幻獣界の集落、ユクレス村。
その中心には村の名前と同じ巨木が悠然と立っている。
木漏れ日の踊るその巨木の根元に、一人の銀髪の青年が樹に背を預け座っていた。
彼は、気持ち良い微風が頬を撫でるように過ぎるのを、静かに目を閉じて楽しんでいる。
しばらくの間、そうやってまどろんでいた彼の耳に、可愛らしい声が届いた。
「ねむねむさーん!またお昼寝ですか~?」
その声に青年は目を開いて、自分の方に飛んでくる小さな人影を確認し、
多分に残る眠気の籠もった挨拶を返した。
「……やあ、妖精さん。こんにちは。」
「マルルゥはマルルゥなのです!
妖精さんじゃないって、何回言えば解ってくれるのですかー!?」
返ってきた挨拶に、小さな体で精一杯怒りを表し、マルルゥは青年の顔の前で停止する。
すると青年は呆れたような表情を作り、溜息混じりに言い返す。
「そっちこそ。俺の名前はアキラであって、ねむねむじゃないって何回言わせるんだよ?」
返ってきた言葉にマルルゥはフラフラと高度を下げ、その瞳に涙を浮かべる。
「うぅ~、ねむねむさんイジワルですよ~。
マルルゥがお名前覚えるの、苦手だって知ってるですのに~。」
そのまま地面にへたり込みそうなマルルゥを、地面に着く前に両手に乗せると、
再び顔の前まで持ち上げてアキラは優しく話しかける。
「“マルルゥ”?
マルルゥは人の名前を覚えるが苦手なだけで、出来ない訳じゃ無いだろう?」
その声の優しさに、マルルゥは顔を上げてアキラと目を合わせる。
そこに在るのは、今までに見た何よりも深い蒼色の瞳。
「それにさ、マルルゥが名前を呼んで貰えなくて悲しいように、
俺も名前を呼んで貰えないと悲しいんだよ?」
そう言ってアキラはほんの少し、哀しみの色の混じった笑顔を浮かべる。
マルルゥは泣くのも忘れて、その哀しくも美しい表情に魅入られる。
「だから、さ……名前を呼んで?マルルゥ。」
囁くように言われたその言葉に、マルルゥはまるで熱に浮かされたように呟いた。
「……アキラ、さん。」
その瞬間、アキラの表情は満面の笑顔に変わった。
先程までの哀しみを秘めた笑顔ではなく、ただ純粋に喜びだけが満ちた笑顔に。
「ありがとう、マルルゥ。」
「はわわわわ!?ど・どういたしましてですよ~!」
初めて人の名前を呼んだのが恥ずかしかったのか、
笑顔でお礼を言われたのが恥ずかしかったのか、
マルルゥは顔を真っ赤にすると、どこかへ飛び去ってしまう。
残されたアキラは再び目を閉じ、樹に背を預ける。
そして、誰にも聞こえない位小さな声でそっと呟く。
――そう、名前を呼んで。俺の名前を。
――俺が“俺”である事を確認できるように。
(-ω-)/ やあ!また短いんだ!すまない!