温厚な龍が異世界からやって来るそうですよ?   作:イェス

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№21 月の兎

「こい!万物王の息子よ!」

 

氷草がアジ=ダカーハに蹴りを入れる。

能力を封じてもなお、アジ=ダカーハにはダメージがない。

 

「!」

 

近距離にいたため、氷草に凶爪が届いたが、

氷草もダメージを負っていない。

 

(そんな!僕でもダメなのか?)

 

ノックバックで後ろに下がっていた氷草は、アジ=ダカーハがニヤリと笑い、自信の腕を傷つけてたのを見て舌打ちをした。

こんなに早く、バレてしまったのかと。

 

「少し、禁止事項に関して騙されていたとはな。」

「禁止事項に嘘なんて書いてないけど?」

 

確かに彼は、嘘をついていない。

ちょっとした解釈の違いだ。

 

「ふん。まぁ、よい。お前のギフトゲームの禁止事項は、特殊能力の禁止。種族的能力は含まれない!」

 

種族的能力、氷草で言えば、ブレスや飛行能力などの、種族としての力だ。

空を飛ぶ鳥が飛べるように、魚が水中で呼吸するように生物の一定のくくりに入る能力の禁止はしていない。

アジ=ダカーハに関してしまえば、分体を含めて影の攻撃さえくくりの内側になるので、氷草の設定した能力の基準には収まってはいない。

 

「うん、正解だ。でも、それだけじゃ、勝利条件を満たせないんだよね?」

「ふん、ならば中止させてるのみ。」

「中止?面白いね。僕は滅多なことがない限り中止にはしないよ?」

 

アジ=ダカーハが影を放ってなにかを捕まえる。

 

「しまった……抜けられない。」

「ジャック!」

 

氷草は驚いてどう、彼を取り替えそうかと考えたが、すぐに【彼は不死身なので問題は無い。】と判断をして、アジ=ダカーハに向き直る。

氷草は気が引けたが、片手が塞がっている今がチャンスと考えてアジ=ダカーハに飛びかかった。

 

「ふん、幼竜。甘いな。」

「え?」

 

アジ=ダカーハがなにやら呪文を唱え始める。

それを聞いて氷草は顔を色を変えた。

 

「ノーデンス!」

 

そこから氷草の行動は早かった。

しがみついたまま暴れてジャックを蹴り飛ばし、アジ=ダカーハに頭突きをしてから慌てて移転する。

ノーデンス。

かつて母が揉めた相手側の神で、遭遇したらすぐ逃げようと、氷草が決意した相手でもある。

蹴られたジャックや蛟劉、十六夜は目を点してその一貫の行動を見ていた。

誰求められる筈がなく、氷草はどこかに向かっていってしまい、蛟劉も蛟劉で一時撤退を宣言した。

彼らは吸血鬼の城に転移していったのだが、氷草は違っていた。

 

・・

 

氷草は森の中、黒ウサギと飛鳥の真上に転移してきたのだ。

 

「「うぎゃ!」」

 

氷草は飛鳥に激突し、それを見た黒ウサギが驚いて立ち上がる。

そこで黒ウサギは草の影に絶望を見た。

 

アジ=ダカーハの分体の双頭竜だ。

 

すぐにしゃがみ、延びてしまった氷草と頭を抱えている飛鳥を見て二人の首根っこを掴んで伏せさせる。

延びてしまった氷草は自衛なのか、周りの植物が急成長するような恩恵を与えまくっている。

だてに豊穣はやってない。

 

「この!私たちが逃げるで食い止めなさい!」

 

それまで氷草を中心に守るように折り重なっていた枝が、ピタリと止まったあとに一気にアジ=ダカーハの分体に向かっていく。

 

双頭竜を木々は貫いていくが、すぐに枯れ木となって朽ちていく。

双頭竜から竜が産み出されるが、遅れて駆けつけたと思われるボロボロの黒い子山羊により踏み潰された。

 

(まずいです。この生き物は氷草様しか守ってくれません。かろうじて氷草さんを二人で引きずっているため、見逃されていますが、早く起きてください!氷草様!)

 

黒ウサギが黒い子山羊を見上げていたら、その子羊が断末魔をあげながら倒れていく。

 

「そんな…………。」

 

子山羊の後ろ、そこには双頭竜が。

考える暇もなく、黒ウサギと飛鳥は双頭竜の咆哮により飛ばされてしまう。

今の飛鳥では簡単に死んでしまうことをわかってしまっている黒ウサギは、全身を強く打ち付け、吐き気におそわれながらも探しだし、青かった顔をさらに青くする。

 

「あ…………飛鳥さん!」

 

飛鳥の目の前には、灼熱の吐息が迫っていた。

某モンスターゲームのように避雷針のようなことができる氷草は黒ウサギの近くでいまだ延びている状態だ。

眷属としてのちからを氷草の不在時、槍と防具の同時使用により失っている黒ウサギの細腕では飛鳥を抱えて避けることも、氷草を投げ入れることもできやしなかった。

 

そして黒ウサギは覚悟する。

 

すべてがダメになってしまうかもしれないと知った上で双頭竜と飛鳥間に割り込むように。

 

それは、仏話の“月の兎”が己を捧げるかのような、最愛の同士を守るために、黒ウサギは灼熱へと飛び込んだ。

いまだ延びている怠惰な神で最愛の同士が一刻も早く目覚めることを願いながら。

 

灼熱に飲み込まれた黒ウサギは四肢が焼けただれて焼失していくのを感じていた。

いや、燃え落ちていくのは物理的なものだけじゃなく、希望が見えてきた明日やコミュニティで過ごした日々。問題児との軌跡がすべてが燃えていく感覚に陥っていた。

 

(あぁ、氷草様。やっと起きたのでございますね?)

 

もうろうとした意識の中、飛鳥と氷草の声を聞き取って黒ウサギはそう考える。

 

(…………っ!)

 

からだが燃え尽きる間際、遥か遠いい残光が黒ウサギの瞳に写る。

 

悪の御旗と仏門とおぼしき御旗。

そこは月面だった。

眼前に月神(チャンドラ)の巫女と思われる兎族の亡骸を抱き締めながら泣きむせぶ戦士が一人いた。

全身に傷をおい出血しているにも関わらず、亡骸を強く抱き締め雄叫びをあげるかのように泣いていた。

 

「どうして俺を庇ったのだ!所詮この身は将来の悪神!何者かに倒されるのが、魔王の宿業だというのに!」

 

その言葉を聞いて、黒ウサギはその戦士が誰かと気がついた。

かつては悪の筆頭であり、現在は善神の筆頭となった黒ウサギの主神。

軍人“帝釈天”その人だと。

 

(なら、あの巫女は。)

 

戦争で魔王として征伐されることを覚悟していた帝釈天を庇い、そのみを焼かれながらも口元には満足した笑みが、愛する人を守れたと言う安堵が現れていた。

己が献身の全てを捧げ、悪神でしかない運命を変えた兎族の少女。

これが真実なのだと、朦朧とした意識の中、黒ウサギは悟った。

 

(あぁ、我が主神。…………我が祖。)

 

黒ウサギは魂を震わせる。

霊格を、恩恵を失っただけだと。“月の兎”の誇りは失っていないと!

最後まで守り通さなければ、死んでも死にきれないと!

 

(ありがとう。と縋りついただけの自分に飛鳥さんはそういってくれた。

仲間だと。嬉しそうに春日部さんが言ってくれた。

救ってやると。今日まで全力で強く十六夜さゆは引っ張ってくれた。

そして氷草様は、)

 

黒ウサギは思い出していた。

 

時刻は召喚されて数週間たったほど。

魃と呼ばれる神獣の末裔が現れると言うことにより、コミュニティ内であれやらこれやら財政的な試みのため、十六夜と飛鳥と耀で魃の様子見をしている最中のこと。

残った氷草は黒ウサギ、レティシア、年長組と共に、水の売買に関することや、自信の農園の対策について話し合っていた。

 

『魃ね。中国の干ばつを呼ぶ神獣だったよね?雨風を退けちゃうのか。』

 

魃は干ばつを呼ぶ神獣だったが、決戦時力を行使し穢れを浴びてしまったので天に戻れなくなってしまいなんやかんやあって、箱庭に来たらしい。

世代を重ねても天に帰ることだけを考え怪鳥になってしまうなんて、かわいそうだなぁ。

と自分もその可能性があるにも関わらず氷草は呑気に考えていた。

もしこの場に彼の兄がいたのなら、彼に凸ピンをしながら『気を付けてくださいね?』とでも言うのだろう。

 

『では、まずは農園対策といたしましょう。氷草様、何か提案はありますか?』

『うん。そうだね?水路の整備はもう終わってることだし、水を放出して乾かないようにするわけだけど、それはできてはいるんだ。ギフトを作り出したからね?』

『!そうでございますか?』

『うん。出来てはね、いるんだよ。』

 

氷草は出来ている。という言葉を話すが、あまり表情は明るくない。

実際氷草が作ったのは、土中の水分量を関知して、水を放出するゴーレム的なものを作り出してはいた。

が、

 

『前々から農地の最適化のためにちょっとずつやって来たんだけどね?位置を指定する前に柵が壊れて、ノーネーム領地内に散らばっちゃって。

さっき見に行ったときに気がついたんだけどさ?』

『ノーネーム敷地内にございますか?」

「うん。敷地内。みんなで農業区に配置設定をしようと思ってたんだけど。』

『検討はつくのです?』

『単純思考系だから……。』

 

それからゴーレム大捜索会が始まった。数はざっと200体。はじめの半刻ほどで150体は見つかったものの、残りの50体。区画リーダーゴーレムが見つからないのだ。

 

『うぅ、見つかりませんね。』

『あぁ、ごめんよぉ。統合個体をつくってればよかったんだけど。』

『いえいえ!何故か柵が壊れてしまっていたのはきっと十六夜さんたちなのです。きっと興味が湧いて。』

『あぁ。うん。ありえる。』

 

実際、柵が壊れてしまったのは偶々大きな風が吹いて、偶々ちょうどいい石が巻き上げられて、偶々繋ぎ目に辺り壊れてしまっただけなのだが、十六夜達が疑われた、犯人だと思われたのは日頃の行いのせいなのだが。

 

ともかく見つからないままでは不味いので、氷草と黒ウサギは少しだけ遠くの方を探してくるという旨をレティシアやリリに伝えて館から10分程歩いたところまでやって来ていた。

 

『ここは、元居住区か。』

『yes。そうにございます。』

『今は、僕の下位眷属が暮らしてるだけだけど、いずれは違う種族も迎え入れたいよね。もっと同士を増やして、つれ返して。』

『はい。』

『まずは農園だけどね。ほんと、どこに行ったんだか。』

 

尾をパシパシと地面に叩きつけて悔しがる氷草を見て、黒ウサギは耳をピコピコと動かして辺りを探る。

 

『氷草様!あっちの方に反応があるませんか?』

『え?あ!うん!この感じだよ!行こう!黒ウサギ。』

 

結局、そちらに一体しかおらず、他の49体は元いた場所に戻っていたということなのだが、その事でまたもや一喜一憂するの氷草と黒ウサギだった。

 

『僕が箱庭に来た理由とか、そんな高尚なこと考えてたけど、子供たちの顔を見てたらそんなのどうでもよくなっちゃった。はは、怠惰な神って言われる理由もわかるよね?』

 

(あぁ、そうだった。氷草様は。)

 

『無理はしないでね?神様なんだから。頼ってくれてもいいから。』

 

(頼ってもいいとおっしゃってくれましたね。氷草様は。)

 

 

(氷草様。お三方を。ジン坊っちゃんと子供たちをよろしくお願いします!)

 

「ああああああああああああ!」

 

断末魔と共に黒ウサギは自身の体が焼失していくのがわかった。

だが、それと同時に稲妻の音と共に再生していったのだ。

それは、黒ウサギのトレードマークたるうさみみでさえ。

しかし、黒ウサギの霊格が戻ったわけではなかった。

黒ウサギは“月の兎”の伝承を体現し、死を超過して新たな黒ウサギに生まれ変わったのだ。

 

突然のことに瞳を奪われながらも、氷草と飛鳥は黒ウサギに何があったのかを理解する。

氷草は神性だ。飛鳥は精神だけは神格のそれで、二人とも黒ウサギの額に浮かびがった神紋を、帝釈天の神紋を目にし、そのみに帝釈天の神格を宿らせたということを理解し、黒ウサギに訴える。

 

“その力で、逃げてくれと。”

 

神格といっても疑似神格なる命を削るもの。

黒ウサギが力を行使し続ければ、飛鳥に命じられて動いた先程の木々のように死んでしまうだろう。

 

「黒ウサギ!いいんだ!僕が殺るから!黒ウサギは飛鳥を連れて逃げてくれ!」

 

氷草も双頭竜を撃墜していくが、黒ウサギは攻撃を止めない。

黒ウサギは何処から現れた鋼の天使にたいして攻撃を仕掛けたのだ。

 

そこらは樹海であったが、攻撃の余波で焦土と化していた。

黒ウサギは敵が完全に消滅したことを堪忍してから全身の力を抜いた。

力の使用の対価として、黒ウサギの体を炎が包んでいたが、戦闘後それは消えることなく黒ウサギを焼いていく。

 

(あぁ、やっぱり、そうなのですね…………。)

 

これが恩恵の対価だと。

命をとした“月の兎”の最後を、“月の兎の伝承”をなぞったからと。

献身の象徴として命を捧げ、ただ一度だけ軍神の恩恵と奇蹟を引き寄せる。

 

(我が主神よ。この命、貴方にお返しします。)

 

奇蹟に感謝し跪く。彼女に恨みはなく、失われるだけで終わるはずだった命で奇蹟を掴めたことだけでも身に余る恩恵だったと考えていた。

 

が、それを氷草は許せなかった。

 

「黒ウサギ!」

 

角杖を黒ウサギに向けて、呪文を呟く。

身代わりの呪文だ。

黒ウサギを焼いていた煉獄の炎が氷草に写り、消えていく。

 

「氷草君、貴方。」

「なに、神様なんだからこれくらいできなきゃ。たかが煉獄の炎。地獄の炎よりましだよ。それより、早く黒ウサギを運ばないとね。」

 

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