空には円い月が昇り、浜辺には波の打ち寄せる音だけが聞こえる。
その静かな空間に、一つの白い人影が在った。
彼女は特に何かをする訳でも無く、ただ砂浜に腰を降ろし、
月の光で朧気に見える水平線を眺めていた。
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目が覚めた。
時計を見るとまだ真夜中だったが、これはそう珍しい事じゃない。
俺の起きていられる時間はとても不定期で、昼だけじゃなく早朝や深夜の時もある。
今みたいに夜の場合は、狭間の領域に遊びに行くのがいつものパターンだ。
……でも、何か変だ。
いつもみたいに、ぐっすり寝たって感じがしない。
まるでさっき目を閉じたばかりみたいだ。
確認のために枕元の時計付きカレンダー(クノンさんお手製)を見ると、
昼間起きた日から次の日に変わろうとする時間だと判った。
一日の内に二回も目が覚めるなんて初めての事だ。
……ま、いっか。今日は月でも見に行こう。
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静かな月の光の下、物も言わず浜に座り、波の音を聞きながら、ただ遠くを見つめる白い人影。
いつからそうしているのか、いつまでそうしているのか、白い人影は動かない。
しかしその静寂は、森から現れた黒い人影が現れた事で破られた。
「……アティ?」
「!!?」
驚き振り返る白い人影、アティは、森と浜との境目に黒い人影、アキラを見つける。
声をかけてきたのがアキラだと知り、アティは強ばった体から力を抜き、
いつものように笑顔を浮かべ、尋ねる。
「どうしたんですか、こんな時間に?」
「目が覚めてしまったので、お月見でもしようかと。
そう言うアティさんはどうして?」
ゆっくりと近付きながら答え、問い返すアキラ。
アティは少し戸惑うように視線を逸らした後、力の無い笑みで答えた。
「私……も、月を見に来たんです。」
「……そうですか。隣、宜しいですか?」
アキラはアティの態度については触れず、隣に座っても良いかだけを聞いた。
その対応にアティは更に戸惑いを深くしながらも、首を小さく縦に振った。
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あれからアキラさんは砂浜に転がって、ずっと月を眺めてます。
……どうして、何も聞いてこないんでしょう?
自分でもさっきの態度は変だと思うのに……。
私の事なんかどうでもいいと、思われてるんでしょうか?
何だか落ち込みだした私の耳に、アキラさんの静かな声が聞こえてきました。
「ここの……リィンバウムの月は、随分大きいですね。」
「そうですか?」
やっと話しかけてくれた事にほっとしながら、
そっとアキラさんの表情を窺って問い返してみました。
「ええ、月明かりが眩しい位です。
私の世界の月はもっと小さくて、こんなに明るくはなかったんですよ。」
「そうなんですか……。」
何だかこうして世間話をしていると、昼間の事が思い起こされます。
今なら……聞けるかもしれません。
「あ・あの!アキラさんはどうして私に敬語を使うんですか!?」
アキラさんは驚いた顔をした後、体を起こして私に向き直り、にっこり笑って言いました。
「アティさんが私に敬語を使うからですよ。」
「え?……私、ですか??」
私が訳が解らず首を捻っていると、アキラさんは楽しそうに続けてくれました。
「あはは、まあ単なる私の主義ですよ。
礼儀には礼儀を返し、恩には恩で報いる、と決めているんです。」
「そうなんですか。……立派ですね。」
アキラさんは軽く言ってましたけど、
何だかその決意はとても強いように感じて、私の決意なんか霞んでしまいそうです。
そこで会話が途切れたまま、しばらく時間が流れました。
何だか間が保たなくて、不意にアキラさんの様子を窺うと、
何故かその蒼い瞳に悲しい光が灯っていました。
「どうしたんですか?」
「……あ~、実はですね、両親の事を思いだしてたんです。」
アキラさんは、どこかバツが悪そうに頭を掻きながら教えてくれました。
「さっき言った私の主義なんですが、元々は両親から教わったんですよ。」
どこかアキラさんが嬉しそうな、楽しそうな様子だったので、
ご両親を誇りに思っている事が伝わって来ました。
「良いご両親ですね。」
「……ええ。」
思わず見惚れてしまいました。
月の光に輝く銀糸の髪、優しく暖かな蒼い瞳。
どこか照れたように微笑むアキラさんは、女の私から見ても、とても綺麗でした。
そのまま、ぼ~っとしていると、「アティさん?」と声をかけられました。
慌てて「何でもありません。」と答えると同時に、一つの疑問が沸き上がります。
最初にここに来た時は、呼び捨て……でしたよね?
「アキラさん、私の事は呼び捨てで構いませんよ?」
私がそう言うと、アキラさんはとても楽しそうに、にやりと笑って言いました。
「私の事も、呼び捨てで構いませんよ?」
こ、これはカイルさんの時と同じ状況です!
ひょっとしてカイルさんに聞いたんでしょうか?
……今度は舌を噛まないようにしないと。
「ア・ア・ア・アキアキキキキキラキラ ……ひだっ!」
うぅ、またやっちゃいました。どうして私ってこうなんでしょう。
私が恥ずかしくて俯いていると、アキラさんが突然笑い始めました。
「ぶっ!くくく、あっははは!
アティってば、ホントに男の名前は言えないんだ?」
ううぅ、酷いです。
確かに格好悪かったですけど、そんなに笑う事ないのに。
「……あれ?今、私の名前。」
「うん、アティって呼んだよ。
アティの俺と気軽に付き合いたいって気持ちは伝わったから。」
そう言って見せてくれた笑顔は、今までの中で一番近くに感じられて、心臓が大きく跳ねました。
突然早くなった鼓動を何とか押さえようとしていると、
不意にアキラさんが笑顔を消して、瞳に真摯な光を宿して話しかけてきました。
「だから、さ……アティが何か悩んでる時は、いつでも相談に乗るよ?」
「アキラさん……。」
気にしてくれてた……私の事を気にかけてくれてた。
さっきまでの事が嘘のように、胸は静まりました。
でも、今度は……涙が、出そうです。
涙を堪えて膝を強く抱いていると、アキラさんが背中を優しく叩いて言ってくれました。
「俺じゃ、愚痴を聞いてあげる位しか出来ないかもしれないけど、
それで良ければいつでも聞いてあげるから……。
だから、一人で抱え込まずに話してよ。
アティは一人じゃないんだ。少なくとも、俺がいるよ。」
「……はい。」
私が震える声で小さく返事を返すと、アキラさんは再び笑顔を浮かべ、
私の背中を一叩きして静かに立ち上がり、森の中に戻って行きました。
私も船に戻る事にします。
……今夜は良く眠れそうです。
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後日、アティからこの話しを聞いたマルルゥが島中に言い触らし、
アキラは青空相談室を開く羽目になったとか。
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(-ω-)/ やあ!短いね!そうだね!