黒の魔剣   作:暁 煌

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終わりは穏かに

 

 

 

 

再び、目の前の手も足も無い木偶人形を見る。

顔の様な物はあるが、そこに生物的な物は感じられない。

ただデカイだけの、こちらを見下ろしている様な人形。

 

相変わらず不愉快だ、との感想しか出てこない。

―――ならば、早々に斬り捨ててしまおう。

 

まるで、ずっと昔から使っていたかの様に手に馴染む漆黒の魔剣に、魔力を注ぎ込む。

本来無色である筈の魔力を、自分を通し、剣に流す事で、黒く暗く闇色に染める。

  俺  (ヴィサイアス)の色に染まった魔力が、ゆらりと剣から立ち昇るのを確認し、

大上段に構えたヴィサイアス(おれ)を振り下ろす。

放たれるのは漆黒の魔力刃。

以前、召喚の門を切り裂いた物と同じ物。

 

しかし、弧を描いて飛んだ魔力刃は木偶の前で何かにぶつかったのか、

甲高い音を残して消えてしまった。

 

『ふ、ふははははは!!!!

 その様な攻撃が届くものか!!

 いいや、それ以前に造物が造物主に敵うなどと考える事が不遜!!

 愚かしいにも程があるわ!』

 

……バリアでも張っているのか。<―――――ウルサイ>

なら、全範囲攻撃だ。

前後左右上下、全てを薙ぎ払ってやる。

 

「ミユ!合わせろ!!」

「了解や!」

 

ミユと二人で並び立ち、一つのサモナイト石に共に魔力を込める。

喚び出すのは天空を自在に駆ける、雄々しい鬼龍。

赤い石が魔力を吸い、更に紅く朱く染まりゆく。

赤い光が乱舞し、輝きが最高潮に達した時、俺とミユの声が重なる。

 

「「御喚び立て申し奉る!

  天駆ける角持つもの! 雷を統べるもの!

  鬼妖怪に居わす猛き神よ!!

 

  今、我らが呼び声に応えて来たれ!

  召喚ッ! 鬼龍ミカヅチ!!!」」

 

吹き荒れる雷の乱舞。

凄まじい光の明滅と、身体を震わせる轟音。

この場の全てを焼き尽くす全方位攻撃。

 

……これでどうだ?

 

『―――無駄だ!!

 無駄だ無駄だ無駄だッ!!!

 貴様らの様な虫けらがどう足掻いたところで、

 エルゴと等しき我を傷つける事など出来はしない!!』

 

効果なし、か。<――ウルサイ>

豪雷により本来不可視のバリアが、瞬間球状の姿を見せた。

やはりバリアは全方位型らしいな。

となると、どうやって突き崩すか……。

 

………………………。

………………。

………。

 

ん?あれは……。

 

無言のまま左右に視線を走らせると、部屋の隅にある柱が目に入った。

どこか生物的なその柱は、先程の雷で損傷したらしく煙を上げている。

しかし俺が見ている内に、瞬く間に再生を果たした。

 

……再生、という事は、アレも木偶人形の一部かそれに類するモノ。

そして“再生能力を持たせなければならない”重要物。

 

部屋の反対側に目を遣れば、そこにも同じ様な柱が一つ。

こちらは先程の雷にも全くの影響無し。

あれ程の召喚術にも影響を受けない性能という事は、逆に物理的な防御力は皆無に等しい筈。

 

対になっているという事は……それぞれが物理と魔力に特化している可能性が高いな。

 

その情報に加えて、木偶人形のアリエナイ様な鉄壁のバリア。

あの柱の一つずつがそれぞれの属性に特化していて、

それぞれにバリアを張っているとしたら……?

 

「やってみる価値はある、か。

 ミユ!あの隅にある柱を壊せ!!

 俺はあっちをやる!」

「了解や!!」

 

術属性に弱い方をミユに行かせ、物理属性に弱い方には自分が走る。

 

『―――ッ!?

 小賢しい虫共め!!』

 

俺とミユの前に次々と現れる四色の球。

どうやらそれぞれに属性を持っているらしく、様々な攻撃を繰り出して来る。

俺達を柱に近づけたくないようだな。

 

―――だが、所詮は使い捨ての雑魚。

 

次々と絶え間なく沸いて出てくるが、どれも相手に成りはしない。

俺の斬撃で、ミユの術で、どれもこれも形を崩して消えていく。

 

そして俺とミユの前には目的の柱が。

 

「やるぞ、ミユ!」

「応ッ!!」

 

 

2の

 

3ッッッ!!!

 

息を合わせた二人の剣戟と術が、柱を打ち壊す。

 

当然、壊された傍から柱は再生を始めるが、今、この瞬間、目の前のアイツは丸裸になった。

身を守る堅牢な護りは無くなり、剣も術も容易くその身に届く。

 

『オノレッ!オノレッッ!!オノレェエエェェェッッッ!!!』

 

身を守る物を無くし、操る物も破壊され、

手当たり次第に範囲攻撃を繰り出しながら絶叫をあげる。

その雑音に対し、  俺  (ヴィサイアス)の声が重なる。

 

「<ウルサイぞ、この木偶人形がッ!!

 無様な未練にしがみ付いたまま壊れて消えろぉおおおおぉぉぉ!!!!>」

 

振り切った黒い切っ先。

迸ったのは闇色の光。

 

両手で握った剣の延長線上には、どこまでも“線”が続いている。

斬撃の軌跡が、どこまでも。

 

ピシリっ。

 

目の前の木偶人形から、乾いた音が木霊する。

そして、それは縦にズレた。

 

『おオオぉォぉぉおおおぉぉオォぉオぉォォっ!!?

 バカな!こんなバカなぁぁぁ!!?』

 

轟音を立てながら崩れていくその姿を見ながらも、俺は何も感じない。

先程叫んだ様な激情も、それまで感じていた煩わしさも、

更には達成感や、優越感や、安堵すらも。

 

まるでココロのブレーカーが落ちた様に、俺の中は空虚だった。

今俺の手にあるのは、壊したという手応えだけ。

 

だってそうだろう?

 

塵が、塵に、還ったダケの話ナのダカラ。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

アティがアキラの下に戻った時、広大な部屋の中にはぼんやりと立ちつくすアキラと、

主を心配そうに見上げるミユの姿しか無かった。

あの部屋を覆い尽くさんばかりの巨体は無く、床には瓦礫の山が築かれていた。

 

瓦礫が何だったのか想像するのは容易く、

だからこそ、この様な光景を作り出したアキラの力への畏怖が今更ながらに沸いてくる。

しかしアティがアキラを恐れる事は無い。

どんなに強大な力があろうとも、アキラがアキラであると解っているのだから。

 

一度、恐れで固まった体を震わせて、アティは足を進めた。

流石に瓦礫を踏み越えていく様な真似は出来なかったので、

瓦礫を迂回して二人の側へと近付いて行く。

そして未だにぼんやりしたままのアキラへと声をかけた。

 

「アキラさん?」

「……アティ、か。

 ハイネルは救えたのか?」

 

一拍の間を空けての返答。

変わらずアキラはぼんやりしたまま、その視線は宙を彷徨っている。

成る程、これはミユが心配する訳だと納得し、

アティはアキラの意識をはっきりさせる為にも、幾分か強めに声を返す。

 

「はい。アキラさんのおかげです。」

「そうか。

 <――ならば、思い残す事もあるまい。

    ここで壊れろ。>」

「「なッ!?」」

 

 

ぴたり、と視線が合わさったと思った瞬間、振りかざされたヴィサイアス。

突然の行動に、そして重なる様に聞こえる声に、驚き戸惑うアティとミユ。

 

対するアキラは、まるで表情を変える事も無く、

機械的に、そして無慈悲に、ただ淡々とその黒刃を振り下ろす。

 

しかし、その狂刃はアティの眼前で甲高い音を立てて制止した。

黒き狂刃を受け止めたのは、不滅なる紅き魔剣。

 

「い、イスラ!?」

 

不意に現れた予想外の人物に、またも驚愕に見舞われるアティとミユ。

しかし渦中の人物はまるで気にする事も無く、

抜剣状態を示す銀の髪と紅い瞳で二人に向けてにっこりとほほ笑んだ。

 

「やあ、おはよう。

 随分寝ちゃったみたいだけど、良い所には間に合ったかな?」

「は?……え?何でここに―――って言うか、どうしてアキラさんが!?」

 

混乱で何を言いたいのか判らなくなっているアティが叫ぶのきっかけに、

アキラは後ろへと下がり、距離を取った。

新手に対する様子見なのか、だらりとヴィサイアスを下ろしたまま動かない。

その隙に、ミユが身を乗り出してアキラに警戒したままイスラと対峙する。

 

「そんなんはどうでもええ。

 ソレよりもアキラや。

 きっと今回は召喚したモンと同調しすぎたんや……。

 そやからアキラを起こさんと。

  ……今は、猫の手でも借りたいトコや。力ぁ貸せや、人間。」

「勿論さ。その為に、僕はここに来たんだ。」

 

大きな金の瞳を鋭くして言い放ったミユに、柔らかく応じるイスラ。

その確かな以前との違いに、ミユはふん?と首を傾げるが、すぐにどうでもいいと振り切る。

次いでアティを睨み付ける。

 

「アンタもやるんや、ええな?」

「う?……え?やるって何をですか???」

「アキラを助けるんや!!」

「―――っ!解りました!!」

 

ミユの一喝に、アティの表情が変わる。

慌てふためく女の子から戦う者へ。

そして、その手には果てしなく蒼い魔剣が握られた。

 

臨戦態勢を取る三人に触発される様に、アキラもまた構えを取る。

構えは再びの大上段。

ただの打ち下ろししかできない愚直な構え。

 

しかし、構える当の本人には何の表情も覗えない。

不利な状況に追い込まれた時に浮かべる自棄も、

取るに足りない相手に向き合う時の絶対的な自信も。

ただ機械的に相手を破壊しようと動いていた。

 

大地が陥没する程の苛烈な踏み込み。

瞬きすら置き去りにして三人の目の前に現れ、星も割れよとその刃を振り下ろした。

 

その黒刃を轟音と共に迎え撃ったのは、二振りの魔剣。

 

左右から挟み込む様に蒼と紅が黒を抑え込む。

噛み合う刃から、凄まじい魔力流が生まれ、吹き荒れる。

 

その嵐に抗いながら、イスラは刃越しにアキラを見る。

 

「―――やれやれ、僕にさっさと起きろと言ったのは誰だったっけ?

 

 キミは友達は見捨てないんだろ?

 嫌だって言っても、助けてくれるんだろ?

 色んな所に連れて行ってくれるんだろ?

 

 だったら、キミが起きなくてどうするのさ!?」

 

イスラと並び立ち、アティが鍔を競り合ったままアキラへと身を寄せる。

 

「アキラさん!

 アキラさんが私に言ってくれたんじゃないですか!

 

 心はっ!人の心は傷付き易くて脆い物だけど、必ず立ち直る事ができるって!

 例え折れても、壊れても、無くなってしまった訳ではないからっ!

 きっと人は立ち上がれるんだって!

 

 だったら、それをアキラさんがやらなくてどうするんですか!?」

 

二人の言葉に押されてか、二人の力に押されてか、徐々にアキラが後ろに下がっていく。

表情こそ変化は無いが、その黒刃は確実に押し返され始めていた。

 

そして―――

 

「ええ加減っ、目ぇ覚ましぃ!!

 アキラぁあああぁァァァああアアアぁァァァっ!!!!」

 

アティとイスラの後ろから、二人を飛び越えてミユがアキラへと躍りかかった。

ヴィサイアスを両手で握っていたアキラは防ぐ事ができず、

魔力を溜めに溜めたミユの右拳がアキラの額へと直撃する。

 

閃光――――――。

 

爆音―――。

 

衝撃。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

いつか見た闇。

永劫の様な一瞬をたゆたっていた奈落の底。

アキラは一人、目を瞑り立っていた。

 

以前との違いは、痛みも意識の混濁も無い事。

そして、目の前に浮いている黒い魔剣。

 

――……何故、奴らは向かってくるのだ?

  こんな事をしても無駄だといのに。

  お前が人である限り、私は、狂気は消えはしない。

 

ヴィサイアスの言葉に、アキラは目を瞑ったまま笑みを浮かべた。

 

――解ってるさ。

  だけど、ハイネルが言ってただろ?

 

『誰の心にもある、他人には見せられない闇。

 生きている以上、それは仕方ない……。

 人は理性でそれを押し止め、何とかやっていこうとする。』

 

ゆっくりと目を開き、目も前の剣を見据える。

 

――俺は、お前を抑えて生きていく。

  皆もそれができると信じてくれている。

  だから向かって来てくれるんだ。

 

  何よりお前は俺の中の闇。

  そして、俺自身だ。

 

  だから、狂気を拒絶する事も、同調する事も無い。

 

  心の闇(お前)は、俺の中に在れ。

 

右手を伸ばし、剣を取る。

そして剣を引き寄せると、そっと胸に抱いた。

ソコにあるのが当然の様に。

 

――……いいだろう。

  今は退いてやろう。

 

  だが、最後に勝つのは私だ。

  人の一生など短いモノだ。

  人の“心”の一生など短いモノだ。

 

  お前の心がその生を終えた時、その時こそ、この体は私の物だ。

 

――ああ。その時は好きにすれば良い。

  だから、それまではよろしくな?

 

淡く輝き、胸の中に沈む様に姿を消すヴィサイアスに、

目を瞑り、胸に手を当て、アキラはいつもの様に笑って見せた。

 

――…………。

 

返答こそしないものの、反論もしないヴィサイアスに、くすりとアキラが笑う。

 

すっ、と胸を一撫でし、闇の底からアキラが上を見上げる。

 

すると、そこに、小さな光が、生まれた。

 

導きの光が―――。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

~a few years later~

 

 

 

ざぁざぁと打ち寄せる波の音。

さんさんと照りつける陽の光。

 

遠くまで続く白い砂浜を、一人の少女が駆けていく。

 

今日は大好きな父の帰ってくる日だった。

優しくて綺麗な、大!大っ!大っっ!!好きな父。

 

勿論、母の事も大好きだが、父は偶にしか帰ってこないので、

甘えられる時にたくさん甘えておかなければいけないのだ。

 

だから少しでも早く父を出迎える為に、彼女は全力で走っていた。

 

この日の為に母に仕立てて貰った白いワンピースを翻し、彼女は走り続ける。

やがてその視線の先に船の帆が見えてきた。

 

もう少し、あとちょっと。あそこまで行けば、父に会える。

 

少女が幼い顔を輝かせ、更にスピードを上げようとしたその時。

前方の岩陰から人影が現れた。

 

銀色の髪に一筋の黒。

蒼と黒の色違いの瞳で優しく笑う一人の男性。

 

「あれ?―――、迎えに来てくれたのか?」

「うんっ!お帰りなさい、パパッ!!」

 

そう言って飛びついた少女の髪の色は―――。

 

 

 

 

 






m(_ _)m お疲れ様です。


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