りです。」
ウィルにカイル、そしてキュウマが笑いながら告げれば、二人は頬を赤くして照れ笑いを浮かべる。
仲間達が自分の事を解ってくれるのは嬉しいが、そんなに解り易い性格だと思うと気恥ずかしい。
しかし、そんな自分達だからこそ皆が集まってくれるのだと思うと、誇らしくもある。
だから、二人はやはり笑顔で告げる。
「「ありがとう、皆。」」
(-ω-)/ やあ!気軽に拾って帰ると怒られるよ!