戦いから一夜明け、騒ぎに騒いだ宴会の余韻も抜けた頃、
アキラとアティは連れ立ってリペアセンターへと訪れていた。
「それで、彼女の様子はどうですか?」
「外傷についての処置は全て完了しました。
後は、体力の回復を待つだけです。
しかし―――。」
容態を尋ねるアティにクノンが答える。
治療は上手くいった様だったが、最後に言い淀むクノンに心配顔になる二人。
「何か、あったのか?」
「意識が回復して以来、患者が一言も口を開こうとしないのです。
治療を拒んだり、抵抗する訳ではないのですが、本当に無反応そのもので……。
まるで……人形そのものなのです。
かつての、私の様に。」
問いかけたアキラに、クノンは暗い顔で告げる。
そんなクノンをアキラが放っておける筈も無く、すっと腕を伸ばすと、
ナースキャップが崩れない様に気をつけながら、ゆっくりと頭を撫でる。
「……だったら、大丈夫だろ?
こうしてクノンは心を持てたんだから。
時間はかかるかもしれないけど、きっと彼女だって大丈夫さ。」
「アキラさま……。」
微笑むアキラと、潤んだ瞳でアキラを見上げるクノン。
まるでそこには二人だけしか居ないかの様な空間が出来上がる。
「―――ごほん。」
しかし、そこにはもう一人居る訳で、二人だけの時間はそう長く続かない。
どこか気まずそうに咳払いするアティに、二人はハッと我に返る。
「あ、あのその……そうです!
怪我の回復は、本人の治りたいという欲求に左右されるものです!
ですからっ!」
「解ってますって。
その為に、私たちが面会に来たんですもの。
きちんと事情を説明して、彼女の不安を消して見せますよ。」
頬を赤くしたまま早口で告げるクノンに、苦笑するアティ。
それからいつものように人好きのする笑顔になると、胸を張ってヘイゼルの事を請け負う。
「よろしくお願いします。」
誰よりも信じている2人に向けて、クノンは深々と頭を下げた。
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コンコンと病室のドアをノックするが、待てど暮らせど返事は無く、
仕方なく二人は返事無しで部屋へと入っていく。
ベットの上には当然ヘイゼルが横たわっていて、黙って天井を見つめていた。
「お邪魔しますね?」
「…………。」
二人が入って来ても、アティが声をかけても、ヘイゼルは反応を返さない。
「(本当に、クノンの言った通り。)
傷の具合はどう?
まだ、痛むところとかありませんか?」
「…………。」
「何か、欲しい物とかは無いかな?
果物とか、本とか、頼まれれば持って来るよ?」
「…………。」
アティの問いかけにも、アキラの問いかけにも、
ヘイゼルは天井を見詰めたまま何も答えようとしない。
「(まいりましたね……。)」
「(ああ、どうしようか?)」
文字通り無反応なヘイゼルに、アティとアキラが目を見合わせる。
器用にも声を出さずに相談する二人に、突然声が掛けられる。
「捕虜。」
「「え?」」
その声は待ちに待ったヘイゼルからの物だったが、その内容は余りにも物騒だった。
「捕虜なんでしょう?私は。」
淡々と問いかけるヘイゼル。
その瞳は相変わらず茫洋として、二人を見てはいない。
「回りくどい事はキライなの……。
聞きたい事があるのなら、さっさと済ませたらいいじゃない?
拷問でもクスリでも好きに使えばいいわ。
慣れっこだし……。」
「そんな!?私達はそんな事は―――っ!」
冷たい口調と、非道な内容。
そして、それを当然と受け止めるヘイゼルに、思わずアティが声を上げる。
しかし、返ってくるのはやはり冷たい答え。
「人質にするつもりなら無駄な考えよ。
私達は消耗品。
欠ければ別の誰かが補充されるだけ。
死に損ねた駒を惜しむなんて、ありっこないんだから……。」
諦めと言う名の色が塗り込められた言葉を投げかけ、ヘイゼルは目を閉じる。
言うことは他には無いという様に。
沈黙が訪れた部屋に、ぱん、と聞いただけで痛くなる様な音が響いた。
「アキラさん!?」
「―――どういうつもり?」
驚くアティを余所に、叩かれたヘイゼルは冷たい眼差しでアキラを見遣る。
視線の先のアキラは、蒼と黒の瞳の光を強くして、ヘイゼルを見つめ返す。
「消耗品だなんて……駒だなんて言わないでくれ。
君は今、ここで生きているじゃないか。
君は今も、涙も流せずに泣いているじゃないか。」
ベットに横たわるヘイゼルの横に手を付いて、アキラは彼女を見下ろしながら語りかける。
「君は前に泣き方を知らないって言ったけど、そんな筈は無いんだ。
……だって、人は泣きながら生まれてくるんだから。
だから君は、泣き方を知らないんじゃなくて、忘れているだけなんだよ。」
何を言われているのか分からない。
そんな風に呆然としているヘイゼルに、アキラは鋭い眼差しを向ける。
自分の心が揺るがない様に。
「だから思い出させてあげるよ。」
そう言って、アキラは再び手を翳し、ヘイゼルの頬を叩いた。
親が子供を叱る様に。
限りない想いを込めて。
何度も、何度も、繰り返し頬を叩く。
しかし、その音は次第に弱くなり、最後にはただ撫でるだけになっていた。
ぽつり、とヘイゼルが声を出す。
「……どうして、貴方が泣いてるのよ。」
「君が、可哀想で―――。」
「ど―――。」
同情なんていらないわ。
ヘイゼルがそう言おうとした瞬間。
「君が生きていてくれて、嬉しくて。」
「……。」
続けられたアキラの言葉に、ヘイゼルは言いかけた言葉を飲み込んだ。
かけられた言葉が余りにも優しくて。
そんな優しさを、自分に向けてくれる人が居るなんて、思いもしなくて。
驚きに見開かれたヘイゼルの瞳は、すぐに動揺に揺れ、
そしてアキラの蒼と黒の瞳に捕まった。
その色違いの瞳は、どこまでも真剣な色合いで、
本当に自分の事を想ってくれているのだと、そう思えた。
その途端、ヘイゼルの瞳から一滴の涙が零れ落ち、頬を伝い、細い顎の先からぽたりと落ちた。
「ああ、やっと泣いたね。」
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涙を流すヘイゼルが落ち着くまで、今まで我慢していた涙を流し尽くして満足するまで、
アキラもアティも、静かにヘイゼルを見守っていた。
やがてヘイゼルは落ち着いたのか、目元を手で拭うと、真っ赤な目のままでぽつりと呟いた。
「……でも怪我が治った所で、今さら組織に戻る事はできないわ。
裏切り者の烙印を押されて処分されるだけでしょうね。」
「どうして、組織に拘るんです?
戻ろうとしなければ、他にいくらでも選択肢なんて―――。」
相変わらず悲観的なヘイゼルに、アティが必死な顔で話しかける。
しかし、それもヘイゼルの言葉に切って捨てられる。
「それしか、他に世界を知らないから。」
余りの言葉に、アティは、そしてアキラも息を呑む。
「物心ついた時には、ナイフを持って人の殺し方を教わってた。
標的に見立てた人形の急所を上手く突きさせたら、褒めてもらえて。
その時だけもらえる甘いキャンディーが楽しみだったわ。」
語られるヘイゼルの過去。
再び虚ろな瞳になり、淡々と話すヘイゼル。
その内容は暗く、重い。
「心より先に、身体から大人になって……、 気付いた時には、もう組織の部品になってたわ。」
「ヘイゼル……。」
諦観の籠ったヘイゼルの呟きに、思わずアキラは名前を呼んだ。
彼女の消えてしまいそうな雰囲気を、名前を呼ぶ事で確かな物にしたかった。
しかし、それすらもヘイゼルによって否定される。
「その名前も、本当のものじゃないわ。
素性が割れない様に組織が考えた物よ。
私という存在を形作る物は全て、組織から与えられた物ばかり。
選択肢なんて無いの。
今までも、そして……これからも。」
「そんな事!?」
「―――そんな事無いなんて簡単に否定させない!!」
ヘイゼルの言葉が悲しくて、アティが否定の言葉を叫ぼうとした。
しかし、今まで力無く話していたヘイゼルが、初めて見せる激情でその否定を否定する。
「私は『毒蛇』の様に強かにはなれない。
追手の影に怯えてまで、檻から飛び出す勇気は無い……。
囚われのままでも、生きる場所があれば、それで良かったのよ。」
続く言葉からは再び力が失われていたが、それでもやはりそこには劇場が込められてた。
何故なら、絞り出すように告げた時、確かにヘイゼルの瞳には涙が滲んでいたから。
つい先ほど取り戻した涙を、見せていたから。
だから、アキラはできるだけ優しく声をかけた。
「……君はもう、檻の中に帰る事は出来なくなったんだろう?」
「……。」
答えないヘイゼルに、アティも微笑みながら声を掛ける。
「だったら、それ以外の生き方を見つけるしか無いじゃないですか?」
「そんな方法……。」
二人の優しさに、二人の言葉にヘイゼルは瞳を揺らす。
自分の現状と、突然もたらされた提案に、動揺が隠せない。
アキラが再び問いかける。
「君が檻に留まる事にした理由は何だった?
生きる為だろ?」
「っ!」
言葉に詰まるヘイゼルに、アティも限りない優しさを込めて語りかける。
「私には想像する事しか出来ないですけど、
それはきっと、辛い日々だった筈です。
でも、そんな世界で貴方は今日まで生きて来られたんだから、
檻の外でだって強く生きられると思います。
きっと……。」
「無責任な事……言わないで……。」
二人の言葉に動揺が収まらず、反射の様に否定の言葉が口から漏れる。
「そうかも知れない。
だけど、言った以上はしっかり責任は取って見せる。
その為に必要な事があれば、俺達も一緒に考えよう。
だから、諦めてしまう事だけは、しないでくれ。」
「私達からの、お願いです……。」
「……。」
それすらも優しく包み込む様な二人の言葉に、ヘイゼルは揺れる瞳を閉じた。
どうすればいいのか分からない。
どうしたらいいのかも、分らない。
そんなヘイゼルの瞳を開かせたのは、やはり二人の優しい言葉。
「まずは、簡単な事から始めよう?」
「簡単な―――事?」
アキラの声に問い返すヘイゼル。
そのヘイゼルに、アキラは無邪気な笑顔で元気に話しかける。
「そう。友達付き合いの第一歩。
自己紹介だ!」
『自己紹介』。
突然告げられたその言葉は、ヘイゼルにとって馴染みの無い物で、
また、この場でそんな事を言われるとは思わず、目を大きく見開いて驚きを表す。
しかし、そんなヘイゼルを置いて、二人は話を続けていく。
「いいですね。じゃ、私から。
私の名前はアティ。
この島で先生をやらせてもらってます。
よろしくお願いしますね。」
にっこりと笑顔で告げるアティ。
「んじゃ、次は俺だな。
俺はヤザキ・アキラ。
名も無き世界からの召喚獣で、この島の居候。
よろしくな?」
ほにゃっと笑いながら告げるアキラ。
「……わ、たし―――私の名前は…………。」
「「君の(貴女の)名前は?」」
優しい笑顔で促す二人に
「―――パッフェル。」
はにかむ様な微笑みと、彼女の本当の名前が贈られた。
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「アキラ、大変や!!」
アキラとアティがパッフェルの名を聞けた時、大声と共にミユが部屋へと飛び込んできた。
しかしミユが慌てふためくのはそれ程珍しい事では無いので、
アキラは至って落ち着いて聞き返す。
「どうしたんだ、ミユ?
そんなに慌てて―――。」
「せやから大変なんや!
急に島中に亡霊共が現れたんや!」
のんびりと聞き返してくるアキラに苛立ったのか、
ミユは手を振り回しながら事の重大性をアピールし、
それを聞いて、アキラとアティは遅ればせながらも真剣な表情になりイスから立ち上がる。
「何だって!?」
「ミユちゃん、島の皆は!?」
「今、護人らが海賊船の方に避難させてるわ。
せやけどここが攻め込まれるのも時間の問題や。
そやからウチが迎えに来たんや。」
「そうか……。ならすぐに皆の所に行かないと。」
ミユの話に事態の緊急性を理解したアキラは、
チラリとベットに横になっているパッフェルへと視線を向ける。
今すぐにでも仲間の下に駆けつけなくてはならない。
しかし、パッフェルは重傷で満足に動く事も出来ない。
アキラは、何かパッフェルを運ぶ良い方法が無いかと考え込む。
その様子にパッフェルは深く溜息を吐いた。
やはり、自分はそういう運命なのか、と。
「―――私を置いて行って。
足手まといになる気は無いの。」
出会う前と同じ、暗く諦観の籠った声で告げるパッフェル。
しかし、そんな言葉は力強い二人の声にかき消される。
「「友達を見捨てたりなんかしない(しません)!」」
「あなた達……。」
決して諦めたりしない。
信念を瞳に宿し、アキラとアティがパッフェルを見つめる。
その言葉に、その瞳に、パッフェルは言葉を詰まらせた。
先程と同じ様に、涙が溢れそうだった。
しかしそんな雰囲気と状況を打破したのは、元気な関西弁。
「それやったら大丈夫や!
強力な助っ人を連れてきたからな!
聞いて驚きや~。
なんとッ!龍ひ―――ふぎゃ!?」
ノリノリで助っ人を紹介しようとしたミユの頭がポカリと叩かれる。
そして呟きと共に苦笑しながら現れたのは。
「懲りない子ねぇ。」
「「メイメイ(さん)!?」」
「は~い、二人とも。
元気だった~?」
叩かれた頭を押さえてうずくまるミユを完全にスルーして、
にこやかに笑いながらアキラとアティに手を振るメイメイ。
「話は聞かせて貰ったわ。
そっちの人の事なら任せてちょうだい。
絶対安全な所にまで届けてあげるから。」
そしてチラリとパッフェルへと視線を向けると、笑顔のままパッフェルの身の安全を請け負う。
しかし、初めて会った相手に警戒したのか、それともまた遠慮が働いたのか、
パッフェルは眉を顰めて拒絶しようとする。
「勝手に決めないで。
私はあなた達の邪魔になる気は―――。」
「邪魔なんかじゃない。」
「―――っ。」
パッフェルが最後まで言い切る前に、再びアキラが否定する。
先程と同じ真剣な瞳。
その瞳にパッフェルが何も言えなくなり口をつぐむと、
アティが優しくパッフェルに微笑みかける。
「私達は友達です。
そして友達なら助けるのが当然です。」
胸を張って自信満々に告げるアティに、パッフェルの頬が紅く染まる。
どうやら『友達』という言葉に照れているらしい。
その様子を微笑ましく見ていたアキラが、何か思いついたのかポムと手を打ち合わせる。
そして、にんまりと笑うとパッフェルに話しかけた。
「それに考えようによっては、これは好都合かもしれないぞ?
こんな異変があったら、パッフェルが生き残ってるなんて無色の奴らも考えないだろうし、
追手無しで新しい人生を始められるんじゃないか?」
「いいですね、それ。
パッフェルさん、是非やり直してください。
最初からは大変かもしれませんけど、少なくとももう、
あなたを縛りつける物は、ここから先はありません。
だから、幸せになってください。」
「……あなた達。」
アキラとアティに勧められて、パッフェルは戸惑いで視線を彷徨わせる。
本当に、そんな事が可能なのか?
本当に、そんなに幸せになっていいのだろうか?
自分は今までたくさんの人の命を奪ってきた。
確かにやりたくてやった訳では無いが、それでもそれは消しようの無い事実だ。
だからこそ、悩む。迷う。
しかし、目の前に居る初めての友達は、心から自分の事を案じてくれている。
なら―――それなら、その救いの手を取ってもいいのではないか。
そしてパッフェルは、小さく二人に向かって頷いた。
「よっしゃ!話は決まったな!
それやったら、りゅ―――やない、メイメイ様お願いします!」
パッフェルが頷いた瞬間、今まで蹲って成り行きを窺っていたミユが飛び上がり、
小さな体を全部使ってぺこりとお辞儀する。
その姿にふふっと笑い、メイメイが大きな胸を叩いて引き受ける。
「任せてちょうだいな!
平和になったら、また皆で楽しいお酒を飲みましょうね?」
そう言ってアキラとアティに笑いかけるメイメイに、二人も笑って返す。
「あ、いいですね!楽しみにしてます。」
「その時は秘蔵の酒を持って来いよ、メイメイ?」
「ほな行くでー!!」
それぞれに言葉を残して部屋を後にしようとする三人に声が掛かる。
「―――ちょっと待って!」
ベットから起き上がり声を上げるパッフェル。
折れた足が痛むのか、その顔は苦痛に歪んでいる。
「ダメよ!?まだ無理をしちゃ!」
メイメイが駆け寄り身体を支えるが、パッフェルは押し退ける様にして言葉を続ける。
「私は、あなた達にお礼一つさえ、まだ言ってないのに―――っ!」
掛けられる必死の声に、アキラとアティは入り口で立ち止まり、パッフェルへと振り返る。
振り返った二人の顔は、やはり笑顔。
その笑顔のまま、アキラは告げる。
「お礼?
お礼なんて要らないさ。
だって俺達は―――」
「「友達だからな(ですから)。」」
そう言って輝くばかりの笑顔を残して二人が出て行ったのが、
パッフェルがこの島で最後に見た二人の姿だった。
(-ω-)/ やあ!拾ったらちゃんと世話するんだぞ!